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ダンシング・オールナイト

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:水谷啓二、作曲:もんたよしのり、唄:もんた&ブラザーズ

1 甘いとき はずむ心
  ひと夜のきらめきにゆれる
  キャンドルがうるむ瞳(め)の中で
  無邪気に踊ってみせる
  (*)ダンシング・オールナイト
     言葉にすれば
     ダンシング・オールナイト
     嘘に染まる
     ダンシング・オールナイト
     このままずっと
     ダンシング・オールナイト
     瞳(ひとみ)を閉じて

2 独り言 吐息ひとつ
  それだけで崩れてしまう
  あぶなげな恋としらず
  ぬくもりを手さぐりしてた
  (* 繰り返す)

3 この店で最後の夜を
  どちらからともなくそう決めて
  思い出をなぞるように踊る
  初めて会った夜のように
  (* 2度繰り返す)

《蛇足》 昭和55年(1980)にリリースされ、同年の日本レコード大賞金賞、全日本有線放送大賞グランプリなど、主要な音楽賞を総なめにしました。今日までに200万枚を超えるビッグセールスを記録しています。

 この曲がポップスの最高水準を行く作品であることに、あまり異論はないでしょう。
 日本製ポップス(J-pop)とアメリカン・ポップスとの大きな違いは、J-popの傑作には、どこかしら「湿り気」が感じられることです。この湿り気は、哀調と言い換えてもいいかもしれません。
 この曲では、もんたよしのりのかすれぎみの高音が湿り気をさらに増幅しており、それがファン層をJ-popファンから演歌愛好者にまで広げた大きな要因といってよいでしょう。

 もんたよしのりは、本名・門田頼命(かどたよしのり)で、昭和26年(1951)1月8日、神戸市に生まれました。
 20歳のとき上京して、ソロ歌手としてデビューしましたが、昭和55年
(1980)に「もんた&ブラザース」を結成し、そのボーカルとして再デビューしました。
 『ダンシング・オールナイト』に続いて、『赤いアンブレラ』『DESIRE』『夏女ソニア』など、次々にヒットを飛ばすなか、グループを解散。

 昭和56年(1981)に東映作品『燃える勇者』で映画初出演。
 昭和59年
(1984)、音楽活動を一時休止。同年、サンレニティ・映像京都制作の『愛しき日々よ』に主演し、報知映画賞最優秀新人賞を受賞しました。
 昭和61年
(1986)ソロ歌手として音楽活動を再開。音楽活動のかたわら、発展途上国を中心にバックパックの旅をしているとのことです。

(二木紘三)

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コメント

 まさかに、拙文にお返事を賜るとは、思ってもみませんでした。
 ご丁寧なご返信を有難う御座いました。早速にご紹介いただいた「~歌物語」の方にも遊びに来ております。
 いやーこちらはまた一段と流麗な音で演奏されていて、聞きほれてしまい、楽しい限りです。
 重ねてありがとうございます。お陰様にて私なりの「歌の昭和史」の整理が大分進みまして大分検索がしやすくなりました。
 これからは、元歌を勉強してから、こちらで「カラオケ」を楽しむと言う”贅沢”を味わって見ようと思います。

投稿: E-chan | 2006年8月29日 (火) 19時23分

 もんたよしのり、ハスキ-ボイスが売れるというジンクスから、海辺で大声を出し、無理に声を潰したと言う話は、本人から聞きました。いえ、直にではなくテレビでそんな事を喋っていたのを、見て覚えています。
 ぶっきらぼうな関西弁、何かを握り締めるようなジェスチャ-、個性的な歌手です。まだまだ活躍を期待したい所です。ダンシングオ-ルナイト、今日もここで唄ってしまいました。

投稿: Hikoさん | 2008年8月 1日 (金) 20時49分

この哀調をおびた和製ポップスを聴くと、もんたよしのりがまだ海のものとも山のものともつかなかった時代、歌手志望の悩ましい日常をドキュメンタリータッチでテレビに取り上げられていたのを思い出します。はたちそこそこの歌手志望の若者が挫折、故郷の暗い部屋で小動物のように膝を抱えていた頼りない姿。 いま、オーラを発しながらステージで歌う彼をみるとついあの無名時代がオーバーラップしてしまいます。この曲でもんたよしのりは虹を掴んだことになりますね。

投稿: おキヨ | 2008年10月21日 (火) 01時20分

 もんたよしのりのボイスもさることながら演奏のすばらしさに聞き惚れています。どのような方々の編成になっているのか知りたいのですが、出来れば楽団の写真を掲載して頂けたら幸いです。

投稿: 北の翁 | 2012年12月22日 (土) 15時51分

北の翁 様
ありがとうございます。当サイトで配信している曲の演奏は、すべて私がパソコンで作ったものです。ですから、あえていえば指揮・演奏合わせて一人の二木紘三楽団ということになりましょうか。(二木紘三 )

投稿: 管理人 | 2012年12月24日 (月) 16時07分

本曲解説に「もんたよしのりのかすれぎみの高音が湿り気をさらに増幅…ファン層をJ-popファンから演歌愛好者にまで広げた…」とある通り、演歌愛好者にとって『ダンシングオールナイト』の旋律は新鮮でした。“二木先生単独楽団”による演奏はお世辞ぬきでPCで作ったとは到底思えないほどの臨場感です。
この歌がヒットした昭和50年代半ば、会社所属部署“御用達”となっていたスナックで、我々より4~5歳年下の団塊世代(昭和22年~24年)などがこの歌を唄うのを酒を飲みながら聴いていたものです。何しろ我々は『東京の灯よいつまでも』『旅の終りに』などの演歌オンリーで、この手の歌はもっぱら聴く側でした。

投稿: 焼酎百代 | 2016年3月21日 (月) 20時25分

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