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ちいさい秋みつけた

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:サトウハチロー、作曲:中田喜直

1 だれかさんが だれかさんが
  だれかさんがみつけた
  ちいさい秋 ちいさい秋
  ちいさい秋みつけた
  目かくしおにさん 手のなるほうへ
  すましたお耳に かすかにしみた
  呼んでる口笛 もずの声
  ちいさい秋 ちいさい秋
  ちいさい秋みつけた

2 だれかさんが だれかさんが
  だれかさんがみつけた
  ちいさい秋 ちいさい秋
  ちいさい秋みつけた
  お部屋は北向き 曇りのガラス
  うつろな目の色 溶かしたミルク
  わずかなすきから 秋の風
  ちいさい秋 ちいさい秋
  ちいさい秋みつけた

3 だれかさんが だれかさんが
  だれかさんがみつけた
  ちいさい秋 ちいさい秋
  ちいさい秋みつけた
  むかしのむかしの 風見の鶏 (とり)
  ぼやけたとさかに はぜの葉ひとつ
  はぜの葉赤くて 入り日色
  ちいさい秋 ちいさい秋
  ちいさい秋みつけた

《蛇足》 サトウハチローは、明治36年(1903)、作家・佐藤紅緑の長男として東京で生まれました。作家・佐藤愛子は異母妹。

 少年時代は手のつけられない不良で、落第3回、転校8回、勘当を言い渡されること17回で、山手線内のほとんどの留置場に入れられたという伝説が残ってます。感化院という少年矯正施設に入れられたこともありました。

 17歳のとき、西條八十の門をたたき、20歳ごろから作品を発表し始めました。『うれしいひなまつり』『かわいいかくれんぼ』など数多くの童謡のほか、歌謡曲でも『リンゴの唄』や『長崎の鐘』など、日本人の心に深く刻み込まれた名作を数多く残しています。
 昭和48年
(1973)没。

 『ちいさい秋みつけた』は、昭和30年(1955)のNHK放送記念祭で発表されました。昭和37年(1962)にボニージャックスの歌でレコーディングされ、同年、日本レコード大賞童謡賞を受賞しました。

 東京文京区弥生にあった旧宅の庭には、秋になるとみごとに紅葉するはぜの老木があり、これが『ちいさい秋みつけた』の発想源になったといわれています。
 記念館になっていた旧居は、平成8年
(1996)岩手県北上市に移転、はぜの木は地下鉄後楽園駅北側の礫川公園に移植されました(写真)

(二木紘三)

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コメント

二木紘三様こんばんわ。
サトーハチローの名詩を中田喜直の名曲で奏でられる「ちいさい秋みつけた」を何べんも聞いています。季節は秋ですがしっかりと見なければ分からない初秋です。
ご健勝をお祈りいたします。
一句:大空に翳す小さき秋を見む 波路
ご笑覧くださいませ。

投稿: 波路 | 2007年8月31日 (金) 20時35分

サトウハチロウの「ちいさい秋みつけた」の蛇足十五行から十六行にかけて、「みごとに紅葉するぜの老木」は「はぜの老木」の「は」が脱落しています。補足なさって下さい。

いつも「うた物語」には御世話になっています。無料でカラオケ気分になれて大変楽しいですよ。ありがとうございます。熊本県に住む74歳です。

投稿: 城  保  | 2007年9月24日 (月) 07時18分

この「小さい秋みつけた」の詞を詠うたびに思い出すのは佐藤愛子の言葉「兄は頭が悪いから、同じ言葉を何度も繰り返して作ったようだ」とホメテいる。
小汚く無頼漢の様な風采から何故?こんなに可愛い、優しい、夢の中にいる様な詩が生まれるのか。
「長崎の鐘」に至っては気高く、崇高で、凛として、そして涙無しでは詠えないほどの心打つものが出来るのか不思議で成らない。

投稿: 松本 俊 | 2008年1月29日 (火) 23時13分

綺麗な詞と曲ですね。「もずの声」これを聞いた事のある子供達はどの位いるのでしょうか。

投稿: M.U | 2008年9月14日 (日) 14時02分

この謡にこんな因縁があって うまれていきたことに
愕いています。ハチローはとてつもなし不思議で面白い異彩の人だった。 そのころは今ならとっても容れられない子供や中学生がいました。大河内伝次郎と伊藤大輔の「忠治旅日記」を何遍も小屋にもぐりこんで観たものです。他のどんな物事より価値を置いたのですね。子供一図に 。廻谷という先生にりっぱなかたがいて、助けられました。活動小屋のお隣が本屋さんです。電気館と明倫堂がたまりばでした。佐藤紅禄の「ああ玉杯に花享けて」もそんな頃。活弁に小学5年生のもぐりこみを見つけられて、私と同じ組のやつに告げられて先生に言いつけると脅されてノートやらクレオンやらをまきあげられたり 今時と比べて私の子供の時世はゆるやかで 鷹揚でした 「小さい秋」は
二木先生のそえがきが一段とこの愛すべくやがてみんなのこころから消えていくでしょう歌を私の老いた心情に近く近くしてくれました 深くお礼を言います   
      老医

 

投稿: 久保田甲司 | 2010年8月24日 (火) 00時39分

 昭和三十七年にLP『サトウハチロー童謡集』が発売された。野球好きなハチローと親しかった長嶋茂雄が次のような推薦の言葉を寄せている。「あんなデブでひげもじゃで、どうしてこんなに楽しい子どもの歌ができるのかなあ」。
「うつろな目の色 とかしたミルク」は、不思議な感覚で心をとらえます。
 ボニージャックスのトップテナーの西脇久夫さんが「うつろな目の色ってなんですか?」とハチローに聞くと「おれだってわかんないよ」と答えたという。
「ぼやけたとさかに はぜの葉ひとつ」は宝石の輝きです。自然を見る目の確かさを感じさせます。そのしみじみとした郷愁は古風ですがわかりやすいので、みんなの共感を呼び、今でも秋になると必ず愛唱されるのです。
忍び寄る秋の気配を、老いが来ると重ねたのでしょうか。思いがけないその言葉に、私、池田小百合は衝撃を受けました。 「ちいさい秋」の繰り返しは耳に、心に残ります。日常の風景の中にある秋を「ちいさい」としてとらえたところに、ハチローの才能が光っています。                (池田小百合―なっとく童謡・唱歌より)

投稿: 海道 | 2012年6月 2日 (土) 16時22分

この歌を聴くと少し前に永眠した弟のことを思い出します。
弟は幼いときから病弱で、小学校を長期欠席して、北側の部屋に隔離されるように療養していたこともありました。中学に進んだ頃から次第に元気になりましたが…。
病弱であまり外にも出られず、北側の部屋でひとり床についている子供の立場からこの歌詞を読むと、さまざまな言葉がとてもよく理解できるように思います。サトウ八チローの意図とは違うのかも知れませんが…。

投稿: nobara | 2012年6月 5日 (火) 12時10分

ボニージャックスが歌っていたこの曲を聴くと、奄美大島の名瀬に住んでいた頃、子どもがよくお世話になった「陳小児科」の待合室が思い出されます。その待合室の壁に秋らしい素朴な紅葉の絵が掛けてあって、その絵の中に「小さい秋見つけた」の歌詞が書き込まれていました。
私はそこで待っている間、他に誰もいない時には、この絵を見ながら、つい、小さい秋見つけたの歌を口ずさんでしまいました。陳先生はどうしていらっしゃるでしょうか。あの待合室の素敵な絵とともに、なつかしく思い出されます。

投稿: 上原 | 2013年8月19日 (月) 23時38分

子供の頃から大好きな歌です。子供にもよくわかるやさしい言葉で、秋が来る感動をこんなにも深くとらえた、サトウハチローさんはすごいと思います。この世にも美しい歌の歌詞についての以下の考察は、不敬極まりないこととおそれますが、「うつろな目の色」について書きます。これは「うつろな日の色」の書き誤りではないかと。「うつろな目の色」はサトウハチローさんご自身が「わからない」とおっしゃったと、海道様のご投稿にあります。子供にわかりやすい言葉ではありません。「うつろな日の色」なら、北向きの部屋なので日光が弱い、くもりガラスなので日光が弱い、何より、強かった夏の日光が衰えた、ということで、秋の到来が感じられ、子供にもよく理解できます。サトウハチローさんは「ひなまつり」の歌でもうっかりミスがあったようですから、締め切りが来てあせってしまったとかで、日を目とうっかり書いてしまったのでは。

投稿: 加藤 | 2016年9月 1日 (木) 21時21分

続けての投稿をお許しください。私の考えが足りませんでした。この歌の 1, 2, 3番の同じ所に「すましたお耳に」「うつろな目の色」「ぼやけたとさかに」が並んでおり、「小さい秋」を「耳」「目」「とさか」でとらえる話になっていることに気づきました。なので、「日」ではなくて「目」でないといけませんでした。理解が足りず、大変申し訳ありませんでした。

投稿: 加藤 | 2016年9月 5日 (月) 14時00分

まだまだ残暑厳しくも
確実に日は短くなり、未明に目覚めて窓を開ければ
星座はきらめき、野辺には薄の穂が揺れ
「ちいさい秋ちいさい秋」と口ずさみたくなります。
これもまた曲も歌詞も素晴らしい心に染みる国民的愛唱歌。サトウハチローの感性は特別に思えます。
「爪色の雨」という不思議な表現の歌もあります(ボニージャックス)サトウハチロー作詞ですが心に染みました。
あの無頼派の代名詞のようなサトウハチロー。

無頼の日々にも胸の奥には越えがたい少年の心が終生息づいていたのですね。そこはかとない淋しさが何ともいえない歌です。
初めて聞いた日の感動が甦ってきます。

投稿: りんご | 2016年9月 5日 (月) 15時22分

本日は8月31日、昨夜の雨で木の葉も濡れ光っています。
その木の葉の色も小さい秋を迎えてきたようです。
気温も昨日に比べやや低め、窓から吹き込む風に心地良さを感じています。猛暑を乗り切れたという安ど感も少しあります。
 作詞をした佐藤ハチローは蛇足に「少年時代は手のつけられない不良で、落第3回、転校8回、勘当を言い渡されること17回で、山手線内のほとんどの留置場に入れられたという伝説が残ってます。感化院という少年矯正施設に入れられたこともありました。」とあります。
異母妹の佐藤愛子氏は「九十歳。何がめでたい」の中で「私の兄などは交番のおまわりさんの留守に隙をみて、柱時計を盗んで逃げた、なんてわるさをやって喜ぶ不良だった」と書いています。昔の不良の中には「弱い人をだましたり、傷つけたりしていない。」人もいます。庶民の私はこの時代の不良にユーモアさえ感じます。
暑い夏が過ぎる頃になると、私は無意識に「小さな秋 みつけた」を口ずさんでいます。この歌の中に人生と重なる部分を感じているのかもしれません。
秋になったら はぜの木が移植されている地下鉄後楽園駅北側の礫川公園に行ってきます。

投稿: けん | 2017年8月31日 (木) 07時12分

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