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あずさ2号

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:竜真知子、作曲:都倉俊一、唄:狩人

明日(あした)私は旅に出ます
あなたの知らない人と二人で
いつかあなたと行くはずだった
春まだ浅い信濃路へ
行く先々で想い出すのは
あなたのことだとわかっています
そのさびしさがきっと私を
変えてくれると思いたいのです……

さよならはいつまでたっても
とても言えそうにありません
私にとってあなたは今も
まぶしい一つの青春なんです
8時ちょうどのあずさ2号で
私は私はあなたから旅立ちます……

      (間奏)

都会のすみであなたを待って
私は季節に取り残された
そんな気持ちの中のあせりが
私を旅に誘うのでしょうか……

(*)さよならはいつまでたっても
   とても言えそうにありません
   こんなかたちで終わることしか
   できない私を許してください
   8時ちょうどのあずさ2号で
   私は私はあなたから旅立ちます……
(* 繰り返す)

《蛇足》 学生時代から今日に至るまで、新宿・松本間を何度往復したかわかりません。私の学生時代には、「あずさ」だけでなく、特急自体がありませんでした。新宿・松本間は、急行で5時間ほどかかったと記憶しています。

 5時間以上の乗車というと、これはもうりっぱな「旅」です。帰省の前夜には、明日の夜は自分の家で寝るのだと思うと、うれしくて眠れず、休暇が終わって帰京する前夜には、都会の雑踏が恋しくて、わくわくしたものでした。

 特急「あずさ」が初めて走ったのは、私が大学を卒業した翌年の昭和41年(1966)12月12日のことです。このときは1日2往復だけでしたが、その後逐次増発され、終点も松本から大町へ、さらに白馬へと伸びました。現在、「あずさ」のなかで最も速い「スーパーあずさ」は、新宿・松本間を2時間30分前後でつないでいます。

 狩人の『あずさ2号』がヒットした昭和52年(1977)までは、「あずさ2号」は、まさしく新宿8時ちょうどの出発でした。
 しかし、その翌年、ダイヤ改正により、新宿8:00発は「あずさ3号」になってしまいました。これは、上り・下りとも発車順に1号・2号……と数えるそれまでの方式から、下り列車には奇数番号、上り列車には偶数番号をつける方式に変わったためです。現在、8時ちょうど新宿発の特急は「スーパーあずさ5号」です。

 平成14年(2002)2月2日、『あずさ2号』を偲んで、新宿~松本間に「懐かしの特急あずさ2号」が運転され、多くの鉄道ファンや狩人ファンが集まりました。ただし、出発は8時ちょうどではなく、8時2分でした。
 上の写真はこのイベントにおいて、あずさ2号が松本駅に到着した際に撮影されたもの。

(二木紘三)

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コメント

こんばんは、初めてコメントいたします。

演奏にクリックしたら、『あずさ2号』が流れ、私が5年前に新宿で見たアノ列車の情景を思い出します。

私は『あずさ2号-ニューヴァージョン-』というシングルCDを持っていますが、再び、聴いてみたくなりました。そして、カラオケで熱唱したいですね。

投稿: 岸田法眼 | 2007年2月11日 (日) 01時37分

この歌は良い歌ですね。しかし後半の高音の部分が60才を
越えると残念ながら声が出ません。狩人はこの歌より、コスモス街道の方が好きだと言っていたのを聞いたことがあります。

投稿: M.U | 2008年5月21日 (水) 13時24分

「明日私は旅にでます。貴方の知らない人と二人で」これは
失恋でしょうか、無理やり失恋にもって行こうとしているの
でしょうか。唄は悲しい結末が多いがハッピーエンドもあって良い。(希望)

投稿: 海道 | 2008年11月11日 (火) 17時13分

二木先生の解説《蛇足》が微笑ましくて・・・帰省の前夜には、明日の夜は自分の家で寝るのだと思うと、うれしくて眠れず、休暇が終わって帰京する前夜には、都会の雑踏が恋しくて、わくわくしたものでした・・・先生の帰省は郷愁,帰京は満足感だったのでしょうね。このサイト訪問のみなさん ♪【山のロザリア】を開いてください。先生の素敵な青春が伺えますよ!!

投稿: 二人三脚 | 2009年5月19日 (火) 19時02分

ある暇な夫婦のブログより
とてもくだらない事なのですが、夫と意見が合わずに早15年。ぜひ第3者のご意見を聞かせてください。 狩人さんの名曲「あずさ2号」に登場する「わたし」は悪い女なのでしょうか?夫いわく男を捨て、勝手に違う男と旅に出たトンでもない女だというのですが、私にはそう思えない。2番の歌詞を読み解くと、つまり長すぎた春、もしくは煮え切らない男、自分の夢を追いかけ、なかなか戻ってこない男。もう待ちくたびれて、または年齢的な問題で別の男との結婚を選ぶしかなく、旅に出て行くような気がするのです。そんなに女だけが悪者になる内容でしょうか?作詞家の方に手紙を出そうかと思ったほど、毎回我が家では議論白熱になってしまいます。(平和だなぁ)
ぜひご一考ください。長岐に渡る夫婦の議論に終止符の回答をお寄せくださいませ。

投稿: 海道 | 2012年6月28日 (木) 08時24分

昭和40年代、彼女が、青春のお別れに旅をしたと言う木曽路を旅したことがある。彼女に逢えるような、そんな気持ちを抱いて、旧街道、古い町並みを、歩き続けた。
「あずさ2号」(作詞竜真知子、作曲都倉俊一)が、好きで、今でも、在りし日の彼女を偲びカラオケで歌うが、何故か、胸が熱くなる青春の悲しい歌である。柄にもなく、涙ぐむ・・・

投稿:  昭和の庶民史を語る会 | 2012年9月22日 (土) 15時36分

『あずさ2号』は、昔の恋人と行くはずだった信濃路へ、別の男性と旅に出るという歌ですね。東京を起点として長野県へ鉄道で旅行をする場合、中央線経由で甲府を経て松本方面へ向かうか、上越線経由で高崎を経て軽井沢・長野方面へ向かうことになります。狩人の『コスモス街道』は軽井沢・信濃追分付近をイメージしていますが、『あずさ2号』に乗った二人は何処へ行くのでしょう。私は高校・大学の頃信州への旅行が好きで、何度となく出かけました。あの頃は信州周遊券という切符もありました。貧乏学生のくせに、いや貧乏学生だからこそ、夏の避暑地にはロマンチックな雰囲気があると憧れていました。昭和30年代に大ヒットした『愛と死を見つめて』の主人公も信濃路への旅に憧れていましたが、飛行機で簡単に北海道や沖縄へ行ける現代でも信州は魅力的な旅行先です。

投稿: Yoshi | 2012年10月 2日 (火) 00時30分

「愛と死をみつめて」にまで言及されるとは信州人として感謝申しあげます。この実話の男性は伊那北高校を出て浪人中に「みこ」と知り合うのでしたね。

投稿: 海道 | 2012年10月12日 (金) 17時25分

ゼミの1年後輩が企業戦士として、一家庭人として不足のない実績を足跡として、終の棲家を信州・松本に定めたとの便りを耳にしました。旅では得られないであろう「何か」を知りたく鑑み、かのへの憧れが「うた」とともに逼ります。

投稿: 夏橙 | 2012年11月 7日 (水) 19時47分

私も高校時代松本に下宿していました。田舎は40km程度北の所でしたが最近田畑付きで売れましたので、終の住み家は神奈川県になってしまいました。松本はアルプスが見え、美ヶ原、上高地など自然の宝庫だと今でもそう思います。

投稿: 海道 | 2012年11月 7日 (水) 22時03分

ある暇な夫婦さんへ
やっと私と同じ意見のご主人がいると。周りに、この女はけしからん、二股掛け、一緒に行った男の傍で昔の男だけを思っているなんて、と意見を言っても ほとんどはこの女に味方し 可哀そうな純情な女だと 擁護する。
ご主人の意見に同感。

投稿: おじん | 2013年2月22日 (金) 19時38分

平成2年熊本から東京へ転勤しました。愛媛~熊本~東京と夏目漱石の転勤と同じです。次は、名古屋~東京~愛媛と10数回も引越しました。
 サラリーマン生活での転勤貧乏な時期でした。
そんな当時、吉祥寺から毎朝ラッシュアワーの満員電車に揺られて、新宿のホームに着くと、向かいのホームの「あずさ号」に乗り込む人達を眺めつつ、過去の山登りや、いろいろな出来事や思い出、これからのこと等、夢の広がるひと時でもありました。
あずさ号に逢える楽しみが励みでもあり、いつも、あずさ2号の歌を口づさんでいました。
 子育て真っ只中の多忙で貧乏な単身赴任でした。
あれから25年、子供達は東京、神奈川に在住、妻と瀬戸内の海辺の新幹線も走らない静かな田舎町で元気に暮らしています。
 私にとってこの曲は、知らない土地で、家族で助け合って過ごした思い出の懐かしい名曲です。
 時々ハーモニカでこの曲を吹き、皆に聞いてもらっています。来週は、盆で孫たちが帰ってきます。少しは賑やかになります。

投稿: ブルースカイあけちゃん | 2014年8月 9日 (土) 17時36分

ブルースカイあけちゃん さん

 ジャズの「ブルースカイ」もいいですが、湯川れい子作詞・杉真理作曲の『Blue Sky』(スリーグレイセス歌)はベリーベリーグッドでもう最高!是非聴いて歌って下さい。
1991年収録の際のコーラス譜とピアノ譜をいただき<みんなで700曲歌おう会さくら草>のオリジナルに了解を得て歌っております。

投稿: 尾谷光紀 | 2014年8月12日 (火) 11時04分

二木先生、初めて投稿します。先生のブログに何度も癒されています。また、蛇足のなんと魅力的なことでしょうか。皆様の物語にも時間の経つのも忘れます。この歌は東京で学生生活を送っていた頃によく歌われていましたが、わたしはできる限り歌わないようにしていました。「あなたの知らない人と二人で」なんてとんでもないですから。その頃私の彼女(今の家内)は山梨大学に在学中で、月に一度(私は当時、資格試験中であり、お金もないので月に一度がやっと)朝8時の「あずさ」で甲府へ向かうのが当時の唯一の楽しみでした。それが「あずさ2号」でした。私の青春の思い出の歌となりました。

投稿: 如海 | 2014年11月 2日 (日) 19時06分

ある暇な夫婦様やおじん様のご意見を読んで、私はこの女性は二股掛けたのではなく、前の恋人と別れてから新たに旅に出たのだと思います。なぜかと言うと私は、このサイトで歌詞を見るまで「さよならはいつまでたってもとても癒えそうにありません」と思っていたからです。「言えそう」ではなく「癒えそう」だと、恋は終結していると思われます。ですからこの主人公の女性はかわいそうな失恋した女性ということになります。歌っているうちに歌詞が間違われたということはないのでしょうか。

投稿: ぽん | 2015年6月 9日 (火) 16時17分

この時期、京都に行くか? 信州に行くか?と、問われれば、躊躇せず「信州」でしょうね。
祇園まつりもいいけれど、気温36℃の世界から逃れて涼風そよぐ白樺林をのんびりと歩いたり、千曲川沿いに藤村旅情に浸ったり、遙か浅間山を眺めながら「山のけむり」に想いを寄せ、その後 藤村ゆかりの懐古園近くの中棚荘でのんびりとりんご風呂にでも浸かって・・・想像するだけで涼しくなります。
「あずさ2号」(関西からは「ワイドビューしなの」ですが・・・)明日にでも飛び乗って行きたい⇒⇒。

投稿: あこがれ | 2017年7月20日 (木) 14時08分

あこがれさま
 
 ご無沙汰です   六甲で涼まれていたら 都会の暑さはーーー 我慢できないでしょうね  豊中は
 籠池問題も燃え続けていますしね

 京都から 信州へ あずさ2号で --
  いいですね

 加茂川 やや上にあがった 東岸に 狩人のご両親の経営する 喫茶店がありましたが   今もやっておられるのでしょうか?

投稿: 能勢の赤ひげ | 2017年7月20日 (木) 17時43分

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