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ダニー・ボーイ

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


アイルランド民謡、作詞:F. E. Weatherly
日本語詞:なかにし礼

1 おおダニーボーイ いとしきわが子よ
  いずこに今日は眠る いくさに疲れた体を
  やすめるすべはあるか
  おまえに心を痛めて 眠れぬ夜を過ごす
  老いたるこの母の胸に おおダニーボーイ
  おおダニーボーイ 帰れ

2 おおダニーボーイ いとしきわが子よ
  たよりもすでに途絶え はるかなその地のはてにも
  花咲く春はくるか
  祖国に命をあずけた おまえの無事を祈る
  老いたるこの母の胸に おおダニーボーイ
  おおダニーボーイ 帰れ

                     Danny Boy

1. Oh, Danny boy, the pipes, the pipes are calling,
   From glen to glen and down the mountain side;
   Summer's gone, and all the flow'rs are dying;
   'Tis you, 'tis you must go, and I must bide.
   But come you back when summer's in the meadow,
   Or when the valley's hushed and white with snow;
   'Til I'll be there in sunshine or in shadow;
   Danny boy, Oh Danny boy, I love you so.

2. But come ye back when all the flowers are dying,
   If I am dead, as dead I well may be.
   You'll come and see the place where I am lying,
   And say an "Ave" there for me.
   And I shall hear, 'though soft you tread around me,
   And all my dreams will warm and sweeter be,
   If you will only tell me you love me,
   Then I'll sleep in peace, until you waken me

.《蛇足》 イギリスの法律家で作詞家のフレデリック・エドワード・ウェザリ(1848~1929)は、1910年に『ダニー・ボーイ』という詞を書きました。
 これにつける適当なメロディがないまま寝かせておいたところ、2年後の1912年、アメリカに住んでいた義妹が『ロンドンデリー・エア』の楽譜を送ってきました。

 それを見たウェザリは、『ダニー・ボーイ』がこの曲によく合うことに気がつき、元の詞を若干手直しして、このメロディに当てはめました。『ダニー・ボーイ』は1913年にニューヨークで発行され、まもなく世界に広まりました。

 ウェザリの詞は、私には恋の歌に思われるのですが、母子の別れの歌とする説が強いようです。

 2番の最初の行の「all the flowers are dying」のところを、「all the world is dying」や「all the roses are dying」としているヴァリアントもあります。「all the world is dying」だと、出征したわが子を思う母の思いというイメージが強くなります。
 『ダニー・ボーイ』が発行された年は、第一次世界大戦勃発の前年で、世界中が戦争の予感におびえていたときでした。

(二木紘三)

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コメント

私のベスト1の曲はこのダニーボーイです。いつもラストソングとして聴かせていただいています。 途中からのバグパイプの演奏がなんとも言えず最高です。ある映画のなかでイギリス出身の人の葬儀のときこの曲を全員で歌っているの見ましたが私も同じ様にしてもらいたいと思いました。まだ先の話ですが、、、。

投稿: 白川賀博 | 2008年6月23日 (月) 02時58分

タオルケットをもう一度2というフリーゲームでこの曲を聴き、虜にされてしまいました。
改めて、原曲の歌詞と供に聞くダニーボーイ。カントリーな雰囲気と供に伝わってくる悲壮感が心を強く締め付けてきます。
たしかに、名曲です。

midiでハープバージョンで作られている物が更に悲壮感が増しています。一度聞いてみてください。

投稿: | 2008年8月 9日 (土) 15時21分


 この「Danny Boy」は30年程前にハリー・ベラホンテのドーナツ盤で聴き、特に<・・・Oh Danny boy, oh Danny boy, I love you so・・・>のフレーズとシル・オースチンのテナー・サックスソロにどっぷりとハマってしまいました。
 リタイヤ数年後の`06年6月からただこの1曲だけでもマスターしたいとの思いで、ヤマハ音楽教室でソプラノ・サックスのレッスンに通い始め、翌年の3/18の『ヤマハKankara Festa 2007 西日本大会』に予選をクリアして出場しました。
曲の内容の紹介は
  <Oh Danny boy, the pipes, the pipes, a calling.(歌って)→いずこに今日は眠る~~老いたるこの母の胸に帰れ(台詞)→
  Oh Danny boy, Oh boy, I love you so.(歌って)→では、私 オ・タニー・オールドボーイがアレンジをしましたフレーズも
  聴いて下さい!> → S.saxの演奏
 結果は出場者31組の内全国大会行きの4組には入れませんでしたが、“審査員特別賞”を頂きました。
これも二木先生の「うた物語」からこの歌の背景を知り詞を使わせて頂いた賜物だと心から感謝を致しております。
遅くなりましたが本当に有難う御座いました。
 
 現在68歳ですが、“やれば出来ます!” 特に熟年以上の皆さん!トライして<それなりの青春>を謳歌しましょう。

投稿: 尾谷 光紀 | 2008年9月 4日 (木) 16時40分

この曲をはじめて知ったのは、アイルランド民謡「ロンドンデリーの歌」(津川主一訳詞)として中学のとき習ったときです。その後、日本では1960年代にハリーべラフォンテが同じ歌を「ダニーボーイ」として歌って大ヒットしましたね。「ダニーボーイ」(「ロンドンデリーの歌」ではなく)はこの頃出来た歌なのかと思っていたのですが、二木先生の解説によると、ずっと古く戦前からあった歌なのですね!ハリーベラフォンテをはじめたくさんの歌手がこの歌を歌っていますが、私はべラフォンテ以外では、コニ―フランシスがこの歌をたいへんドラマティックに歌いあげていて大好きです。また高橋源太郎が日本語(と英語の歌詞)で歌うこの歌を昔ラジオでよく聴いていたことを思い出します。

投稿: KeiichiKoda | 2012年8月31日 (金) 09時20分

上のコメントへの追記です。コニ―フランシスのダニーボーイはあまり知られていないかもしれないので、YouTubeのURLを書いてきますと
http://www.youtube.com/watch?v=ee119Rs6QGg
です。ハリーべラフォンテのは
http://www.youtube.com/watch?v=rgo8NDSI-HQ
です。ダニーボーイのお好きな方、両歌手の歌を味わってください。

投稿: KeiichiKoda | 2012年9月 1日 (土) 09時58分

「ロンドンデリーの歌」の方の演奏ばかりを私は聴いていましたが、「ダニーボーイ」のアレンジも魅力的ですね。最近、「赤毛のアン・シリーズ」の十巻目、「アンの娘リラ」を久しぶりに再読しました。九巻の終わり頃では「笛吹きがやってくる…」と、リラの兄ウォルターが戦争の予感を言いあらわし、十巻では第一次世界大戦が始まります。アンの息子たち三人も、町の若者たちも、次々に入隊し、ウォルターはリラに美しい手紙を書いた翌日、フランスで戦死するのです……。そこに描かれている、戦地の息子を兄弟を恋人を思う女性たちの気持は、そのままこの歌に重なるような気がしました。
KeiichiKodaさまご紹介のダニーボーイも聴きながら続きを読み、四年ぶりに帰還した恋人のケンが「リラ・マイ・リラ」と軍服のまま現れるラストのあたりで、ようやく救われたような気持ちになりました。

投稿: 眠り草 | 2012年9月25日 (火) 20時32分

KeiictiKodaさん 
 前にコメントをしましたがハリー・ベラホンテの「ダニー・ボーイ」がもう最高で、httpでの紹介のノウハウを知らなかったので感謝しています。
コニー・フランシスはその昔「カラーに口紅」「ボーイ・ハント(日本語で)」等を良く聴いていました。

眠り草さん
 歌と共にテナーサックスによるシル・オースチンの「ダニー・ボーイ」を是非聴いて下さい。
インターネットで《シルオースチンダニーボーイ》を入力→検索で聴かれると思います。

投稿: 尾谷光紀 | 2012年9月26日 (水) 15時52分

尾谷光紀(オ・タニー・オールドボーイ)さま
おすすめの演奏を検索して聴きました。ダニーボーイは、ハリー・ベラフォンテしか記憶に残っていなくて、コニー・フランシスのも初めて聴いたような気がします。シル・オースティンの演奏も素晴らしいと思いました。二木先生はじめ皆様のおかげで、少しずつ世界が広がるような気がします。
「アンの娘リラ」…前のコメントの続きですが、ウォルターの手紙の中には「…虹の谷には しおんがいっぱいたのしく咲き乱れているだろうーー僕らの『夏去りぬ(フェアウェル・サマー)』がね。…」と書かれています。「笛吹き」といい、どことなくウェザリの詩と響きあうような気がするのです。偶然なのでしょうが…。(オールド・ガールより)

投稿: 眠り草 | 2012年9月26日 (水) 19時06分

ダニーボーイ好きの皆様へ
私も「ダニーボーイ」は世界で最も美しい歌の一つではないかと考える一人です。「ダニーボーイ」はハリーべラフォンテをはじめたくさんの歌手が歌っていることは上で書いたとおりですが、私の大好きな歌手―1964年に飛行機事故で亡くなったカントリーウェスタンの歌手―ジムリーブズ(Jim Reeves)の名前を挙げるのを忘れていました。YouTubeには彼の「ダニーボーイ」がアップされていました(↓)

http://www.youtube.com/watch?v=GO9V7NhWdJ8

彼の美声でDanny Boyをお楽しみください。Jim Reevesには「黒枠の手紙」(The Letter Edged in Black)というカントリーの名曲があり、この歌を聞くと、いつも涙が出ます。著作権の関係でしょうか、YouTubeにアップされていないようです。ご紹介できないのが残念です。

投稿: KeiichiKoda | 2012年9月28日 (金) 15時03分

上のDanny Boyへの追記です。Danny Boy好きの皆さまはJim ReevesのDanny Boyはお楽しみいただけでしょうか?上のコメントで書いた、同じ歌手による私の大好きなLetter Edged in Blackをついに見つけました(というより、これを書いた後アップされたようです。)彼のDanny Boyを聴いてお好きになった方は以下(↓)の歌もぜひお聴きください。また二木先生にはぜひこの歌にまつわる解説をしていただく機会があればたいへんうれしいのですが。。。
http://www.youtube.com/watch?v=tP8x8DLI6AE

投稿: KeiichiKoda | 2012年11月11日 (日) 16時49分

眠り草様 KeiichiKoda様
Danny・Boyの情報をありがとうございました。
ハリー・ベラフォンテの歌に目覚め、シル・オースチンのテナーサックスによるサブ・トーン(歌で言えば息に声をのせる発声法で一般にはハスキー・ボイス)に酔い、今はアルトサックスの矢野沙織(25歳)嬢にハマっています。
特に16歳の時に作曲した「砂とスカート」の3回目のアルバム『Answer Saori yano』は、ピアノとベースとマレットで叩くリズムと、A.saxでは誰も出した記録も無いチョウちょう超サブトーンが、過去も夢も蟻地獄のような砂に埋もれていく・・・そんな名演奏です!
facebookでも書きましたが今年3回もライブにそしてツウショットも、彼女とご主人には“ジャズの殿堂入りへ・・・”などと。
しかし彼女の『SAORI YANO Little Tink』での「Danny Boy」は2コーラス半をサラット吹いていて、歌の“帰れ”の部分がおなじ音なのが僅か気になりましたが・・・。

投稿: 尾谷光紀 | 2012年11月11日 (日) 23時37分

よいサイトをありがとうございます。
 私は今、ニュージーランドにおり、老人ホームのアクティビティーなどを企画しています。こちらのお年寄りたちになじみのある英語の歌を学んで、レクリエーションで活用させていただきたいと思います。~家族や大切な人とともに暮らせない人たちの思いを、すこしでもいやすことができれば、とてもうれしいです。
 ちなみに、以下、原文になるべく忠実にわたしなりの訳をつけてみました。気に入っていただけるとうれしいです。
 ふるさとへの思いもこめて。

1;Oh Danny Boy 谷へ山へとバグパイプがこだまする
 夏が過ぎ バラたちも散り きみの旅立つとき
 でもまた かえっておいで 草もゆる日も 雪の日も
 君をまっているよ ここで
 Oh Danny Boy 君を愛してる

2;いつの日か 君とも永久の 別れの日が来るだろう
 そのときは 私のために どうか祈っておくれ
 君の祈りを聞くならば やさしいやすらぎを得
 また会える日も来るだろう
 Oh Danny Boy 君を愛してる

投稿: 榛木久実 | 2012年12月14日 (金) 04時22分

「all the world is dying」は戦争勃発後、戦争さなかに歌われたのではないでしょうか。今年は一次大戦百年目、各国各地各局各紙で記念行事・特集があり、継続中。先週ベルギー版TVと慰霊ニュースを見たばかりです。1914年7月28日オーストリア・ハンガリー帝国がセルビアに宣戦布告、対して直ぐにロシアが動員発令、人類最悪最大の殺戮が始まります。all the world is dyingはその悲痛の表現に思われてなりません。

まもない10月西フランダースIeperにて本格的激突に入る。一次イーペル戦の一月余で連合/中央同盟の両陣営あわせ戦死25万。大英帝国軍の一翼カナダ派遣軍二個師団にノヴァスコシア州からの四個大隊が含まれています。彼等はNova Scotiaゆえ、先祖故郷スコットランドHighlanders名で知られます。例えば1915年、州都ハリファックスに組まれた第85予備歩兵部隊は二年後に大西洋を越え、その10月三次イーペル戦に投入されます。三ヵ月余の戦いで双方合わせ戦死45万、重傷者を加えると百万になる勘定。

眠り草さんご説明「十巻では第一次世界大戦が始まります。アンの息子たち三人も、町の若者たちも、次々に入隊し」たのは、上述のハイランダーズですね。作家L.M.モンゴメリーその人の日々が綴られている…、彼女の知る母親たちに息子たちの死が伝えられる日常。渡海したカナダ軍2万の内、再びハリファックス港に帰ったのは4千名でした。

むかし緩やかに耳に入った旋律、ダニーボーイを無理に戦争にリンクさせるのはいけませんが、なかにし礼の「祖国に命をあずけた」はall the world is dyingからなんですね。赤毛のアンで「四年ぶりに帰還した恋人のケン」の場面が用意されていると聞き、プリンス・エドワード島にもある慰霊記念地の芝緑が、おかしいですが、なぜか浮かんできました。

投稿: minatoya | 2014年12月 4日 (木) 05時48分

 すでに子育ての時期は遠い昔になってしまった母親ですが、親って幾つになっても親なのですね。子を思う親心の歌詞にはいつも涙腺が緩んで仕方がありません。
 2012年の眠り草様、2014年のminatoya様の投稿文を拝読して久々振りに「アン」に出会いました。私が「赤毛のアン」を読み始めたのは小学6年の時でした。元来夢想家の私はアン・シャリーが大好きになり、密かに登校中の樹の木漏れ日の射す道に名前をつけたりして、ひとり悦に入っていました。(都内には自然の風景などはなかったのですが)確か4巻か5巻目の翻訳がまだ書店に出ていなく、とても待ち遠しかったのを思い出します。私も10巻まで持っています。ページがすっかり茶けています。子育てで辛い時にはよくこのシリーズを引っ張り出し再読して気を紛らわしていました。
 どこまで元気に生きられるか分からない歳になって身辺整理をしました。その時、娘と息子に私の棺の中にこの「赤毛のアン」10巻と「あしながおじさん」をいれてねと申し伝えました。ついでに私を送る歌として「のっぽの古時計」を皆なで歌ってねと注文しておきました。娘に「お父さんを置いていかないでね」と頼まれてしまいましたので、夫を残してまだ死ねません。7歳年上の夫ですが、夫のちょっとした仕草が可愛いなーと思うことが多々あります。そんな夫を見るにつけ、私はまだまだ元気でいなければと日々を送っています。
 ちょっとおしゃべりが過ぎてしまいました。久々振りのアンとの再会でうれしくなってしまいました。お許しください。

投稿: konoha | 2017年2月 1日 (水) 12時41分

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