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ざんげの値打ちもない

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:阿久悠、作曲:村井邦彦、唄:北原ミレイ

1 あれは二月の寒い夜
  やっと十四になった頃
  窓にちらちら雪が降り
  部屋はひえびえ暗かった
  愛というのじゃないけれど
  私は抱かれてみたかった

2 あれは五月の雨の夜
  今日で十五と云う時に
  安い指輪を贈られて
  花を一輪かざられて
  愛と云うのじゃないけれど
  私は捧げてみたかった

3 あれは八月暑い夜
  すねて十九を越えた頃
  細いナイフを光らせて
  にくい男を待っていた
  愛と云うのじゃないけれど
  私は捨てられつらかった

4 そしてこうして暗い夜
  年も忘れた今日のこと
  街にゆらゆら灯りつき
  みんな祈りをするときに
  ざんげの値打ちもないけれど
  私は話してみたかった

《蛇足》 昭和45年(1970)の大ヒット曲。昭和40年代に何曲か出た怨み節(怨み歌)の1つです。

 怨み節は、失恋演歌・捨てられ演歌の一種ですが、一般の失恋演歌・捨てられ演歌が、捨てられて辛い、悲しい、あなたが恋しいという気持ちを素直に歌うのに対して、怨み節は、思うに任せない状況のなかで悲しみ、苦しんできた自分を一歩引いたところから見ている、といった感じの歌詞が特徴です。

 この歌のほか、『新宿の女』(藤圭子・昭和44年)、『圭子の夢は夜ひらく(同・昭和45年)、『酔いどれ女の流れ歌』(森本和子・昭和45年)、『怨み節』(梶芽衣子・昭和47年)などが怨み節とされています。

 発表当時、この歌は、中学生の女の子が自ら求めて「初体験」をしたという設定が衝撃的だったわけですが、現在では、そんなケースは珍しくもなんともなくなっています。

 子どもたちはどうして大人への時間を無理に加速させようとするのでしょうか。大人の世界なんて、想像力と感性が水気を失って硬直化していく過程にすぎません。あわてなくても、そんなものはすぐ、かつ必ずやってくるのに……。

(二木紘三)

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コメント

拝啓 先生のホームページには毎日アクセスしてメロデイを楽しませて頂いています。
 先生の曲のなかで小生が聞きたい曲(30曲位)を抽出し連続して聞きたいのですが方法教えて頂けたら幸甚です。        宜しくお願いします。               
 

投稿: 皆川健一 | 2008年5月17日 (土) 17時36分

皆川健一様
 各ジャンル別索引の末尾に「連続演奏」がありますが、これと同じ方法を使えばできます。
 この「連続演奏」はメタファイルという方法を使っています。簡単に言うと、好きな曲のURLを好きな順序で並べたテキストファイルを作り、それをWindow Media用のメタファイルに変換すればよいのです(ほかにRealMedia用、QuickTime用のメタファイルもあります)。そのメタファイルをクリックすれば、自動的に演奏が始まります。
 メタファイルについては、ここで説明すると長くなるので、ネット上に多数ある情報をご覧ください。
 ほかにもちろん音源が必要ですが、当ブログの音源は@niftyのサーバー内にあり、私以外は使うことができません。cacheを利用するなどして、ご自分のパソコンに取り込んでください。
 なお、音源には著作権がありますから、ご自分のパソコンで楽しむだけにして、HPのBGMにしたり、頒布・販売等をしないようにしてください。(二木紘三)

投稿: 管理人 | 2008年5月18日 (日) 00時22分

先生のお言葉「子どもたちはどうして大人への時間を無理に加速させようとするのでしょうか。大人の世界なんて、想像力と感性が水気を失って硬直化していく過程にすぎません」は重いお言葉と思いました。これは資本主義の縮図のような気がします。人間そのものを情報化してしまわないと利益の対象にならず、結果常に新しい情報新しい情報に差し替えてゆかねばならなず、これにTVの出現以来、メディアの猛烈な技術革新が拍車をかけ、受身の国民性とあいまって感受性の豊かな若い方が激しく傾斜せざるを得ないのではないでしょうか。又、大人の幼児化には暗澹たる思いに駆られます。有り難うございました。

投稿: 矢谷弘幸 | 2008年5月19日 (月) 11時14分

 この歌が流行っていた昭和45年11月、東京市ヶ谷の陸上自衛隊東部方面総監室において、総監を監禁し、極東軍事裁判があったその同じ建物のバルコニーから、憲法改正のために自衛隊の決起を呼びかけた事件が起こりました しかし、自衛隊からの同調者も決起者もなく、首謀者の盾の会会長三島由紀夫は割腹自殺をしました。世に言う三島事件ですが、
 そのころ、私は東京品川区の電気関係の会社に勤めていましたが、二十歳の私には、とっても衝撃的な出来事で強烈に覚えています。暗くスネたようなこの歌が、三島事件とダブって、この歌を聴くと、反射的に三島事件の起きたその頃の事をを思い出します。
それから数年後に、その建物や割腹自殺した東部方面総監室やバルコニーなどを見る機会がありました。 

投稿: 田中 | 2008年8月 6日 (水) 22時50分

たしか、寺山修司さんがこの詞を非常にほめていたとの記憶があります。同年に森山加代子さんの白い蝶のサンバがヒットした時、こんな詞がヒットするなら俺はもう作詞はしないと怒っていたそうです。タイプの違う二つの詞が阿久悠さんだとは思わなかったみたいで、やはり阿久悠氏はすごい。

投稿: 中村和己 | 2008年8月24日 (日) 21時09分

夏にNHKがやる恒例の“懐かしの~”という公開番組で、この曲がとりあげられていました。その中で、この曲には3番と4番の間に“幻の4番”があったということが披露されていました。内容は、この曲の主人公が鉄格子の中にいるというようなものでした。北原ミレイさんがその“幻の4番”を含めて熱唱されていました。聴いてみるとなるほど3番からすんなり繋がっていくのですね。当時は刺激的だということでNGだったのでしょうか。北原さんもその4番を歌うのは初めてだということでした。そのことが披露されたのがNHKの番組ということで、時代がずいぶん変わったんだなぁと感じました。

投稿: 伊藤 | 2008年9月14日 (日) 06時41分

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