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2007年7月25日 (水)

わかって下さい

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞・作曲・唄:因幡 晃

1 あなたの愛したひとの名前は
  あの夏の日と共に忘れたでしょう
  いつも言われた
  ふたりの影には愛がみえると
  忘れたつもりでも 思い出すのね
  街であなたに似た人を見かけると
  ふりむいてしまう
  悲しいけれど
  そこには愛は見えない
  これから淋しい秋です
  ときおり手紙を書きます
  涙で文字がにじんでいたなら
  わかって下さい

2 私の二十歳(はたち)のお祝いにくれた
  金の指輪は今も光っています
  ふたりでそろえた黄色いティーカップ
  今もあるかしら
  これから淋しい秋です
  ときおり手紙を書きます
  涙で文字がにじんでいたなら
  わかって下さい
  涙で文字がにじんでいたなら
  わかって下さい


《蛇足》
因幡晃
(いなば・あきら)は秋田県大館市の出身で、大館工業高校卒業後、鉱山技師をしていたという異色の経歴をもっています。

 昭和50年(1975)の第10回ヤマハ・ポピュラーソング・コンテストに出場し、『わかって下さい』で優秀曲賞を受賞、世界歌謡祭でも入賞しています。
 哀調を帯びた高い歌声が特徴です。

(二木紘三)

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コメント

「涙で文字がにじんでいたなら わかって下さい」
若い人達にこの意味がわかるでしょうか?。携帯メール
には涙は滲まないので。何故この世から情緒がきえていくのでしょうか。

投稿: M.U | 2008年5月23日 (金) 12時52分

工業高校には音楽の時間はありません。なのに詞、曲、歌を一人でこなす。とくに詞が素晴らしい。こうゆう事をやれる歌手は沢山おられますが、みな詞が綺麗ではないでしょうか。いまの歳になって、この種の唄は人前では歌えないので歌物語りで楽しんでいます。(ある方のコメントで青春を後ろに持って来たいと有りましたが)諸手をあげて賛成です。

投稿: 海道 | 2008年10月13日 (月) 20時56分

65歳の爺さんです。この歌は30代の時からよく歌っています。仲間とカラオケに行っても最後は周りが私の為にこの曲を入れます。詩・曲ともいいですね。

投稿: パク | 2012年1月16日 (月) 19時37分

某銀行に一年間派遣プログラマーとして勤務した後、自社に帰任してみると会社の様子は一変していました。組合が結成されており、社員は分裂していました。

組合員は赤い鉢巻をし闘うぞと言う強い意思と希望で輝いているように思えました。一方、非組合員は気落ちしていました。一部の組合員は机の上に座り込んで私用電話で一時間以上も話続けていました。もはや社内では誰もそれを注意する者はいませんでした。

先輩が私に言いました。「yokoさん、転職したほうが良いよ、この会社もうだめだよ」、と。

私は半年後転職し、その後風の便りで元の会社が消滅したことを知りました。

大阪を離れて神奈川に移りました。ちょうどこの曲が生まれた1975年です。当時は新しい仕事について行くのに精いっぱいで、後ろを振り返る余裕はありませんでした。

それでも深夜、風の音、窓を打つ雨の音で、ふと大阪の事務センターのことを思い出すこともありました。

○○さん、◇◇さん、□□さん、・・・、まだ勤務されているだろうか、もう結婚されただろうか。
この曲、聴いているかなぁ~。

僕が思い浮かべる彼女たちの姿は、1973ー1974の時間で止まったままです(今でも・・・)。

この曲は好きですが詩の内容は全く僕には当てはまりませんね。しかし歌いながらこじつけています。

投稿: yoko | 2018年7月27日 (金) 14時08分

yoko 様
懐かしい曲のリクエストありがとうございます。
切ない思い出があるのですね。

この歌に魅せられてカセットテープを購入、物語の世界に浸っていたころが甦ります。
彼はロン毛とサングラスがトレードマークでしたね。

投稿: りんご | 2018年7月27日 (金) 18時17分

あのころの私に71歳の日々が来るなんて。
気障ですが、人生って寂しいものですね。
先生の演奏を聴いては涙に酔っています。

投稿: りんご | 2018年7月27日 (金) 21時33分

前投稿で銀行への出向から帰任しての出来事、少し付け足します。

帰任して配属された課には新入社員の女性がいらっしゃいました。私は彼女と二人でプログラムの修正作業をすることになりました。
日立製コンピュータで使用しているプログラムを富士通製コンピュータで使えるように書き直す仕事です。美しくて聡明そうで朗らかな女性でした。彼女のことを少しづつ知る毎に驚きました。彼女は大学院卒で学生結婚し、ご主人がいらっしゃるのです。私は小さい体をますます小さくして彼女に近寄り難く感じていました。

並行して探していた転職先が決まり、社長に退職願いを出しました。社長は「今やっている仕事は大丈夫か?」と私に聞きました。私は彼女のことが思い浮かびました。彼女に申し訳ないと思いました。しかし社長には「大丈夫です。」と言うしかなかったです。

私の退職のことがまだ皆に知られていない時、彼女を食事に誘いました。女性にデートの声をかけたのはこれが生まれて初めてです。きっと断られるだろうと思いました。断られても良い、大阪のことはもう全て忘れよう。東京で新しい人生が始まる、と自分を慰めていました。しかし驚いたことに彼女はOKしたのです。

銀行勤務の帰りにいつも夕食を食べていた料理屋を彼女に紹介しました。商店街の中の小さな階段を登って屋根裏部屋に潜り込むような小さな料理屋です。客はいつも少なく僕だけの日も多かった。この店には夜毎日通っていたので女将さんとは懇意でした。何時も一人で寂しく食べているだけの僕が女性を連れて入って女将さんを驚かせたい、という魂胆も僕にはありました。「どうだ、驚いたか!俺だって、」という気持ちです。

もう45年も前のことです。彼女はもう僕のことはあの日の事と共に忘れたでしょうね。でもでも、僕は今でも時々思い出すのです。
なにしろ初めて女性を食事に誘ってOKして貰ったのですから・・・、
嬉しかったのです。

でも、この歌のように、僕の気持ち、”わかってください”、なんてやぼなことは言えません。彼女はその時すでに奥様だったのですからね。

投稿: yoko | 2019年6月10日 (月) 18時25分

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