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シャボン玉

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作詞:野口雨情、作曲:中山晋平

1 しゃぼん玉飛んだ 屋根まで飛んだ
  屋根まで飛んで こわれて消えた

2 しゃぼん玉消えた 飛ばずに消えた
  生まれてすぐに こわれて消えた

  風、風吹くな しゃぼん玉飛ばそ

《蛇足》 野口雨情・中山晋平のコンビは、大人の歌から童謡まで、数多くの名曲を生み出しましたが、これもその1つです。
 詞は大正11年(1922)、児童雑誌『金の塔』1月号に発表されれました。

 長田暁二著『母と子のうた100選』(平成元年〈1989〉4月には、大正9年(1920)、雨情が作曲家の中山晋平や歌手の佐藤千夜子とともに四国徳島で自作童謡普及の演奏旅行中、2歳の娘が亡くなってしまい、その娘への鎮魂の思いを込めて綴ったのがこの詞だ、と書かれてます。

 しかし、雨情の子でこの年に亡くなった子はいません。大正10年(1921)11月17日に生まれた四女・恒子は2歳10か月で亡くなっていますが、 この童謡の掲載時には存命中で、亡くなったのは同13年(1924)9月23日です。

 ただ、明治41年(1908)3月15日に生まれた長女みどりは、その8日後に亡くなっています。雨情は、恒子が生まれたとき、「生まれてすぐに消えた」みどりのことを思い出し、哀切の思いを新たにしたのではないでしょうか。
 そう思って2番の歌詞を読むと、何か胸に痛切に迫ってくるものがあります。

(二木紘三)

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コメント

すばらしい童謡です。ただ2節ですが人間のありようも詠っている感じです。飛んでも飛ばなくても壊れて消えるシャボン玉。しかし出来れば屋根までも飛んで消えさせたい。メロディーもす晴らし。口ずさみたい。

投稿: 波路 | 2008年8月25日 (月) 20時37分

子供の頃から 何気なく歌っていましたが
蛇足を読み この詩には そんな 裏話がある事
はじめて 知りました。
浜千鳥もこの唄も好きですが
どちらも とても哀しくなってきます。
親子の情愛でしょうか。

投稿: (青果) 川本 | 2008年10月21日 (火) 22時50分

2番の後、「風 風 吹くな」の前に:
  シャボン玉飛ばそ
  天まで飛ばそ
  天まで飛んで
  お空で消えた
と歌っておりましたが、子供の私の出任せだったのか、それとも似たようなバージョンがどこかにあったのでしょうか?

投稿: dorule | 2014年2月21日 (金) 11時19分

雨情の詞は子供が抵抗なく歌えるものでありながら、大人には何かを考えさせる深い唄だと思います。「こわれて消えた」には胸がじんとくるものがあります。人生いろんな局面にある喪失感というものでしょうか。先生はまだおとりあげになっていませんが、「七つの子」も議論を呼ぶ歌で、雨情あるいは知り合いの7歳位の子供とその親が語らいながら日暮れ道を家路につく光景を想像します。

投稿: しょうちゃん | 2015年4月 1日 (水) 22時11分

むかしの童謡は、元は暗く悲しい物語があるとよく言われます。ですからこの歌は、実はむかし貧乏のために人買いに売られ、子供のころから吉原のようなところで働いている女郎が、高い塀の外に憧れながら出られぬ悲しさをシャボン玉に託して、「ああ、あの外に自由に行きたいな」という思いを童謡に託したものだと、私は何となく思っていました。

でも、二木先生の解説を見て、事実はそうじゃないことが分かり何かほっとしました。亡くなった我が子への哀切極まりない親の愛情が胸を打ちます。でも、もし私が思っていたストーリーだとしても、つじつまが合うような気もします。変なことを考えてすみません。

投稿: 吟二 | 2017年9月 1日 (金) 22時46分

dorule様に同意です。
私もそんな風に歌った気がします。詩の背景を知らない大人にとっては、2番には哀しみというより何か不安なもの不吉なものが感ぜられるのではないでしょうか。

投稿: yoko | 2017年9月 2日 (土) 00時10分

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