« 惜別の歌(その3) | トップページ | 石狩エレジー »

2007年5月 1日 (火)

この広い野原いっぱい

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:小薗江圭子、作曲・唄:森山良子

1 この広い野原いっぱい咲く花を
  ひとつ残らず あなたにあげる
  赤いリボンの花束にして

2 この広い夜空いっぱい咲く星を
  ひとつ残らず あなたにあげる
  虹に輝くガラスにつめて

3 この広い海いっぱい咲く舟を
  ひとつ残らず あなたにあげる
  青い帆にイニシャルつけて

4 この広い世界中の何もかも
  ひとつ残らず あなたにあげる
  だから私に手紙を書いて
  手紙を書いて

《蛇足》 森山良子が音楽一家に生まれ育ったことは、よく知られています。高校時代からさまざまなフォーク・コンサートに出演し、若者たちには注目される存在でした。

 一部の人たちのアイドル的存在だった彼女が、広く一般にも知られるようになったきっかけは、昭和42年(1967)1月に行われたジョーン・バエズの東京公演でした。
 『ドンナ・ドンナ』『朝日のあたる家』などのヒット曲をもつバエズは、公民権運動家や反戦活動家としても知られており、カリスマ的なフォーク・シンガーでした。

 森山良子の才能に惚れ込み、「日本のジョーン・バエズ」として売り出そうとしていた当時のレコード・プロデューサーが、バエズの宿泊先に押しかけて直談判したところ、公演での共演が可能になったと伝えられています。その公演がテレビ中継された結果、森山良子の知名度は一気に高まりました。
 その数日後にデビューシングルとして発売されたのが、この歌でした。

 その後、彼女は『今日の日はさようなら』『恋はみずいろ』『禁じられた恋』など、次々とヒットを飛ばし、「フォークの女王」の名をほしいままにしました。
 ベテランになった今でもきれいな声を保っていますが、若いころの彼女は「澄明」という表現がぴったりの歌声でした。倍賞千恵子や山本潤子にも共通する、澄んだ声の正統的な歌唱を聴いていると、心が無垢になるような気がしたものです。

 小薗江圭子(おそのえ・けいこ)は作詞家でエッセイスト、小説家。NHK「みんなのうた」で放送された『うちのネコぼくのネコ』ほか、いくつかの童謡を作詞しています。

(二木紘三)

« 惜別の歌(その3) | トップページ | 石狩エレジー »

コメント

森山良子さんの作曲して歌っているこの曲は、何回聴いてもいいですね。
確かに彼女は倍賞千恵子さんと同様美声の持ち主です。

投稿: 三瓶 | 2007年10月15日 (月) 17時43分

 この曲の一番の歌詞を聴いていると、美しい少女と緑に輝く広い野原を散策しているのを想像します。 彼女は花かごにいっぱい花を摘み入れ、それを赤いリボンの花束にして僕に贈ってくれる・・・まるで夢のようなロマンチックな空想ですね。
 残念ながら、こんな素晴らしい体験をしたことは勿論なく、美しい少女と広い野原を散歩したこともありません。しかし、森山良子の“天使のような歌声”を聴いていると、いつもそういう想像が湧いてきます。 ついでに言うと、森山良子が歌う「思い出のグリーングラス」も、天使のような歌声で大好きです。
 66歳の年寄りが、今さら美しい少女と散歩するのは絶対にムリなので、せめて孫娘たちと野原にでも行きますか・・・しかし、広い野原がどこにあるのだろうか。
 昔は我々の周りに、野原や田や畑がいっぱいあったのに、今は野原を探すのも一苦労です。

 

投稿: 矢嶋武弘 | 2008年3月24日 (月) 17時08分

「小薗江圭子」を検索していてこのサイトに来ました。初めまして。
 私は小薗江圭子さんの大ファン歴45年です。小薗江さんはぬいぐるみ作家そして絵本作家として有名な方ですが、作詞のお仕事はこの歌1曲だけのようでどうしてかなと思っていました。
 ここのページで小薗江さんが書かれた詩を森山良子さんが偶然見つけてすてきな歌にされたと知って納得がいきました。ありがとうございます。
 この歌の世界がお好きな方は、小薗江圭子さんの童話集「モザイクの馬」(講談社2005)をお読みになってみてください。
 

投稿: 加藤京子 | 2008年9月23日 (火) 14時07分

みんなのうたバージョンが、映像とともに最高。

投稿: takama | 2012年10月 8日 (月) 02時16分

この広い野原いっぱいを自分の母が作詞して
森山良子さんにプレゼントしたと25年前に聞きました。
そのおかげで、その頃の印税が入り母はフランスに留学したと聞きました。
のちに、フランスで自分は生まれました

投稿: 佐々木ケチャップの息子 | 2014年8月12日 (火) 01時25分

今日の火野正平さんの「こころ旅」でこの歌を皆で歌ったというお便りが読まれたけど、私の思い出は大学寮の友人K君のお姉さんが谷川岳で遭難の報があった夜、彼やその他の友人で赤羽だったかのお姉さんのアパートに行き、カセットに入っていたこの歌を聞いたことである。目の前に彼女が通っていた中央工科専門学校があった。田中角栄さんと関係のある学校だったように思う。

投稿: 江尻陽一 | 2018年10月10日 (水) 21時22分

最後の一行を聞くと寂しくなります。

投稿: hurry | 2018年10月11日 (木) 04時22分

「この広い野原いっぱい」は、明るく、さわやかなメロディで、多くの人に愛されている歌であろうと想像します。

けれども、歌を聴いていて、少し心に引っ掛かるところがあります。
例えば、歌詞1番に、♪この広い野原いっぱい 咲く花を ひとつ残らず あなたにあげる…花束にして…♪とあり、字句どおりに解釈しますと、”広い野原いっぱい 咲く花”を、独り(二人?)占めして、他の人にはあげないというふうに捉えてしまうのです。
花を愛でる人は、二人以外にも大勢いるだろうに、それらの人達のことを思いやる心を持ち合わせないのなら、恋は盲目とは言え、怖い感じすら覚えるのです。

でも、現実には、独り占めは起こらないでしょうから、余り深く考えずに、素直に、この歌の広い野原の詩情を楽しめばよいのかと…。(自問自答です。議論するつもりはありません。) 

投稿: yasushi | 2019年1月27日 (日) 14時05分

 昔になりますので、定かではありませんが、森山良子さんが「この広い野原いっぱい」の作詞を見て直ぐに曲が出来、その日のコンサートで歌ったという ? のを聞いたことがあります。詩を読んで直に曲が閃き歌うなんて凄過ぎますよね。

爽やかで乙女チックでいいですね。可愛らしい少女の胸一杯の想いが優しい風に乗って伝わってきます。

 独り占めにしたい思い、よく分かります。
私も桜の咲く季節に行動しました。皇居の千鳥ヶ淵の桜です。50代の中頃、母や夫に宣言して早朝5時前に自転車で出発しました。家から千鳥ヶ淵まで、ずーと下り坂で40分少々で着きました。

なんと独り占めどころか、結構見物人がそぞろ歩きしていました。わくわく胸を躍らせ勢い込んで走ってきましたので、がっくりしてしまいました。

それでも日中のあの混雑を思うと善しとしょうと思って、桜を堪能して帰路につきました。行きは良いよい、帰りは怖いとはこのことでした・・・。今度はずーと上り坂でした。家に着いたら、どうだった?と言われて、独り占めを考えていたのは私だけではなかったと言ったら笑われてしまいました。

投稿: konoha | 2019年1月27日 (日) 15時07分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 惜別の歌(その3) | トップページ | 石狩エレジー »