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青春時代

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:阿久 悠、作曲:森田公一、唄:森田公一とトップ・ギャラン

1 卒業までの半年で
  答を出すと言うけれど
  二人が暮らした年月(としつき)
  何で計ればいいのだろう
  青春時代が夢なんて
  あとからほのぼの想うもの
  青春時代の真ん中は
  道に迷っているばかり

2 二人はもはや美しい
  季節を生きてしまったか
  あなたは少女の時を過ぎ
  愛に悲しむ女(ひと)になる
  青春時代が夢なんて
  あとからほのぼの想うもの
  青春時代の真ん中は
  胸に刺(とげ)さすことばかり

  青春時代が夢なんて
  あとからほのぼの想うもの
  青春時代の真ん中は
  胸に刺(とげ)さすことばかり

《蛇足》 昭和51年(1976)リリース。

 もうだいぶ前のことですが、久しぶりに外国から帰ってきた友人を迎えて、学生時代の仲間が新宿の歌声喫茶にいきました。
 この歌の「青春時代の真ん中は胸に刺
(とげ)さすことばかり」というところで、一人が「ほんとにそうだよなァ」と嘆息するようにつぶやいたのが印象的でした。

 道に迷い、胸に刺さすことも多かった時代から、40余年が夢のように流れ去りました。窓外では、諸行無常の風が枯れ葉を散らしています。

(二木紘三)

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コメント

この歌を 聞くと 少し腹が立ちます。
というのは そういう 胸に棘さす
経験がなかったからです。
 勇気なく 機会なく? 
あこがれ青空片思いの 
 青い年年 てな 奴もいたことですね。
楽器でもやっていたら は たらの話は
 北海道です。失礼しました。

投稿: 二宮 博 | 2007年7月24日 (火) 04時16分

阿久悠さんの訃報にこの唄を聴く、同じ作詞家中西礼さんもこの唄が最高と言う、ご冥福を心より祈ります。

投稿: 旭岡漂次郎 | 2007年8月 3日 (金) 21時30分

誰にも「青春時代」がありますが、だいたい甘酸っぱくて少し苦いというのが普通でしょう。良い時は“カルピス”のような味がするのですが、悪い時は“劇薬”を飲んで苦しんでいる状況に似ています。
阿久悠さんのこの詩は素晴らしく、小生も道に迷ってばかり、胸に刺さすことばかりだったと思います。失恋、破恋はともかく、将来への何とも言えない「不安」で胸がうずいていたようです。
おそらく、今の若い人たちも恋愛や失恋はともかく、自分の仕事、進むべき道について悩んだり、不安になったりしていると思います。だから「青春時代」は一瞬の夢、ほろ苦い夢で終わるのでしょう。

投稿: 矢嶋武弘 | 2008年6月12日 (木) 13時44分

台湾から来ていた”陳君”がよく歌っていました。
意味がわかってたのかな???

投稿: sunday | 2008年8月 3日 (日) 07時45分

追憶に浸り、自分史の中の、“美しい季節”を考えます。名曲です。                   “美しい季節”は、美学的見識の積み重ねにより、取り返そうと試みても、取り戻すことはできません。   「開心見誠」(出典:後漢書・馬援)を銘とした人生でありたいと思ってます。

投稿: 夏橙 | 2010年4月17日 (土) 17時14分

刺とは後悔のことなんでしょうか
青春は陽炎のように消えて後悔しか残っていません
還暦を過ぎ、後悔のワケが解らなくなってきています
あまりにも幼稚すぎていたからかも?

投稿: ネモ | 2010年6月18日 (金) 18時35分

 この曲が流行した昭和51年、私は大学3年でそろそろ卒業後の事を考え始めていた頃でした。『青春時代』は軽快な曲に、センチメンタルな歌詞、そして歌っているのが中年男性というアンバランスさが新鮮でした。しかしこの歌の青春時代とは私には高校時代の回想に思われ、男子校出身だったこともあってあまり身につまされませんでした。
 森田公一とトップギャランには『下宿屋』という歌がありますが、こちらは貧乏学生の青春を詠い上げていて、下宿で友人とギターを弾きながらよく合唱したものです。今でもカラオケにこの曲をみつけると歌っています。

投稿: Yoshi | 2014年5月 5日 (月) 21時26分

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