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囚人の歌

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo



ロシア民謡、フランス語詞:モーリス・ドリュオン
日本語詞:人形劇団プーク

1 船漕ぐ明け暮れ 鎖につながれ
  思いはいつか 母のおもかげ
  日ごと夜ごとに 涙で語った
  母の言葉を 今ぞ思う

2 町や酒場に 幸せはない
  楽しみばかり 求むるではない
  だが若い日は 自由にあこがれ
  翼のぞまず 生きられようか

3 人を殺した わけじゃない
  物を盗んだ おぼえもない
  ただ毎日が すばらしい
  祭りの続きで ほしかっただけさ

4 仕事にでかける 朝の門口(かどぐち)
  立ちはだかった 王の兵士ら
  涙ですがる 母を足蹴(あしげ)
  われらをへだてた 牢獄の壁

5 瞳で誓う マドレーヌを
  いだいた胸に 鎖は重い
  だが幸せと 人の誠を 
  求むる心は 鎖じゃつなげぬ


《蛇足》
原曲はロシアの古い民謡です。これにフランス語の歌詞をつけ、イブ・モンタンが歌ったことにより、世界的なヒットとなりました。

 政治犯を歌った歌といわれています。ロシア語の原詞がわからないので、なんとも言えませんが、少なくともフランス語の詞とその訳詞には、政治との関係は表れていません。
 享楽的な生活を送っていた若者が罪を犯して漕役刑囚
(ガレリアン galerien)になり、母親の戒めを聞かなかったことを後悔している、という歌です。上の日本語詞は、フランス語詞をほぼ忠実に再現しています。

 ガレー船は古代に出現したものですが、地中海やバルト海では地形が複雑で風向きが不安定なため、19世紀初頭まで使用されました。写真は近世のガレー船。

 むかし、酒を飲んでバカ騒ぎをしているときなどに、この歌の「……涙で語った母の言葉を……」とか、「楽しみばかり求むるではない」といったフレーズが浮かんできて、チクリと痛みを感じたものでした。
 実際、横道にそれがちな年頃には、母親の言葉ほどブレーキになるものはありません。

 フランス語の原詞は次のとおりです。

Le Galerien

Je me souviens que ma mère m'aimait
Et je suis aux galères
Je me souviens que ma mère me disait
Mais je n'ai pas cru ma mère

Ne traîne pas dans les ruisseaux
Te bats pas comme un sauvage
T'amuse pas comme les oiseaux
Elle me disait d'être sage

J'ai pas tue, j'ai pas vole
Je voulais courir ma chance
J'ai pas tue, j'ai pas vole
Je voulais que chaque jour soit Dimanche

Je me souviens que ma mère pleurait
Des que je passais la porte
Je me souviens comme elle pleurait
Elle voulait pas que je sorte

Toujours, toujours elle disait
T'en vas pas chez les filles
Ne fais donc pas toujours ce qu'il te plaît
Dans les prisons 'y a des grilles

J'ai pas tue, j'ai pas vole
Mais j'ai cru Madeleine
J'ai pas tue, j'ai pas vole
Je voulais pas lui faire de peine

Je me souviens que ma mère disait
Suis pas les bohémiennes
Je me souviens comme elle disait
On ramasse les gens qui traînent

Un jour les soldats du roi
T'emmèneront aux galères
Tu t'en iras trois par trois
Comme ils ont emmène ton père

Tu auras la tête rasée
On te mettra des chaînes
T'en auras les reins brises
Et moi j'en mourrai de peine

Toujours toujours tu rameras
Quand tu seras aux galères
Toujours toujours tu rameras
Tu penseras peut-être a ta mère

J'ai pas tue, j'ai pas vole
Mais j'ai pas cru ma mère
Et je me souviens comme elle m'aimait
Pendant que je rame aux galères

(二木紘三)

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コメント

都立の高等学校1年の時、芸術分野(音楽・絵画・書道など)の中から音楽を専攻した私は歌唱実技の際に、教科書に無くても楽譜を持ち込めばそれでも良いと言われ
どこで入手したのか「囚人の歌」の譜面を持ち込み、福井先生のピアノ伴奏で歌いました。他の学科成績は思わしくありませんでしたが偶然音楽だけは評価「5」でした。その後3年間の教科書は保存してありましたがこの曲の譜面は散逸してしまいました。
最近二木紘三のうた物語の存在を知るところとなり、囚人の歌を53年ぶりに歌うことができました。大変懐かしく、嬉しく思いました。誠に有難うお座居ます。

投稿: 藤井 進 | 2008年8月25日 (月) 14時46分

1969年版の中学校副教材用歌集に掲載されていました。
もうボロボロで目次も奥付も散逸し、
出版社名すらもう分からない代物ですが、
「ル・ガレリアン」(囚人の歌)と題した、飯塚広氏の訳詞です。

教材として習った記憶はありませんが、曲および曲名は
はっきりと覚えていました。

同歌集はそのほか、ロシア民謡「ジグリー」「バイカル湖のほとり」
スペイン民謡「ファニタ」、シチリア民謡「頭蓋骨の歌」など、
歌声喫茶のレパートリーの影響が多分に感じられ、
音楽教育における、当時の理想主義的な志の片鱗が偲ばれます。

飯塚訳の第一、三節は、内容がご掲載の劇団プーク訳のものと
かなり共通性があり、どちらも原語(ロシア語?)にかなり
忠実な訳ではないかと思われますが、次の二節は、

ぬすみもしない ひともころさない
ただあくせくと はたらくばかり
わかいいのちが じゆうにこがれ
すばらしいひを ねがっただけさ

となっていて、これを見るかぎり、政治犯の権力への
悲痛な告発と呪いが強く感じられるのですが。

同じ原文を基にしても、やはり訳者によってかなり違う色彩、
ニュアンスが出るものなのでしょう。

投稿: 若輩 | 2008年8月25日 (月) 19時25分

この歌を聴いていると思いだす情景があります。昭和34年鈍行の電車に乗っている時、手錠をかけられ二人の警官に腰縄を持たれた青年を見ました。連結器の上にいたと思います。藤沢の駅あたりで列車が止まった時、ホームにいた青年二人が「お前何をしたんだ」と声を掛けたら「おお、ちょっとな」と笑いながら返事を返していました。あっけらかんとした青年たちにびっくりしました。初めて囚人?を見てこの歌の囚人とは全く違う雰囲気に私も笑ってしまいました。忘れられない思い出です。

投稿: ハコベの花 | 2014年8月15日 (金) 00時05分

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