« リンゴ村から | トップページ | 岬めぐり »

おもいでのアルバム

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:増子とし、作曲:本多鉄麿

1 いつのことだか おもいだしてごらん
  あんなこと こんなこと あったでしょう
  うれしかったこと おもしろかったこと
  いつになっても わすれない

2 春のことです おもいだしてごらん
  あんなこと こんなこと あったでしょう
  ポカポカお庭で なかよくあそんだ
  きれいな花も さいていた

3 夏のことです おもいだしてごらん
  あんなこと こんなこと あったでしょう
  麦わらぼうしで みんなはだかんぼ
  お船も見たよ 砂山も

              (間奏)

4 秋のことです おもいだしてごらん
  あんなこと こんなこと あったでしょう
  どんぐり山の ハイキング ラララ
  赤い葉っぱも とんでいた

5 冬のことです おもいだしてごらん
  あんなこと こんなこと あったでしょう
  もみの木かざって メリークリスマス
  サンタのおじさん わらっていた

6 冬のことです おもいだしてごらん
  あんなこと こんなこと あったでしょう
  さむい冬の日 あったかいへやで
  たのしい話 ききました

7 一年中を おもいだしてごらん
  あんなこと こんなこと あったでしょう
  桃のお花も きれいに咲いて
  もうすぐみんなは 一年生


《蛇足》
昭和34年(1959)発行の『増子とし全集』(フレーベル館)に掲載されました。以後、全国の幼稚園・保育園で歌われ、昭和57年(1982)には、2月・3月の2か月間、NHK「みんなの歌」で放送されました。
 なお、テレビで放送されたのは、これが最初ではなく、その前にテレビ朝日の幼児番組で放送されたそうです。

 冬だけ2番あるいきさつがわかりませんでしたが、平松克一さんからの情報によると、作詞家と作曲家がそれぞれキリスト教と仏教の信者だったこと、および幼稚園・保育園にキリスト教系も仏教系もあるのに配慮してのことだったそうです。なるほど、納得できます。

 「おもいでのアルバム」の締めくくりという意味を込めて、7番で転調してみました。

(二木紘三)

|

« リンゴ村から | トップページ | 岬めぐり »

コメント

二木先生こんにちは。
いつも楽しく聴かせていただいております。
思い出のアルバムは私が30年前保育士になったときにはじめて聴いた曲で歳月がたっても
新鮮な気持ちで聴けて昔を懐かしく思い出しながら聴いております。

投稿: 水仙 | 2007年7月28日 (土) 17時11分

いつも楽しく聞かせていただいております。
殺伐としたこの時代にあつて、なつかしい童謡や唱歌を通して、忘れかけている日本の心を今一度取り戻せたらと考えています。
 さて、思い出のアルバムの冬の詩が二つありますが、これは作詞家と作曲家がそれぞれキリスト教と仏教の信者さんだったのと保育園や幼稚園での経営の主体がやはりキリスト教主義や仏教主義の違いに配慮して作られたと聞いています。ご参考まで

投稿: 平松克一 | 2007年7月29日 (日) 21時46分

過日お願い申し上げた『思い出のアルバム』を収録下さいまして、誠にありがとうございます。
 本当に嬉しく心から御礼を申し上げます。早速5歳5か月の孫娘と歌わせていただきます。
 猛暑の折ご自愛下さい。

投稿: 片柳 達 | 2007年8月 2日 (木) 20時58分

二木先生こんにちは。
すばらしいメロディー楽しませていただきました。子供たちが幼稚園で歌ったのを覚えています。もう30年以上も前のことです。老妻もときどきハミングしています。
ご健勝をお祈りします。

投稿: 波路 | 2007年8月 3日 (金) 21時30分

長男が幼稚園を卒業する時、はじめてこの歌を聞きました。
 「いつのことだか おもいだしてごらん
  あんなこと こんなこと あったでしょう
  うれしかったこと おもしろかったこと
  いつになっても わすれない」
一生懸命歌っている息子の姿と数々の出来事を思い出し涙しました。
ありがとう。二木先生。

投稿: 春道 | 2007年12月10日 (月) 15時02分

 今日は孫の初めての卒園式です
37年前の息子の卒園式でこの歌を初めて聴き感激し涙したこといつも忘れることが出来ません

ありがとうございます
孫の顔を思い出しながら曲を聴かせてもらっておリます

 ご健勝をお祈りいたします

  二木先生        平成20年3月20日

投稿: 村田智栄子 | 2008年3月20日 (木) 14時03分

いつ聴いてもよい曲ですねぇ。
子供の成長を走馬灯のように思い出させます。

投稿: sunday | 2008年4月 7日 (月) 06時23分

「みんなのうた」に初登場したのは、1981年のこと。
それ以前から幼児向けの楽曲として結構知られていたようですけど。

投稿: takama | 2009年7月31日 (金) 03時05分

http://www.interq.or.jp/orange/mitumi/utakan/utafile/utalist-f.html

ここに「おもいでのアルバム」の顛末が。

投稿: takama | 2009年8月 1日 (土) 01時37分

takama様
上記「蛇足」の説明は間違いだと思いますが、NHKに問い合わせていますので、その結果を待って修正します。
(二木紘三)

投稿: 管理人 | 2009年8月 1日 (土) 02時55分

takama様
NHKより回答をいただいたので、それに基づいて、上記のように「蛇足」の一部を書き換えました。(二木紘三)

投稿: 管理人 | 2009年8月 2日 (日) 00時22分

この歌、本当にいい曲ですね♪

今は中学2年生になった娘の幼稚園の頃の可愛い姿を思い出してしまい感動してしまいました♪

でも、今は私と話もしてくれない反抗期の娘になってしまいましたが。。。(爆)

あの頃が懐かしいですね♪(笑)

投稿: 泣き虫坊主パパ | 2009年11月20日 (金) 22時41分

この歌、好きです。こんな小さい頃にも「思い出」があるのだと思えば、しみじみと人間存在がいとおしく感じられます。私の時代の歌は<桜のつぼみもふくらんで、もうすぐ学校嬉しいな。こんなに大きくなりました・・・>でした。

投稿: Bianca | 2009年11月21日 (土) 11時56分

 お読みなった方も多いと思いますが、3月10日付け朝日新聞朝刊の天声人語でこの歌が誕生した経緯などが紹介されました。大方は二木先生の《蛇足》のとおりですが、先生が触れていらっしゃらないいくつかをかい摘んでで紹介させていただきます。「▼東京都府中市の常楽院というお寺に、元住職で幼稚園を開いておられた本多鉄麿さんが作曲した縁でこの歌の歌碑がある。作詞は墨田区で保育園長をされていたクリスチャンの増子としさん。珠玉の合作が生まれたのは1957年。おそらくは保育研究会の場で「異教」が出会い、立場を超えて子どもの門出を祝いたいとの思いが結実した。‥▼半世紀前の歌づくりには、次代を担う子どもへの愛情がにじむ。‥▼‥新たな旅立ち。薄桃色の日差しの中で、それぞれの心のアルバムに育ちの跡が刻まれる。」
 2007年8月に二木先生にお願いしてこの歌を収録していただき、じいじの膝に乗ってこの歌を一緒に歌った孫娘はこの春小学校3年生。1年前に誕生した二人目と一緒に歌える日が来るまで、元気でいようと思う日々です。

投稿: 片柳 達 | 2010年3月11日 (木) 12時08分

この春、もう、6年生になる孫の卒園式でこの歌に接し目頭を熱くしたのは昨日のようです。仕事にかまけて実の子とのコミュニケーションを怠ったことを反省しながらこの歌を聞かせてもらいました。春休み夏休みになると孫は一人で新幹線を乗りついで遠く信州にやってきます。しかし、帰りが大変です。世のおじいちゃん、おばあちゃんたち誰しもが経験する別れのつらさですよね。今年も、それがもう間近です。

投稿: 山口 功 | 2010年3月12日 (金) 13時43分

今年、たぶん上の甥は、この歌を歌って幼稚園を卒園したのではと思います。
母が生きていれば、卒園式に勇んで行った事でしょう。
そして、成長した甥の姿を見て、この歌を聞いて涙を流したでしょう。
甥の卒園式を見る事なく母は逝ってしまいました。
もしかしたら、あの世から見ていたかも知れないでしょうね。

投稿: c,m | 2010年4月 4日 (日) 20時54分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« リンゴ村から | トップページ | 岬めぐり »