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旅の夜風

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:西條八十、作曲:万城目正、
唄:霧島 昇、ミス・コロムビア

(男)
  花も嵐も踏み越えて
  行くが男の生きる途(みち
  泣いてくれるな ほろほろ鳥よ
  月の比叡(ひえい)を独(ひと)り行く

(女)
  優しかの君ただ独り
  発(た)たせまつりし旅の空
  可愛い子供は女の生命(いのち)
  なぜに淋しい子守唄

(男)
  加茂の河原に秋長(た)けて
  肌に夜風が沁みわたる
  男柳がなに泣くものか
  風に揺れるは影ばかり

(男女)
  愛の山河(やまかわ)雲幾重(くもいくえ)
  心ごころを隔てても
  待てば来る来る愛染かつら
  やがて芽をふく春が来る

《蛇足》 昭和13年(1938)に公開された松竹映画『愛染かつら』の主題歌。

 この映画は爆発的な人気を集め、主題歌の『旅の夜風』も、120万枚という驚異的なレコード売り上げを記録しました。当時日本にあったプレーヤー(蓄音機といいましたが)の台数を考えると、今日の2000万枚ほどのメガヒットにも相当するでしょう。

 ミス・コロムビアはのちに松原操と芸名を変えました。霧島昇と何曲もデュエットしています。戦後、霧島昇と結婚して芸能界から引退しました。

 『愛染かつら』は、川口松太郎が雑誌『婦人倶楽部』に連載した小説を映画化したもので、美貌の看護婦・高石かつ枝と若い医師・津村浩三の恋を描いたメロドラマの傑作です。

 かつ枝は17歳のとき結婚して1子をもうけましたが、夫と死別、津村病院で働くようになります。彼女はまもなく病院の令息・浩三と恋に落ち、2人は津村家の菩提寺に立つ愛染かつらの木の下で永遠の愛を誓います。
 その後幾多の誤解とすれ違いの末、日蓄レコードの歌手としてデビューすることになったかつ枝は、浩三と再会し、結ばれることになります。

 映画は野村浩将監督で、高石かつ枝を田中絹代、津村浩三を上原謙が演じました。前編・後編・続編・完結編と4作制作され、戦後リメイクされました。

 映画と主題歌の大ヒットを解くカギの1つが、「愛染かつら」という名前でしょう。
 長野県別所温泉の奥に北向観音という古刹があり、その境内に、愛染明王堂と並んでカツラの巨木が立っています
(写真)。川口松太郎は、別所温泉に逗留していたとき、この木を見て「愛染かつら」という言葉を思いつき、恋物語の想を得たとされています。
 それ以前にこういう呼び方があったかどうかはわかりません。このカツラは、古くから縁結びの霊木として知られていたようですが、映画と主題歌のヒットによって、そのイメージが定着したようです。

 ウィキペディアによると(原資料は『歌でつづる20世紀 あの歌が流れていた頃』〈長田暁二著、ヤマハミュージックメディア刊〉)、3番2行目は、原詞では「肌に夜風が沁みるとも」だったそうです。ところが、吹き込み時に霧島昇がまちがえて「……沁みわたる」と歌ってしまい、それが大ヒットしたため、まちがった歌詞のまま定着してしまいました。

 戦後、藤原良・高石かつ枝がカバーした際、原詞どおりに歌ったところ、「歌詞が違う」という抗議がコロムビアに殺到したため、同社はやむを得ず霧島版と同じ歌詞で再発売したそうです。

 歌詞の意味を考えると、「……沁みるとも」とすべきですが、数十年にわたって「……沁みわたる」と歌われてきたので、当ページではそのままにしておきます。

(二木紘三)

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コメント

遠い、古の懐かしい曲です。
この曲を聴いていますと、秋、北向観音で見た公孫樹の黄葉と、桂の見事な紅葉が、昨日のように浮かんで消えてゆきます。

投稿: 柾木 忍 | 2007年9月16日 (日) 01時45分

この情緒ある名曲は、あの世ではもう聞けなのでしょうか?

投稿: 松尾 和彦 | 2007年9月17日 (月) 01時36分

私はいま72歳です。
幼いころ姉たちは愛染かつらの映画のとりこになり、田舎からバスで
岐阜、柳ガ瀬の映画館に通い 愛染かつらのこの曲のとりこになり
いつも口ずさんでいたのが思い出されます。
男の私もこの曲に感化されたおかげで今、70代ですがこの曲を聴くと
幼いころがよみがえって目頭が熱くなります。
いまもヘッドホーンでこの曲を聞きながら遠い昔を懐かしんでいます。

投稿: 岐阜の砂時計 | 2007年9月29日 (土) 17時37分

私は、ここ何年か、アコーディオンを携えて奈良県内のいくつかの高齢者のための施設を訪問しています。お年寄りたちと一緒に、懐かしい時代の歌を一緒に歌うためです。かっての「歌声喫茶」のお年寄り版というところです。その出前ですね。
明治から戦前、戦後(昭和30年代までですね)の歌謡曲や唱歌、ラジオ歌謡など、軍歌を除いていろんな歌を一緒に歌ってきた中で、気がついたことがあります。喜んで歌ってくれる歌は多いのですが、歌いながら(あるいは聞きながら)涙を流す歌は実はそれほど多くはないのです。
その数少ない歌が、この「旅の夜風」です(あと、二木さんの選曲には残念ながら入っていないのですが、「蘇州夜曲」も泣かれる方が多い歌です)。
この歌を聞いて涙を流されるお年寄りの生い立ちは千差万別ですから、特別の思い出があるというだけでないように思います。この歌のメロディーに涙を誘う不思議な魅力があるのかもしれませんね。

投稿: 阿弥陀堂 | 2008年2月 9日 (土) 10時11分

 64歳になったばかりの男性フアンです、私は若い高石かつえが謳った時の岡田マリコですか、津村浩三には吉田輝夫この映画が印象に残っております。
 この映画ではストーリーとメロディー及び歌詞がぴったり合っており永久に残る日本映画の傑作だと感じております。

投稿: トクラテス | 2008年5月 3日 (土) 13時06分

初めてコメントします。
私も粗末なブログで「旅の夜風」のことを書き、それがきっかけになり、こちらのHPに辿りつきました。
私も懐メロ、叙情歌、唱歌、フォークソング、歌曲、アリアなどジャンルを超えて好きなことは人後に落ちないつもりでしたが、上には上があるものですね。
世の中の広さを改めて思い知らされました。
これからじっくり楽しませていただきます。

それからお探し曲などをお尋ねさせていただくことなども可能なのでしょうか?
初手から厚かましいことを申し上げてしまいました。

投稿: 風花爺さん | 2008年7月 9日 (水) 17時06分

うた物語ありがとうございます。胸にジンと来る曲を聴きながら感謝しています。
蛇足でない!説明が本当によくできていましてそのころを思い出すことができます。

「愛染かつら」は昭和13年京都西陣千本の松竹系統昭和館で7歳のとき母のお供で見ました。今でもそのシーンを覚えているといったら嘘になるでしょうか。

それは、田中絹代扮する高石かつえが、東京駅から京都に行く上原謙を見送りに東京駅のホームを駆けてゆく、列車はすでに発車のベルが鳴り出てゆきます。時間に遅れたのは、かつえの子供が風邪にかかり発熱、看病しなければならない一方、居間の柱時計がどんどんと針が進んでゆくシーンです。
楽しませていただきありがとうございます

投稿: MA | 2008年9月 2日 (火) 23時48分

演歌と言えば、典型的な伴奏は「チャーン、チャーン、チャ、チャッ、チャッ、チャッ、チャ」と思いますが、それはこの曲から始まったんでしょうか。そんなことを感じさせる大ヒット曲でしたね。

投稿: 吟二 | 2009年7月28日 (火) 22時32分

一部に曲が再生されません。

投稿: 圓山文夫 | 2009年11月 6日 (金) 20時45分

圓山文夫 様
回線の混んでいる時間帯には音が出るまでかなり時間のかかる場合があります。すぐに音が出ない場合は、リフレッシュ(再読み込み)してみて下さい。
午前中など、すいている時間帯にアクセスしても音が出ない場合は、当方のリンクミスの可能性がありますので、その曲名をお知らせください。(二木紘三)

投稿: 管理人 | 2009年11月 6日 (金) 22時33分

圓山文夫 様

その後の調子はいかがですか.全曲点検したところ,当方も「グットナイト ベイビー」「いつかある日」「雨(La piggia)」「ワン レイニー ナイト イン トウキョウ」の4曲が無音です.立ち上がりに10-15秒ほどかかる曲が4,5曲ありましたが,他は4-8秒で音が出ています.管理人様から同様のメールをいただきました.管理人様の点検では異常がないとのことでした.

投稿: kumy | 2009年11月 9日 (月) 08時38分

お便りいただきありがとうございました。

リカバリーしましたらすべて回復できました。
こちらの設定ミスかと思いました。

解決、万歳

投稿: 圓山文夫 | 2009年11月 9日 (月) 17時33分

圓山文夫 様

別の機種で試したところ,先の曲は全て聴けました.元の機種では相変わらず聞けないので当方もリカバリーしてみます.

ありがとうございました.

投稿: kumy | 2009年11月10日 (火) 07時59分

 40年以上前に、この歌の歌詞について作詞者の西条八十さんが書いていたものを読んだことがあります。

 その当時作ったいくつかの作詞について手ひどい批評をされたことがあったそうで、悩んでいた折にこの歌の作詞を依頼されたそうです。原作の小説を読んだがいい考えが浮かばず約束の期限が迫ってくる。

 散々迷った末に、ええいままよとばかり、

  花も嵐も踏み越えて
  行くが男の生きる途(みち)
  泣いてくれるな ほろほろ鳥よ
  月の比叡(ひえい)を独(ひと)り行く

とでっち上げたそうです。この詞は一読しただけではああなるほど、と思えますが、よく読んでみれば何を言っているのだかさっぱりわかりません。とくに 

 泣いてくれるな ほろほろ鳥よ 月の比叡(ひえい) を独り行く

などという部分は意味不明です。

 名作しかもそういうことがあるのですね。それでもベストセラーの小説と、大ヒットした映画の主題歌という援軍が会ったという幸運も重なって、特大ヒットを飛ばしたのですからたいしたものです。


投稿: 高橋 | 2009年11月28日 (土) 11時28分

産まれる前の歌ですが、ロングセラーだったせいか歌えてしまいます。この一連で高石かつ枝と言う歌手がいましたが清楚な歌い方で今風の歌手より好感が持てました。

投稿: 海道 | 2009年11月28日 (土) 19時47分

はじめてメール致します。
蛇足でない!説明(二番煎じなのが悔しいです)が本当によくできていて感心しています。
『愛染かつら』は今は亡き両親がテレビの前で正座して見ていました。
ある時何かの放送で、『旅の夜風』が歌われたとき大正生まれの父がテレビに向かって「違う!」と叫んでびっくりした記憶があり、それが何なのかずっと謎だったのですが、最近、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』旅の夜風
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%85%E3%81%AE%E5%A4%9C%E9%A2%A8
を読んで謎が解けました。
3番の歌詞が歌われているものと異なっていたからだったようです。

そこで、興味が湧き、色々と調べた結果、
CD『昭和の大ヒット大全集(上)』Columbia Music Entertainment の中にある『旅の夜風』の歌詞が一番信頼できるのではないか、また歌詞と実際の歌が違う理由も合わせて記述されてはどうかと思い一筆差し上げた次第です。

『旅の夜風』
花も嵐も 踏み越えて
行くが男の 生きる道
泣いてくれるな ほろほろ鳥よ
月の比叡を 独り行く

優しかの君 ただ独り
発たせまつりし 旅の空
可愛子供は 女の生命
なぜに淋しい 子守唄

加茂の河原に 秋長けて
肌に夜風が 沁みるとも
男柳が なに泣くものか
風に揺れるは 影ばかり

愛の山河 雲幾重
心ごころを 隔てても
待てば来る来る 愛染かつら
やがて芽をふく 春が来る

投稿: 浜井 | 2010年2月23日 (火) 14時47分

浜井様
お知らせありがとうございました。
この歌を覚えて以来、3番3行目の「男柳がなに泣くものか」が孤立した感じのヴァースになっているのに違和感を感じていましたが、そんな歌詞はよくあるので、そういうものかと思っていました。
しかし、2行目が「……とも」という逆接の接続助詞で終わっていると、意味がすんなり3行目につながります。おかげでモヤモヤが晴れました。(二木紘三)

投稿: 管理人 | 2010年2月23日 (火) 21時30分

母は、若い頃、田中絹代に似ていると言われていたそうですが、戦争をはさんで、境遇も全く変わり、ドラマにしても見飽きぬ人生を歩いてきました。生まれた時から病弱だったのが、93才もの長寿をいただき、今、最期を迎えようとしています。仕事を持ち、遠方のため、なかなかすぐに帰って看ることができず、気だけ揉んでいますが、久しぶりにこのページを開いたところ、旅の夜風があり(今までもあったのかもしれませんが・・・)最期に、この歌を聞かせてやりたいと思います。このページに感謝します。

投稿: f_fukuda | 2011年4月30日 (土) 15時22分

50年近く前の話です。高校1年か2年の終業式で「花も嵐も踏み越えて」の歌詞を例に、春休みの過ごし方を淡々と諭された校長の訓辞が思い出されます。人間は嵐のような逆境の時は歯を食いしばって頑張れるが、春の穏やかな日々はのんべんだらりと無為に過ごしがちである。春を花に例え、この時期を制してこそという意味だったのだと思います。校長先生の訓辞というのは一般にあまり頭に残らないように思うのですが、なぜかこの話はこの歌にそんな意味があったのかという驚きもあり、今でも色あせず残っていて順境の時の怠け心を戒めてくれます。
この歌の出だしの歌詞もメロディーも知っていましたが、全体の歌詞は知りませんでした。全部を目にしてやはり出だしの部分が秀逸と思いました。

投稿: 池田博子 | 2011年8月24日 (水) 15時54分

今日は!
ネット社会になり、動画のYOU TUBEで「旅の夜風 mpg」で検索すると、コロンビア・カラオケの画像に有名な映画「愛染かつら」がダイジェスト的に楽しめます。
典型的な、すれ違いのメロドラマ。典型的な二枚目の上原謙さん、若い!(笑)田中絹代さんも可憐でホントに可愛いですね。

しかし、今見ても魅力的な甘い映像の後に、日中戦争、第二次大戦と日本は暗黒時代に入ってしまうと思うとちょっと辛いですね...

それはともかく、謙さんや絹代さん以上に新鮮なのが、謙さんの僚友、佐分利 信さんですね!
若くて痩せてる佐分利さん、メチャクチャかっこいい。佐分利さん超カッコ良すぎ!(笑)

投稿: タッチー(佐分利 信) | 2011年10月19日 (水) 17時15分

 久保さんが、『月の沙漠』の「の」について、文法的な疑問を出されました。似たようなのがあったと思い、この歌にたどり着きました。
 「月の比叡を...」
こういう表現は結構あるのではないでしょうか。
 かの志賀直哉は、日本語は不完全で不便であるから、フランス語を国語にした方がよい、と唱えました。あるいは、英語を国語にすべきだ、という人達もいたようです。
 ある仏文学者は、日本語は非文法的だといっています。言い換えれば、ヨーロッパ由来の文法で、日本語をひと括りにすることは難しいということでしょう。この「の」が文法としてどうなのかは解りませんが、複雑多様な表現形態をもつ日本語を誇るべき文化として味わいたいと思います。
 歌であれば、眠り草さんの仰るように「雰囲気」を理屈抜きに愛」して。

投稿: MAEDA | 2012年9月 8日 (土) 01時37分

MAEDAさん
 「月の比叡を」も「月の沙漠」の「の」と同じ用法ですね。「月の沙漠」のやりとりを店じまいしたのでこちらにご意見をくださったのでしょうか。ありがとうございます。私も日本語のあいまいさ、不完全性はよく耳にしましたが、おっしやる通り、そういうあいまいな日本語にプラスの評価をして多様性、豊かさとして楽しめばよい、に同感いたします。今回の「の」に関するご意見拝聴といいますか、やりとりですが「より歌を楽しみたいがゆえに言葉の意味をより正確に知りたい」という思いと「歌なんだからあまり理屈はもちこまないで楽しんだらいい」という思いの間を行ったり来たりした感じですね。あのやりとりの途中で、国語研究の専門家が登場してこれが正しい答えですと説明されてもちょっと困ったでしょうね。素人がああでもない、こうでもないといろいろ智慧をしぼるところがこのサイトの良いところだと思いますから。さて日本には言葉に限らず「以心伝心」あるいは「陰翳礼賛」といって、あいまいでぼんやりしたものも良しとする文化があり、それはそれで大事にしたい思いはあります。が(私の悪い癖で一言多いんですが)外国に向かってものを言う時、日本語の弱さを感じることがありますね。「遺憾に思う」「違和感を感じる」など外国人が聞いたら何がいいたいのと思うでしょうね。どう翻訳しているのでしょうね。官僚が書いた文章でしょうが、政治家がそういうあいまいな、内向きの言葉を平気で外国に対しても使ってしまうことは日本人の非論理的、情緒的なところとして、外交上の大変な弱点になるでしょうね。


投稿: 久保 稔 | 2012年9月 9日 (日) 00時19分

久保さん、もう少しだけ言わせて下さい。私は日本語が好きで、ここに集まる語感の厳しい、感性の鋭い方々が好きなんです。言葉の組立がしっかりしていない歌詞は、メロディーが美しくても私は歌う気になれません。歌だから、よくわからなくても楽しめば良いというつもりは全くありません。それは文法的にどうのこうのと言う以前に、感覚が捉えることだと思います。感覚が受け入れない歌もあります。
「月の沙漠」への、久保さんの最後のコメントを読んで素晴らしいと思いましたし、分かって頂けたものとうれしく思いましたが……。 

私は美しい一部の文語詩も好きですが、省略も飛躍もある詩などの日本語と、具体的な正確さが必要とされる論文や政治や外交上の言葉とは違って当然だと思います。目的や場面に応じて表現を変えたら良いのではないでしょうか…。


投稿: 眠り草 | 2012年9月 9日 (日) 02時24分

「月の沙漠」の「の」でご意見をいただいたすべての皆さんへ       「旅の夜風」のコーナーを使って意見を書くのも気がひけますがコメントの続きということでご容赦をお願いします。私の「月の沙漠」の「の」の意味の理解の今の到達点をまとめます。この「の」は名詞などにつく格助詞でまちがいないでしょう。国語辞典『大辞泉』を調べますと14種類の用法がでています。その中に比喩を現わす「の」がでてきます。「花の都」「露の命」が具体例です。(意味は00のようなです)「月の沙漠」の「の」もこれでしょう。ほかに適するものが見当たらないし、消去法で考えても妥当でしょう。整理しますと「の」は比喩を現わす格助詞である。(もしもこの前提が間違っていたら私の意見は読む価値一切なしですね)そこで「花の都」「露の命」などは人口に膾炙されている、すなわち定着したので違和感を感じない。しかし「月の沙漠」、「月の比叡」は作詞者が新しく切り開いた表現ですからまだしっくりこない。月明かりの明るい沙漠、月光の照らす比叡山ぐらいのニュアンスでどうでしょうか。少し定着の進んだ語としては「花の顔(かんばせ)」(花のように美しい顔)などもありますが、「花の都」(花のように華やかな都)「露の命」(露のようにはかない命)ほどには定着はしていないと思いますがいかがでしょうか。つまり耳慣れるかどうかも言葉の安定度の大きな要素です。私は一番初めの意見に「朧月と月のような沙漠が並んでいるのは少し変な感じ」と考えましたが、朧月と月光にぼんやりと
照らされている明るい沙漠と考えれば何もおかしくはないと気づきました。
次に「歌を楽しむには理屈をあまりもちこまないほうがいい」というのは、昔から、すぐに品詞を分解して考えずにはおられない自分への自嘲めいた気持ちの表明です。なぜなら耳慣れてはじめて定着する言葉にいくら理屈で迫っても限界があるということです。

 最後に日本人の外交上のかけひきなどに関する話ですが、デベートの訓練を積み、外国の習慣について熟知すれば外交術は上達するだろうという意見があります。しかし私は日本語というあいまいにして婉曲な、対決をさけるようなことばで、日常、言語活動をしている我々には難しいという悲観論です。日本語およびその言語習慣はディベートにすら向いてないと思います。(論証抜きで申し訳ございませんが、スペースもなくこのサイトの趣旨から外れるような感じですから、これにて終わります)


投稿: 久保 稔 | 2012年9月 9日 (日) 12時34分

久保 稔さんのご意見はよくわかりました。私の考えは、「月の沙漠」の方に投稿しますので、もしよろしければ読んで下さい。議論の経験もほとんどなく、昔の女なので居酒屋に出入りすることもなく、全く無知で浅はかなものですが、お手柔らかにお願いします。

投稿: 眠り草 | 2012年9月 9日 (日) 19時01分

 この歌の一番について、「なにを言っているのか分からない」というコメントがありますが、詩文への反応、理解は様々です。
 詩文の理解、で言えば、「の」論は盛り上がりました。私は、久保さんの一連のコメントが、特徴的論法で述べられている、それが面白く、印象に残りました。

 *文量等について、管理人氏の注意書きがあるので、
  コメントが長文にならないよう心がけているのです  が、思うところを、簡潔に、かつ誤解をまねかない
  ように記述するのは難しい。

投稿: MAEDA | 2012年9月10日 (月) 16時00分

3番の「男柳・・」とはどうゆう意味なのか教えてください。主人公の名前なんですか・
誰かわかりませんか?

投稿: 田中 勇 | 2013年10月30日 (水) 18時18分

田中 勇様
柳は雌雄異株なので、男柳は雄の柳を指しているのでしょう。しかし、植物の柳が泣くのを我慢していると言っているわけではありません。主人公の津村浩三が自分を雄の柳、すなわち男柳に見立てて、高石かつ枝とのとの恋は難航しているけれども、男だから泣きはしない、といっているのです。こんなところでいかがでしょうか。(二木紘三)

投稿: 管理人 | 2013年11月 1日 (金) 01時32分

大変遅くなってましたが、丁寧なご説明を二木さん自らお答えいただき感謝申し上げます。改めてありがとうございました。
男柳とは自分を柳に置き換えて強調したんですね。
よくわかりました。
また何かありましたら質問させて頂きたいと思いますのでよろしくおねがいいたします。

投稿: 田中勇 | 2014年11月 4日 (火) 21時43分

 今年、還暦を迎え定年退職を致しました。
先月、善光寺前立ち本尊参拝の帰途に別所温泉に投宿しました。 その折に北向観音に参拝し境内にある愛染かつらの木を記念撮影しました。
 これが旅の夜風に唄われた愛染かつらの大木かと感心したのです。
余談ですが長野県に行ったのが昭和58年以来32年ぶりでした。
別所温泉駅に設置してある丸窓電車は、昭和61年まで運行して
いたとのことですが、風情がある車両でした。
別所温泉は、とても良い温泉街で川口松太郎が長く逗留したのも頷けた次第です。


投稿: 新井 定雄 | 2015年6月15日 (月) 22時02分

「人生は歌から歌への旅かもしれない。そして、歌は人生から人生への架け橋。」

この歌もまた 聞く人の心を揺すぶり、遠い昔に過ぎ去ったセピア色の青春を想起させてくれる名曲ですね。
前奏も含めて、流れるようなメロデイーと歌詞も又素晴らしく、“花も嵐も踏み越えて~ ゆくが男の生きる道~”
なんて、惚れ惚れするような男の生き様ですね。殊に、3番の歌詞“加茂の河原に秋長けて 肌に夜風の沁みるとも男柳がなに泣くものか 風に揺れるは影ばかり”を、芥川隆行調の語り口(ナレーション)で喋ると、歌う人の気持もぐっと盛り上がること請け合いです。

10年前、取引先の長野営業所長の車で、長野から菅平~上田市へ、上田城~別所温泉と案内して貰い「愛染かつら」を見て長野駅からの帰路、突然の船酔い状態・背中から胸にかけての疼痛…やっとの思いで大阪駅に着き、翌朝主治医の診察で国立循環器病院(吹田市)へ緊急入院。不安定性狭心症で緊急カテーテル施術(ステント3ヶ所設置)で危うく一命をとりとめましたが、それもこれも忘れられない思い出です。

ところで京都好きの私から、3番の歌詞について素朴な疑問があります。
“加茂の河原に~”の加茂についてですが…。
加茂川は、下鴨神社の南の糺の森を挟んで南下してくる高野川と合流して、そこから南は鴨川となります。
ここでいう「カモの河原」とは、糺の森より南の三条~四条辺りの河原をイメージして作詞されたように思いますが、ならば、「鴨の河原」が正しいのでは…?と、ついつい つまらぬ詮索をしてみました。
京都の持つイメージからすれば、加茂の河原のほうが見栄えが良い様な感じはしますが…。

投稿: あこがれ | 2017年3月16日 (木) 17時12分

 あこがれさま こんばんは

 白河院 河原町三条を歩いていました

 帰って パソコンに向かうと 鴨 加茂 のお話が語られています   行きと帰りで 加茂川 と 鴨川を越えたことになります  偶然の一致で 楽しく見させていただきました  よく記憶に残りそうです

 ところで よくは調べてないので 確信はないのですがーー   兵庫県川西市に 加茂という地域があり その中心に位置して 鴨神社があります  延喜式に記載されている由緒ある社です  御祭神は上賀茂神社と同じく 「別雷命(わけいかづちのみこと)」をお祀りしています

 というところから 加茂 賀茂 鴨 は 同義語かと考えたこともありました

 京都での 名称 使い分けは あこがれ様のおっしゃる通りだと思います 何故かはわかりません

 上賀茂神社(別名 賀茂別雷神社)

 下鴨神社(別名 賀茂御祖神社)

 混乱してしまいそうですね

 古代の 名前の変遷
  
  蘇我 - 曾我
  秦  - 羽田
    などと同じように 興味深いです

 旅の夜風 で唄われている 京にできることならタイムスリップしてみたいと思います  でも 東大文字を臨みながら 人の少ない 銀閣寺道 白沙邨荘などを散策すると ふと時代を忘れることができますね

 また 京都のこと 聞かせてください

   有り難うございました

投稿: 能勢の赤ひげ | 2017年3月16日 (木) 22時34分

私は最初の出だしの「花も嵐も踏み超えて」から理解しにくいと思っています。踏み越える花とは何だろうと思うのです。花を求めて踏み越えるのならわかるのですが、不思議な歌詞です。まあ、何となくわかったような気持ちで聴いてはいますが、1番の歌詞も理解しがたい難しい歌だと思います。
何年か前までは流れるような名調子で歌を紹介する司会者がいましたね。歌より私は司会者の紹介のほうが好きでした。歌われる歌も変わってしまい、詩心がある司会者も居なくなってしまったのでしょうか。残念ですね。

投稿: ハコベの花 | 2017年3月16日 (木) 22時53分

能勢の赤ひげ 様

ここのところ暫くご投稿がなく、お忙しいのかな~と、思っていましたが、久し振りの〈おたより〉に接し、何だか懐かしく感じました。最近、記憶力も思考力もめっきり衰え、家内との会話も“あの~あれ、ほらあれだよ…”が、多くなり認知の始まりか?と、不安になることがあります。そこで少しでもボケ防止になるかと、今年は京都検定2級にチャレンジしようと閑に任せて少しづつ勉強をしていますが、3年前の3級検定で勉強したことも大分忘れていて、それらを思い出しながらですので時間もかかります。
まあ どっちみちボケ予防対策ですから、楽しみながら12月までボチボチとやります。最近は家内も私も定期健診やらなんやらで病院通いと、家内の踊り(日舞)のお稽古で狭い我が家にお弟子さんがこられますので、家事、買い物の手伝いとかで、京都散策も御無沙汰状態です。
今日は木曜日ですので、赤ひげ様は午後から白河院(法勝寺跡)散策にお出掛けされたのですね。白河院庭園は7代目小川治兵衛の作庭と記憶してますが、そこから少し歩いたところにある無鄰菴(山縣有朋別邸跡)も東山を借景として疎水を引き込んだ池泉式庭園が素敵ですね。私はどちらかというと、重森三玲よりは小川治兵衛の庭園の方が好きです。
今月の京都散策は、27日に浜松から家内の高校時代の親友の京都案内ですが、5年程前にご主人を亡くされ子供さんもなくお1人の方ですが、とびきりの美人の方ですので今から楽しみにしてます!?。

はこべの花 様

いつもエスプリのきいた素敵なコメント 楽しみに拝見させて頂いています。
“花も嵐も 踏み越えて~”とは、私もあまりよくは分かりませんが、「花に嵐のたとえもあるぞ。さよならだけが人生だ」という例えから、「さよならだけの味気ない人生だけど、それを乗り越えて行くのが男の生き様なのだ…」とでも解釈するのかな~と、思っていますが、それにしても身勝手な男のエゴが垣間見られる感じですね。

投稿: あこがれ | 2017年3月17日 (金) 01時28分

 あこがれさま
  気にとめていただいて恐縮です

 コメントできるときは

 気分の高揚しているとき あるいはとても落ち着いていて時間のあるとき  全く逆で どうしょうもなく塞いでいるとき 怒りまわっているとき などのようです

 岡崎近くは 昨年晩春 中学三年のクラス会で 白河院と無鄰菴を廻って以来 よく足が向くようになりました
 そのメンバーの一人が脳血管障害で ほとんど意識のない状態での入院を余儀なくされています 健康ということ いろいろと考えさせられます  また 人の役に立つということが どういうことか 難しいですね
 まず 自分が健康でないと 良い気 強い気 を伝えることができないですからーーー

 あこがれさま 奥様の友人とはいえ とびきりの美人の方を案内できるのは さぞかし うきうきと心躍ることでしょうね  いつまでも そういう感情は持ち続けたいものです
 
 二木先生のうた物語 京都紀行といきましょうか

 ア行からでも 女の園 女ひとり
 カ行  祇園小唄  京都の恋  京都慕情 などなど
  案内するところ いくらでもありそうです

  少し 字が軽くなりすぎたかもしれません
     ご容赦ください

投稿: 能勢の赤ひげ | 2017年3月17日 (金) 21時09分

私は紙芝居実演ボランティアを16年間やっています。主に公園や放課後児童クラブなどで幼児や子供向けです。しかし近年急激に高齢者施設が増えて、そこからの依頼が増えてきました。紙芝居の作品も子供向けだけではなくて、近年は高齢者用紙芝居も作られるようになりました。例えば「金色夜叉」「瞼の母」「愛染かつら」などがあります。そんな関係で、「愛染かつら」の映画化を調べてみたらたくさん作られていて驚きました。時系列で記すと、①1938(昭13)「愛染かつら」田中絹代・上原謙 ②1948(昭23)「新愛染かつら」水戸光子・竜崎一郎 ③1954(昭29)「愛染かつら」京マチ子・鶴田浩二 ④「愛染かつら」(正・続)岡田茉莉子・吉田輝雄、と④の2回を含めて計5回も映画化されています。同じ物語がこんなにたくさん作られたのはほかにないんじゃないでしょうか(もちろん、寅さんシリーズのようにシリーズ物は結構ありますが)。空前絶後の人気作品と言っても過言ではないと思います。

私はこの紙芝居をした後、高齢者の皆さんと「旅の夜風」を一緒に歌いますが、歌詞を見なくても、歌詞の一番はたくさんの方が覚えていて歌ってくれます。

投稿: 吟二 | 2017年3月17日 (金) 22時17分

吟二様は紙芝居活動の大先輩ですね。
私も、学校や子育て支援センターでの活動に加えて
昨年から高齢者向け活動を始めました。
「旅の夜風」「金色夜叉」「青の洞門」「稲むらの火」などは軽度要介護の方向けに演じております。
感動は年代を超えるとの確信を持っているので
新見南吉、宮沢賢治、イソップ、アンデルセン童話もよく演じております。
吟二様同様に「旅の夜風」「金色夜叉」は必ずみんなで歌います。皆さん、歌はよく覚えておられて生き生きとしてくるのがわかります。
雪に閉ざされた日々は 夜になって
「今日も一言も発声しなかった」と落ち込むことが少なくありません。これではいけないと紙芝居や絵本の音読練習を心がけております。
結局はこのボランティアで一番救われているのは私自身です。介護現場のご苦労を見聞きしているので
向上、改善を心から願う一人でもあります。

投稿: りんご | 2017年3月18日 (土) 07時59分

りんご様

りんご様が紙芝居活動をされているとは知りませんでした。同好の士と会えてうれしいです。あと、高齢者用だと「父の顔 母の顔」とか「峠の老い桜」も私は好きです。それから「いなむらの火」は、私も大型紙芝居でいくつかの高齢者施設でやりましたが、評判が良かったです。私は埼玉県のさいたま市に住んでいますが、大型紙芝居の舞台が市の図書館には無いので、わざわざ県の熊谷図書館から最寄りの図書館に送ってもらい、引き取りに行かなければならないのがちょっと大変です。

読み聞かせとか朗読も良いですが、紙芝居は絵があるからよりインパクトがありますよね。お互いに頑張りましょう。ご活躍をお祈りします。

投稿: 吟二 | 2017年3月18日 (土) 23時00分

吟二様 りんご様

お二人の紙芝居実演活動コメントじっくりと拝読させていただきました。
お二人とも情熱溢れる活動に感動をいたしました。
吟二様には、16年間のボランティア活動をなされており
・・・
りんご様には、これまでの活動に加え昨年から高齢者向けの活動にも広げられたとの由・・・
お二人のすごいエネルギーには感心するばかりで頭が下がります。
私もお二人の活動内容とは異なりますが、5年ほど前まで、10年ほど趣味を生かして、福祉施設等でのボランティア活動や県内の各自治体の高齢者学級への出前講座の活動を経験いたしました。
活動内容では、三部構成で、一部「南京玉すだれ」・二部「蓄音機」でSP盤による流行歌の演奏・三部「ハーモニカ伴奏で会場の皆さんと一緒に童謡、流行歌を歌う」・・時間的には、40分から60分程度で、長い時で高齢者学級での出前講座などでは90分ほどの時もありました。
また、会場での参集者では、50人程度から町民会館などでは、150人から200人近くなる時もありました。
これまでの活動の中で印象に残っているのは、何といっても流行歌での昭和期の大ヒット曲、この「旅の夜風」を解説を交えて「蓄音機」で演奏した時や、ハーモニカ伴奏で皆さんと一緒に歌った時などでは、懐かしさと想い出などで会場の雰囲気が一変し、皆さんの目の輝きが一段と強く感じたものでした。
そんなある日、県内の某公立病院の「ホスピス」にボランティア活動に行った時でした。
(これまで、この「ホスピス」には、通算20回ほど訪問しました。)
この「ホスピス」では、サポート役のボランティアの皆さんのお世話で、週1回、午後2時間程度「憩いの集い」の場が設けられ、入所の方及び家族の方々が集まられ、お茶・コーヒー・ケーキなどが振まわれ和やかな雰囲気の中・・・私の出番となり、日頃の活動内容を30分ほどに短縮・・・その中で、一番受けたのは、やはりこの「旅の夜風」でした。
その後、2週間ほど経ったある日、市内の某スーパーで買い物をし、レジのところで、あるご婦人から声をかけられ、「先日、某病院でハーモニカを吹かれた方ですか、母が若い頃に観た<旅の夜風>の映画を想い出し涙ぐんでいましたが、数日後、亡くなりました、ほんとにありがとうございました。」と丁寧なお礼の言葉を延べられました。
私が現在、元気で毎日を過ごしているのも、これまでの活動の中で多くの方々と出会い、そして感動と感謝の気持ちをもらったことが大きな原動力になっていると確信しています。
これからもこの気持ちを大事にしたいと思っています。
長々となり申し訳ありません。
最後になりましたが、吟二様・りんご様には、お身体には気をつけられ益々のご活躍をお祈りいたします。
                     一章

投稿: 一章 | 2017年3月19日 (日) 13時43分

一章様
励ましのお言葉身に染みて嬉しく思います。
あこがれ様もなかなか多芸ですね。
ハーモニカ 素晴らしいです。
二木先生の演奏にも癒されるが
ハーモニカは郷愁ひとしおで高齢者の琴線に響きます。
かくいう私も気が付けば高齢者です。
一昨年の夏、県のハーモニカ愛好会の大会が
プロの演奏家(ハーモニカ、口笛奏者)を招いて
長井市で開催され感動のコンサートでした。
(私は聴くだけです)
皆様、施設慰問なされ「北上夜曲、あざみの歌、湖畔の宿}
などなどに涙を流されるとのことでした。

吟二様
経験の浅い私ですがよろしくお願い致します。

「金のおの銀のおの」「ななつのほし」
日本の民話「おいもころころ」「ぼたもちを食べた仏さま」浜田広介の「泣いた赤おに」「ある島のきつね」なども幼児からシニアまで対象を広げています。
吟二様の継続にただただ感服の至りです。

投稿: りんご | 2017年3月19日 (日) 16時59分

一章さま
大変失礼いたしました。
~あこがれ様もなかなか多芸~とんだ間違いで申しわけありません。あこがれ様と混同こんがらがってしまいました。別のコメントで~あこがれ様が名司会者の真似をして宴会を盛り上げた~の記憶が混入してしまいました。
お許しください。
紙芝居「愛染かつら」声音を変えて男になったり女になったりして演じてます。そのあとの「旅の夜風」を歌う時は
皆さん元気になります。

投稿: りんご | 2017年3月19日 (日) 20時05分

りんご様

度々のコメントお手数おかけしました。
どうぞお気になさらないように!
今、子どもの頃、自宅近所の広場で、紙芝居のおじさんが自転車の後ろに絵の入った木箱を載せて見せてくれたのを懐かしく想い出しています。どんな物語だったのかよく覚えていませんが、確か「ゴールデンバット」といって主人公が悪人たちをやっつける活劇物語を見たような記憶があります。
りんご様には、事前の練習も大変だと思いますし、本番では、それぞれの役になりきって演じなければならないので、一苦労されていると思います。
ご無理なさらずに頑張ってくださいね!


投稿: 一章 | 2017年3月19日 (日) 21時07分

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