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無法松の一生(度胸千両入り)

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:吉野夫二郎、作曲:古賀政男、唄:村田英雄

小倉生まれで 玄海育ち
口も荒いが 気も荒い
無法一代 涙を捨てて
度胸千両で 生きる身の
男一代 無法松

空にひびいたあの音は
たたく太鼓の勇み駒
山車(だし)の竹笹 提灯は
赤い灯(あかし)にゆれて行く
今日は祗園(ぎおん)の夏祭り
揃いの浴衣の若い衆(しゅ)
綱を引き出し 音頭(おんど)とる
玄海灘(なだ)の風うけて
ばちがはげしく右左
小倉名代(なだい)は無法松
度胸千両のあばれうち

泣くな嘆くな 男じゃないか
どうせ実らぬ 恋じゃもの
愚痴や未練は 玄海灘に
捨てて太鼓の 乱れ打ち
夢も通えよ 女男(みょうと)

《蛇足》 昭和56年(1981)リリース。
 昭和33年
(1958)8月にコロムビアから発売された『無法松の一生』と、そのB面だった『度胸千両』とを合成したもの。『無法松の一生』の2番がカットされ、その部分に『度胸千両』が組み込まれました。

 この合成は大成功で、大ヒットとなりました。多くの人に愛唱されていますが、「度胸千両」のメロディが複雑で、外す人が少なくないようです。

 稲垣浩監督によって2度、村山新治監督と三隅研次監督によって各1度、計4度映画化された『無法松の一生』をモチーフとした歌です。
 原作は、昭和14年(1939)に発表された岩下俊作の小説『富島松五郎伝』。粗筋は次のとおり。

 酒、けんか、ばくちに明け暮れ、無法松と恐れられていた人力車夫・富島松五郎は、竹馬から落ちてけがをした少年・敏雄を助けたことから、その父で、小倉連隊の陸軍大尉・吉岡小太郎と知り合います。吉岡大尉と友誼を結んだ松五郎は、彼を連隊へ送り迎えするようになります。
 あるとき大尉は、何かを予感したかのように「俺に何かあったら、家族をよろしく頼む」と松五郎にいい、しばらくして急逝してしまいます。

 彼の言葉にしたがって、遺族の面倒を見るうちに、松五郎は吉岡未亡人・良子を次第に思慕するようになります。
 しかし、彼はそれを表に出すことなく、あくまでも気のいいおじさんとして良子と敏雄につくし続けます。祇園祭の夜、一度は告白しかけたものの、それも抑え、以後吉岡家に出入りしなくなります。

 やがて松五郎は年老い、雪の中を酒を飲みながら歩いているうちに心臓麻痺を起こして亡くなります。あとには、未亡人と敏雄のためにせっせと貯めたお金が残されていました。

 恋をすると、たいていの人は、それが成就すること、相手が受け入れて結ばれることを願います。しかし、こうした物語を読むと、成就しないこと、思いを明かすのを抑制することこそ本当の恋ではないかという感じがします。
 恋が成就し、結ばれると、相手との関係は変化しますが、関係の変化は情念の変質を引き起こさざるを得ません。たとえば、結婚すれば、夫婦愛といったものに変わってくるのが普通です。

 だいいち、成就という言葉自体が、完成、終わりを意味しています。抑制しているかぎり、恋は一生でも続きます。恋が成就する幸福がある一方で、成就しないゆえに得られる幸福もあるわけです。
 一人の人を生涯思っていたい人のなかには、あえてあとのほうを選ぶ人もいるでしょう。松五郎がもしそうだったとすれば、彼の後半生は幸せに満ちたものだったかもしれません。

 こうした恋の対極にあるのが、ストーカーの恋(というより自己愛にすぎませんが)です。ストーカーは、思いをまったく抑制せず、それゆえ結晶化(スタンダール『恋愛論』参照)するいとまもなく暴発し、必然的に悲劇、ときには惨劇に終わるのです。

 阪東妻三郎が主演した稲垣浩監督の最初の作品では、実験的手法がいくつか取り入れられていました。
 たとえば、人力車の車輪の回転を重ねることで、無償の愛に殉じた車夫の一生を象徴する手法は、映画史上前例のないものでした。

 ところが、この作品は、戦時体制下の内務省によって厳しい検閲を受け、松五郎の未亡人への思いを暗示する場面を中心に、約10分が削除されてしまいました。車夫風情が帝国軍人の妻に懸想するのはけしからん、というのがおもな理由でした。

 また、敗戦後は、GHQ(占領軍総司令部)によって、軍国主義的とされる部分が約8分カットされました。つまり、この映画は肝心な部分がほとんどカットされ、ずたずたにされたわけですが、それでもなお名作と讃えられています。

 昭和25年(1950)、稲垣浩は、同じ脚本(伊丹万作)で三船敏郎を主演に据えてリメークしました。この作品は、昭和33年(1958)のヴェネチア映画祭でグランプリ(金獅子賞)を受賞しました。

 上の写真は松五郎が未亡人に胸の内を明かしかけて止めてしまう場面です。なんとも切ないシーンですね。

(二木紘三)

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コメント

 若い頃に覚えて好きになった歌の一つです。しかし私はリズム音痴だからか、「度胸千両」の部分がうまく歌えません。

投稿: F.S. | 2007年4月27日 (金) 23時16分

 二十数年前、まだ私が二十台の中半頃に仕事先に出入りしていた洋服の仕立て職人から「度胸千両」の全曲を教えて貰いました。

 この「度胸千両」は「無法松の一生」の中で1番のみが歌われ、全曲を個別に歌われることも今はありませんが、名曲の一つだと思っています。

 オリジナルの映画も昔見ておりますが、肝心なところが検閲で散逸していても実に素晴しいものでした。二度にわたる検閲が無かったらと残念に思います。

投稿: 異邦人 | 2007年4月28日 (土) 12時48分

3年ほど前、「無法松の一生」について、小学生のころの板妻映画の記憶だけを頼り書いた思い入れの文を自分のブログに掲載しました。
http://pabllo.cocolog-nifty.com/kobikiya/2003/03/post_8310.html

3年前にはどうやって検索しても見つからなかった無法松の原作を、このBLOG記事のアマゾン広告で簡単に入手することができました。 どうも自分の記憶にはずいぶんと見落としもあったものだと感じますが、無法松の恋の精神性については 自分の思い入れのままでしか解釈できないのではないかと思うことがあります。

投稿: 成瀬吉明 | 2007年6月 7日 (木) 21時34分

無法松の一生という映画は10代の頃だったかテレビで勝新太郎さんの主演のものを観てとても感動した覚えがあります。しかし、歌は覚えていないのでネット上でこれから買った覚えます。本当にいい映画でした。恋は成就しないままの方がいいのかもと、確かに思いますね。

投稿: 銀河の帝王 | 2008年5月31日 (土) 16時34分

 最近の「無法松の一生」の歌で、ステレオ版では、必ず度胸千両が入っており、歌が1コーラス抜けているのが残念です。ステレオ版、フルコーラス、度胸千両なしのほうが良いように思います。もう発売されていないのでしょうか。
 ステレオ版、フルコーラス、度胸千両なしの歌を長らく聞いていましたしたので、そちらのほうになじみがあります。
 最近のCDでは、デビュー当時のモノラル版、フルコーラス、度胸千両なしの歌がよく入っていますが感覚が違って聞こえます。

投稿: 東條 隆 | 2009年3月 9日 (月) 21時21分

無法松は、大きくなった、ボンに、いつまでも子ども扱いをするといって、疎まれてきました、ボンの大学の先生が、民俗学で祭りの研究をしているので、祭りを見学に来たときに、時は今といわんばかりに、小倉太鼓をボンの先生に披露するために打つときは、圧巻でした。地元の、古老が、太鼓の音を聞いてびっくりして、立ち上がりこれが、本当の祇園太鼓じゃといって時には、快哉でした。無法松が死ぬときは、小学校の校庭の片隅にある、木々の中で、小学生たちが歌う童謡の合唱を聴きながら死にました。子供のときのボン、若かった未亡人への思慕の思い出とが、無法松の至福のときであったようです。残した貯金通帳は、未亡人と、ボンの二人の通帳でした。
ところで6年前平成15年は、不景気のまただ中でありました。また、暮れようとしている平成21年も、1年前からの百年に一度の大不況です。病気と、失業で辛かった6年前は二木先生に泣きを入れるメールを送った所、歌でも歌ってがんばりましょうと励まされました。その後再就職をしてがんばりましたが、また昨年は1年に4回も入院しまして、不況もあり、リストラされましたが、自宅待機3ヶ月と、失業期間1ヶ月の後、運良くまた再就職できました。来年は還暦を迎えますが、動けるうちは働きたいと思っています。この年になると何も怖いものはなくなってきました。入院だけはしたくはないと思いますが、健康が一番です。二木先生も健康だけには気をつけて、百歳を達成するように祈っています。

投稿: 松村 光三 | 2009年12月10日 (木) 19時25分

松五郎の人間性優しさ、また真似のできない生き方心が厚くなります。

純情な男もいたんですネ。

投稿: はるちゃん | 2010年5月 3日 (月) 16時47分

先日、NHKの「山田洋次監督が選ぶ百本」の一つで、
三船敏郎の松五郎、高峰秀子の吉岡夫人で「無法松の一生」を見ました。松五郎が「俺は汚い」と吉岡夫人に告白する場面は痛々しい気持ちで見ていました。最近高峰さんもなくなり、三船さんや高峰さんのような映画人がこれからも出るのかなと疑問を持っています。
 それに小倉の友人がこの歌が好きだと言っていたのですが、最近音信不通になっていてそれも気がかりです。

投稿: 江尻 陽一 | 2011年5月27日 (金) 15時14分

昭和50年代の現役の頃、会社の所属部署は特に昭和10年代生まれが多かったせいか(当方は昭和19年)、飲み会ともなれば『無法松の一生(度胸千両入り)』『武田節』『くちなしの花』『すきま風』『東京ナイトクラブ』(いい歳こいたオッサンが会社の女の子を半ば強制してデュエット:セクハラやパワハラが出現するはるか以前の話です)などが、カラオケでよく歌われていたものです。
特に『無法松の一生』については、ただの?『無法松の一生』では駄目で、『無法松の一生(度胸千両入り)』でなくてはならないというコダワリが、所属部署ではありました。そして、トリ?(所属部署で浪曲歌謡がうまい社員)の度胸千両入りが終わる頃合いを見計らって御開きとなったものです(戦後生まれからは鼻で笑われるのがオチですが…)。

投稿: 焼酎百代 | 2015年2月13日 (金) 21時20分

前回投稿「いい歳こいたオッサンが会社の女の子を半ば強制してデュエット・・・」は、今なら典型的ブラック企業でセクハラパワハラそのものですが、昭和10年代が多かったせいか?どういう訳か?会社所属部署は機械設計関係でしたが義理と人情の世界でした。
それにしても「度胸千両」は“難度”天下一品の浪曲歌謡です。例えば、〽「空にひびいたあの音は」と「たたく太鼓の勇み駒」の間には、音楽ド素人的表現で “チャンチャカチャンチャカ”といった何小節かの間合いが入り、同様に、〽「小倉名代は」と「無法松」との間にも、音楽ド素人的表現で“小倉名代わーあーあー無法松”といった間合いが入り、間合いの取り方が非常に難しい訳です。当時はカラオケ得意な社員の歌い方に感心するばかりでしたが、二木先生の演奏はPCを使用しているとは思えないくらい臨場感に溢れ素晴らしいの一言です。
なお、村田英雄の「度胸千両」は下記からYouTubeで視聴可能です(うまくリンクが貼れなかったのでコピペ願います(コピー&ペースト:デスクトップ画面の検索窓に下記文字を編集機能でコピーして貼り付け、検索ボタンクリックで演奏開始))。
www.youtube.com/watch?v=a3K32Tk8fYo

投稿: 焼酎百代 | 2016年1月28日 (木) 15時52分

本作品の映画については、戦前の阪妻版が最高と言われていますが、個人的にはここで取り上がられた三船版が私の一番のおすすめです。
古賀政男の歌謡曲については、確かに村田英雄のオリジナルは男気溢れるものですが、歌としての完成度はやはり、美空ひばりが晩年ステージでもよく取り上げていた、彼女の「無法松」が最高だとおもいます。音程の正しさ、見事なリズム感、そしてなにより入魂の美空ひばりの歌は、小倉の男の心情を見事に表現していました。

投稿: 朝風呂 | 2017年4月 4日 (火) 05時44分

大作曲家古賀政男は多彩な作曲活動でしたが、数ある浪曲歌謡の中で「度胸千両」が作詞作曲とも決定版でないかと個人的に思っています。昔、会社の同僚は難度天下一品「度胸千両」を飲み会で唸るのが生きがい?だったようです。
小倉祇園、博多祇園山笠・・・豪快な祭は九州の独壇場で、さらに泉州の岸和田だんじりを含めて北関東地方では金輪際見かけない祭です。
(参考)http://www.youtube.com/watch?v=JQ43QPNs_i8

投稿: 焼酎 | 2017年9月 9日 (土) 20時10分

10年ほど前、中国上海に1か月間の中国語短期留学に行きました。神戸港からの中国客船「鑑真号」には、数年間の仕事研修を終えた中国人たちがたくさん乗っていました。彼らと仲良くなり、日中友好だあと言って、卓球をしたりカラオケ大会をしたりしました。その時私は、日本的な情緒の歌を聴いてもらいたいと思い、何がいいかなと考えて結局、「無法松の一生~度胸千両入り」を歌いました。歌の上手下手は別として、やっぱりこんな時、この歌は日本人の義理人情と優しさの心情を表すものだと思ったのです。

杭州西湖周辺にある「岳廟」は、英雄である岳飛を姦計で殺した秦檜(しんかい)夫婦が柵の中に正座させられ、頭を下げている像がありますが、中国ではいまでも子供の名前に「檜(かい)」という字は用いない」と言います。参観客は、秦檜夫妻を罵りながら、唾を吐きかけます。彼らの死後、すでに850年も経っているのにです。また、朝鮮半島でもチョーヨンピルも歌っている「恨 五百年」という有名な歌があります。一度怨んだらいつまでもいつまでも恨みは忘れないという文化です。「少女像」の拡散もそうですね。

それに比べれば、日本は桜花のようにパッと咲いてパッと散り、あとは怨みを残さない文化です。私は「無法松の一生」には、この大和心(やまとごころ)の潔さと、その深く哀しい余韻を感じます。

投稿: 吟二 | 2017年9月10日 (日) 21時15分

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