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ウラルのぐみの木

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:ミカイル・ピリペンコ、作曲:エフゲニー・ロディギン
日本語詞:関 鑑子

1 川面静かに歌流れ
  夕べの道をひとり行けば
  遠く走る汽車の窓光る
  若者の待つぐみはゆれる
  (*)おい 巻き毛のぐみよ 白い花よ
     おい ぐみよなぜに うなだれる
     おい 巻き毛のぐみよ 白い花よ
     おい ぐみよなぜに うなだれる

2 川面に夕霧立ちそめて
  家路を急ぐ工場(こうば)の人
  風にゆらぐぐみの葉かげ
  若者ふたり われを待つ
  (* 繰り返す)

3 鶴の歌に秋は去り
  霜は大地を白く包む
  ふたりの若者 今日もまた
  ぐみの葉かげをわれと行く
  (* 繰り返す)

《蛇足》 工場労働者と思われる2人の若者に思いを寄せられる女性の話で、いかにもソ連時代の青春歌という感じです。

 タイトルおよび歌詞中の「ぐみ」は、原詞では「рябина(リャビーナ)」で、これはナナカマドのことだそうですm.shinoharaさんからのお知らせ。『小さいグミの木』もそうですが、ロシア民謡(歌謡)のリャビーナは、日本語詞ではグミにされているケースが多いようです。グミも女性を象徴する植物として、詩によく使われるからでしょう。

(二木紘三)

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コメント

学生時代に覚えた「ウラルのぐみの木」のメロディの一部がどうもちがっているような気がしてロシア民謡のCDを探していたのですがあいにくこの歌を収録したCDがみつからなくてネット検索をしたら二木さんのブログにめぐりあいました。おかげさまで正確にくちずさむことができました。とりあえずお礼まで。

投稿: Ton | 2007年10月25日 (木) 22時56分

 この歌を聴くと、以前(ソ連の崩壊後ですが)仕事で行ったウラルの景観を想い出します。ウラルには第二次大戦の時にナチスドイツの攻撃を避けて沢山の工場がヨーロッパ側から疎開してきたということですが、この歌の舞台の工場もそのひとつなのでしょうか。白樺と赤松が覆うなだらかな丘陵地帯の中に大小の湖が点在して、とても美しい景観でした。
 ウラルは1917年のロシア革命の中心となった地域のひとつで、ロシア革命の時には、最後の皇帝一家がここで惨殺されましたが、一帯のロシア教会の建物も徹底的に破壊されたそうです。ロシアのほかの地域では良く見かける教会が、田舎の村々に行ってもまったく見当たらなかったのが印象的でした。
 小生の拙いロシア語力で原詩を読むと、この歌の若い女性は同じ職場の「鍛冶工」と「旋盤工」の二人の好青年から同時に好意を示されて悩んでおり、その悩みを川辺に咲くぐみの花(リャビーナ)に託して問いかける、といった内容のようです。二木様のおっしゃる通り、古き良き時代の(もしそういうものがあったとすれば、ですが)ソ連社会主義の青春賛歌ですね。
 この歌は、数年前、小生の住む町にロシアの女声合唱団が来た時の演目に入っていましたが、舞台のロシア人女性(平均年齢40~50才?皆さんやや太り気味)がしみじみ、うっとりと歌っていたのが印象的でした。2人のたくましい好青年から同時に好意を示されておおいに悩む、などというのは、国籍、老若を問わず、女性にとっては甘美なイメージなのでしょうね。

投稿: Snowman | 2007年12月 2日 (日) 18時56分

この曲も典型的なロシア民謡のメロディーですね。いつか男声コーラスで歌ってみたいと思っています。
二木先生の解説と、Snowmanさんの実地を見聞された体験談は大変参考になりました。
青春讃歌の良い歌ですね。

投稿: 三瓶 | 2011年5月 8日 (日) 10時30分

そして、3人の愛は、どう成ったのですか。
私は、3人が、仲良く、堅い団結の下に生きていくのが、正解だと思います。
ただの、甘美な思い出と言うには、重過ぎる内容だと思います。

投稿: 内藤 晃一(ナイトウ コウイチ) | 2011年5月18日 (水) 05時16分

二木先生 七竈の紅い実は,ウラルでは果実酒―ウォトカに浸しただけのもの―にしますよ.胃の病気に著効を発揮するということです.1982年のことですが,仙台の学友のフィンランド人に招待され,ヘルシンキの”鷗が丘”のアパートを訪ねました.彼の奥さまはロシア人ですがウラル語系のアジア人でいらっしゃいました.母上がウラル山脈極北部を東へ越えた都市のサレハールド市から娘と会うために三箇月のビザで来ておりました.僕の母とそっくりなのには驚きました.そして更に驚いたのは,僕が亡くなった息子さんと似ているというのです.母上は眼鏡をしておりましたが,片目の眼鏡にはひび割れがありました.そして,僕に”日本のお方,七竈酒をお飲みください,ウラルの精霊が融けこんでいますよ”と言って,訪問許可をモスクワからもらうのに三年もかかったと言いながら,美しいリキュールをふるまってくださいました.すこし苦く,しかし70%の強い火酒に浸したということで,食道を加熱しながらくだってゆくのを感じました.三十年も経って,ヘルシンキからデジカメの写真が届きました.なんと友人の奥さまの顔はわが母と瓜二つに見えるではありませんか.

投稿: イサコフスキー | 2011年6月 3日 (金) 05時52分

内藤晃一様
 「3人の愛はどうなったか?」とのご質問にどなたからも回答がないようですね。改めて拙い語学レベルで原詩を読みますと、真っ白に霜が降り、ツルが鳴いて渡る晩秋になっても、(真夏の夜空の星を黙って仰いでいた)3人の関係には何の変化もないまま。女性はどちらにも決め兼ねたまま、悩んだままで歌が終わっています。
 たしかに、社会主義時代の青春賛歌にしては、やはり内容が重いですね。それに、若者の恋のこと。いくら社会主義の時代でも、いつかはホンネが噴出するはず。「ハッピーエンド」では終わらない予感もしますが、どうなのでしょうね?ただし、恋愛には国民性が出るのでしょうから、ご質問にはロシアの人に返事をしてもらうのが一番適切なのでしょうが・・・。

投稿: Snowman | 2011年10月17日 (月) 00時14分

ななかまどがグミと訳されてるそうですが・・・
ななかまどにまき毛があるのでしょうか?
そんな種類のななかまどなのでしょうか?
ご存知の方教えてください。

投稿: 前田光志 | 2015年6月28日 (日) 20時30分

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