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君待てども

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞・作曲:東 辰三、唄:平野愛子

1 君待てども 君待てども
  まだ来ぬ宵 わびしき宵
  窓辺の花 ひとつの花 蒼白きバラ
  いとしその面影 香り今は失(う)せぬ
  諦めましょう 諦めましょう
  わたしはひとり

2 君待てども 君待てども
  まだ来ぬ宵 朧(おぼろ)の宵
  そよふく風 冷たき風 そぞろ身に泌む
  待つ人の影なく 花びらは舞い来る
  諦めましょう 諦めましょう
  わたしはひとり

3 君待てども 君待てども
  まだ来ぬ宵 嘆きの宵
  そぼ降る雨 つれなき雨 涙にうるむ
  待つ人の音なく 刻む雨の雫
  諦めましょう 諦めましょう
  わたしはひとり

《蛇足》 港が見える丘』のコンビが昭和23年(1948)に放ったヒット曲。

 松本市の中心部から見て北西側に、昔砦があったと伝えられる城山(じょうやま)が横たわっています。私は、その城山から松本市街へとなだらかに下る中腹に立つ高校で学びました。
 高校時代、私はときどき授業をさぼって、城山を彷徨(さまよ)い歩きました。

 その美しいひとは、白いススキの群落を縫って走る小径の曲がり角に、1人たたずんでいました。だれかを待っているようでした。周りに人家はなかったので、当時その近くにあった国立結核療養所で病を養っているひとだろう、と私は想像しました。
 そのひととは、そのあと2度出会い、2度目には目礼を交わしましたが、その後は姿を見なくなりました。

 この歌は春の歌ですが、この歌を聞くと、秋景のなかで人を待つそのひとのはかなげな姿が浮かんできます。

(二木紘三)

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コメント

この歌は君を待っているのは女性と解釈しましたが、逆のバージョンもあるのでしょうか。

投稿: 海道 | 2011年9月13日 (火) 16時38分

私は子供の頃からこの歌は戦地へ行った恋人の帰りを待つ女の人の事を歌った歌だと思っていました。携帯や電話などの連絡手段の無い時代、相手の消息を知るのは大変なことでした。別れればそれきり消息不明になった人たちも多かったでしょうね。それにしても何と詞が美しい事か。日本語をきちんと知っている人が作った歌詞は美しいですね。伊藤久男が歌った「たそがれの夢」の中に「白き薔薇は愁いにゆれつつ」という一節があります。こういう歌詞を読むともっと国語の勉強をしておけばよかったと後悔します。

投稿: ハコベの花 | 2011年9月13日 (火) 22時16分

詞の美しさといい、、曲の構成の妙といい、素晴しい楽曲だと思います。
「港が見える丘」もそうですが、平野愛子の歌唱、東辰三のメロディにはどこかアンニュイ的なところがありますね。そこがとても魅力的な要素にもなっているのでしょうか。 東辰三は歌い手を目指していたそうで、コーラスグループでバスを受け持ってたということですから、シンガー・ソング・ライターの魁となれたかもしれません。  その後グループ解散、作詞家の道に進み。作曲もこなして。寡作ながら名曲を残してくれました。
 50歳で逝去。長生きされてたら、沢山のいい歌を世に送り出してくれたでしょうに。 その分、息子さんの山上路夫がヒューマニズム溢れた詞を数多作ってますね。 

投稿: かせい | 2016年5月11日 (水) 00時43分

 戦後、疎開先の母の実家(福岡県)で、30歳ごろだった母が口ずさんでいて、1941年生まれの私も意味もわからず、つい覚えてしまった歌です。母は63歳で、私が40歳のとき亡くなりました。別に、父が戦死で帰らなかったわけではありません。その頃は母の実家でよく夫婦げんかしていましたから。夕暮れの農家の窓辺に立つ母のたたずまいが、なぜか歌とともに浮かぶのです。
 この6月、仕事から解放されます。28~33歳まで新婚も含めて過ごした松本を40年ぶりで訪ね、明科に眠る友を訪ねようと思っています。

投稿: 村山 文作 | 2017年6月16日 (金) 13時17分

この歌を聞くと、4年前のあの日のことが、ふっと思い出されて「あの人はあれからどうしただろう?」と、なんだか感傷的な気持にさせられます。
何ヶ所か嵯峨野の紅葉名所を散策し、最後に二尊院をさらっと歩いて夕暮れの紅葉の馬場で何ヶ所かシャッターを切りながら妻と二人でのんびりと歩いていました。周囲の人影もまばらになり始め、「そろそろ引き上げようか?」「そうね、だいぶ歩いたから、私疲れちゃったわ」と、話しながら ふと前の方を見ると、(妻には悪いけど)なんとも魅力的な妙齢の女性が私達に軽く会釈をし、申し訳なさそうに「あの~ すみません…」と、言いながらカメラを片手に遠慮気味に「おねがい 出来す?」勿論私は「あ、いいですよ!」と言いながら、えらそうに何枚かシャッターを切らせて頂きました。
それを機縁に妻とも少し打ち解けた様子で「どちらから~?」「‥福岡です…」「そうですか。じゃ今夜は京都泊まりですね?」「のんびりとお一人で…羨ましわ。」「でも…そんなんじゃないんです…」見ると うっすらと目に涙を浮かべて、淋しそうな言い方で、それ以上こちらから話しかけるのは憚れる感じの力ない妻との会話で、傍で興味深く聞いていた私も一瞬戸惑いを感じ妻に目で合図して、さりげなく話題を楽しい方に向けましたが、余程 つらい別れをしてそれを断ち切る為の『京都』だったのでしょう! 二尊院の門をくぐり嵐電の駅近くまで、私と妻はその人を労わるような気持で寄り添いながら歩きました。
最初から、なにか訳ありのような感じはしましたが、帰りの車中で『少しは気持ちが紛れたかな~」と、話しながら帰路に着きました。
私も経験者ですから、よく判ります! 時間がすべてを解決してくれるでしょう。ひょっとしたら二尊院の前に『直指庵』で思いの丈を大学ノートに書き綴ってこられたのかな~?と、妻と話し合っています。

投稿: あこがれ | 2017年6月16日 (金) 23時37分

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