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可愛いスーチャン

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞・作曲者:不詳

1 お国の為とは言いながら
  人の嫌がる軍隊に
  召されて行く身の哀れさよ
  可愛いスーちゃんと泣き別れ

2 朝は早よから起こされて
  雑巾がけやら掃き掃除
  嫌な上等兵にゃいじめられ
  泣く泣く送る日の長さ

3 乾パンかじる暇もなく
  消灯ラッパは鳴りひぴく
  五尺の寝台わら布団
  ここが我らの夢の床

4 夜の夜中に起こされて
  立たなきゃならない不寝番
  もしも居眠りしたならば
  ゆかなきゃならない重営倉

5 海山遠く離れては
  面会人とてさらに無く
  着いた手紙の嬉しさよ
  可愛いスーチャンの筆の跡

《蛇足》 これはいわゆる軍歌ではなく、兵隊節というジャンルに属する歌です。
 軍歌は兵士や国民の戦意を高揚させるための国策ソングで、そのため、歌詞もメロディも勇ましいのが普通です。

 いっぽう兵隊節は、兵士たちが軍隊生活の辛さを慰めるために歌ったもので、軍務や上官に対する不平不満を込めた歌詞が多くなっています。この歌は、兵隊節のなかでも、とくにその傾向が強く表れています。
 建前上、軍や上官への批判は厳禁でしたが、無礼講の慰労会などでは、一種の「ガス抜き」として、将校も大目に見ていたようです。

 1番には次のような異本もあります。

お国の為とは言いながら 人の嫌がる軍隊に
志願で出てくる馬鹿もある 可愛いスーちゃんと泣き別れ

 2番に上等兵という言葉が出てくるので、旧日本軍の位階について述べておきましょう。
 兵制は時代によって違っていますが、最終の兵制では、上位から下位へ次のようになっていました。カッコ内は海軍の呼び方です。

(1)将官=大将・中将・少将
(2)佐官=大佐・中佐・少佐
(3)尉官=大尉・中尉・少尉
(4)准士官=准尉(兵曹長)
(5)下士官=曹長(上等兵曹)・軍曹(一等兵曹)・伍長(二等兵曹)
(6)兵=兵長(水兵長)・上等兵(上等水兵)・一等兵(一等水兵)・二等兵(二等水兵)

 尉官と佐官は合わせて士官と呼ばれました。アメリカなどでは、少将と大佐の間に准将という位がありますが、日本陸軍ではありません。
 ほかに元帥がありますが、これは、日本軍では位階ではなく、大将のうち元帥府に列せられた者の称号でした。元帥府は天皇の軍事上の最高顧問機関で、それを統裁する際の天皇の称号は大元帥でした。
 なお、外国の軍隊では、元帥は大将の上の位階です。

 旧日本軍では、「上官の命令は天皇陛下の命令だと思え」といわれていたので、どんな理不尽な命令でもまかり通っていました。
 任務の遂行上必要な命令もありましたが、いじめ以外の何物でもない暴力や強制も数多く行われていました。旧日本軍では、「いじめ」が基本的なシステムだったという人さえいます。

 この歌の最初に出てくるラッパは、消灯ラッパです。ドドドドドミドミソ~のメロディに合わせて「新兵さんはかわいそうだネ~ また寝て泣くのかヨ~」と歌われていました。
 軍隊生活は、大の男が布団の下で忍び泣かなければならないほど苛酷なものだったようです。
 もっとも、こうした加虐的なシステムは、程度の差こそあれ、どこの国の軍隊にも見られます。軍隊という圧制組織がもつ宿命的な特性といってよいでしょう。

 4番の重営倉は、旧陸軍における懲罰の1つ。営倉(禁錮刑)の重いもので、1日以上30日以内の間、演習や勤務を停止して、飯・塩・水だけを与え、寝具なしで営倉に入れること。

 上の写真は松竹映画『二等兵物語』の1シーン。伴淳三郎と花菱アチャコの主演で、軍隊の不条理さと苛酷さを喜劇タッチで描いたものです。

 この歌には、いくつもの替え歌が作られています。その多くは、高校・大学の運動部やサラリーマン社会など、多かれ少なかれ階級制度が残る社会における下積みの嘆きを歌ったものです。

 そうした替歌と若干色合いは違いますが、極めつきは非行少年の嘆きを歌った『練鑑(ネリカン)ブルース』です。この替え歌にはさまざまなヴァリアントがありますが、いずれも少年鑑別所を少年刑務所と混同しており、いくつものまちがいがあります。

(二木紘三)

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コメント

はじめまして。

楽曲等、楽しく視聴させていただいております。
もし、できるのなら、リクエストをさせてください。

1.船頭小唄(大正11年?)
2.君戀し(昭和初期?)

投稿: wadatoshiaki | 2006年9月18日 (月) 02時07分

楽しく拝聴させていただいております。

2006年6月23日 (金)の中に
お国の為とは言いながら 人の嫌がる軍隊に
志願で出てくる馬鹿もある 可愛いスーちゃんと泣き別れ

お国の為とは言いながら 人の嫌がる軍隊(→海軍)に
志願で出てくる馬鹿もある 可愛いスーちゃんと泣き別れ

とも考えられます。海軍は志願でしたので、そうなるとつぎのフレーズ

志願で出てくる
 
が生きてきますから。

投稿: mamalab | 2006年10月 8日 (日) 11時41分

 こんばんは・・・。
度々訪問させていただいておりましたが、初めて投稿致します。

 兵隊節「可愛いスゥチャン」ですが、この唄は陸軍を中心に
歌われていました。海軍の兵隊節は「海軍小唄」ですとか、
「ダンチョネ節」の方がポピュラーといっても良いでしょうね。

前に投稿された方が「海軍は志願制だから『志願で出てくる』
という言葉が生きると言われていますが、実を言いますと旧の
陸軍は徴兵制を布いていましたが、志願兵役制度も採用して
おります。特に、大正年間の軍縮時代などに選抜徴兵された
兵士には志願兵の存在が驚きと共に歌い込まれているのだろうと
思います。

明治時代の兵隊節は少ないのですが、大正昭和と時代を下ると
暗くなってしまいますが、明治時代のものはユーモラスなものが
多いですね。

投稿: 異邦人 | 2006年10月23日 (月) 03時32分

練鑑ブルース、忘れられません。昭和33年中二の時家族で人吉から上京し太子堂中学校に転入致しました。全くの田舎者熊本弁育ち、気後れしほとんど口もきけない日が続いていた時不良グループに呼び出されました。
彼らが歌っていたこの歌詞は忘れられません。ネリカンブルースです。
父さん母さん許してね、今後真面目になりますと
言った言葉も上の空、思うはあの子のことばかり。

青いバスに乗せられて ゆらりゆられて行く先は
その名も高き練馬区の 東京少年鑑別所。

学校に行くと連中が待ち構えていました。 からかわれ虐められケンカで校舎の窓ガラスを割って教員室へ。最近も川崎で田舎から上京したばかりの中学生が・・・、私には未だ他人事ではありません。
もう58年前の事、何もかも遠い思い出となりましたが、歌は今ただただ懐かしいばかりです。

投稿: 望郷人 | 2016年2月20日 (土) 17時57分

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