駅馬車
(mp3制作:二木紘三)
1 あの村この町を 今日また後にして 2 果てなく長い道 でこぼこのほこり道 3 さよならまたの日を 思えば遠い空 Bury Me Not On The Lone Prairie 1. "Oh, bury me not on the lone prairie, 2. He has wasted and pined 'til over his brow 3. Again he listened to the well-known words, 4. "I've often wished that when I died, 5. "O'er me slumbers a mother's prayer, 6. "In my dreams I saw ..." but his voice failed there, 7. May the light-winged butterfly pause to rest 8. And the cowboys as they roam the plain, |
《蛇足》 1939年公開(日本公開は翌年)のジョン・フォード監督作品『駅馬車』の主題歌。西部劇史上に燦然と輝く傑作で、主役のリンゴー・キッドを演じたジョン・ウェインは、B級活劇専門の俳優から、一躍スターダムに上りました。
元歌はワイオミング、ニューメキシコ、モンタナ、テキサスあたりの牧畜地帯で歌われていたカウボーイソング『Bury Me Not On The Lone Prairie』(寂しい草原に埋めないでくれ)。
この歌は非常にヴァリアントが多く、ほかに『The Dying Cowboy』(瀕死のカウボーイ)、『The Dying Ranger』(瀕死の警備隊員)、『The Cowboy's Lament』(カウボーイの嘆き)、『The Lone Prairie』(寂しい草原)、『The Ocean Burial』(大洋の埋葬)ほか、さまざまな歌詞があります。
これらのカウボーイソングには、さらに原曲があります。アイルランド民謡の『The Unfortunate Rake』(不運な道楽者)がそれで、1700年代後半から歌われ始めたという記録がありますが、起源はもっと古そうです。
これがアイルランドから直接、あるいはイギリスを経由してアメリカに伝わったわけです。途中で船乗りの間でも歌われるようになったようで、『The Ocean Burial』などがそれを示しています。
アメリカに伝わったのは1800年代前半と推測されます。
『The Unfortunate Rake』も、その後裔であるカウボーイソングも、歌詞は悲しい内容で、メロディも非常にスローなテンポのバラードですが、映画では軽快なテンポに編曲されました。このため曲想が一変し、明るい希望に満ちた曲に変わりました。これが大成功で、アカデミー賞の作曲・編曲賞を受賞しています。
元のスローテンポなカウボーイソングは、ブルーグラスやヒルビリーなどのカントリーソングとして今も歌われています。
アメリカの牧畜業が開発途上だった頃、カウボーイたちは厳しい生活を余儀なくされていました。昼間は牛の駆り集めや見回り、焼き印押し、柵の補修といったきつい仕事にいそしみ、夜は大部屋の2段ベッドで休む、というのが普通の生活でした。
寝るまでのひととき、彼らはよく歌を歌いました。それらは、子どもの頃に父母から教わったり、カウボーイになってから覚えたりした歌でした。
それらのなかには、父母などの出身国であるアイルランドやイギリス、ドイツなどの民謡が数多く含まれていました。
元の歌詞のまま歌うだけでなく、彼ら自身の経験や思い出、希望などを即興で詞にして歌うこともよくありました。音楽的センスのある者は、メロディもオリジナルで作曲しました。
そうした歌が、彼らが牧場から牧場へと流れ歩くにつれて、各地に広まっていったのです。
カウボーイソングには、慰安という効用のほかに、実用的な意味もありました。
鉄道網が未発達だった時代、牧場主たちは、収入を得るために、鉄道駅のある場所まで牛を運ばなければなりませんでした。その距離は、数百キロから、ときには1000キロ以上にのぼりました。そうした長距離輸送を「キャトルドライブ(cattle drive 牛追い)」といいます。
キャトルドライブは西部劇の格好のテーマで、ジョン・ウェイン主演の『赤い河』(1948年)や、エリック・フレミング、クリント・イーストウッドが主演したTVシリーズ『ローハイド』(1959~66年)など、さまざまな作品に描かれています。
砂漠など地形や気候が過酷な場所を長距離移動するわけですから、人間だけでなく、牛も疲れるし、神経もささくれ立ってきます。そのため、夜間、聞き慣れない音がすると、牛たちは驚いて暴走を始めます。
そうすると、行方不明になったり、傷ついたりする牛が増えるし、人が巻き込まれて死ぬこともあります。
ところが、見回りのカウボーイが歌を歌ってやると、不思議と牛たちの情緒が安定し、よく眠るようになるというのです。
牛が音楽によく反応することは広く知られていて、日本でも、牛舎にモーツァルトなどのクラシック音楽を流している酪農家がよく見られます。きれいな音楽を聴かせると、乳の出が格段によくなるそうです。
そういうわけで、歌を歌うことは、カウボーイにとって、投げ縄や射撃などと並んで必須の技術でした。慰安の歌であり、仕事の歌でもあったカウボーイソングが、今ではアメリカの代表的サブカルチャーとして、多くの人びとに楽しまれているわけです。
(二木紘三)
| 固定リンク
訪問者の感想等

コメント
今日、初めて二木さんのHPを知りました。
懐かしい曲がいっぱいでうれしくなりました。中でも「月見草の歌」に出会えて感激しちゃいました。またしょっちゅう来ます。
投稿: さよちん | 2007年1月15日 (月) 00時16分
昔しこのジョンウエンの映画を見ました。その頃は西部劇大好きでしょっちゅう映画館に通っていました。今でも軽快な主題歌と格好いいジョンウエンのカウボーイ姿が目に浮かびます。
今新たにカウボーイソングの歴史やこの駅馬車の本歌の調子のことなど大変興味深く拝読致しました。
投稿: 風来坊 | 2007年7月23日 (月) 10時38分
駅馬車の思い出 ・・・
40年ぐらい前でしょうか?小都市の映画館で上映される度に
足を運びました。BSなどで放送すると必ず見ています。
見る度に何か新しい発見をする気がします。
映画、テレビ放送、自画録ビデオを含め15回ぐらいは見ています。
このリズムがいいですねェ
投稿: グ・グロリア | 2007年10月 3日 (水) 21時21分
この歌の元歌が、悲しいカウボーイソングだと初めて知りました。映画「駅馬車」では明るいテンポの良い曲になっていたので、何か浮き浮きするような気分になります。
この曲を聴いていると、広大な草原に牛を追っていくカウボーイの姿を連想しますが、子供の頃、それがアメリカなんだと思っていました。
戦後、どれほど西部劇を見たか数えようもありませんが(多くの人がそうでしょう)、この映画で登場したジョン・ウェインは正にその大スターでした。彼は西部劇の至宝というよりも、後に“アメリカ人”の代表になった感があります。
それは「赤い河」や「黄色いリボン」「アラモ」など数多くの作品で、われわれ日本人の心に焼き付いたからだと思います。
ジョン・ウェイン伝説の起源となった「駅馬車」は、そういう意味でも忘れられない映画であり歌でもあるでしょう。
投稿: 矢嶋武弘 | 2008年5月 4日 (日) 16時08分