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作詞:C・G・ロセッティ、訳詞:西條八十、作曲:草川 信

1 誰が風を 見たでしょう
  僕もあなたも 見やしない
  けれど木(こ)の葉を ふるわせて
  風は 通りぬけてゆく

2 誰が風を 見たでしょう
  あなたも僕も 見やしない
  けれど樹立(こだち)が 頭をさげて
  風は 通りすぎてゆく

(原詩)
1. Who has seen the wind ?
   Neither I nor you;
   But when the leaves hang trembling
   The wind is passing thro'.

2. Who has seen the wind ?
   Neither you nor I;
   But when the trees bow down their heads
   The wind is passing by.

Kazewomita_2

《蛇足》 訳詞は児童文芸誌『赤い鳥』の大正10年(1921)6月号に掲載されました。

 西條八十はイギリスのクリスティーナ・G・ロセッティ(上の絵)とアメリカのセーラー・ディステールという2人の女流抒情詩人の詩が非常に好きだったようで、いくつか翻訳したり、エッセイなどで言及したりしています。
 この詩もロセッティの作品の1つで、彼女の童謡集『Sing-Song』
(1872)に収録されていたものです。

 西條八十の訳詞に、大正10年から「赤い鳥運動」に参加した草川信が曲をつけ、この名歌ができあがりました。
 草川信のメロディは、日本なら10月、ヨーロッパなら6月の晴れた日のように爽やかで後味がよく、詩の内容をこのうえなく生かしたものとなっています。
 ただし、訳詞に合わせた曲なので、原詩では歌えません。

 クリスティーナ・ジョージーナ・ロセッティ(Christina Georgina Rossetti)は1830年12月5日生まれ。兄がラファエル前派に属する有力な画家ダンテ・ガブリエル・ロセッティ(Dante Gabriel Rossetti)だったので、彼女は兄やその仲間の画家たちのモデルに何度かなっています。

 詩人としても有名だった兄の影響で、クリスティーナは13歳から詩作を始めました。年頃になってある男性と激しい恋をし、婚約までしましたが、婚約者がローマン・カトリックに帰依してしまったため、イギリス国教会の熱心な信者だった彼女はどうしても折り合うことができず、ついに結婚を断念します。

 そのこともあり、また幼いときに肺を患って病弱だったので、その後は独身のまま、引きこもりがちな生活を送ります。1894年12月29日、約64年の静謐な生涯を閉じました。

 彼女は、初期には甘美な恋愛詩などを書いていましたが、やがて愛の別れ、帰らぬ青春や死を歌い、晩年には永遠の安息を模索する神秘的宗教感情を主要なテーマとするようになりました。

 さて『風』ですが、これをかわいい童謡として読むのでもちろん十分ですが、私は最初にこれを目にしたときから、抒情的というより哲学的ないし宗教的な詩のように思えてなりませんでした。

 この世界には、その存在を直接的には確認できないが、周辺の、あるいは関連するさまざまな状況から存在すると認識できることがいくつかあります。彼女は、そういう存在を風に託して表現したのではないか、と感じたのです。
 信仰に生きている人はそれを神と思うかもしれないし、霊魂の象徴と感じるかもしれません。量子力学的なイメージを思い浮かべる人もいるでしょう。

 読む人によってさまざまに解釈できる詩です。

 私は、金子みすゞの詩『星とたんぽぽ』の一節「見えぬけれどもあるんだよ、見えぬものでもあるんだよ。」を思い起こしました。

 上の絵は2008年の年賀状用に描いたものです。イギリスの田舎の秋をイメージして描きました。

 少女がしているのは輪回しという遊びです。1940年代ぐらいまで、世界の各地で見られました。木製や鉄製の輪を1本の棒で操りながら、できるだけ遠くまで転がす遊びです。
 桶・樽の箍
(たが)や壊れた自転車のリムが使われました。私はリムで何度か遊んだ記憶があります。

 輪回しをする子どもを女の子にしたのには、とくに理由はありませんが、イタリアの前衛画家ジョルジオ・デ・キリコの『街の憂愁と神秘』(1914年発表)が念頭にあったかもしれません。

(二木紘三)

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コメント

この曲を今時聞けるとは思っていませんでしたのでとても嬉しく思いました。小学校の3~4年生頃に習った覚えがあり、この歌を唄うとちょっと大人っぽくなったような気がして魅力的でした。そして大自然の威力や目には見えないものの存在や精神性を、何となく感じさせてくれた歌だったように思います。外国の詩だったと知って肯けました。「穂高よさらば」は全く知りませんでした。先日徳沢の風に誘われコナシ、ニリンソウを見てきました。上高地の入り口にあるタクシー会社があり、二木様がアルバイトされていたところなのかしら?と思ったりしました。帰ってから毎日「あざみの歌」や「白い花の咲く頃」を聞きながら写真を見ていると、信州の美しい風景と郷愁をそそる曲の演奏が見事に調和して、胸に熱いものがこみ上げてきます。これからも楽しみにしております。ありがとうございました。

投稿: 大原女 | 2007年6月19日 (火) 15時05分

「歌声喫茶」のファンです。この曲をはじめて知りました。今、流行している「千の風になって」との類似性を強く感じました。英語の原詩から日本で訳詩が作られ作曲されて流行したこと。精神的なものが「風」に象徴され曲のタイトルにもなっていること。そして、メロディーにも共通のイメージを感じました.偶然でしょうか?

投稿: marshal | 2007年7月10日 (火) 19時09分

こんにちは この曲は、小学校のときに教科書に詩がのっていました。母が詩をみて歌ってくれました。母は、歌をよく知っているなあと感心したものです。亡き母よく賛美歌を歌い、知らない曲は、音をとりながら歌ってくれました。懐かしい曲の一つです。ありがとうございました。

投稿: テレーズ | 2007年9月23日 (日) 13時58分

ネット上でロセッティの『風』の原詩を探していて、貴サイトに出会いました。『風』はむろん、感銘深くいくつかの曲を聴き、早速「お気に入り」にくわえたことです。『五木の子守唄』を是非収録していただきたいものです。

投稿: 鈴木 稔 | 2008年1月20日 (日) 21時46分

一番の三行目「ふるわせて」のところは「ふるわせながら」ではないでしょうか。子供のころそのように歌っていました。このサイトは毎日開いて楽しんでおります。「蛇足」に見られる二木様の博識には驚きを通り越してただただ尊敬の念を抱くのみです。皆様のコメントも楽しく読ませてもらっております。

投稿: しまだ | 2008年5月20日 (火) 11時14分

しまだ様
『風』はまず西條八十の訳詞があって、それに草川信が曲をつけたものです。
『赤い鳥』大正10年4月号に掲載された西條八十の詞は、次のようになっています(旧仮名遣いのまま)。

  誰(たあれ)が風を見たでせう?
  僕もあなたも見やしない、
  けれど木の葉を顫(ふる)はせて
  風は通り抜けてゆく

  誰が風を見たでせう?
  あなたも僕も見やしない、
  けれど樹立(こだち)が頭をさげて
  風は通りすぎてゆく。

 あなたがお習いになった「ふるわせながら」は、音楽の先生、もしくは音楽教科書の編纂者が、2番の「頭をさげて」と音数を合わせるために、そう変えたのではないでしょうか。(二木紘三)

投稿: 管理人 | 2008年5月20日 (火) 18時44分

 風は不思議です。気象学的には「何々」ときちんと定義されるのでしょう。しかし、そんな定義だけでは捉えきれない「何か」を風には感じます。
 古代インドではこの世を構成する根本要素として、「地、水、火、風、空(ち、すい、か、ふう、くう)」の「五大」を仮定しました。これらの要素が循環し交じり合い反発し合ったりして、この世の森羅万象を成り立たせていると考えたのです。
 この五大はまた私流の解釈では、「地→水→火→風→空」とプロセスを経るごとに、物質的で確かな手触りのあるものから、精神的で非物質的なものへと進んでいくように思われます。これは実に、私たちの「精神的進化のプロセス」そのものをも暗示しているのではないでしょうか?
 とは申しましても、「色即是空 空即是色」の「空の境地」などは、私如き者にはとてもとても。それでその一歩手前の「風」に、なぜか心惹かれるのかもしれません。当ブログで30編弱の拙詩を公開しておりますが、実にその半分以上に風が使われております。自然現象の中では、ダントツの使用頻度です。
 なお「風(かぜ)」は、精神、変化、変容、自由のサインでもあります。そしてそれはそのまま、今そしてこれからの新時代の重要なキーワードでもあるのです。

投稿: 大場光太郎 | 2008年12月27日 (土) 20時45分

いつ習ったのか…思い出せないのですが、子供のときから心に残っている好きな歌です。
歌詞に深い精神性を感じます。メロディーもきれいなのですが…。
育った環境からか、この歌を聴くたびに聖書の一節をいつも思い浮かべていました。
『風はその思いのままに吹き、あなたはその音を聞くが、それがどこから来てどこへ行くかを知らない』ヨハネによる福音 3章8節より

投稿: nobara | 2009年8月20日 (木) 11時10分

書き忘れて投稿してしまったのですが、
二木先生の絵も、とてもすてきですね。

投稿: nobara | 2009年8月20日 (木) 11時15分

昭和22年中村滋彦先生からオルガンと口移しで覚えたうたでした。『風』といっしょに『七つの子』も習いました、後年、「赤い鳥」の大正十年四月号に掲載されていたとのことも知りましたが当時楽譜をどのように入手されたのかレコードがすでにあったのか・・・物資の乏しい頃のことでしたから・・・そんなこともふとおもいつつその時代にあっては教科書によらずデッサン、クロッキーや写生、夏には海水浴、・・・杓子定規の授業ではなかったように記憶しています。ほかのクラスからは羨ましがられました。

投稿: aihara mori | 2010年5月 9日 (日) 16時57分

懐かしい歌です。コーラスを歌っていますが、中々暗譜が出来ません。「風」は歌詞をほとんど覚えていますので、頭の柔らかいうちに覚えたものでしょう。
二木さんの解説「蛇足」は何も考えずに歌っていた私にこんないわれのある歌なのだと教えていただきました。外国の曲に日本人の作詞の付いた曲が多い中、(大正時代)きれいなメロディーですので何時までも忘れず口ずさんでいます。

投稿: アキ・マリア | 2010年9月 8日 (水) 21時41分

近くにある 楝の花が今年も紫色にけぶって満開です
岩波文庫の日本唱歌集で「夏は来ぬ」を歌いました
「だあれが風をみたでしょう」があったねと さがしました
「風」は 歌詞のみでした
思い出しながら歌いました 五線紙にとったらと思いつき
ネットもあけてみました 幸いにも うた物語に出会いました 老夫婦愛唱歌をもちたのしみができました
ありがとうございました

投稿: 北島 洋子 | 2014年5月22日 (木) 00時34分

懐かしい曲に出会って嬉しいです。小学4年生で敗戦を、鳥取県の学童疎開地で知りました。台風被害による山陰線の復旧ならず10月まで帰ることができませんでした。寂しかったそんな頃、毎日、夕方になると私達は寮母先生と稲穂の田んぼ道を散歩しました。その時に教わった歌が「風」でした。稲穂の上を流れる風、稲の花の香ばしい香り、寮母先生の笑顔と歌声、胸が熱くなりました。今日は「若葉」の歌詞を探していてこのサイトを訪問しましたら「風」に出会いました。ありがとうございました。

投稿: みいちゃん | 2015年5月 6日 (水) 21時43分

先月友人が昇天しました。トーンチャイム教室の帰り道 「誰が風を見たでしょう」の歌を聞かれ調べました。77才の友人は英語を習っていてその教室でスピーチをしたとの原稿と手紙を読み返しています。曲を朧げに口遊んだ事で詩人の人生と聖書のみ言葉を知りました。クリスマス 教会でトーンチャイムの賛美をしました。天でも地でも クリスマスおめでとう です。

投稿: 佐渡三枝子 | 2015年12月24日 (木) 15時09分

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