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エデンの東

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作曲:Leonard Rosenman、日本語詞:芦屋 玲

1 緑の風 かおる野山を
  若き心 悩みさまよう
  幾たび浮かぶは 悲しみのひとみ
  はて遠く 流れる雲に
  面影を 今日も追いつつ

2 まちのかどに 夢は消えて
  母のひとみ 胸に冷たく
  魂のよどみに うなだれし心
  ほお染めし おとめ寄添い
  ともに見る 父のともしび

《蛇足》 1955年のエリア・カザン監督作品『エデンの東』のテーマ音楽。

 この映画は、ジェームス・ディーン(写真)のデビュー作として知られています。漆黒の夜空に一条の光芒を引く彗星のようなディーンの鮮烈な生涯とともに、この映画もテーマ音楽も、多くの人びとに消しがたい記憶を刻み込みました。
 わが国でも、このテーマ音楽は、映画が公開された昭和30年から3年間にわたってヒットチャートの上位を維持していました。

 作曲したレナード・ローゼンマンは、ディーンのピアノの先生で、ディーンの推薦によりテーマ曲を担当することになりました。彼は、12音技法による無調音楽を書いていた現代音楽の作曲家で、この作品についても、無調音楽を提案しました。

 しかし、カザン監督は伝統的な手法による調性音楽を求めました。2人の間でかなりのやりとりがあったようですが、結局ローゼンマンが譲って、伝統的な手法で曲作りをすることになりました。
 ローゼンマンにとっては不本意な方針だったにもかかわらず、映画音楽史上に残る、比類なく美しいワルツが創出されました。

 なお、調性音楽とは、一つの音 (主音) を中心として、旋律や和声がそれに従属的にかかわっている曲形式で、聞く者に安定したイメージを与えます。
 これに対して、前衛音楽でよく使われる無調音楽は、特定の中心音をもたないのが特徴で、そのため聞く者に不安感を与えます。幻想、狂気、孤独などを表現したいときによく使われる技法です。

 ローゼンマンはディーンの次回作『理由なき反抗』(ニコラス・レイ監督)では、念願かなって、得意の無調音楽で作曲することができました。聞く者に緊張感を強いるその音楽は、おとなたちと折り合えずに、反抗を続ける若者の屈折した心情を的確に表現していました。

 ジェームス・ディーンについては多言を要しません。広く知られているとおり、『エデンの東』『理由なき反抗』『ジャイアンツ』の3作品だけを遺し、1955年9月30日、スポーツカーの衝突事故を起こして亡くなりました。
 その際だった個性により、「苦悩し反抗する若者」の象徴として、神話的な存在となっています。

 この曲に原詞はありません。日本でつけられた歌詞がいくつかあるだけです。しかし、多くの外国ポピュラー音楽と同じように、日本語詞がなかなか見つかりません。
 私は十代のころ、「涙ぐんでひとり旅行く/暗い夜の楡の森蔭……」という歌詞で歌っていましたが、その先を忘れてしまい、作詞者もわかりません。ほかに橋本淳作詞の「きみと二人/空の彼方に……」で始まる歌詞があるようですが、見つかりません。
 どうしようかと思っていたところ、ある方からきれいな歌詞をお知らせいただいたので、上に掲載しました。

 映画『エデンの東』は、ジョン・スタインベックの同名の大河小説を映画化したもので、その第4章だけを使っています。

 スタインベックの小説は、旧約聖書《創世記》第4章のカインとアベルの物語を下敷きにしています。
 カインはアダムとイブの長子で、農耕に携わり、その弟アベルは牧畜を営んでいます。2人はそれぞれの収穫物を神
(ヤハウェ)に捧げますが、神はアベルの供物だけを喜び、カインの供物は無視します。嫉妬に狂ったカインは、その怒りを神ではなく、アベルに向け、彼を殺してしまいます。
 それを知った神は、カインをエデンの東・ノドの地に追放し、彼の末裔は永遠にその罪を負い続けることになります。

 この話の解釈はさまざまですが、カインはユダヤ教徒を、アベルはキリスト教徒を象徴し、さらにアベルはキリストの予徴で、その死はキリストの死の予告と考えるのが一般的になっています。

 スタインベックの小説は、できのよい兄を信頼し、反抗的で乱暴者の弟を疎む父親との父子関係が主題になっています。兄弟相克の物語というよりは、父親の愛を求めようとして得られない主人公の内面の葛藤がテーマだといったほうがよいでしょう。

 エデンの園は伝説ですから、ここと特定できる場所はありません。
 ただ、《創世記》第2章に、「エデンから一筋の川が流れ出てピソン、ギホン、ヒデケル
(ティグリス)、ユフラテ (ユーフラテス)の4つに分岐する」という記述があることから、ティグリス川・ユーフラテス川の源流域に当たるアルメニア高原(トルコ東部)のどこかが想定されています。
 ノアの箱舟が漂着したと伝えられるアララト山も、この地方にあります。

(二木紘三)

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コメント

あ行で 聞かせてもらいました。
エデンの東
エデンは どのあたりでしょうか?


い 異国の丘
はまだないのですが
リクエストできますでしょうか?

投稿: 二宮 博 | 2007年3月31日 (土) 02時37分

久しぶりに訪問しましたら、なんと『エデンの東』がありビツクリしました。あの曲に日本語の詞があったとは知りませんでした。この間も、これが映画館での最後の上映だろうと覚悟して観て来ました。映画の前に序曲が始まると、そこはもうジミーの世界でした。とても50年以上も前の映画とは思えませんでした。観客は還暦以上の方々がほとんどで、どちらかといえば女性が多かったです。みなさんどんな想いで鑑賞されていたのでしょうか。私にとっては至福の2時間でしたが。

投稿: 還暦のジミー | 2007年8月18日 (土) 19時44分

青春時代のあの頃はビデオの登場も知らず、本邦最終の上映と聞き、あわてて5回目なのに、映画館へすっ飛んで行きました。私が歌っていた歌詞は次のとおりです。
  涙ぐんで 一人歩いた 暗い夜の楡の森陰
  神の恵み深く 今たどる家路
  父母の言葉優しく よみがえる愛の喜び
本当はぐしゃぐしゃの顔で生き延び、祖母の名と同じミルドレッド牧場で暮らしていると言う、信憑性のない噂を願望を持って信じようとしていた
乙女心が懐かしくなりました。かぎりなく映画に近い編曲でとてもうれしく思いました。

投稿: 山口邦子 | 2007年10月14日 (日) 17時44分

きょうの新聞記事によると、映画「エデンの東」のテーマ曲を作曲したレナード・ローゼンマン氏が3月4日、米ロサンゼルス郊外の自宅で死去したそうです。83歳。
この曲を何度聴いたことか。聴くたびにジェームズ・ディーンを思い出します。もう半世紀以上も昔のことですね、ジミーが我々の“憧れ”になったのは。
彼が交通事故で死亡した時、どれほど多くの人々が悲しみに沈んだことか。当時、ヨーロッパではジミーの死を決して信じない若者が大勢いたことを思い出します。
反抗的だが愛情に飢えるキャルを演じたジェームズ・ディーン。そこには、苦悩と悲しみに満ちた一つの青春像がありました。
いまローゼンマン氏の死去を悼みつつ、キャルとジミーを偲びながらこの不滅の名曲をもう一度聴きましょう。

投稿: 矢嶋武弘 | 2008年3月 6日 (木) 17時21分

高校の友人から教えてもらった歌詞です。友人のお姉さんが作詞されたそうです。

愛を求め 旅ゆく人に
風は吹くよ 丘を越えて
愛の泉 愛の園
一人探し 旅ゆく人に
風は吹くよ 丘を越えて

野に寝転び 仰ぐ空に
雲は行くよ 愛を求めて
誰も知らないその在(あ)りか
涙に眩(く)れ 光る瞳に
青空は微笑(ほほえ)みかける

スタインベックの原作,および映画「エデンの東」からはかなり離れ,シンプルでセンチメンタルな歌詞になってはいますが,ただひたすらに愛を求める,という一点で原作・映画の心をを端的に表現している,ともいえると思います。

投稿: 濱田広幸 | 2009年4月 8日 (水) 00時17分

高校時代、その頃はのんびりしたもので「映画教室」というものがあり、学年揃って映画館貸切で見たものです。
「エデンの東」はそこで見ました。
その後5回は見ているでしょう。

この曲はTVもない頃のことで、ラジオで何十週もヒットチャート投票ベストワンになりました(番組はユアヒットパレードでした)
多感な頃だった若者は「ジェームス・ディーン」の事故死にはショックを受けたものです。

私の大好きな曲です。 少年老易学成難

投稿: 克 | 2011年5月31日 (火) 17時33分

映画「エデンの東」最初は1960年の秋、高校一年生でしたが故郷の名画座で、1週間に3回見ました。最近では2007年7月、梅田のOS名画座で見たっきりです。ジェイムズ・ディーンの魅力は、こちらが歳をとるにつれ、ますます強くなり、小森のおばチャマの気持がよく分ります。

投稿: Bianca | 2011年6月 1日 (水) 20時15分

エデンの東の舞台である北カリフォルニアのサリナスはスタインベックの故郷、レタスの栽培が盛んな地で、主人公キャル(ジェームス=ディーン)の父もレタス農園を経営しています。そしてキャルの実母はモントレーで水商売をしているという設定です。父親は敬虔なキリスト教徒で、奔放な性格のキャルを何かにつけて叱責します。聖書の一節を朗読させるシーンがあり、エデンの東は宗教的色彩が濃い映画だと思います。そして双子の愛称をキャルとアロンとしており、キャルのプレゼントを父親が叱責するシーンも含め、カインとアダムの物語を暗示しています。
サリナスはモントレーの近郊で行政上でもモントレー郡に属します。モントレーは美しい港町で、私は3度程訪れていますが、モントレー水族館、ペブルビーチ・ゴルフクラブ、別荘地のような会議場アシロマでも有名です。フィッシャーマンズ・ワーフもあり、サンフランシスコのフィッシャーマンズ・ワーフよりも小規模ですが、私はこちらの方が好きです。映画のやや重苦しい雰囲気とは異なって、モントレー周辺の町、特に海岸沿いは気候も温暖で、車で走ると美しい風景が続きます。

投稿: Yoshi | 2011年7月20日 (水) 21時04分

出身大学(岡山市)のグリークラブのテーマソングでした。
1.喜びには ともに喜び 悲しみには ともに涙す
  離れて暮らすわれ 今帰りゆかん
  結びしは われらが心
  変わらぬは 父母の愛
2.喜びには ともに喜び 悲しみには ともに涙す
  まことの愛にわれ 今ぞむせび泣く
  結びしは われらが心
  変わらぬは 父母の愛

毎回定期演奏会の最期に歌っていました。

投稿: kurashiki-keiko | 2011年8月 5日 (金) 10時05分

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