« アムール河の波 | トップページ | 旅の夜風 »

アカシアの雨がやむとき

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:水木かおる、作曲:藤原秀行、唄:西田佐知子

1 アカシアの雨にうたれて
  このまま死んでしまいたい
  夜が明ける 日がのぼる
  朝の光のその中で
  冷たくなったわたしを見つけて
  あの人は
  涙を流してくれるでしょうか

2 アカシアの雨に泣いてる
  切ない胸はわかるまい
  思い出のペンダント
  白い真珠のこの肌で
  淋しく今日もあたためてるのに
  あの人は
  冷たい瞳(め)をして どこかへ消えた

3 アカシアの雨がやむとき
  青空さして鳩がとぶ
  むらさきの羽の色
  それはベンチの片隅で
  冷たくなったわたしのぬけがら
  あの人を
  さがして遙かに 飛び立つ影よ

《蛇足》 昭和35年(1960)リリース。この年は、第一次安保反対闘争で日本中が騒然とした年でした。
 連日の闘争で疲れはて、体制の壁の厚さに絶望的になった学生たちの心情に、この歌の投げやりなムードが妙にマッチしたようで、デモの帰りなどによく歌われたといいます。

 わが国で一般にアカシアと呼ばれているのはニセアカシアで、ハリエンジュとも呼ばれます。英語ではfalse acaciaで、一般にはblack locustとかyellow locustと呼ばれています。
 北アメリカ東部~中部原産の落葉高木で、日本には明治の初めに渡来しました。春に白い可憐な花をつけます。Acacia
 歌謡曲や童謡でアカシアとして歌われているのは、たいていこの花です
(右の写真)
 いっぽう、「ニセ」がつかないアカシアは、わが国ではミモザと呼ばれることが多くなっています。

(二木紘三)

|

« アムール河の波 | トップページ | 旅の夜風 »

コメント

60年安保の時、大学4年でした。6月15日安保条約が自然発効した早暁を国会の脇で迎えました。前夜は驟雨でした。この歌は、そのときの光景をマザマザと思い出させてくれます。その二日前に樺美智子が南大門で警官隊に踏み殺されました。遠い日の思い出の歌です。拙句
 遠い日の樺美智子忌菜種梅雨
 あかしやの雨の止むとき樺の忌

投稿: 菅原 主 | 2007年8月 2日 (木) 17時57分

この歌の暗さが何とも言えず好きでした。(勿論リアルタイムじゃなかったですが)
当時は歌詞の意味なんか考えなかったですが、なんか変なんですよね。

それで、ちょっとググっ(google)たら面白いブログ見つけました。

http://angura.blogzine.jp/fugue/2005/06/post_16b8.html

ちょっと分かった気がしました。

リンクするのかな?
しなかったらコピペでアドレスバーに貼り付けてください。
具合悪ければ削除お願いします。

投稿: konimo | 2007年10月 9日 (火) 00時15分

 『アカシアの雨がやむとき』は、女の情念を切々と歌いながらも、1番から3番へと歌が進むにつれて、その情念が少しずつ漂白されてゆき、ついにはこの世の粗雑感、重量感からするりと抜け出して、不思議な透明感に到るように思われます。私は、およそ非現実的な、この歌のそこに惹かれます。
 また、1番から3番の冒頭に置かれている「アカシアの雨」というフレーズが、この歌全体の叙情性を、しっかり担保していると思います。曲がまた素晴らしいですね。
 私は小学6年の頃、西田佐知子さんがこの歌を歌っているのを(白黒)テレビで見ましたが、その清楚な美しさに、子供ながらにしびれました。手に白い(と思われる)ハンカチを握りしめながら、ひたむきにマイクに向かっていた姿が、今でも目に浮かびます。

 3番は少し難解です。
    アカシアの雨がやむとき
    青空さして鳩がとぶ
    (鳩は)むらさきの羽の色(をしていて)
    それは(鳩は実は)ベンチの片隅で
    冷たくなったわたしのぬけがら
    (から脱け出した、たましいの化身で)
    あの人を
    さがして遥かに 飛び立つ影よ
というようなことなのでしょうか?(どなたか、別の解釈がありましたらご教示ください。)

 ところで私は、西田演歌の双璧はこの歌と、『東京ブルース』だと思うのですが。
 こちらは、女の情念オンリー。『星の流れに』が焼け跡ただ中の女の恨み節なら、『東京ブルース』は高度成長が離陸し始めた頃の女の恨み節。

    どうせ私を  だますなら
    死ぬまでだまして  欲しかった
    赤いルビーの  指輪に秘めた
    あの日の夢も  ガラス玉
    割れて砕けた  東京ブルース    (2番)
    

投稿: 大場光太郎 | 2008年4月26日 (土) 19時02分

大場光太郎さんの解釈は的を得ていますね!1番の歌詞からして女の情念が感じられますからね。私はねもうひとつ別の見方をしています。鳩は別の自分で今までの思いを託したのではないのでしょうか!自分は現実に戻り一区切りをつけて生きようとしてる気がします。淡い恋に生きる女、そして夢から覚めて明日に生きようとしている女の一人二役を演じているような気がします。 |

投稿: | 2008年6月 6日 (金) 21時21分

 わたしも菅原さんと同じように、この歌は60年安保につながります。また6月15日がめぐってきますが、半世紀前の記憶はいまだ鮮烈です。学生だった私は、樺美智子さんが亡くなった翌年に父上の樺俊雄教授の講義を受けましたが、温顔に悲しみを隠しておられるように思われました。
 この年は、時代を反映するかのように「アカシア・・・」「黒いオルフエ」「太陽がいっぱい」など暗い歌が流行りました。

投稿: mituo | 2008年6月11日 (水) 20時55分

 匿名様。私の前コメントにご賛同下さいましてありがとうございます。その後匿名様の御文読ませていただき、思うところあり、再度この歌の歌詞を読み直してみました。そうしましたら、前拙文には大きな「的外れ」があったことに気がつきました。
 この歌の1番の冒頭で、ヒロインの状況がハッキリ示されております。
   アカシアの雨にうたれて このまま死んでしまいたい
 つまりヒロインは、そう思いつめざるを得ないまでの苦しい恋から逃れるために、それ以降から3番の終わりまでは、単に「夢想」しているだけなのですね。なのに私は、ヒロインが本当に死んでしまったものと解釈しておりました。

 それに致しましても。ヒロインを「明日に生きよう」という気持ちにさせたのは、他ならぬ「夢」なのでした。それも「死の夢想」という一見究極のネガティブと思われる夢(想像過程)を経て。その結果かえって、それまで執着心にとり付かれた盲愛はより清らかな愛に昇華され、なおかつおっしゃるとおり「夢から覚めて明日に生きようとしている」という積極的生き方へ転換させる力が得られたのでした。

 人間心理の複雑さ、奥深さを痛感致します。と共に改めまして、私たちがとかくこれまで軽視しがちだった、「想像(イマジネーション)」の重要性を再認識致しました。大変ありがとうございました。
 (今後また、時折りコメントさせていただきます。よろしくお願い申し上げます。)

投稿: 大場光太郎 | 2008年6月20日 (金) 19時36分

いつも感謝を忘れず拝聴しています
 ありがとうございます 

            山を愛する翁

投稿: 河野 澄雄 | 2008年7月 3日 (木) 09時30分

管理人様

「アカシアの雨」とは何の事でしょうか。アカシアが咲いて
いる時降る雨でしょうか。

投稿: M.U | 2008年7月10日 (木) 07時31分

これを聞いて西田佐知子さんの歌声を思い出しました。
サッサと引退しないで、もっと歌って欲しかった。
それにしても、美空ひばりと西田佐知子を見出した福島通人という人の凄さを再認識。

いつも楽しく拝聴させていただき、《蛇足》という解説も興味深く拝読させていただいております。有難うございます。

投稿: | 2008年7月10日 (木) 23時47分

アカシヤは歌に良く出てくるのに東京近辺であまり見かけません。やっと見つけましたが花が小さいです。私が幼稚園小学生時代を過ごした中国青島市の思い出にあるのは大木で初夏に房になった花が真っ白く垂れ下がりとても良い匂いが街中漂いました。腕白どもは木に登り花を摘んで食べたりしたものです。最近になって2度、花が懐かしくて(本当はゴルフ)行って見ましたが家の庭には残っていましたが現地人も知らないくらい少なくなっていました。60年経って今は桜に人気がありました。アカシヤの方が良いのにねと伝えましたが。

投稿: 釈 浄慶 | 2009年10月26日 (月) 15時45分

 古い唄のブログに新しいコメントが寄せられているのに気付き、開いてみました。歌詞の解釈をめぐっての遣り取りは大変興味深く読ませて頂きました。「雨」は数々の流行歌に歌われていますが、この「アカシアの雨」はアカシアの並木に降る雨のことだと思います。「並木の雨」(1934年、唄ミス・コロンビア)が、冒頭♪“並木の路に雨が降る”とあるのと同様だと思います。そして、二番の歌詞の「アカシアの雨」のところで、何故か私は「卯の花くたし」を思い浮かべました。気の塞がる切なさを感じ取るのは私の偏見でしょうか。

投稿: 槃特の呟き | 2009年10月27日 (火) 17時00分

今このブログは開いたらこの曲があったのでコメントしたくペンいやキーを取り出しました。私が中学校時代担任の先生がこの歌をよく口ずさんでいるのが思い浮かびます。後で分かったのは この先生が60年安保に関心をもたれていたと聞きこの歌はその当時と共鳴していたんだなと思い浮かべられます。私たちの年代は70年安保の時代でしたのでさしずめ
新谷のり子 カルメンマキといったところでしょうか。

投稿: alude2500 | 2009年10月27日 (火) 19時00分

私が高校を卒業し,就職して間もない頃の歌です。この曲に一目ぼれし,新宿から中央線沿線のレコード店を探し歩き,八王子の店で見つけたことを思い出し,懐かしく聞いております。

投稿: A.N | 2010年1月16日 (土) 16時52分

この曲を作詞した水木かおるさんは、この当時のベストセラーだった芹沢光治良(こうじろう)作「巴里に死す」を読み感動して作詞したとのことです。芹沢さんはこのほか「人間の運命」「神の微笑」など名作を書かれている大作家です。現在は発売されていないと思いますので最寄の図書館で借りて読まれるとよいでしょう。
 なお、「巴里に死す」は昭和17年の戦争中にかかれていますが、戦争のことなど感じさせずすばらしいとおもいます。後にフラン語に訳され、フランスはもちろん、ベルギー、スイスで発売され10万部以上売れたそうです。現在はロシア語にも翻訳されているそうす。

投稿: Kashichan | 2011年6月12日 (日) 20時13分

先程「くちなしの花」のところで、書かせていただきましたが、この歌詞は、作詞者の本音が綴られています。ご長男をなくされた親の気持ち、子を持って初めて分かるものです。死んでしまいたい親の気持ち、悲しんだ末に、自分を再生して生き直さなければならない自分があるのです。本当に切ない心の叫びです。今又3.11の受難に悲しむ家族がおおぜいおられます。その遺族の気持ちはこの「アカシアの雨」に詠われています。どうぞ安らかにお眠り下さいと祈るばかりです。合掌

投稿: k.katsukawa | 2012年3月21日 (水) 17時59分

「このような解釈もあるようですね。」
歌詞の中で、アカシアの雨にうたれて‥
アカシアの雨に泣いている‥
アカシアの雨がやむ時‥
といっているのは、夜一人で、雨のように散りゆく白いアカシアの花を見て、別れた恋人の事を思っているのでしょう。つまり、恋人と別れた悲しさ を 「アカシアの雨」と暗喩しています。「アカシアの雨がやむとき」の意味は、表面的には、「アカシアが全て散ってしまったとき」という意味ですが、暗喩としては、「自分の心に降る悲しみの雨がやむとき」という意味だと思います。つまり、散っていくアカシアの花と、散ってしまった自分の恋を重ねあわせているわけですね。しきりに歌詞で、自分が死んだ情景を想像(妄想)していますが、アカシアの白い花に埋もれた自分を想像しているのですね‥ちょっと、ここは作詞家のナルシストっぽさが入っていますが‥

投稿: 海道 | 2012年8月 8日 (水) 16時13分

私も匂いは解りますが散る様子は知りませんのでニセアカシアの多い長野県に聞いてみました。長野県環境保全研究所の横井力と申します。
ご質問の件ですが、「実際にニセアカシアの花が目の前で落ちる瞬間を、私は目撃したことがないので確かなことはいえませんが、ニセアカシアの花はボトボトかザーと散るのではないかと想像します。理由といたしましては、サクラの花は軽い「花びら」が落ちるのでひらひらと散りますが、ニセアカシアの花は軽い「花びら」でく、花びらが集まった「花」自体が落ちますので、その重さでボトボトと散ると思います。」説明がわかりにくかったかもしれませんが、以上のように回答いたします。実際にニセアカシアの花の散るところを見られましたら、是非ご一報下さい。また日本植物学会からはニセアカシアの花は、フジやハギと同様にマメ科の植物です。これらの花は、サクラと同様に花びらは5枚ありますが、サクラとは異なり、このうちの4枚は互いにくっついています。このため、花びらが落ちるときにもサクラのように1枚ずつばらばらに「ひらひら」と落ちることはなく、複数がまとまって「ぼとぼと」と散ります。また、すべての花が受粉に成功して実をつけるわけではないので、受粉に失敗した花はがくや雌しべ、雄しべも花びらと一緒に塊になって落ちる場合がありますので、やはりぼとぼとと落下してきます。今年はもう花がとっくに終わりましたので、来年、花が咲いた後で、どこかの木の下に行ってみてください。花びらがどのような状態で落下しているのか観察してみてください。(公社)日本植物学会
またニセアカシアに詳しいと思われる人は
アカシア(正確にはニセアカシア)の花をご存じですか?それも1本や2本の木ではなくて、札幌の街路樹のように沢山植わっている様子を?
その様子をご存じならイメージしやすいと思いますが、アカシアは晩春から初夏にかけて白い小さな花を大量に咲かせ、強い香りを放ちます。風が吹くとその花が大量に舞い落ち、地面は白い花で覆われます。桜吹雪に近いものがありますが、桜の花びらはふわふわと漂ってまさに雪のイメージなのに対し、アカシアの花はもっと粒々していて確かに雨粒に近いです。夜中、人通りの絶えた街で、むせ返るようなアカシアの香りに包まれ、このアカシアの雨に遭うと、どこかこの世のものならぬ世界に連れて行かれそうな気分になります。そのせいかどうか、アカシアの雨を唄った歌も、幻想的で死をイメージさせるような歌が印象的ですね。「人魚」もそうですし、「アカシアの雨がやむとき」もそうです。と述べています。(NOKKOの人魚では「アカシアの雨にうたれて・・・・・」となっています。)
これらの文章の出所は同じだとしても、この詞は伊豆の山陰にエリカの花を見つけに行った人の詞らしいと感じます。

投稿: 海道 | 2012年8月29日 (水) 15時55分

Bonsoir

あたし、だだいま青春通過中です。

ひょんな事から西田佐知子にハマッテます。

「アカシアの雨がやむとき」、「東京ブルース」、etc

流行当時の時代背景もよく知りませんが、心にジンジン
響くのは、

彼女の歌唱法が好きなの

ソフトタッチで

プチハスキーで

プチなげやりで

プチ小粋な

歌い方が大好き。

人の心には、共通した感情の地下脈が滔滔と流れていて・・・

難しいことは解りませんが、名曲がいつ聴いてもあたしたちの心にジンジン響き共感できるのは・・・

あたしの推理が案外核心を突いていたりして?

彼女のソフト系の歌い方は、日本ではナカナカ定着せず、わずかに いしだあゆみ くらいしか。

昔、ソフトで小粋な小唄なんか、いっぱい有ったのにね。 

   Au revoir

   

投稿: トッコ | 2012年9月12日 (水) 00時35分

 やはりこの歌はいいのです。理屈抜きに。一昨年、昨年と続いた中学の同窓会で同じクラスだった人がこの歌を歌いました。
 私が歌うと司会者が「へええお前が」と言ったのが忘れられません。
 20代のころ、近くで西田佐知子のショーがあったので授業をサボって見に行きました。男同士二人で行ったことを思い出します。彼はどうしているだろうか、音信不明です。

投稿: 今でも青春 | 2014年8月17日 (日) 18時39分

確かにこの歌や赤いハンカチの中に出てくるアカシアは 『ニセアカシア』のようですね   ところがふとしたきっかけで 『アカシア』(ホンアカシア)に出合いました
驚くほど深黄色の光沢のある花です   こんな美麗な花もあるのかと感銘   早速庭先に植え込んだら、2年で立派に花を咲かせました   お庭に植えられますようお勧めします

投稿: くろかつ | 2016年4月 3日 (日) 19時05分

西田さんのファンでした。大学生になって東京に行き、三越劇場の西田さんのショウを食い入るように見ていたし、労音で新宿厚生年金会館でのショウを楽しみました。さっちゃんは早く引退しすぎでした。もっとたくさんの唄を残せたのに。

投稿: 江尻陽一 | 2016年5月12日 (木) 16時44分

また蒸し返すようで申し訳ないのですが、「アカシアの雨……」の助詞「の」についてです。この「の」を「同格」即ち「アカシア=雨→アカシアの花が雨のように降る(散る)」と解釈される方がいますが、歌詞をどう読んでも「アカシアの花が雨のように降る」情景はイメージ出来ません。また、実際にアカシアの花が散るときは、詩的なイメージとは大分異なります。サクラの花のような「ひらひら」と散るイメージではなく、「バラバラ」「ボツボツ」という表現が適切です。
 俳句に「花の雨」という季語があります。解釈は、サクラの花に降る雨、サクラの咲く頃に降る雨とされています。「アカシアの雨」の解釈も、わたしは「アカシアの花に降る雨」のイメージが適切のように思います。
 
 近年、アカシアが侵略的外来種として忌避される傾向にあり、あちこちでアカシア並木が伐採されているようです。生物的多様性を阻害する植物に指定される懼れも出ています。養蜂業者は反対しているようですが。

投稿: ひろし | 2016年5月15日 (日) 11時49分

 ♪♪ アカシアの雨にうたれて
    このまま死んでしまぁ~~いたい・・♪♪

昭和37年夏の初めてのアメフト部の合宿練習をいつも思い出します。当時わが大学は関東リーグ1部に所属していました。
ラグビー部やサッカー部に負けない激しい練習をやり、当時は炎天下で倒れそうになっても「水を飲むな」とハッパをかけられていました。東京オリンピックのバレーの大松監督、レスリングの八田監督のスパルタ練習が脚光を浴びていた時期です。私にとっての青春は運動部に所属していることでした。

夏の炎天下のもと腰、肩に防具を当てユニホームを着てスパイクをはきヘルメットをかぶると5㎏以上はありました。蒸し暑い日には 体に密着した通気性の悪いユニホームを着るだけでぶっ倒れそうでした。

全員そろうと30本ダッシュ、ダミータックル、パス練習ディフェンス、オフェンスの練習など次から次へ休む暇なく鍛えられました。。芝生のないグランドでの練習なので耳の中、首の周り、時には口の中も泥だらけになっていました。

練習中にぶっ倒れると日陰に運ばれ少しユッタリできます。ある時 練習休憩中に急ににわか雨が降りました。

 その雨を大の字になって全身で受けながら

♪♪雨に打たれて このまま 死んでしまいたぁ~い ♪♪

    と隣でバテ気味の同期生と口ずさんでいました。

鬼コーチや先輩に聞こえないように歌っていると涙がでてきました。故郷の母はアメフトの練習で怪我の多い私に「やめて」と手紙をよこしていました・・・。
4年間アメフト部に籍をおいて卒業できたことは私にとって終生の宝になっています。

投稿: けん | 2016年10月29日 (土) 15時11分

この歌がはやっていた頃中学一年でした。ブラスバンドのクラブでトロンボーンを吹いていました。

西田さんの暗い歌とともに、バックのトランペットに魅せられうっとりとして聴いていました。ときどきトランペットにも触れて吹いてみたのですが、”ブーブー、ズーズー”で・・、終ぞあの高音の澄みきった音色を出すことはできませんでした。

投稿: yoko | 2016年10月30日 (日) 09時40分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« アムール河の波 | トップページ | 旅の夜風 »