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小さな木の実

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


原曲:ビゼー、編作曲:石川皓也、作詞:海野洋司、唄:大庭照子

1 小さな手のひらに一つ
  古ぼけた木の実握りしめ
  小さな足跡が一つ
  草原の中を駆けてゆく
  パパと二人で拾った
  たいせつな木の実握りしめ
  今年また秋の丘を
  少年は一人駆けてゆく

2 小さな心にいつでも
  幸せな秋はあふれてる
  風とよく晴れた空と
  温かいパパの思い出と
  坊や 強く生きるんだ
  広いこの世界おまえのもの
  今年また秋がくると
  木の実はささやく パパの言葉

《蛇足》 原曲はビゼーのオペラ『美しいパースの娘』で歌われるアリア。このオペラは、同じビゼーの『カルメン』や『アルルの女』に比べて、上演される機会はあまりありませんが、この曲だけはよく演奏されます。

 石川皓也(あきら)が作編曲したこの曲に、海野洋司(うんのひろし)が日本語の詞をつけ、昭和46年(1971)、NHKの「みんなのうた」として発表されました。

 曲はホ短調ですが、サワリの頭の3小節だけト長調になっています。ここがパッと明るい感じになるのはそのためです。

(二木紘三)

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コメント

秋の気配を感じるころに聴きたくなる好きな歌…昭和46年の頃に覚えたと思います。
けれど初めて聴いた時から、歌の背後にひそやかな悲しみが駆け抜けるのを
どうすることも出来ませんでした。
木の実を一緒に拾った少年の父親は、おそらくもうこの世にはいないのでしょうから…。
そして何度目の秋なのでしょうか…。
転調の所が救いですが、それは少年の心に灯るパパの思い出の暖かさを強調するような
気がして一層切なく、今聴いてもやはり涙がこぼれてしまいます。

投稿: nobara | 2010年9月 9日 (木) 10時56分

二木先生;

 いつもありがとうございます。
いまや日々の暮らしの一部として欠かせないこのサイトでは、これまで私の知らなかった素晴らしい歌をいくつも教えて頂きました。この「小さな木の実」もその一つで、歌の持つ訴求力に引き込まれ、何度も繰り返し聴いてはおぼえるまで口ずさんでいました。
 原曲はビゼーの歌劇のなかで歌われるアリアとのことですが、先生の解説にもあるように海野洋司の歌詞は、曲のイメージと香りをさらに際立たせるほど見事に親和して、心を打たれます。
 幼い息子を残して逝った父親の心情は酌むべくもありませんが、2番の歌詞に祈りとしてこめられているのでしょう。そして少年は優しかった父親の記憶とともに、古ぼけた木の実を握りしめながら強く生き抜いていく…。歌としては聴く人を勇気づける前向きなものなのでしょうが、それでもこの曲の持つ名状しがたい悲しさには胸が詰まります。そしてこの少年に幸多かれと祈らずには居られません。似たような境涯の子はこの世にたくさんいるはずですから…。

投稿: 中嶋 毅 | 2010年11月27日 (土) 09時35分

曲の美しさは言うまでもありませんが その美しさを しっかりと掴まえた歌詞がいいですね 日本語っていいな~ 歌詞を目で追いながら 心の中で歌います さて 自分が冥府に旅立った後 子供の心の内にどんな思い出を残している事でしょう 

投稿: 寅  君 | 2011年1月24日 (月) 21時16分

二木 様、そして聴取者の皆さま、こんにちは。
数年来楽しませていただいています。ありがとうございます。
たくさん好きな曲があるなかでこの「小さな木の実」はもっとも好きな曲です。
歳のせいで気分が落ち込んだ時など何回も繰り返し聴いています。
この曲を聴きながら詩を作ってみました。

父さんと たどりし丘のいただきに
秋風ふいて 冴えわたる
雑木林に 憩うれば 木の実の落ちる音しきり

父さんと 拾いし木の実手にあまり
こぼれて 秋の色はずむ
梢を高く行く雲を 草を褥に眺めけり

父さんと 語りし丘の広場には
名もなき花の咲き乱れ
言葉とともに摘み取りぬ

父さんと 遊びし丘のいただきに
父を求めて今もなお
まぼろし見つつ われ老いぬ

投稿: かずちゃん | 2011年5月22日 (日) 11時34分

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