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シバの女王

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞・作曲:Michel Laurent
日本語詞:なかにし礼、唄:Graciela Susana 他

1 あなたゆえ狂おしく
  乱れた私の心よ
  惑わされ 背(そむ)かれて
  とまどう愛の幻
  私はあなたの愛の奴隷
  生命(いのち)も真心も
  あげていたいの
  あなたがいないと
  生きる力も
  失われてゆく 砂時計

2 思い出は遠すぎて
  涙は今日も頬ぬらす
  悲しみを連れながら
  歩けば 影も重たい
  私はあなたの愛の奴隷
  たとえ嫌われても
  愛しているわ
  けれどもあなたが
  帰る望みは
  失われてゆく 砂時計

       La Reine De Saba

1. Oui! Qu'elle revienne.
   Oui! Qu'elle m'entraine.
   Cette folie qui avait bouleverse ma vie.
   Je le questionne. Mais il déraisonne.
   Ce cœur perdu dans l'infini du souvenir.
   Viens reprendre ton royaume.
   Toi, la reine de Saba.
   Reviens me faire l'aumône.
   D'un petit peu de toi.
   J'ai essaye de comprendre
   un autre regard déjà
   Mais je n'ai pas pu attendre
   un autre bruit de pas.

2. Dis tu m'écoutes.
   Tu es sans doute déjà partie
   si loin de tous nos souvenirs.
   Est-ce ma faute? Est-ce ta faute ?
   Si malgre moi,
   Je ne peux plus vivre sans toi.
   Viens reprendre ton royaume.
   Toi, la reine de Saba.
   Reviens me faire l'aumone.
   D'un petit peu de toi.
   Viens reprendre ton royaume.
   Il attend que tu sois la
   pour revivre co royaume.
   Toi, la reine de Saba.

《蛇足》 1967年に発表され、シルヴィ・ヴァルタンなどが歌ってヒットしました。日本では、翌年(昭和43年)に高橋キヨシの唄でレコードが発売され、昭和47年(1972)には、アルゼンチン出身の女性歌手グラシェラ・スサーナが歌ってヒットしました。いずれも、日本語詞はなかにし礼によるものでした。

 イージーリスニングとしては、レーモン・ルフェーヴル楽団やポールモーリア楽団の演奏がよく知られています。
 JASRACのデータベースには『サバの女王』というタイトルでも登録されています。

 シバ(サバ)の女王ビルキース(ベルキスとも)は、旧約聖書中の伝説の人物。ユダヤの王ソロモンの名声を伝え聞いて、エルサレムに彼を訪ね、難問でその知恵を試そうとしましたが、彼はすべての問いに対して快刀乱麻の答えをしたといいます。
 女王は、そうしたソロモンの英知や宮殿の壮麗さに打たれて彼に心服し、莫大な金銀宝石や香料を贈って帰国した、と書かれています。

 ソロモンとビルキースの在世時期は、ともに紀元前10世紀ごろと推定されます。
 シバ王国は南アラビア、今日のイエメンあたりにありましたが、のちに紅海を渡ってエチオピアの地に移転したと伝えられています。ビルキースがエルサレムへ行ったのは、イエメンからかエチオピアからかは不明です。

 この伝説は、数多くの絵画や物語、歌劇、映画などのテーマになっています。

 絵画では、ロレンツォ・ギベルティのレリーフ『天国の門』 (1437) や、ラファエロのヴァチカン宮殿フレスコ画 (1517‐19) など、きわめて多くのフレスコ画や油絵が描かれています。写真はピエロ・デラ・フランチェスカによるビルキースとソロモンの出会いを描いたフレスコ画の一部。

 音楽では、オットリーノ・レスピーギのバレエ音楽『シバの女王ベルキス』(1930-31年作曲)、ゴルドマルク・カーロイの歌劇『サバの女王』(1875年初演)が有名。

 映画では、キング・ヴィダー監督の『ソロモンとシバの女王(Solomon and Sheba)(1959年、米)、ロバート・M・Y・エルダー監督の『クイーン・オブ・エジプト(Solomon & Sheba)(1995年、米)などがあります。

(二木紘三)

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コメント

はじめてお便りいたします。
46年ぶりのスチールギターを再度はじめましたが当時の教則本などはなくなり、はじめから準備をすることになりそんな時に当サイトを楽譜を調べていたときに発見いたしました。なるほどこうゆうことを提供しているひとがいるのだ。蛇足として付記されていることは大変歌の紹介とあわせ内容の濃い提供であり充実したものと感激いたしております。
記事も順次追加され楽しみなサイトの一つとなりました。
これからも音楽を愛するものへのメッセージをおくりつずけていただけることをお願いするとともにご健勝を心からお祈り申し上げます。


投稿: gunnma・ヤングエコー | 2006年10月17日 (火) 20時17分

シバの女王は今でも好きな曲の一つです。
私のつたない記憶(最近物忘れが多くなりました)によるとアルゼンチンの首都ブエノスアイレスのタンゴ喫茶で歌っているところを、旅行中の菅原洋一氏に見出され1971年17歳で来日しました。愛の音のカップリング(昔のB面)のシバの女王がヒットしたため注目を集めました。又、ビザの問題で入国出来なくなった時俳優の森繁久彌さんが身元引受人になったため入国出来ました。それ以後森繁さんの事を日本のお父さんと言って慕っているそうです。

投稿: 中村和己 | 2008年8月24日 (日) 20時12分

二木先生のサイトを訪問して最初に拝聴した数曲の中にこの(シバの女王)が入っていました。何度聞いても懐かしくいい曲です。スサーナの歌声も好きでした。

映画(ソロモンとシバの女王)ははるか昔観ましたが内容はよく覚えていません。ただユル・ブリンナーの精悍な容貌、ジーナ・ロロブリジーダの妖艶な美しさはなんとなく覚えています。
映画と歌詞はあまり関係なさそうですね。

投稿: オキヨ | 2008年8月24日 (日) 23時11分

シバ?サバ、原作者のレコードを友が持ってきました。
そして、聞きました。友は、いい、歌だ、と、言いました。その時、私は、16才、高校1年生、そして、不思議な、仏蘭西語に興味をもちました。その後、この、レコードを買いましたが、現在では、聞くこともありません。しかし、レコードは健在、近いうちに、是非、仏蘭西語の、ミシェル・ローランの歌を聴きたいと思っています。レーモン・ルヘーブル楽団のシバの女王は、当時、北の都でも、大ヒットし、今は懐かしい「和ちゃん」との思い出の砂時計。この歌を持ち込んでくれた、友、H・H君ありがとう。また、二木先生にも感謝。

投稿: 大戸彦吉 | 2008年11月 7日 (金) 21時52分

今日ここを発見しました。昔の話題ですが書き込みます。

グラシェラ・スサーナの歌は「あなたが帰るのよりは失われてゆく砂時計」となっています。別の外国人男性(ミシェル・ローランかも)が歌ったものも同じです。松尾和子が歌ったものは上記の歌詞の通りになっています。/なぜ「帰る望みは」が「帰るのよりは」となったかについて考えました。

外国人に日本語歌詞を教えたときにブロック体でなくて筆記体で書いて見せたのに違いないとひらめきました。
nozomihaを筆記体で書きます。そうすると「のよりは」と読めてしまうのです。

なかにし礼さんが生きているうちに確認したいのですが…。

投稿: ABC | 2012年3月 1日 (木) 13時54分

この曲を聞くと、中学3年生の頃、毎週木曜日の夜から翌日の明け方近くまで夢中になって聞いていたナッチャコパックを思い出します。野沢那智さん(ナッチャン)、白石冬美さん(チャコチャン)が、リスナーからの物語風の長文の投稿を朗読するのですが、野沢さん、白石さんの語りが絶妙な上に、投稿された物語の内容がとても面白く、私は毎週眠い目をこすりながらも最後まで聞いていました。シバの女王は、このナッチャコパックのエンディングテーマ曲でした。
あの頃毎週のように投稿をされていた「高円寺の五木寛之さん」(私は大フアンでした)は今頃どうされているんだろうなどと懐かしく思い出されます。

投稿: 塞翁が馬 | 2012年6月10日 (日) 20時24分

 私は、高校3年生の時に、レーモン・ル・フェーブルのシングルレコードを買いました。
 何と言っても、あのストリングスのメロディーは何ともたまりません。
 ポールモーリアのCDにも入っていますが、また、違いますね。
最近では、女子十二楽坊も、レイモン・ル・フェイブルのスタイルで演奏していますね。
  私の治療院では、このような、イージーリスニングの音楽をかけながら、施術しています。
 こう言う良い曲は、いつまで経っても、色、あせませんね。

 

投稿: 殿川 | 2012年10月 9日 (火) 23時32分

皆さん今晩は

随分前に母が購入したヴァルタンのLP、
彼女にしては珍しい甘い声が耳にこびりつき、時折ひょいと出てくるので、いささか閉口した記憶があります。

でもでも、名曲中の名曲であることは確かです。

     またね

投稿: トッコ | 2012年10月11日 (木) 20時52分

日本語の題名では、’シバの女王’(かつて中東にあったシバ王国で、今日のイエメンまたはエチオピア)で、原曲のフランス語では、'La Reine De Saba'(’サバの女王’)。

頭が混乱しまいます。
サバ(Sabah)という地名は、私にとってはマレーシアのボルネオ(カリマンタン)島北部にある地域名がいつも頭に浮かんできます。

フランス語では、旧約聖書に出てくるシバ王国もマレーシアのカリマンタン(ボルネオ)島北部の地域名も Saba, Sabah (サバ)になってしまうのでしょうか???

投稿: お尋ねします | 2013年3月23日 (土) 23時34分

お尋ねします 様
シバ王国の名前はイスラエルの言語ヘブライ語での呼び名が古代ギリシアからローマを経てヨーロッパ諸地域に伝わったもので、その過程で地域・時代によって少しずつ発音・綴りが変わってきました。当のシバ王国ではどう発音されていたかはわかっていません。
なお、シバ王国やソロモンの頃のイスラエル王国があったのは紀元前10世紀、ローマ字(正確にはラテン文字)が成立するのは紀元前7世紀です。
日本語のシバは英語のSheba(シーバ)から入ったのでしょう。
マレーシア・カリマンタン島のサバ州はフランス語でもSabahで、私の耳にはシバ王国のSabaと同じ音に聞こえますが、正確なことはフランス語の専門家にお聞きください。(二木紘三)

投稿: 管理人 | 2013年3月24日 (日) 01時15分

二木先生

旧約聖書に出てくる古代イスラエルのソロモン王とシバ王国の女王の時代が紀元前10世紀で、ラテン文字が成立する3世紀も前だったなんてすごいですね!

日本語のシバは英語のSheba 経由で、シバと呼ばれるようになったんですね。

それに対してフランス語ではサバ(Saba)が使われていたと解釈すればいいのでしょが、日本人が思う古代の中近東にあった’シバの女王’のタイトルが、フランス語だと’サバの女王’になってしまい、歴史の由来が分からない者がその地を想像すると、中近東にあった古代王国の’シバの女王’が東南アジアのカリマンタン(ボルネオ)島北部にあった’サバの女王’のことなの?と錯覚してしまうので混乱してしまうのです。

私のように’シバの女王’?それとも’サバの女王’?と混乱してしまう者は少なくないと思います。

でも、二木先生の旧約聖書に出てくる古代イスラエルのソロモン王と古代中近東に存在した’シバの女王’がこの音楽のタイトルの由来だと理解すれば混乱がなくなり、頭がすっきりすると思います。

二木先生、ありがとうございました。

投稿: お尋ねします | 2013年3月24日 (日) 23時48分

まだ十代の頃聴いた素敵な歌ですね!失われていく砂時計。まだまだアナログ時代と言おうか、良い意味で正確さを追求しない皆の心にゆとり、優しさが感じられる歌ですね。さてこの歌詞の、失われていく砂時計。ウインドウズがまだXPの頃は電源を入れる時や落とす際に砂時計が表示されておりました。のちに7になった時にその
砂時計がデスプレイより無くなりました。私はそのXPのパソコンで未だに個人の作業は行っておりますので起動、終了の際に砂時計見るとこの歌を口ずさんでおります。

投稿: 浦野亮祐 | 2016年12月29日 (木) 11時00分

約5年前に歌詞が変だと投稿しましたが、最近のスサーナは「帰るのよりは」ではなく「帰る望みは」と歌っています。その確認はYouTubeです。誰かが彼女に指導したのでしょうね。2007.10.17とあります。私が投稿した時にはもう直っていたんですね。https://youtu.be/L2UYjUlkIDA

投稿: ABC | 2017年1月 3日 (火) 20時48分

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