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山蔭の道

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:高橋掬太郎、作曲:飯田三郎、唄:若原一郎

1 白樺そよぐ 山蔭の
  丘の細道 どこまでつづく
  ああ 君恋し 思い出の
  あの日につづく この道悲し

2 夕月あわく 浮かぶ頃
  青い湖 なぜ目にしみる
  ああ 君恋し 君去りて
  面影ばかり まぶたに悲し

3 ひとりで居れば 山蔭の
  風もわびしや 涙をさそう
  ああ 君恋し 胸に呼ぶ
  あの日は遠く しみじみ悲し

《蛇足》 若原一郎は昭和6年(1931)8月1日、横浜生まれ。本名は田野倉仲義。昭和24年(1949)にキングレコードの専属歌手になりました。

 声質が明るかっために、『吹けば飛ぶよな(昭和29年)、『ハンドル人生』(昭和30年)、『風の吹きよで』(昭和31年)など、調子のよい明るい歌を歌わされました。これらはいずれもヒットしましたが、本人がほんとうに歌いたかったのは、しっとりした抒情的な歌でした。

 その念願かなって歌った抒情歌が、この『山蔭の道』でした。昭和31年(1956)11月にリリース。当初はあまり売れ行きが芳しくありませんでしたが、年が明けてから売れ出し、ヒットとなりました。

 しかし、彼の最大のヒットは昭和33年(1958)にリリースされた『おーい中村君』で、これは彼の好みとは違う、調子のよい陽気な歌でした。

 平成2年(1990)、肝臓ガンのため没。享年58歳。

(二木紘三)

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コメント

馴染みのカラオケスナックで、70歳位の女性がこの歌を歌っているのを聞き、その叙情溢れるメロディーに感激しました。
昭和31年の曲と知り、当時小学6年生だった時の記憶が甦り、かすかにメロディーを覚えていることに気付き、パソコンから流れる曲に合わせて口ずさんでおります。

投稿: 越山 洋平 | 2007年10月10日 (水) 09時06分

初恋のひとといつか登ろうと約束した山に一人登る山道で口ずさんだこのうた あの日は遠くしみじみ悲し 懐かしい

投稿: 石塚和男 | 2007年11月18日 (日) 21時15分

「丘にのぼりて」と作詞、作曲者が同じ、叙情たっぷりの歌ですよね。2年ほど前にこの「山蔭の道」を、そして昨年「丘にのぼりて」を覚えました。二木先生が記されているように、若原一郎はこのような楽曲を唄う事を旨としていたのでしょうか、ハリのある声で伸び伸びとうたっています。 二木先生、「丘にのぼりて」もよろしくお願いします。

投稿: かせい | 2010年2月20日 (土) 13時27分

歌謡曲は歌ってはいけないと小学校から高校まで学校の規則がありましたが、山陰の道だけ高校の時、歌唱指導がありました。最もみんな、ラジオで聴いてとんこ節からお富さんまで知ってはいましたが、学校で歌うことはありませんでした。この歌はロマンあふれる歌で、いつか素敵な人と山蔭の道をあるけたらいいなと思いながら習いました。
かせい様、山の歌がお好きなようですね。ビルの屋上から赤石山脈を眺めると、かせいさんが私のために「山の煙」を歌って下さっているようで幸せな気持ちになります。大きな声で歌って下さいね。聴いていますよ!

投稿: ハコベの花 | 2011年5月10日 (火) 23時51分

のど自慢出身だけあって、のびのある美声に豊かな声量、歌の歯切れの良さに定評がありました。しかし「吹けば飛ぶよな」がヒットするまで7年かかったそうです。一連のコミカルな曲も若原一郎の声だからヒットしたような気もします。「少女」は「山蔭の道」を通って「丘にのぼりて」何を思ったのでしょうか。

投稿: 海道 | 2011年11月25日 (金) 11時24分

私は、昭和31年当時は九州・小倉で小学3年生だったと思います。まだ、近所の同級生のある女の子と無邪気に遊んでいました。担任だった女先生の顔や名前と共に思い出します。
若原一郎さんの歌は、「オーイ中村君」位しか記憶になかったものですから、こんな素晴らしい抒情歌を歌っておられたとは。二木さんのこのサイトで目にするまではまったく知りませんでした。しみじみとした良い歌です。
今、遠く茨城県で定年農業に励んでいますが、故郷の昔の皆さんは恙無しやと偲ばれます。

投稿: 竹永尚義 | 2011年11月26日 (土) 05時35分

先日、20人ばかりの小さな同窓会がありました。後期高齢者になって、それぞれの悩みや病を抱えて疲れた表情の人が多い様に見受けられました。美しく輝いていた人も年齢には勝てません。この歌を習った時はまだ恋は憧れでした。いつの日か素敵な人と山陰を歩こうと歌った人たちです。それでも大半の人が親の決めた見合い結婚です。恋の話をすると嫌な顔をします。一緒に山陰を歩いた人、私の永遠の人、一人この歌を聴きながら想い出をたどっています。幸せな気持ちになります。若い日の恋は人生の大切な宝物です。想い出の径をもう一度歩く元気が欲しいですね。

投稿: ハコベの花 | 2016年2月12日 (金) 16時21分

若原一郎と言えば、「お~い、中村くん」が頭をよぎります。こんなしんみりした歌も歌っていたのですね。それに若死にだったことが残念です。最近は・・・・何ていったら若者の顰蹙を買うでしょうが、心にしみるほんのひと時でも過ぎた日々を思い出す気にさせてくれる曲が、少ないです。こんなに長生きするとは思わずに、生きてきましたが、ある時期から家族から「鉄砲玉」と揶揄されてついに【携帯電話】を持たされる身になるほど、相手かまわず連れだって、ほっつき歩いていました!京都・奈良・琵琶湖周辺・岡山・日本海側など、日帰りできる距離なら【家族に迷惑はかけてない!構うものか】と、開き直ってました。
今となっては、想い出に浸る材料に事欠かないくらいです。それは近所に住む一回り年上の男性と犬を通して親しくなってからです。彼は個人で貿易商を営んでおられる人で、しょっちゅうヨーロッパに行かれてました。口癖のように【思い出はたくさん作っておきなさいよ】と・・・・・60歳後半で一週間入院されて急逝されて驚きました。奥様にお聴きすると持病のぜんそくと、若いころ結核で手術の結果【肺が片方しかなかったこと】、ショックでしたが、【思い出はたくさん作っておきなさいよ】と言われた言葉は私への【遺言】だと受け取って、その後【鉄砲玉】になりました。今は懐かしい曲を聴くたびに、過ぎた日の一シーンや場所を思い出すときに、あの方を思い出して感謝しています。それと私と一緒に【鉄砲玉】に付き合ってくれた友人たちに感謝です。

投稿: mitsuko | 2016年2月14日 (日) 03時52分

藤沢市江ノ電沿線新聞社の「アカデミア歌う会」に集まってジャンルを問わずいい歌を、みんなで声を合わせて歌っています。私はピアノ伴奏を引き受けています。新しい歌を歌うときには、その歌にまつわる話を二木さんのこのサイトのお世話になって披露しています。
今度は「山陰の道」を採り上げます。また大変お世話になりました。
ありがとうございました。

投稿: 山田光義 | 2016年6月30日 (木) 22時15分

 私の音楽リスナー歴にのなかで、若原一郎さんの歌は、ここ久しく登場していませんでしたが、最近、CDで、あるオペラ歌手が歌う「山蔭の道」に出合いました。
 ”いい歌だなあ”との思いから、若原一郎さんの他の歌を調べましたら、「丘にのぼりて」、「ハンドル人生」が心に留まりました。
 すっかり忘れていましたが、「ハンドル人生」(高野公男 作詞、船村 徹 作曲 S30)は、♪バック・ミラーに 映った月が…♪と、高校生の頃よく口遊んでいたものです。当時、若原一郎さんの、力まず、艶やかで、明るく軽やかな歌声は、聴く人の心を元気にしてくれたと思います。
 その後、高校同窓会のカラオケ・タイムで、「山蔭の道」、「ハンドル人生」を披露する機会があり、当時を思い起こす役を果たすことができました。

投稿: yasushi | 2017年2月20日 (月) 14時45分

『山蔭の道』いいですね。カラオケで自分もよく唄います。

昭和34年、若原さんの実演を聴きました。当時の小6クラス全員が自校の体育館に集まって彼の歌を楽しみました。授業をやめての集まりでしたが、当時はおおらかでしたね。

自分は『吹けば飛ぶよな』も好きなんですが、カラオケにはないのが残念です。そういえば、『ハンドル人生』も高野・船村コンビなんでしたね。yasushiさんのおかげで思い出しました。合掌。

投稿: ザジ | 2017年2月20日 (月) 16時57分

二木先生の伸びやかな演奏に心も軽くなります。
ザジ様yasushi様のコメントに誘われてユーチューブで明るいイケメン歌手 若原一郎さんを拝見して涙が込み上げました。
昭和が懐かしく恋しく甦りました。
何もなかったからこそ、貧しかったからこそ思い出が鮮明です。船村徹さん,熱い熱いお人柄でしたね。
「別れの一本杉」「東京だよおっかさん」「波止場だよおとっつあん」「あの娘が泣いてる波止場」「柿の木坂の家」次々と浮かんできました。
特に記憶に残ってるのは「日本歌謡選手権」の審査員の折
未だ「かぐや姫」時代の南こうせつさんに激高した船村さんが忘れられません。ジャンルの相違から意見が対立~ハラハラドキドキの展開でした。船村さんの文化勲章受章には心からの喝さいを贈ったものです。

投稿: りんご | 2017年2月20日 (月) 19時52分

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