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ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞・作曲:鈴木道明、唄:越路吹雪

1 小雨降る夜は なぜか淋しくて
  しんみりあなたと お話したいの
  なんにもいわずに 別れたあの夜
  つれない方と
  うらんでますのよ
  ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー
  やるせない雨よ

2 小窓うつ音は 雨のささやきか
  しみじみあなたを 想い出してるの
  あなたがいるなら なんにもいらない
  せめてもう一度
  いわせてアイ・ラブ・ユー
  ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー
  やるせない雨よ

《蛇足》 オリンピックを翌年に控え、東京の至る所で工事が行われていた昭和38年(1963)の末に発表されました。
 翌年発表された『ウナ・セラ・ディ東京』や、昭和43年
(1968)リリースの『コモエスタ赤坂』などとともに、国際都市トーキョーを感じさせる歌でした。

 ところで、この歌は、著作権を巡って裁判になったことで有名です。ハリー・ワレン(Harry Warren)作曲の『The Boulevard of Broken Dreams』の盗作だとして、この曲の日本における著作権を保有している音楽会社から訴えられたのです。
 ワレンの曲は、1933年にパリで制作され、
1934年のアメリカ映画『ムーラン・ルージュ』の主題歌として使われたもので、今でもよく演奏されます。

 10年以上にわたって争われましたが、結局、昭和53年(1978)9月、シロ、すなわち盗作ではないという最高裁判決(最高裁第一小法廷 昭和50年〔オ〕第324号)が出て決着しました。
 判決の要旨は次のとおりです。『The Boulevard of Broken Dreams』をA曲、『ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー』をB曲とします。

(1)A曲は、B曲が作曲された昭和38年ごろまで、音楽の専門家や愛好家の一部に知られていただけで、だれでも知っているというほど有名ではなかった。

(2)B曲の作曲者は、膨大な楽譜を保有する放送局(東京放送)に勤務し、一時レコード係を務めており、昭和38年当時は演出部長として音楽番組を含むテレビ番組の制作責任者だったが、A曲を知っていたとする特段の事情は認められない。

(3)B曲にはA曲と類似する部分があるが、それは流行歌ではよく使われるメロディで、偶然類似した可能性があるうえに、A曲にはないメロディが含まれている。

 というわけでシロになったわけです。盗作と認められるには、元の曲に基づいて作曲されたというはっきりした証拠、すなわち依拠性の証明が必要とされています。

 この判決で、よくわからないことが2つあります。『The Boulevard of Broken Dreams』は、この当時すでに『夢破れし並木道』という邦訳題名でレコード(フランク・チャックスフィールド楽団)が販売されていたし、キャバレーなどでもよく演奏されていました。そうしたことを考えると、(1)の判断はかなり主観的という感じがします。
 また、(1)と(2)の間、および(2)の前段と後段の間には飛躍があり、論理的な整合性という点で疑問が残ります。

 鈴木道明は、『赤坂の夜は更けて』『女の意地』など、ムーディな名曲をいくつも作った才能のある作曲家ですから、意識的に『The Boulevard of Broken Dreams』に依拠して作曲したとは考えられません。
 しかし、その音楽経歴のなかで脳裏に刻まれていたメロディが無意識に出てしまったということは考えられないでしょうか。それを依拠性と判断するかどうかで判決は変わってくるような気がします。

(二木紘三)

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コメント

この歌はMIDI歌声喫茶ではじめて知りました。とても変わった、それでいていい曲なのに、物議を引き起こしたとのこと、なかなか面白い解説でした。越路吹雪さんが歌ったそうなので、CDを捜して歩きましたが見つからず、代わりに西田佐知子さんのCDを借りて聴きました。テンポのゆったりとした曲で、マネをした曲とはちがった趣でいいものでした。たしかに似ていますが、それならもう少し違ったメロディにできそうなものとも思います。この曲にこの物語があることを知ったことだけでも嬉しく思います。

投稿: 男塊乗せ台 | 2007年9月25日 (火) 20時47分

どう聞いても盗作としか考えられません。メロディーラインがあらゆるところで酷似しています。鈴木道明さんは作曲家としていろんな音楽を研究していたはずですから、このメロディーを知らないはずがないと思います。意図的にではなく、忙しい生活の中で偶然このメロディーが頭から出て、自分の曲と勘違いしてしまったというのが本当のことだと思います。「疑わしきは罰せず」が大原則の法廷ですが、ほかの場面で真犯人もずいぶん見逃されてきたんだろうなと思いました。

投稿: ferriswheel | 2008年8月 3日 (日) 04時46分

 この歌を初めて歌ったのはたしか「和田弘とマヒナスターズ」ではなかったかと,記憶もややあいまいですが....。
二木先生の<蛇足>を読み押入れにしまっていたCapital Records LP「The Gilded Hawk(ホーキンズイン・ザ・ムード」(Tokyo Shibaura Electric Co.,Ltd)の
<Boulevard of Brorken Dreams・夢破れしはこの街>を聴きました。
1904年生まれテナー・サックスの大御所コールマン・ホーキンズが53歳の時、グレン・オッサー指揮のオーケストラをバックに艶のある豊かな音色で聴かせるこの曲は、確かに「ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー」に曲の全体もよく似ており部分的なフレーズは全くそっくりです。
 しかし私はどちらも好きです。まして以後のジャズサックスプレヤーに最も影響を与えたC.H の名演奏も、マヒナや越路の歌唱力共に『盗作』を超越した各々の持ち歌(曲)として賛美したいとの思いでいっぱいです。
 
 私事、地域や学校のミニコンサート等で歌っていただきたいと、
♪=160・スイング:「子どもたちは地球の宝!すばらし未来」1.お日さまが笑ってる 明るい光のメロディ みんなで走ろうよ 新しい出会いへ そして歌おう ぼくたちの すばらしいいのちを 手をつなぎ胸はって 大空に向かって  2.そよ風が運んでる やさしい愛のリズム みんなで歩こうよ 希望も輝く そして歌おう 私たちの すばらしいのちを 手をつなぎ胸はって 大地のかなたへ  3.(スローで)お月さまお星さま すてきな夢のハーモニー みんなで祈ろうよ 平和と幸せ (もとのテンポ)そして歌おう 子どもたちの すばらしい未来を 手をつなぎ胸はって 世界の果てまで 世界の果てまで 世界の果てまで   を作詞・作曲し現在編曲依頼中で、同じく作詞・作曲の「豊中賛歌」の2曲を、」来年早々にはCD化の予定(歌・演奏者は現在未定)で、盗作にならないよう十二分に調査して
つくりました。
 リタイヤ数年後の現在、40数年間お世話になった地域へ少しでもお役に立てればと、地域活動・ボランティア9グループに所属、<Happy>毎日です。皆さんおおきに!!

投稿: 尾谷 光紀 | 2008年8月22日 (金) 22時10分

 私が持っている全音楽譜出版社の「流行歌2100曲 日本の詩情」(昭和49年までの歌が載っています)によりますと、この歌は、昭和39年、アントニオ古賀 唄になっています。越路吹雪も歌っていたのですね。この二人の歌を私は多分聞いていませんが、西田佐知子と和田弘とマヒナスターズの歌は聞いており、その当時、都会的なすてきな曲だと思いました。マヒナのほうがジャズ風に(?)アレンジされていたように感じました。
 結局、この歌は数名がレコーディングしているんでしょうか?盗作問題でもめたということは知りませんでした。今でも私の好きな歌です。

投稿: 吟二 | 2008年10月25日 (土) 23時09分

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