トップページ | あゝモンテンルパの夜は更けて »

ありがとう・さようなら

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo



作詞:井出隆夫、作曲:福田和禾子

1 ありがとう・さようなら ともだち
  ひとつずつの笑顔 はずむ声
  夏の日ざしにも 冬の空の下でも
  みんなまぶしく 輝いていた
  ありがとう・さようなら ともだち

2 ありがとう・さようなら 教室
  走るように過ぎた 楽しい日
  思い出の傷が 残るあの机に
  だれが今度は すわるんだろう
  ありがとう・さようなら 教室

3 ありがとう・さようなら 先生
  しかられたことさえ あたたかい
  新しい風に 夢の翼ひろげて
  ひとりひとりが 飛びたつ時
  ありがとう・さようなら 先生

  ありがとう・さようなら みんな みんな
  ありがとう・さようなら みんな


《蛇足》 昭和60年(1985)、NHK「みんなの歌」として発表され、以後、多くの小学校で卒業式の歌として歌われるようになりました。

 福田和禾子(ふくだ・わかこ)にはほかに『北風小僧の寒太郎』『赤鬼と青鬼のタンゴ』などの傑作童謡があります。平成20年(2008)10月5日没。
 東京芸大出身で、父親は『サーカスの唄』『花言葉の唄』などのヒット曲をもつ戦前のスター歌手・松平晃。


(二木紘三)

|

トップページ | あゝモンテンルパの夜は更けて »

コメント

この歌を作曲された福田和禾子さんが2008年10月5日に亡くなられました。
「みんなの歌」などを通じ、子どもたちのために沢山の素晴らしい歌を発表していただきました。
ありがとう・さようなら 福田先生。

投稿: 橋本茂樹 | 2008年11月 9日 (日) 23時07分

娘が幼稚園で、年長さんに向けて歌いました。
懐かしい気持ちになりました

投稿: 山下 ゆかり | 2011年3月20日 (日) 09時40分

すいませんwobbly
この曲の音楽が出て来ないんですけど!

投稿: 桒山雅妃 | 2014年3月 9日 (日) 13時31分

昭和50年から小学校の教師をしていました。
この曲は卒業式によく歌われましたが今聴くと、子供たちと共に過ごした教室、子供たちの笑顔が思い出されます。
ここで教え、歌い、笑い、集い・・・・・私の人生の全てでした。
退職した今、わけもなく涙があふれます。
ありがとうございます。

投稿: miko | 2016年7月 8日 (金) 09時04分

こんばんは  

 この ありがとう・さようなら  ははじめて聞く曲でした  よい曲なのでしょうね    でも 我々の世代の
 卒業のその場での その曲は  仰げば尊し これしかありませんでした   二木先生のうた物語に投稿されている皆様の 思い 考察 はよくみさせていただいています   皆様の思いを 否定するのではありません  ただ 僕にとっては  仰げば尊し が一番涙を流したものでした

 mikoさまの短いコメントから 大きなインパクトが与えられました  当然のような日常から 離れなければいけない日がきてしまう  自分では まだできる まだしたいと考えても離れなくてはいけない そのつらさ 十分すぎるほど分かります  ましてや 純粋な成長過程の子供達との仕事ですもの 余計です   その気持ちのままに この曲への出会いが どれほどmiko先生の琴線にふれるか よくわかるつもりです   みておられた子供たちの 将来に幸あれと祈るばかりです    僕は定年制のない職業で有り難いですが 今後は老害を ふりまかないよう留意して過ごして生きたいと思います

 miko先生の ぽっこりあいた心が また清らかな心でいっぱいに充填される日が早からんことも願っています

投稿: 能勢の赤ひげ | 2016年7月10日 (日) 22時29分

能勢の赤ひげさま、私のコメントを心にとめていただきありがとうございます。
卒業式の思い出の曲は年代によってそれぞれ違いますね。「仰げば尊し」は昭和28年生まれの私も心に響く好きな曲です。
長い教師生活の間、卒業式で歌われる曲も次々に変わっていきました。
その曲と共に学校生活の思い出や先生、友の顔がクローズアップされその人にとって思い出の曲になっていくのでしょうね。
最近では「旅立ちの日に」がよく歌われます。
ピアノ伴奏もきれいですばらしい曲です。

投稿: miko | 2016年7月13日 (水) 17時07分

今は89歳大企業に勤務して。混声合唱団で藤山一郎先生と福田和禾子先生はいつも明るく楽しくたくさんの歌を教えて下さいました。お陰様で今も茅ヶ崎で山田耕筰と赤トンボの会というサークルで歌っております。心から感謝とお二人の先生のご冥福をお祈り申し上げます。

投稿: 稲垣 嘉正 | 2017年9月17日 (日) 19時00分

学校の映画鑑賞で泣いてしまわれたというkonohさまのコメント(山の吊橋)で私も一つ学校映画を思い出しました。

今はない私の小学校は木造の一階建てでした。二つの学級を仕切っている壁を取り外し、机と椅子を廊下や教室の隅に押しやって、窓に暗幕をかけると映写室ができました。生徒は床に座って映画を鑑賞しました。私の学級の生徒数は50人弱で、保育園、幼稚園から、小学校の6年間、皆一緒でした。

小学4年生か5年生の時だったかと思います。”つづりかた兄妹”が上映されました。後で知ったことですがこれは当時、全国に知られた感動的な同名の書籍、実話、を基にしたもので団塊の世代であればほとんどの生徒が学校で鑑賞したのではないでしょうか。

そんなこととはつゆ知らず国語嫌いで作文が大嫌いな私は、”先生はまた生徒を作文好きにしようと図っている”と斜に構えていました。私は作文といえば一行か二行書くのが精いっぱいでした。実際そんな作文を提出したこともあります。映画のあらすじは思い出せません。土砂降りの雨の中で子犬を抱いたずぶ濡れの少年が立っている情景が脳裏に残っています。

映写が終わり暗幕が取り除かれ、教室が明るくなりますと何人かの女の子が泣いていました。わがクラスの悪ガキ坊主どもは、女の子一人一人の顔をのぞき込み、泣いてる、泣いてる、とはやし立てました。

私はその時泣いた覚えはないのですが、最近気になってネットで調べていて泣いてしまいました。驚いたのは映画の主人公でふうちゃんのモデル野上房雄君のお墓の写真を見た時です。墓石には「ふうちゃん 1948 8.22 -1957 6.4」と刻んでありました。彼は僕と同じ学年です。そして小学3年生で亡くなっているのを知りました。

つづりかた兄妹の話に感動し、うた物語にコメントしたいなぁ、と思っていたのですが、どの曲に関連させてよいのかわかりませんでした。

そして今日、”ありがとうさようなら”、これだ、と思いました。私の小学校の級友は今年集まって古希のお祝いをします。50人弱の級友ですが、7人が亡くなっています。
私はふうちゃんにも”ありがとうさようなら”と言いたい気持ちなのです。

書籍”つづりかた兄妹”も読んでみたくなりました。図書館でとりよせていただくことになりました。

投稿: yoko | 2018年4月 4日 (水) 23時31分

今月はこの曲にハマっていました。メロディが気に入って自分も歌えるようになろうと練習していました。

しかし難しい曲ですね。街を歩きながら口ずさもうとしても、メロディも音程も思い浮かばなくなるいことがしょっちゅうでした。結局家に帰ってパソコンで「うた物語」を開き二木先生の演奏を聴くまで歌えませんでした。

次に難しかったのが歌詞を音符に合わせることです。youtubeで子供たちの合唱を聴きながら練習しました。

最後の難関は1番から3番までの歌詞を覚えること。今ではなんとか歌えるようになったのですがそれでも歌っていてフッと歌詞が頭から消えてしまうのはしょっちゅうです。

youtubeで見る幼稚園児の合唱には感心します。皆1番から3番まで元気に歌っていますね。皆覚えているんだ、すごいなぁ。そこで昔のことを思い出しました。僕は幼稚園の頃から歌が覚えられなかった。いつも隣の子が歌っている言葉をこっそりと聴きながら後追いでマネしながら歌っていました。「仰げば尊し」も「蛍の光」も「故郷」もそうでした。

記憶できないのは今に始まったことじゃない。生まれた時からそうだったのだ。そんな風に考えると残りの人生も少し楽になりますね。もう頑張ることって必要ないんだ。

歌詞を覚えるのは辛いし、覚えてもすぐに忘れてしまうのも悔しいですが、もうテストもないし、先生に怒られることもない。今は悠々自適、人生万歳です。

投稿: yoko | 2018年4月19日 (木) 21時54分

yokoさま

この曲にハマっていらっしゃるのですね。
私もこの曲は大好きです。いまだに3番まで歌えます。
私は子供たちに「さあ歌いましょうと」教える側でしたので歌えない子の苦悩や友達の後追いをして歌うふりをしていた子のかわいらしさを改めて知りました。

でも歌が苦手でもなかなか覚えられなくてもいいんですよ。そんなことでその子の価値は決まりませんから。
私自身も子供のころは音楽や体育が苦手でしたが、笑ってごまかしていました。
そして絵や文章を書くのが好きでそちらの方に意識を向けて自信をつけて生きていました。
厚かましいもんが「勝ち!」です♪♪

yoko様のおっしゃる通り、もう歌詞をまちがっても誰も怒りませんので「ありがとう さようなら」好きに歌ってください。


投稿: MIKO | 2018年4月20日 (金) 21時13分

MIKO様

国語が苦手で、作文嫌い、読書感想文嫌い、の私でしたが、図書館で「つづりかた兄妹」を借りて読みました。昭和20年代、30年代の私と同世代の子供の世界がまざまざと甦りました。外地からの引揚げ、家族の別離、再会、貧困と家族の温かさ、団結に感動して泣きました。うた物語にコメントされている皆様の子供時代の体験と重なる部分があります。

読み終えて今日はその返却日だったのですが愛着が沸き、返すのが惜しくなり延長して借り続けることにしました。

主人公のふうちゃん(野上房雄君)のお墓参りをしたくなり、最寄りの公的機関にお聞きしたところ「つづりかた兄妹」のことはご存じありませんでした。4才年下の読書好きな私の妻ですらその本のことは知りませんでした。私はてっきり日本全国の人だれもが知っている有名な本と思い込んでいましたが、もう世の中、世代は交代しているんですね。このまま忘れ去られてしまう話なのでしょうか。寂しいなぁと思います。

近々関西を訪れる予定ですので、この際だから是非ふうちゃんのお墓参りをしたいと思っています。

投稿: yoko | 2018年4月20日 (金) 23時43分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トップページ | あゝモンテンルパの夜は更けて »