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2007年7月19日 (木)

月の沙漠

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:加藤まさを、作曲:佐々木すぐる

1 月の沙漠をはるばると
  旅の駱駝(らくだ)がゆきました
  金と銀との鞍(くら)置いて
  二つならんでゆきました

2 金の鞍には銀の甕(かめ)
  銀の鞍には金の甕
  二つの甕はそれぞれに
  紐(ひも)で結んでありました

3 さきの鞍には王子様
  あとの鞍にはお姫様
  乗った二人はおそろいの
  白い上衣(うわぎ)を着てました

4 広い沙漠をひとすじに
  二人はどこへゆくのでしょう
  朧(おぼろ)にけぶる月の夜を
  対(つい)の駱駝はとぼとぼと

  砂丘を越えてゆきました
  黙って越えてゆきました

《蛇足》 大正12年(1923)発表。

 加藤まさをは、竹久夢二、蕗谷虹児(ふきや・こうじ)、高畠華宵(たかばたけ・かしょう)らとともに、叙情画・叙情詩運動を進めました。この詞は、千葉県の御宿(おんじゅく)海岸で想を得たものといわれ、それを記念して、昭和44年(1969)、御宿の砂浜に「月の沙漠記念像」が建てられました(写真)

 沙漠の「沙」の字は常用漢字にないために、砂漠と書かれるようになりましたが、地理学的にいえば、沙漠イコール砂漠とはかぎりません。沙漠は、「沙=水が少ない、漠=広々としたようす」という意味で、土だらけの土漠とか、岩だらけの岩漠というのもあるからです。この歌では、砂漠でもいいわけですが、原作に従って沙漠としました。

 4番に「朧にけぶる月の夜を」とありますが、この歌にはクリアな大きな月のほうが似合うと思います。

 佐々木すぐるのメロディ、とくにイントロは、子どもの歌にしては官能的ですね。そのあたりが大人にも好まれる理由かもしれません。

Tsukinosabaku_2          装画:武井武雄『少年倶楽部』(講談社、大正15年10月号)

 平成20年(2008)2月17日付け朝日新聞の文化欄に、朝日歌壇には入選しなかったが、選者の記憶に残った歌の1つとして、次の歌が掲載されていました。

   砂漠行く駱駝に結ぶ金銀の
   亀の運命
(さだめ)を泣きし幼な日(上田由美子)

 甕を亀だと思っていたわけですね。

(二木紘三)

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コメント

この歌を聴くたびにとても淋しく悲しい歌だと思うことです。何故、王子様とお姫様が家来もつれず二人だけで沙漠にいるのか?クーデーターで国を追われたのか?と子供心にも思いました(今も思っていますが---)
二人の結んだ甕にいっそう淋しさを感じます
。願わくば二人の明日に幸あれと願わずにはいられません。

投稿: 中村和己 | 2007年7月22日 (日) 17時32分

子供の頃からこの歌は知っています。短調の幻想的な寂しい歌ですね。

投稿: 三瓶 | 2007年7月22日 (日) 18時48分

この曲を聴く度に幼い頃を思い出す。
父母の背中で聴いたのでしょうか、愁いとロマンを感じさせる曲詞に、父母の生まれ育った大正の昔を想像します。
今は私が幼い孫を抱きながらこの詩を歌っています、やがて幼い孫が成長して、遠い思い出の歌として歌い継がれていくことを願って。

投稿: 小林 幸二 | 2007年8月15日 (水) 08時58分

「とぼとぼと」という句がに妙に気にかかります。先に投稿された方々は、淋しいと表現されていますが、寂しいという意味のほうがぴったりするような気がします。人生順風である時期も、落ち込む時もある。黙って歩いていくしかないのだろう。こじつけかも知れないが、般若心経の「不生不滅」の遠まわしの表現かなと感じています。

投稿: O.T | 2007年10月 2日 (火) 22時26分

以前「鐘のなる丘」で投稿させていただいたことがあるのですが,この「月の砂漠」も同じ年の思い出になります。
少年の頃の思い出といえば,貧乏に裏打ちされた思い出ばかりですが,ほんの一瞬「この頃はひょっとしたらお金持ちであったんではないだろうか」と思い起こせるのがこの「月の砂漠」の思い出なんです。
というのは,当時通っていた幼稚園で学芸会か何かがあったんでしょうね。その学芸会にこの「月の砂漠」のお遊戯かダンスかで私が出ることになっていたんでしょう。幼稚園の先生がわざわざ蓄音機持参で我が家によく来られ,お稽古をしていただいたんですね。その時は家族全員が私のお稽古を見守っていてくれて,それがうれしくて一生懸命お稽古をしたことを覚えています。
父は復員してすぐ電気会社をつくり,何年もたたないうちに壊れちゃったということをチラッと聞いたことがあるんですが,その一瞬の「いい時」の思い出がわたしの「月の砂漠」に秘められているんです。
ありがとうございました。

投稿: Santa | 2007年12月 4日 (火) 11時52分

こんばんわ、久しぶりに投稿します。
あれは、小学校3年生のころでしょうか。
山あいのK小学校の3年2組教室に町から転校してきたかわいい生徒がいました。
大きくパッチリとした目をもち、茶系の瞳をしていた。
その子が挨拶にこの歌を歌ったのです。しかも、教室全員の前で口を大きく開けてはっきりと歌って聞かせてくれたのです。
当時、私にとっては新鮮な歌でした。心に響く歌であったようです。
王子様とお姫様を私と転校生に置き換えてイメージしていたようですね。
これが、一目ぼれの初恋だったと思います。


投稿: 益子良夫 | 2007年12月 7日 (金) 20時41分

小林 幸二さんの投稿読んで感極まり涙してしまいました。そうですよね
孫が成長して、遠い思い出の歌として歌い継がれていくことを願って。
すばらしいことですよ。

投稿: 久保田照雄 | 2007年12月21日 (金) 11時44分

 この詩と曲をきくとなぜだか涙が出てくる。それほど歳をとっているわけではないのに。

投稿: cat | 2008年2月10日 (日) 20時05分

 加藤まさをが結核を患って彼の地に療養に来たことを考えあわせると、この詩は「死出の旅」を意味しているような気がする。先に死んだ王子を追って死んだ姫が共に連れ立って「月の夜を」(死の世界)歩いてゆく。
 砂丘の向こうに、、、とぼとぼと。日本的に言えば三途の川の向こう岸。
 余りにも寂しげなメロディーと「とぼとぼ」という語彙がそう思わせる。加藤まさをの詩を創った当時の死生観だったのではないか。加藤まさをの霊を呼び出して聞いてみたいものだ。
 

投稿: ナガセ | 2008年2月11日 (月) 00時27分

中村和己さんの投稿を読んで、わが意を得たりと思いました。実は私もこの歌を、相当長い間、クーデターで国を追われた王子様たちの悲しい物語というイメージで記憶していました。
もちろん大正時代に作られたもとの歌詞には、そんな雰囲気はかけらもないのですが、私はこの歌を覚えた時期、あるいはその少し後に、中東での王政打倒の革命やクーデターが国際ニュースとして連日報道されていた時期があり、両者が私の頭の中で結びついたのかも知れません。
今世界史の年表をひっくり返して見ると、1951年のイランのモサディクのクーデターは私にとって少し早すぎるので、1958年のイラクのカーシムら自由将校団のクーデターかもしれません。
当時、朝晩食事の際につけっ放しの我が家のラジオのNHKニュースで、細かいことは分からずとも王様が国を追われたという話だけが頭に残り、月の沙漠の物悲しいメロディーが結びついて、そんなイメージが固定してしまったのではないかと思っています。
でも本当にそんな背景がぴったりの歌です。

投稿: 田中 九州男 | 2008年3月22日 (土) 21時57分

私にもこの曲を聴くと浮かぶ記憶があります。もうずいぶん前になると思いますので、詳しいことは覚えていないのですが・・・。あるTV局でアフガニスタンにて爆死した女性カメラマンの特集が放送されていたのです。その番組の中、バックグラウンドかエンディングでこの曲が使われていて、聴いたとたんなぜか涙がでて止まりませんでした。それから後、このHPで「沙漠」と「砂漠」の違いを読んでなんとなくあのときの自分の涙の理由がわかったような気がしました。今もこの曲を聴くと涙がでてきて困ります・・・。

投稿: エルナト | 2008年4月 2日 (水) 23時06分

私達夫婦が結婚する前、新島(にいじま:東京)の民宿に海水浴で遊びに行った事があります。
 夜、浜に出ると暗い海岸のあちこちにアベック達が座ったり、寝そべったりして自分達の世界で語り合っています。向こうのほうでは、家族ずれや若者のグループ達が花火をして大きな声で騒いでいます。
 私と彼女は砂浜でこの「月の砂漠」を小さな声で歌いました。この歌を歌うと、そのときのロマンチックな記憶がいつもよみがえります。

投稿: 吟二 | 2008年9月18日 (木) 23時56分

ご機嫌よう

NHKのラジオ深夜便の初期の頃だったでしょうか、すなわち平成一桁の頃です。

葉書読み上げだったか別の情報かはうろ覚えですが、、、
日本の石油掘削会社の人が夜の中東の砂漠を四駆の車で走った時に、月が空にかかるを見て此の歌を歌えば涙止らず

とか聞きました。

投稿: 大坂 | 2009年5月 6日 (水) 00時48分

突然この歌を思い出して、歌詞があやふやだったので探しました。
初めて聞いたのがいつのことか、どこでだったのか覚えがありませんが、小学校低学年のころにはこの歌が好きでした。
行くあてのない旅を思わせる歌詞に、王子様、お姫様という言葉からのロマンチックなイメージよりも、この二人がどうなってしまったのか、願わくば幸せになっていてほしいと子供心に思ったものです。
作詞をされたのが、自分が通っていた小学校(明治初期に創立)のいわばOBであったことを知ったのは、ずっと後の事でした。今、その母校には歌碑が建っているとのことです。

投稿: 藤枝 | 2009年5月 8日 (金) 08時06分

エルナトさまの感想を読ませていただいて、私と同じ気持ちで、この曲を耳にすると
あの番組を思い出して涙されている方が他にもいらっしゃるんだなーと、ひととき
感慨に耽りました。ふるさとを遠く離れた沙漠に葬られた娘に再会したご両親が、最
愛の娘のために用意しておいた花嫁衣装(和服)をその亡きがらにそっと掛けてあげ
る...そのシーンを優しく包み込むように流れていた「月の沙漠」は、放送から随分
と時を経て適齢期の娘の父親になった私に、さり気ない日常のさり気ない平和の大切
さを、その曲を耳にするたび思い起こさせてくれます。

投稿: めいき | 2009年9月29日 (火) 15時04分

この歌は、亡き母が大好きでよく口ずさんでいました。昔、姉の結婚式で歌いだしました。花嫁の母なのに、それくらい感極まったのでしょうか?その影響でしょうか、私も大好きです。歌いながら母のことが思い出されて、じわっとしてきます。縁あって“月の沙漠”がある、御宿町に家を建築中です。御宿では朝と昼と夕方にこの曲が流れます。何回聞いても母のことを思い出します。

投稿: 那須きく江」 | 2009年10月17日 (土) 22時51分

「月の沙漠」はとても好きな曲の一つです。長湯していると、自然と口ずさんでいます。
そこで、口に出して歌っていると感じることを今回は書きます。

音楽用語を知らないので、説明が旨く伝わると良いのですが、
一番最後の『ゆきました』を、歌い上げると言うのか、上がって終わる様式についてです。

YouTubeにアップされたほとんどのものが上がって終わる様式ですから、一般的にはそうなんだろうと思います。

ですが、20数年前に平坦に終わる様式に出合ってから、上げない方がなんとなくこの曲には合っているのではないか、いや、上げない方が良い、と今では思っています(あくまでも個人的感想です)。

上げるのはお約束みたいなものですし、歌いきった感があります。それに私も平坦だと、初めは違和感や物足りなさがありました。しかし、そこをぐっと我慢して、何度かそのまま歌いきっていると、情緒的というか無常感みたいな印象が強く残るようになったのです。

それがこの曲の奥深さをより一層感じさせてくれると思います。お試しあれ。


本当は、管理人様に意見を聞いてもらい、
編曲の妙というのか、それは制作者のものだから言ってはいけない分野だと思いつつ、
平坦なまま終わる様式にして頂けないか、などと大それた事を考えた事もあります。
戯言とお聞き逃しください。

投稿: 浜井 | 2010年3月23日 (火) 17時50分

浜井さんの「平坦なまま」といわれるのは、単に「オクターブ上げずに」という意味なのでしょうか。それとも別の旋律があるのでしょうか。
と云いますのは、鮫島有美子がミ・ファ・ラ  ♭シ・ラ・レ(高い方のレ)と歌っているのがあってなかなか良いと思ったものですから。私も専門用語が使えなくて分かりにくいと思います。

投稿: 周坊 | 2010年3月24日 (水) 20時00分

周坊様 旨く説明できず済みません。

YouTubeでアップしている(敬称略)
月の沙漠 由紀さおり 安田祥子 view2logic
http://www.youtube.com/watch?v=PnncYorFc74
が私の言う平坦なタイプです(繰り返しの部分はないものとしてお考えください)。
そして、月の沙漠 - 小鳩くるみ doushiyoka
http://www.youtube.com/watch?v=yMAtRvM5CUQ&feature=related
が上がっているタイプです。

「小鳩くるみ」の終わり方が「由紀さおり 安田祥子」方式で、かつ、繰り返さないのが私の理想に近いです。

この説明で伝わりますでしょうか?

投稿: 浜井 | 2010年3月24日 (水) 23時58分

浜井様
よく分かりました。
楽譜がどうなっているかということを無視するならば、好みの問題だと思います。
鮫島有美子のは、You Tube「日本の歌全曲集」で検索できます。

投稿: 周坊 | 2010年3月25日 (木) 16時04分

70の手習いでアコーディオンを習い始めました。先生から渡されたこの曲の題名が「月の沙漠」となっていました。「砂」の間違えではないかと思っていましたが、その意味をはじめて知りました。この「うた物語」から多くのことを学んでいます。
毎日、1曲は聞くようにして、歌の背景などを勉強しています。ありがとうございます。

投稿: 大関俊雄 | 2010年4月29日 (木) 09時10分

月の砂漠、このmelodyを聞くと晩年よく口ずさんでいた母を
想いだし涙がでます。その母によれば、この詩の意味は仲の良い夫婦が若いときから積み上げた徳行を、         夫々金銀の甕にいれ西方億土に旅行くのだよと聞かされたことを想いだします。
その当時は私は若くふーんと聞いていましたが、既に母が
亡くなった歳に近づいたいま物悲しい人生を観じます。

投稿: 黒原大雲 | 2010年5月 9日 (日) 22時29分

この曲を聴きながら目を瞑ると、昨年亡くなられた平山郁夫先生が描かれたシルクロ-ドを行く駱駝のシルエットが浮かんで、遠い多国の灼熱の太古のロマンを思わずには居られません。
今、奈良では平城遷都1300年祭で賑わっておりますが、薬師寺に祀られておりますその平山先生が描かれた高さ2.2m×長さ49.0mの『大唐西域壁画殿』と『玄奘三蔵院伽藍』で9/5(日)正午より「シルクロード」「ガンダーラ」「月の沙漠」「太湖船」「平城山」etc.を、二胡:4名、キーボード、ソプラノサックス(私)で奉納演奏をさせていただく事になり、二木先生や皆さんのコメントを心に留めて、4年前からレッスンを受け始めた成果が70歳の自称“O Danny old Boy”が発揮できるよう心静かに演奏したいと思っております。

投稿: 尾谷 光紀 | 2010年5月12日 (水) 11時34分

二木先生;

 素晴らしいサイトと演奏、いつもありがとうございます。この歌も私の大好きな曲で、歌うたびに胸が熱くなります。
 幻想的で端正な歌詞と流麗で哀調豊かな旋律、“日本人でよかったなぁ…”と思えることのひとつは、このような心に沁みる歌を口ずさめる時ではないでしょうか。
 黒原大雲氏の書き込みにある亡き母上の言葉「この詩の意味は仲の良い夫婦が若い時から積み上げた徳行を、夫々金銀の甕に入れ西方億土に旅ゆくのだよ…」との言葉に心打たれました。言われてみれば本当にそうですね。そう思わせる何かがこの歌にはあります。(残念ながら毎日のように口げんかしている私共夫婦には、金銀の甕も入れるべき徳行も皆無ですが…)
 時代がどう変わろうともこれからも歌い継がれていく名曲だと思います。
 

投稿: 中嶋 毅 | 2010年6月11日 (金) 21時02分

小学校2年生のころでした。いつも悪戯ばかりして放課後廊下に立たされていました。そんなとき何人かのクラスの女の子たちが先生とオルガンの周りに集まって何回も何回も練習していたのが「月の砂漠」で、彼女たちの楽しそうな様子とはうらはらにひとり寂しく廊下で聴いていました。懐かしい大好き曲です。

投稿: 身深 保弘 | 2010年6月19日 (土) 21時58分

いつ聴いても幻想的な感じの曲ですね。
聴いていると、この王子様とお姫様に何があったのか、二人はどこへ行くのか、どうなるのかといった想像を掻き立てられます。
先ほど聴いていた時、蒸し暑いので団扇をあおいでいたのですが、ふと見たらその団扇に2頭のラクダの影絵が描かれていて、それが何と千葉・御宿にある王子と姫を乗せたラクダ像と分かりました!!
余りの“偶然”に笑っちゃいましたが、この団扇はたしか次男坊が何年か前に御宿へ行った時に買ったものだと思います。
余りの偶然につい投稿しますが、この音楽ほど幻想的な気分にさせてくれる曲はあまりないと思います。
蛇足ですが、御宿の団扇はこれからも愛用していきます

投稿: 矢嶋武弘 | 2010年6月29日 (火) 16時08分

昨年葉山にある湘南国際村の平山郁夫画伯展で、シルクロードを行く月明かりの駱駝のシルエットの絵を見る機会がありました。
その絵を見ながら、自然にこの『月の沙漠』のメロディーが頭の中に流れ、また流れ出る涙を止めることが出来ませんでした。
この歌を口ずさむと自然に涙が出てくるのは、歳を取った証拠でしょうか。
本当に心に沁みる良い曲だと思います。

投稿: 米澤晰彦 | 2010年8月30日 (月) 16時38分

「月の沙漠」などの童謡や関連する書籍などを集めている者ですが、その名もずばり「月の沙漠」というタイトルの小説を見つけました。1970年頃の学生運動の話のようで童謡などとは関係がないようですが。サイトの趣旨と違っていたらごめんなさい。
http://www.mosakusha.com/newitems/2010/09/post_1610.html

投稿: 安富しのぶ | 2010年11月 1日 (月) 02時25分

月の沙漠 で検索してこちらに来ました。
私の地元のチャイムの曲が「月の沙漠」です。1日3回朝7時と昼の12時と夕方5時に鳴ります。
たまには海に銅像を見に行ってみようかなぁ~ 笑
この時期は寒いですが・・・汗

投稿: Maimai | 2011年1月11日 (火) 15時12分

NHKラジオ深夜便(2月6日夜半)の「日本の歌・心の歌」のセッションで、井上陽水が自身のアルバムに納めた「月の砂漠」をご本人の歌い方でききました。彼の歌の世界には馴染めなくて敬遠していましたが、独特のことばの言い回しと声の響きで「月の砂漠」を聞くと、なんとも不思議の世界に引き込まれていく気分になりました。これが評価の高い「陽水ワールド」なるものでしょうか。

投稿: 亜浪沙 | 2011年2月 6日 (日) 13時51分

日本ケアシステム協会全国大会イン香川県の懇親会上で徳島県の道辻会長が月の砂漠のメロディに振付をされて自らステージに上がられました。120名の会場は心から感動し曲が終えると会場は喝采の嵐になりました。実に見事な曲でしたこころから謹んで感謝します。

投稿: 兼間道子 | 2012年5月21日 (月) 16時39分

 子どもの頃、この曲を聴いて特別にひきつけられたのはなぜかと今でも考えます。二木さんのおっしゃる通りメロディの官能的なところが大きいような気がします。王子と王女の二人はどこまでもとぼとぼ歩き続けて、永遠に町には着かないような気もしましたね。砂漠という無機質なものが登場するので、エキゾチックかつシュールな雰囲気を歌全体に感じます。千葉の御宿で作詞者が着想を得たと後で知り、だまされたような気分になりましたが、もちろん曲の価値は変わりません。
 大人になってからは「カスバの女」を聞くと不思議に「月の砂漠」を思いだし「カスバの女」は「月の砂漠」のテーマに「退廃」が加わったようで「カスバの女」をいいと思う自分は年齢の上で人生の後半部に来てしまったと感じた。

投稿: 久保  稔 | 2012年8月 8日 (水) 01時52分

 このコメント欄に投稿した後、ああいうふうに書いて果たしてよかったのかなと、妙な責任感を感じて、何十回となく「月の沙漠」を聴いてしまいました。そうして気づいたことを独断のそしりを恐れず書いてみます。この曲は歌詞、メロディともにすぐれた名曲とは思いますが、メロディが6分、もしくは7分で、歌詞が4分、もしくは3分くらいの割合ですばらしいと思います。どちらかというとメロディで持っていると思うのです。その理由ですが、最近、むしろ尺八や二胡の演奏で聞くほうが、むせぶような音色がことばをこえて心に響き、歌詞がなくても十分楽しめるように思うからです。歌詞をけなしているのではなくメロディの牽引力のほうが勝っているのではないかと思います。                   次にこの歌詞の不思議なレトリックについて。ふつう砂漠を行く王子と王女を連想する場合、まず、雄雄しい、聡明な王子そして麗しい、優しい王女が家来を従えて現れますよね。ところが、歌詞が描き出すのは、まず二匹の駱駝の登場、、次に二つの鞍が登場、そして二つの甕がとくに懇切丁寧な説明で登場します。そんな貴重な甕があるんかいな!と思わせるほどです。最後に出てくる王子も王女もただ駱駝の乗客でしかない。立派な王子王女の登場を期待していたら、外されたような、すかされたような気持ちになります。この肩透かしをくわせる工夫におそれいる気分ですね。へたをすれば二人きりでとぼとぼ砂丘をこえていくなんて考えようによってはうさんくさいですよね。(いやそこまでいうとよそ者の侵入に厳しい江戸時代の村役人ですね。子どもの心を失ってました。)結局は「だまって砂丘を越えていく」に収斂させたいから、王子王女の美醜は余分の話ですよね。それから「二つ並んでゆきました」「二人はどこへゆくのでしょう」「だまって超えて行きました」など小学生の低学年の作文のような歌詞ですが、ここにきわめてすぐれたテクニック、じゃない叡智を感じます。こういう素朴というか、ぶっきらぼうな表現だからこそいつまでも古びることなく歌いつがれるのでしょうね。  最後に、わかったようでわからないこの歌についての疑問があります。どなたかご教示ください。「月の沙漠」の「の」の意味はなんだということです。子どもの頃、月の中の沙漠かと思いました。月の国の出来事と思ったのです。それというのもこの場合の「の」は格助詞ですから一つは所有、包含をあらわします。たとえば「ぼくの本」「東京の浅草」とか。一方、「花の笑顔」という言い方がある。「花のような笑顔」と同じ意味ですね。、それを適用すると「月のような沙漠」になる。しかし、4番の歌詞をみると、朧にけぶる月が砂丘の上にある。月のような砂丘と実際の朧月が並んだらなにか、おかしいような気がします。それに「月のような沙漠」というと重力すくないの、空気ないの、宇宙服いるよねといろいろ屁理屈こねてみたくなる。そこで、「月に照らされた砂丘」ならなんとかいいけど「月の沙漠」から「月に照らされた沙漠」まで飛躍するのは無理があるような気がするんですよね。                
「の」は難しいですね。

投稿: 久保 稔 | 2012年9月 5日 (水) 01時49分

>「月の沙漠」の「の」の意味
久保 稔さん 難しいことは私には解りませんが、感覚的には ♪霧のロンドンブリッジ…の「の」にとても近いのではないでしょうか。この歌の限りなく幻想的な雰囲気を理屈抜きに愛するのではいけませんか…?

投稿: 眠り草 | 2012年9月 5日 (水) 08時54分

眠り草さん
 おっしゃるとおり、理屈ぬきで楽しむのが音楽でしたね。忘れていました。夜中までかかって考える事じゃないですよね。笑ってしまいました。ご助言、感謝いたします。またこのサイトのご常連さんからコメントをいただいたことを光栄に思います。ほんとです。

投稿: 久保 稔 | 2012年9月 5日 (水) 23時07分

詩は数式や化学式のようにきっちり美しく整える物ではなく無限大のロマンを感じさせる事が大切なことだと思います。月の砂丘では王子様やお姫様がラクダに乗って歩いてもロマンがありません。砂漠だからこそロマンがあるのです。日本の歌には言葉を置き換えて美しく感情を豊かに表現しているものが沢山ありますね。特に和歌や短歌に使われていると思います。
私が感心した歌詞はこのプログには載っていませんが「水色のスーツケース」という歌に、「ああ 海原に 雲は白く流れて・・」という一節があります。普通は白い雲が流れてと言いますね。私はこの歌詞を読んだ時、詩人の言葉を使う能力に感心してしまいました。もうこんな美しく言葉を使う歌は現れないでしょうね。日本語の美しさが失われてしまいました。

投稿: ハコベの花 | 2012年9月 5日 (水) 23時57分

すみません。訂正させて下さい。「ああ 大空に 雲は白く流れて」です。そそっかしくて申し訳ありません。

投稿: ハコベの花 | 2012年9月 6日 (木) 00時22分

「月の沙漠」は「月の表面にある砂漠地帯」ではなく「月が照らしている事に注目して頂きたいこの沙漠」の事なのだそうです。解ったような解らん話ですが。

投稿: 海道 | 2012年9月 6日 (木) 06時34分

海道さん
 「月の沙漠」の「の」の意味を調べていただきありがとうございます。「月が照らしている事に注目して頂きたいこの沙漠」私自身はなるほどと大納得です。たしかにわかったようなわからないような説明ですが、もともとこの「の」の使い方には無理があるように思います。そういうふうにいわないと説明しきれないんでしょうね。願わくばその説明(解釈)の出典を知りたいんですが、どうでしょう。だれがこういう本でこのように説明していると。それで私の悩みは決着がつきます。大げさですか?言葉についてあれこれ考えるのが私の道楽ですので。ついでながら9月5日の眠り草さんの「霧のロンドン」は「霧の状態のロンドン」もありますが、ふつうは「霧で知られた、霧で有名なロンドン」の「の」でしょうね。「忠臣蔵の町赤穂」「おわら風の盆の八尾」の「の」と同様に。格助詞の「の」は短く表現できるから重宝ですが、あいまいさがついてくる難しい品詞だと思います。
ご常連のハコベの花さんにもお知恵をいただき感謝します。常連の意味はこのサイトを愛し、管理人さんとともに良い味を出している方々のことです。昔、老舗の居酒屋めぐりが好きだったので店の雰囲気は店主と常連がつくるという酒飲みの発想です。しかし管理人さんは今お酒をやめたそうですから歌声喫茶でたとえた方がよろしいですかね。


投稿: 久保 稔 | 2012年9月 6日 (木) 11時55分

久保 稔さん、残念ながら、私が申し上げたかったことは伝わらなかったようです。詩には省略があります。今は適切な言葉が見つかりませんので、少しお時間を下さいね。

投稿: 眠り草 | 2012年9月 6日 (木) 12時39分

高級なテクニックは解りませんので素朴に。
月の沙漠ののの意味   で検索
第140話onの意味   を選択
後ろの方に解説があります。

投稿: 海道 | 2012年9月 6日 (木) 16時29分

久保 稔さん、私の貧しい言葉では上手に説明できないものですから、加藤まさを自身が描いた「月の沙漠」の絵が載っているサイトをご紹介します。どうか絵を見て「感じて」下さい。

http://www.city.fujieda.shizuoka.jp/kyodomuse_manabu_bungaku_masawo.html

無責任なことを書いてはいけないと思ったものですから、この絵を所蔵する静岡県藤枝市の博物館に電話して学芸員の方にお話を伺い、下記にまとめ、インターネットに載せるお許しもいただきました。

『このサイトに乗っている絵は掛け軸になっていて、絵の部分は縦1m横70cmほど。上の方に朧な月が描かれている。絹布に描かれ非常にデリケートなので、常に公開しているものではない。(数年に一度公開される)。この絵は藤枝市の初代の市長が加藤まさをに書いてもらったらしい。加藤まさをの生家と初代市長の家は近く、行き来があったらしい。初代市長の所有だったが、今は博物館の所蔵。
加藤まさをはほかにも何パターンかの、この歌をテーマとした絵を描き、月は満月、半月、朧月と、その時によって違う。』


投稿: 眠り草 | 2012年9月 6日 (木) 16時46分

少し追記させて下さい。

「絹布に描かれ」と書きましたが、学芸員の方は『絹本です』と仰ったのです。(絹本とは、広辞苑によれば、書画を書くのに使う絹地。または それに書いたもの。) その他の絵とは詩画集などです。

お聞きした内容を忘れないうちにと、慌てて書き留めたものですから、荒っぽいまとめ方になりましたが、学芸員の方は私の質問に、解りやすくとても丁寧な口調で答えてくださいました。

投稿: 眠り草 | 2012年9月 6日 (木) 22時28分

眠り草さん
 藤枝市の文学館のサイトの紹介、また電話による転載の承諾確認までほんとうに恐れ入ります。「月の沙漠」をめぐるコメントのやりとりがここまでひろがるとは思いませんでした。文学館にある加藤まさをの駱駝の絵を見ていると、「月の沙漠」の歌詞は万葉集などの分類でいう「叙景歌」であるとあらためて気づきました。カメラワークでいえば始めは駱駝、鞍、甕、王子王女をアップで撮り、最後はそれらを小さな景色として沙漠のむこうに消滅させるという感じですね。絵画的な歌詞の展開は彼が画家であったことと無関係ではないと思います。
 海道さんの返信にも感謝してます。この歌がいかに多くの人に今なお愛されているかを知った次第です。皆さんとの交流が楽しかったです。

投稿: 久保 稔 | 2012年9月 6日 (木) 22時44分

海道さんの検索のサイトを読んでなるほどと納得しました。朧月の沙漠は砂嵐でとてもラクダは歩けない、つまり考えてもわからない非現実の歌なのだということなのですね。男女が死出の旅をしているという説もわかります。私は子供の頃からこの歌が暗くて陰気な感じがして好きになれませんでした。ナガセさんの感覚と同じだったのです。本多勝一の『遊牧民』も昔、読みましたがすっかり忘れていました。久保さんはみんな理解されていたようですね。久しぶりに頭を使ったような気がします。

投稿: ハコベの花 | 2012年9月 7日 (金) 00時18分

久保 稔さん 海道さん ハコベの花さん、皆さま本当にありがとうございました。

鈴木健次氏(鈴木健二とは別人)の説、格助詞の「の」が強調を表すとは、私の周りの数少ない辞書にはないのです。でも私が感じていることはまさにそれなのです。月の光が醸し出す砂漠の雰囲気、霧が立ちこめる風景、その強調…のための「の」と思われてなりません。 スッキリしました。こんな素晴らしいお話を皆さまに伺えて、とてもとても幸せです。

二木先生のサイトは底なし沼のようで、抜け出そうとして、もがけばもがくほど深みに嵌ってしまいます。でも幸せ。

投稿: 眠り草 | 2012年9月 7日 (金) 07時39分

昭和19年、田舎の小学校(国民学校)へ東京神田の名門小学校の皆さんが集団疎開して来れれた。そして東京へ帰還する際、お礼にとピアノが寄贈され、同時に、その小学校に所縁がおありだった大谷洌子さんが、遥々お出でになりリサイタルをひらいて下さった。色々な歌を聞かせて頂いたが、ソプラノの「月の沙漠」は、未だに脳裏に焼き付いている。大谷洌子さんも、この5月、遠くの方へ行ってしまわれた。

投稿: 石井 孝 | 2012年9月 8日 (土) 10時16分

「月の砂漠」の「の」は久保 稔さんがおしゃるとおり比喩を表す格助詞ですね。広辞苑にもそれ以外に当てはまるものがありません。(鈴木健次氏の説には少しフラッとひかれましたが、それはこの際、保留にしたいと思います。)

月の…ではじまる言葉を、広辞苑で引いてみると、いろいろ載っていますので、いくつか並べてみます。

「月の出汐」 月の上ると共に満ちてくる潮。
「月の鏡」  (月の形を鏡にみなしていう)満月。また、晴れ渡った月。月を写す池水の表を鏡に例えた語。
「月の氷」  澄み渡って氷のように見える月。
「月の霜」  月光に冴えて白いのを霜にたとえていう語。
「月の舟」  大空を海にみなし、月が空を行くさまを漕ぎゆく船にたとえていう語。
「月の眉」  (形が人の眉に似ているから言う)三日月の異称。
これらに出典は、多くは古い和歌などです。容易に説明のつく「の」もあれば、かなりの言葉が省略されている「の」もあると思います。また「氷のような月」、「船のような月」「眉のような月」と、語順が逆になるものもあります。詩の言葉とはこのようにスパッと割り切れないものだと思います。

なお、月の眉は、「花のかんばせ(古くは顔ばせ)月の眉」という、ずいぶん昔からある言い方で、月の眉は美しい人の弧を描く眉のようにも、大正生まれの私の周りの人々に使われていました。
 「花の都」 都の美称。繁華な都。また、花の盛の都。(広辞苑)

ところで「月の沙漠」「月の比叡」ですが、やはりかなりの省略があると思います。そこに想像の余地が有るので、人によりあれこれ思いめぐらすのも詩を読む楽しみの一つではないでしょうか。
書き手は常に手垢のつかない新鮮な表現を求めて、時に苦悩するのだと思います。

歌によってその言葉が、多くの人々に愛されて定着するという点では、私はピントの外れたことを書いていると自覚しています。(読んでいただけましたら、それだけで幸いに存じます。)何度も失礼いたしました。


投稿: 眠り草 | 2012年9月 9日 (日) 19時30分

眠り草さん
 何度もご意見ありがとうございます。「美しい言葉とは何か」をめぐって、言葉のもつ力の源や言葉の仕組みについてねばりづよく追求される眠り草さんの姿勢に敬服しました。
 先の藤枝市の文学館および博物館のサイト紹介も重ねてお礼申し上げます。東京には時々しか行かなかった私です。藤枝はサッカーが強い土地くらいの知識しかもたない、縁のない素通りの町でしたが、あのサイトで加藤まさをの故郷であることや東海道の要所であるがゆえの苦難の歴史ももっている町であることもわかりました。バーチャルではありますがちょっとした旅行気分も味わえました。感謝します。
 居酒屋は一度行ってみてください。老舗にかぎりますが、、「おんな酒場放浪記」というサイトもあります。(脱線ですね!)

投稿: 久保 稔 | 2012年9月10日 (月) 08時29分

久保 稔さま

 「旅の夜風」のところで書いていらっしゃった『日本語というあいまいにして婉曲な、対決をさけるようなことばで、日常、言語活動をしている我々……』には、ハッとするものがありました。

土の器が同じように抱え持つ薄いガラスの壷、それを壊してはならないと言う強い気持ちが確かに私にはあって、はっきりものを言うのを避けてしまいます。そのように生きて来てしまったので、変わるのは困難です。人様を傷つけることなく自分の思うところを主張する…私にそう言う技術があれば良いのですが…。

久保稔さんのコメントから、他にも私はたくさんのことを学びました。答えにもならない私の投稿を読んでくださって、ありがとうございます。とても感謝しています。日本より愛をこめて!

投稿: 眠り草 | 2012年9月11日 (火) 08時42分

 「の」の意味は深いのですね。それはともかく、二人はなぜ、どこへ行くのか、について、ナガセ様の投稿に感銘を受けました。そのほかにも何人かの方が死出の旅に結びつけておいでです。私も、この歌がロマンチックなだけでなく、限りない淋しさ(寂しさ?)、悲しみを誘うのは、そのためだと思います。付け加えるとすれば、二人が着ている「お揃いの白い上着」です。私には死装束と感じられます。死神はふつう黒で表されるようですが、清浄な死は、洋の東西を問わず、純白で飾られることがあるようです。この王子様とお姫様の場合は、婚礼が即ち死出の旅だったのかもしれませんね。
 管理人様が提供して下さった武井武雄の挿絵を思い出深く拝見しました。生家には父親やその兄弟たちが楽しんだらしい大正期の絵本がいろいろありました。たとえば、男の子がしゃがんで頬杖突いて洋館風の建物を眺めているところ。「森の中の一軒屋/見つめていても出てこない/大人も子どもも犬の子も」という詩と、RRR というサインがあり、これは武井武雄のことだよ、と説明してくれたのは画家になった叔父だったでしょうか。

投稿: dorule | 2013年1月14日 (月) 12時58分

幼いころ、長年父の仕事の都合で別居していた母と暮らしていた私と妹は、またまた仕事の都合で父と一緒に暮らすことになり、そのころ外食にいった帰りにほろ酔い加減の父と妹と3人で手をつないで家に帰るとき父がよくこの歌を歌っていました。この歌は命を懸けて愛し合った二人が当てもない旅に出る歌ではないかと思います。天涯孤独の人生を送ってきた父が、母と私たち子どもを得て、母への思いと、父の当時の覚悟を表していると思います。
その父が今危篤です。会いに行った私には仕事に穴をあけるなと言っています。母と妹を残して帰ってきた私は死に目に会えないかもしれません。生きているうちにこの歌を枕もとで歌ってやりたい。・・・明日なんとかまた帰ってみます

投稿: 牧 聡 | 2013年3月 6日 (水) 21時49分

この歌は、アラブの王子様の新婚旅行の歌だと思っておりました.
若い頃、勤めていた会社の常務は、宴席では決まって「月の沙漠」を歌っていました。痩せた、小柄の大人しそうな人でしたが、なぜこの歌なのか、不思議でした。
上段投稿の牧 聡さんのお父上のような人だったのかなぁ、と今思いました。

蛇足中の装画には、「沙漠の夜」とありますが・・?判読しづらいが、文字は歌詞のようです。

投稿: 柳青める | 2013年3月10日 (日) 02時11分

 挿画の題は確かに「沙漠の夜」で、サブタイトルに「アラビアの子守唄」とありますね。
 文字は「月の沙漠」の歌詞ですが、第四節「広い沙漠を」が「白い沙漠を」となっています。前の行の「乗った二人はおそろひの白い上衣を来てました」に引かれた錯覚でしょうか。もしかして、このページを担当した編集者が江戸っ子で、こう覚えていたのでしょうか。しかし「白い沙漠をはるばると」、これもいいですね。題をふくめて、若干の食い違いがいっそうの夢をひろげるような気がします。
 R.R.R.(見にくいけれど左下隅にサインがあります)の画の服装は、「おそろひ」というほどでもないけれど、黒いチョッキの上に白い上衣を羽織っているようです。

投稿: dorule | 2013年3月10日 (日) 11時56分

心温まるコメントをいつも樂しんでいます。
「月の沙漠」は、月面にある砂漠と思い、その想像力に感心していました。本当に、月の世界に砂漠は、有るのだろうか?ところがなんと、人類が、月に行ってみると、地球の砂とは異なった風化して無い砂「レゴリス」に覆われていました。予想は、当たっていました。人間の想像力は、すごいと思ったものの、心配が出てきました。死後の世界の想像は、宗教によって異なりますが、天国や地獄、あれは本当なのだろうと、思い始めています。

投稿: 高橋芳人 | 2013年11月11日 (月) 14時18分

この歌は曲の方が歌詞よりもいいとの、久保様の御文章を拝読し、歌詞に感動しております者として、思いを述べたくなりました。まず、らくだや瓶の記述が詳しくて王子と王女がなかなか出て来ないのが、変に感じられるというふうにお書きです。これは、日本の伝統的な方法で、平家物語などでも、武者の活躍を描くのにまず鎧や所持品を詳しく描きますが、それは視覚的効果もありますが、そういう前置きを通して、主人公に次第に心を寄せて行く効果があるのだと思います。私がとくに感心しますのは、「ひもで結んでありました」です。私は長年詩を書く練習をしたのですが、こういう素朴で良い言葉は、才のない私には百年努力しても出て来ず、天性の詩魂を持つ人だけが生み出せるものと思いました。誰かが二人の行く末の無事を祈りながら瓶を結んだのだろうと思います。「とぼとぼと」「黙って」進む二人の道行きは、決して明るい未来が保証されたものでないことが感じられます。作者の加藤まさをさんは若い頃肺病で早死にの可能性もあったとのことですから、作者の人生への深い思い、人間とか人生の持つ悲しみが表されているように感じられ、しかし二人は信頼し合って進んで行くようで、哀しいばかりではないように思われます。素朴な言葉を使った美しい歌詞と思います。この歌は、曲も歌詞も最高の名歌と思えております。

投稿: 加藤 | 2013年11月28日 (木) 13時11分

重ねての投稿申し訳ありません。二木先生のコメントの中の、「おぼろにけぶる月は、クリアーな月の方が良いのでは」と「おとなにも好まれる」について思う事を述べます。

作詞の加藤まさをさんは、病気療養中の御宿の海岸で見た幻想から生まれた歌と述べたそうです。作者は悲しみ苦しみを抱えていたと想像します。旅行く王子と王女の幻影が、悲しみの結晶のように、苦しみの救いのように、現れたのではと思います。幻影ですので、よく見えたと思えば、消えてゆく希望のようにおぼろにもなる。月の前を過ぎる雲の濃淡が視界に影響するようにです。「おぼろにけぶる月の夜を」は、作者の心に浮かんだ幻影の様子を、忠実に表したのではないかと思います。

王子と王女が信頼し合っている様子が、この歌の与える救いだと思います。それがあって、大人にも愛され、また黒原大雲様のお母様のような感動的な理解の仕方も可能になるのだと思います。作者の深い思いが美しく結晶した歌なので、歌うとき、人生のいろんな悲しみを受け入れてくれ救いも与えてくれるような歌なのだと思います。

投稿: 加藤 | 2013年12月 1日 (日) 10時39分

明日、10月8日は皆既月食ですね、久しぶりにお月様を見上げる方も多いことでしょう。幸いお天気も良いようです。二木先生の名演奏を、沙漠での天体ショーを想像しながら、聴いております。

投稿: 夏橙 | 2014年10月 7日 (火) 20時23分

考えの足りないコメントを続けてお送りしましたこと、反省いたしております。作詞者のかたは、病気の苦しみの他に、祝福されない恋愛の苦しみを抱えておられたのではと想像します。この詞も名歌「神田川」やゲーテの「野ばら」同様、詩の才能に恵まれた男性が、恋愛で悲しい思いをさせた女性への懺悔の思いをこめて書く詞は、美しい詞になるのだと思います。

投稿: 加藤 | 2015年4月29日 (水) 13時07分

不思議と心に残る歌ですね。内容も謎めいています。子どもの頃は、「月の沙漠」を「月面の沙漠」と信じて疑いませんでした。御宿で着想したということを知ったのは、大人になってからのことでした。寂しい歌と感じる方が多いようですが、「蛇足」に掲げられた武井武雄の絵を見ると、王子様とお姫様は何か楽しそうに旅している感じを受けます。右下にピラミッドが描かれているのも、童画家ならではの武井が、この歌から純粋に受け止めたイメージだったのでしょうね。それにしても、これほど聴く者の心に、拡がりある壮大な物語をイメージさせる歌も珍しいのではないでしょうか。詞、曲ともにエキゾチックで不思議な物語性にあふれた歌だと思います。

投稿: 金色お月様のうさぎさん | 2015年4月29日 (水) 21時51分

10歳になったころ、大好きな曲なのになぜか【哀しさ】が迫ってきて、声を出してラジオから流れる曲に合わせて歌うことはありませんでした。感受性豊かな(?)少女の身には【王子様】と【お姫様】のさみしい哀しい人生と先行き不安な旅立ちとか、思えば乙女心を大いに膨らませてくれる詩でした。古希を過ぎたいまも声に出して、歌うこともなく、ただ心の底にしみわたる【月の砂漠】に聞き入っています。
この曲に関してのエピソードですが、30年も前の知人の娘さんの結婚式でのことです。父親になる人は有名な頑固おやじでした。招かれた人たちは新婦の父親が涙を流すか、ながさないかで盛り上がっていたとき、ころ合いを見計らって父親の友人がそっとピアノ演奏を・・・・。
演奏者は父親がこの曲だ大好きなことを承知の上で、さりげなく「月の砂漠」の演奏が静かに流れると新婦の父親が天井を睨みつけていたと思うと、はらはらと涙を・・・・・。演奏者は「してやったり」とばかりに場内に顔をむけて、ウインクを。頑固者に涙を流させたこの曲、演出効果抜群の披露宴となりました。

投稿: mitsuko | 2015年5月 3日 (日) 05時56分

二木先生 ご無沙汰しております    泣き虫の赤ひげ  ぽたぽたと涙おとしながら ネットに向かっています

 月の沙漠 言わずもがなの名曲ですね

 飲み会で興に乗れば   月の沙漠  を歌いだす先輩がおられました   K先輩 歌われるのはこの曲だけ  他の曲を歌われたのは聞いたことがありません
  
 なぜ 月の沙漠  なのか   いつでもきけると思ううち 先年旅立たれました   
 
 大病院の要職にもつかれ その後は有名ゴルフクラブの理事長もされたりで --  外からみると 何もいうことのない人生だったのでしょうか 

 この曲の調べにあわせて 先輩 先生の生き様は満足のゆくものだったのでしょうか  もっと良き生き様があるなら どんなものなのでしょう  と泣きながらきいています 

 どう考え直しても 僕のゴールはすぐ前にきています

 では 自分の生き様は???

 残された時間を 自分の満足のできる 納得のいく診療をし 周囲の方々との良き関係づくりに励むこと --かな

 誠意を持って  

 

投稿: 能勢の赤ひげ | 2016年9月 5日 (月) 23時09分

浪漫派の頂点に立つのが
「月の砂漠」ではないでしょうか。
同時に心洗われる曲でもあります。
ピアノの発表会では「水色のワルツ」に加えて「月の砂漠」を弾きました。
小学3年の頃、中学校の文化祭で
綺麗なお姉さん(同級生の姉)が独唱したのが
「月の砂漠」でした。
今でいうカルチャーショックを受けました。
このような美しい曲があったことに感動したものです。
この曲を弾くとき美しい恋物語の主人公になれます。

投稿: りんご | 2016年9月 9日 (金) 17時36分

戦前生まれの男性ですです、大人になっても自分で口ずさむことが有りましたが、TVやラジオでは女性歌手によって放映、放送されていることが多く、好みにもよりますが、心に感じることは有りませんでした、先生の音源を聞くと何故か本能に大きく響きました。人間の言葉や音声ではなく、音源から来るものと思われす。PPAPではないが是非、今でも戦闘を繰り返している、中東の国々の人々に受け入れられると思うのですが、アラブの国王の来日と合わせ、なぜかこのサイトにたどり着きました。

投稿: 德仁 | 2017年3月16日 (木) 12時20分

マイナーハーモニカの練習のために、短調の曲を集めた楽譜集を作っており、それぞれの曲の説明をするのに、いろいろと情報を集めていて、今回もここにたどり着きました。コメントを読ませていただき大変楽しませていただきました。
作詞者にとっては、少女らしいメルヘンを絵と言葉で表したかったに過ぎなかったのでしょうが、当初からもっともらしいリアリストのクレームに悩まされていたようで、駱駝のこぶを二つから一つに変更したり、はては沙漠のイメージの素を御宿の浜にしてみたり、あれこれ妥協したようですね。どんな想像でもよかったので、これというリアルな材料がなかった分、そうやって大らかに「妥協」が可能だったのかと思います。月面の沙漠を、国を追われた王子と王女が、駱駝と共にとぼとぼと歩いている光景を想像した小学生がいたことを知ったらどんなに喜ばれたろうかと思います。
「の」についてのご意見も面白かったのですが、ただ一つ、たとえ広辞苑でも、全ての用例を網羅することはできないのであって、広辞苑と引き比べて、このつかい方はおかしいではなく、その用法で光景が分かるのなら、こういう「の」の使い方もある、と理解する方が、精神衛生上はよいのではないか、また国語学上でも正当なのではと思います。

投稿: solong | 2017年8月14日 (月) 13時57分

今朝は大雨に洗われた庭の緑が殊の外美しく目に沁みます。浜辺の歌を聴き終え、月の砂漠を聴いています。
先週末のチェロ演奏の余韻の故でしょうか。
ハコベの花様のコメントに気付かされたが月の砂漠こそ
「無限大のロマンを感じさせる」歌です。この歌の寂しさが自分の寂しさに呼応して心が癒されます。

投稿: りんご | 2018年5月20日 (日) 08時38分

 当ブログの皆様こんばんは。以前私のお世話になった地域で「道の駅」を計画されていたころの話です。地域のある有力者の方が、この歌の一節にある駱駝を浜辺で歩かせたらいいと言われたことを思い出しました。そのときはとんでもないことを言われる方と思いました。
 なおこの道の駅は県内でも有数の販売実績を上げておられます。何か工夫があられるのかもわかりません。

投稿: 今でも青春 | 2018年5月20日 (日) 20時08分

「沙=水が少ない」とのことですが、この字は会意文字ではなく、形声文字だと思います。「沙」は細かい砂という意味で、水が少ないという意味はありません。これはよく誤解されています。長年砂漠に住んでいましたが、朧月など見たことがありません。乾燥していますから、あり得ないのです。砂漠を知らなかった作者の想像なのでしょう。

投稿: milk3 | 2019年1月24日 (木) 18時58分

今更のお詫び

過去のコメント  何度も何度も 砂漠と記してたことに
今気が付きました。恥じ入ります。

確かに 朧月は雨を催す月  よって砂漠に朧月はあり得ないというのは説得力がありますね。
しかし、「月の沙漠」の浪漫はもう消しがたい記憶となりいつも涙を誘われます。特にまじかに聴くチェロの音が堪えます。

話は飛躍しますが、ベートーベンの「エリーゼのために」は事実はエリーゼという名前は存在せず「テリーゼ」であるが彼の余りの悪筆の為に「エリーゼ」と読み違えられ定着したと聞いてます。事実と真実の相違を考えさせられます。

投稿: りんご | 2019年1月24日 (木) 19時26分

古い辞典ばかりですが、角川漢和中辞典など、どの漢和辞典にも、「沙」は会意文字とあります。沙は砂と同じ意味のようです。

投稿: question | 2019年1月24日 (木) 21時55分

きれいな歌です。私の一番好きな童謡です。
コメントを読んでいると、いろいろ面白いですね。つい笑ってしまうのもありますね。

煌煌と輝く月の光の中を、白い衣装の王子様とお姫様が、広い砂漠の中をラクダに乗って進んでいく。カッコイイじゃないですか、ロマンチックじゃないですか。
「朧」に矛盾するって? そんなことどうでもいいじゃないですか。
どこからきたの?  あなたの夢の中からです。
どこへいくの?   青い鳥の棲むところです。

ここはファンタジーの世界なんです。

メロディーが素晴らしいですね。川田正子も、安田祥子・由紀さおりも、子供たちの夢をかきたてるように、きれいに歌ってくれました。
よれよれのジジイも、しわがれ声で、いつも口ずさんでいます。

投稿: 田主丸 | 2019年1月26日 (土) 11時47分

このうたを聞くときまって目頭の奥にジーンとくるものがあります。砂漠・沙漠、後者のほうがぬくもりと愛惜を感じます。千葉御宿の浜にある歌碑を見たのは相当のむかしです。伊藤左千夫の「野菊の墓」の政夫と民子が九十九里の渚のむこうあるであろう二人だけの世界に・・・。いずれも上総の国の名作ですね。

投稿: 亜浪沙(山口功) | 2019年1月26日 (土) 13時39分

「沙」は漢和辞典で会意文字とのことですが、それは事典の間違いです。「紗」「沙」の字は、シャとかサの音を持っていますが、これは「少」の音から来ているのであって、「少ない」という意味は全く関係ありません。岩波中漢和辞典クラスでは、書かれていても本当とは限りません。やはり本来の漢字の正しい意味は、中国の古典的事典に因らなければなりません。なぜなら沙漠という言葉は古くからあるのですから、当時の辞書に拠らなければならないのです。

投稿: milk3 | 2019年3月 1日 (金) 11時16分

管理人さんの「蛇足」の最後にあります短歌、「砂漠行く駱駝に結ぶ金銀の 亀の運命(さだめ)を泣きし幼な日(上田由美子)」。甕を亀だと思っていたわけですね。

これは朝日新聞の短歌欄で「入選しなかったが選者の記憶に残った歌」として書かれていた短歌だそうですが、私はとても良い歌だと思います。多分管理人さんも覚えていらっしゃるくらいですから同感だと思います。

子どもの頃は、歌の歌詞の意味も分からず丸暗記で覚えられましたね。私は「赤とんぼ」の歌の中の「おわれてみたのはいつの日か」は「追われて見た」とばかり思っていました。「負われて見たのは」だと知ったのはずいぶん大人になってからです。

そして子供はほんとに大人より感受性が強く純粋だから、悲しい話は例えば映画のようにフィクションであっても、リアルに受け取ってほんとに悲しがりますよね。私は子供のこと美空ひばりのサーカスの映画(親にはぐれてサーカスの一員で各地を流れ行く、辛い日々の連続といった内容だったと思います)を二度も見て、そのたびに泣いてしまいました。昔、サーカスの人は身体を柔らかくするために毎日酢を飲んでいたなんて聞いて、大変なんだろうなあなんて思いました。

冒頭の短歌もこれと同じで同感します。「月の沙漠」の歌と関係なくてごめんなさい。

投稿: 吟二 | 2019年6月 1日 (土) 21時53分


今日は 何気なくBSのチャンネルをまわしていると
  沙漠を進むキャラバン隊が 映っていた

  久しぶりに シルクロードに気持ちが集中
       最後まで観てしまった
  NHK特集『シルクロード』  6.流砂の道 であった
     オリジナルサウンドトラック(喜多郎)
           1980年放映

  中学のころから シュリーマンのトロイの発掘
          ピラミッド
          マヤ インカの遺跡
                と同じく
          シルクロードの歴史 発掘  
             に引きずりこまれていた
         そのころは
           シルクロードでは まだ
          敦煌 だけが 話題になっていたと記憶している


  いつの日か是非 旅行し 発掘に携わってみたい
     と 夢を持っていましたが 
      現実では 不可能となった今
      こういう映像に出くわすと 複雑な気持ちとなる

   この 6.流砂の道 の撮影そのものが 生死の境を
    さまようような 厳しい困難に遭遇したようで

    (今日 巨大台風のまえに 蛇に睨まれた蛙 のように  
自然の怖さにひれふす自分がいるが)
   
  タクラマカン砂漠が死の沙漠と云われたのも
   さもあらん  の気を強くしている

   この撮影には 作家 井上靖 さんも同行されている  
   石坂浩二さん 宇野重吉さんの語りも
       懐かしく有り難かった

  20世紀初頭の 競争のような
    西域の 探検 発掘

    スタイン  ヘディン  大谷探検隊

     いろんなことが思い出されてくる

    さまよえる湖
     名前だけでも 心を震わせてくれる
      大ロマンである
      

投稿: 能勢の赤ひげ | 2019年8月14日 (水) 20時29分

続けての投稿をご容赦ください。
 子供の頃、メロデイに惹かれて時々口ずさんでいました。そして不思議な歌だなと歌うたびに思っていました。大人のなりすっかり忘れていましたが、この歳になって初めてこれはもしかしたら死出の旅路ではないかと思うようになりました。
 
 紐で結ばれた壺の中身は金銀財宝ではなく、二人の宝物以上の思い出が詰まっていて、それが壺の表面に金と銀の輝きとなって現れている。(壺の材質云々はご勘弁を)風雪に耐えた歳月を経た思い出は全て美しくなり、ラクダの乗っている翁、嫗は王子様お姫様となって、駱駝の揺れに身を任せている。

 対の駱駝は時空を超えて行きました。

投稿: konoha | 2019年8月15日 (木) 07時34分

令和元年の終戦祈念日TVは台風10号のニュースばかリでした。今は昔、義父の通夜でこの歌を歌ったことが思い出されます。結婚直後に出征、インパールの戦いを生き抜き体に弾丸を残して酸素吸入の器具をつけたまま何度も上京し督励してくれました。お通夜では眠ってはいけないと言われていたのですがこの歌を歌い始めると同じ章句が繰り返し出てきて歌をお終いにすることができません。そのうち眠くなったのか、寝てしまい あとで叱られました。

投稿: 樹美 | 2019年8月15日 (木) 19時11分

我が家では中日新聞をとっていますが、この朝刊には、ねえ~ぴよちゃんと言う青沼貴子さん作の4コマ漫画が連載されています。《ぴよちゃん》という子供と、ぴよちゃんが愛してやまない《又吉》という名前の飼い猫のほのぼのとしたホームドラマです。 本日(8/15)付のストーリーは、又吉の子分で《ハチ》と言う名の猫が、又吉に鯵をプレゼントして、一緒に満月を見ながら食しているシーンが描かれています。面白いので新聞を開いたらつい真っ先にこの連載漫画に目が行ってしまいます。《東京新聞や神戸新聞・西日本新聞等は中日と同系列なので見れるかも知れませんね・・》あいにく本日当地は、台風で満月が見えません・・ (月の沙漠は)昔、大木実さん主演映画「彼ゃつは誰だ」で、確かこの曲を彼がベンチに座ってギターで弾きながら歌っていたのを思い出します。
このシーンがかっこよかったので、ギターを手にしたら時々真似してみるのですが、いつまで経ってもものになりません。
konoha様の仰ることよく分ります。それにしても淋しい歌ですね・・

投稿: 迷える古羊 | 2019年8月15日 (木) 23時06分

子供の頃、美しいメロディに乗せた美しい王女様と二人のロマンチックな旅を羨む反面、こんな荒涼とした砂漠を二人きりで彷徨うなんてどんな悲しい出来事があったのだろう思っていました。また行く先への不穏な影も感じ、弱虫の僕じゃとても王女様を護ることなんてできない、と感じていました。

この孤独な旅と少し連想できるのですが、最近テレビ朝日の人気番組「ポツンと一軒家」をいくつか(youtubeで)視聴しました。衛星写真で人里から数km離れた一軒家を見出し、誰が、どのように、何のためにそんなところで・・・、を解き明かしてくれる番組です。

成功物語ばかりではありません、電気も、水道も、車も通れない山の中で育ち、遠くの学校まで歩いて通い、お父さんが倒れて半身不随になったとき末娘はまだ小学校一年生だったこと、そのため子供たちは皆、中学校を卒業したら働きにでたこと。
感動、感動、涙、の家族の歴史でした。
その他シリーズすべての物語が素晴らしいです。

投稿: yoko | 2019年8月16日 (金) 07時25分

 この一両日、you tubeで色々な人たちが歌う「月の沙漠」、また演奏だけのギター、ハーモニカ、など楽器のほか、尺八、二胡、オカリナの「月の沙漠」を聴いています。「月の沙漠」がこれほどまで多くのミュージシャンたちが演奏していることに驚きました。中でもオカリナと二胡奏者の張濱の「月の沙漠」は喜多郎演奏の「シルクロード」が彷彿して来ます。不思議な歌詞ですが、メロディは人の心を掴んで離さないのですね。

 とても日本的な旋律だと思うのですが、外国人も歌っていますね。 森繁久弥が歌っている「月の沙漠」がいいです。「・・・白い上衣を着ていました」の次が 「あわい月夜夜(つきよや)も 幸せに 二人まとって ゆきました」

 なんだかこちらまで幸せな気分になりました。

投稿: konoha | 2019年8月20日 (火) 14時41分

konohaさま 交流掲示板にコメント掲載しています。

投稿: 一章 | 2019年8月22日 (木) 05時53分

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