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別れ

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


ドイツ民謡、日本語詞:山本学治

1 遠い町へ 今日旅立つ
  旅立つ おまえを残し
  戻ってきたら 真っ先に
  真っ先に おまえに逢おう
  いつもそばにいられたら
  どんなに楽しかろう
  戻ってきたら 真っ先に
  真っ先に おまえに逢おう

2 わたしの門出を おまえは
  おまえは なぜにそう嘆く
  きれいな娘 見たとて
  見たとて 浮気はしない
  心は変わらぬに
  どうして嘆く
  きれいな娘 見たとて
  見たとて 浮気はしない

3 葡萄みのる頃 かならず
  かならず 戻ってこよう
  おまえが待ってて くれたら
  くれたら 一緒になろう
  やがて年期があけて
  二人の時がくる
  おまえが待ってて くれたら
  くれたら 一緒になろう

       Abschied
(Muß i denn zum Städtele hinaus)

1.  Muß i denn, muß i denn,
    zum Städtele 'naus, Städtele 'naus
    und du, mein Schatz, bleibst hier?
    Wenn i komm, wenn i komm,
    wenn i wiedrum komm, wiedrum komm,
    kehr i ein, mein Schatz bei dir!
    Kann i glei net aliweil bei dir sein,
    han i doch mein Freud an dir;
    wenn i komm, wenn i komm,
    wenn i wiedrum komm, wiedrum komm,
    kehr i ein, mein Schatz, bei dir!

2.  Wie du weinst, wie du weinst,
    daß i wandere muß, wandere muß,
    wie wenn d'Lieb jetzt wär vorbei!
    Sind au drauß, sind au drauß
    der Mädele viel, Mädele viel,
    lieber Schatz, i bleib dir treu.
    Denk du net, wenn i ne andre seh,
    no sei mein' Lieb vorbei!
    Sind au drauß, sind au drauß
    der Mädele viel, Mädele viel,
    lieber Schatz, i bleib dir treu.

3.  Übers Jahr, übers Jahr,
    wenn me Träubele schneid't,
    Träubele schneid't,
    stell i hier mi wiedrum ein.
    Bin i dann, bin i dann
    dein Schätzele noch, Schätzele noch,
    so soll die Hochzeit sein.
    Übers Jahr, da ist mein Zeit vorbei,
    da g'hör i mein und dein.
    Bin i dann, bin i dann
    dein Schätzele noch, Schätzele noch,
    so soll die Hochzeit sein.

《蛇足》 ドイツ・シュヴァーベン地方の民謡。
 1番の歌詞は元の民謡のものですが、2番と3番は1824年にハインリッヒ・ヴァグナーが付け足したものです。

 ドイツの職人世界で伝統的なWalze(ヴァルツェ)、すなわち遍歴修業に出かける情景を歌った歌です。
 職人を目指す者は、ドイツ各地のMeister
(マイスター)=親方を訪ねて回り、徒弟奉公しながら腕を磨くのが伝統でした。技術を上げた者は、やがて親方になっていきます。
 こうした伝統は、少しかたちを変えて、今も続いています。

 元のタイトルは"Muß i denn zum Städtele hinaus"ですが、長いので、「別れ」を意味する"Abschied"が通称となったようです。日本のコーラスグループの人たちは、出だしの繰り返しのところを「ムシデン」と読んでいたところから、この曲をムシデンと呼ぶ人たちもいます。Muß i dennの「i」はich(私)の方言。

 上の日本語詞は原詩に近い訳ですが、子どもたちにはなじみの薄い内容だということで、小中学校では次の歌詞で教えられていました。

作詞:夏目利江

1 さらばさらば 我がふるさと
  ふるさと遠く 旅ゆく
  さらばさらば 我がふるさと
  ふるさと遠く 旅ゆく
  いざ共にぞ忍べ しばしの別れ
  さらばさらば 我がふるさと
  ふるさと 今別れゆく

2 いつの日にか このふるさと
  ふるさと訪ね 相見る
  いつの日にか このふるさと
  ふるさと訪ね 相見る
  いざ思いを秘めよ かたみの胸に
  山よ川よ ああ父母(ちちはは)
  父母(ちちはは) またいつの日に

(二木紘三)

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コメント

「ムシデン」の歌詞の意味、辞書を引いても分からない言葉ばかりで、こちらの訳は、役に立ちます。どうも有難うございます。
夏目利江作の詩で気になることが一点あります。
「形見の胸」ですが、作者自身がこう書かれているのなら、やむを得ませんが、岩波古語辞典などを参考にすると「互(かたみ)の胸」または「片身の胸」が正しいと思います。

投稿: 小林  昭 | 2007年9月16日 (日) 15時35分

懐かしく聞かせていただきました。昔、ハイキングなどでこの歌を歌いましたが、「ムシデン」の意味が理解できず、ドイツ語を勉強していたのに、何で「虫でん」なのか。「でんでんむし」がどうしたのかと納得いかず笑われたこと、今はもう会うこともなくなった仲間の顔を思い出しました。ところで、zum Städtele hinausですが、このzu は方向を示すものでなく、zu ... hinaus とあわせて起点を表しているものです。「遠い町へ旅立つ」のではなく、「この町から旅立つ」で、その意味では夏目訳の「さらばさらば 我がふるさと」のほうが原詩の意味に忠実と思います。ただ日本語としたとき、「遠い町へ」のほうが良いのかもしれません。

投稿: n.n. | 2007年9月29日 (土) 23時14分

こんばんは。はじめまして。
ひとつお尋ねしたいことが、あるのですが。昭和40年代に歌声喫茶で聴いた曲で、「別れた人」と記憶しているのですが、ご存知でしょうか?是非、お教えください。よろしくお願いします。

投稿: タケヤン4 | 2008年3月26日 (水) 22時47分

職人を目指して修行に出かける若者気持ちが素直に表現されている良い詩ですね。

投稿: 三瓶 | 2008年9月11日 (木) 17時29分

ムシデン ! この曲は50年間毎日のように聞いています。ほかはlindenbaum ,
mexican hat dance それとchopin mazurka b major #7ぐらいです。

投稿: ntai | 2010年3月27日 (土) 21時39分

こんばんわ。はじめまして。半年ほど前、偶然にこのコーナーを発見して、時々聞きながら歌っています。本当に懐かしい歌ばかりです。外国の民謡はいいものが多いですね。
この歌も多分学生の頃に覚えた歌の一つですが、私がおぼえている歌詞は、うろ覚えですが、
さらば さらば わが友
しばしの別れぞ いまは
さらば さらば わが友
しばしの別れぞ 今は
~~~~~とも 心は一つ
いつの日にか  またあいみん
さきくませ   わが友

です。~の所は思い出せません。
私の出身は沖縄です。

投稿: 上原  | 2010年4月18日 (日) 22時01分

上原様
ご質問の件、私の記憶によれば「身は離れ行くとも心は一つ」です。中学生の頃授業で習ったと思います。ただ悪ガキは「身が離れて行けば心は二つ」と歌い先生に叱られたものでした。

投稿: なとりがおか | 2010年4月19日 (月) 22時06分

なとりがおか様
忘れていた部分の歌詞を教えていただき、ありがとうございました。他の歌詞はまちがっていないということですね。思い出せずにモヤモヤしていた頭がすっきりいたしました。私は昭和27年生まれですが、学生の頃に覚えた歌は本当に何十年経っても忘れないものですね。
本当にありがとうございました。

投稿: 上原 | 2010年4月21日 (水) 15時10分

「わかれ」岡本敏明 作詞 2番があります。 

http://www.utagoekissa.com/ 上の「50音」から行って下さい。

投稿: なち | 2010年4月21日 (水) 15時52分

なち様
ありがとうございました。
2番の歌詞見つけました。今までは自信がなく歌っていました。{さきくませ}は本当にそんな歌詞だったのか不安でしたが、間違っていませんでした。2番の歌詞は全く覚えていませんでした。これからも時々は歌いたいと思います。ありがとうございました。 

投稿: 上原 | 2010年4月23日 (金) 22時57分

私事で恐れ入ります。
八十歳を迎えようとする母が、ヴィイオリンを
習い始めました。アマリリスなど短いものから始まり、
週一回のレッスンを楽しみに日々ゆるゆると励んで、
只今、取り組んでおりますのが、この曲です。
練習の音を漏れ聞き、文語調の美文のおかげか、
何十年も前に歌った歌詞(岡本敏明 詞)が
自ずと口からこぼれ落ちました。
 
 かつて、初めて耳にした少女の心には、何故か
徴兵や死出の旅路に向かうではない別れのように思われ、根拠なく、漢詩の遊子の己を磨く道のりを歩み続ける
旅の趣き漠然と感じておりました。
ご縁がございましたのでしょうか、本日こちらを
拝見させて頂き、大層嬉しゅうございました。
有り難うございました。
 

投稿: 少納言 | 2011年9月30日 (金) 22時05分

米国中西部の小さな町に住み、近所の老人ホームで、ダルシマーというシターのような楽器を抱えて、音楽ボランティアをしています。昔うたった歌は最後まで記憶に残るようなので、特にこの地方はドイツ系の人たちが多くドイツ民謡を選んで奏でていますが、ムシデンの意味を調べていて、このサイトにたどり着きました。こんな素晴らしい情報が居ながらに手に入るのですから、いい時代になりました。ありがとうございます。これからも利用させていただきます。

投稿: テリサ | 2012年1月23日 (月) 00時19分

n.n.さんのご投稿を拝見。起点hinaus(aus)と方向(nach..zu)の前置詞を超える言語、と言うか作詞文学上の違いが独-日語間にあるかもと興が湧きました。確かにシュヴァーベン元歌を逐語訳すると、日本語歌詞としてはサマにならない感じがいたしますね。

ドイツ第3帝国の12年間に、起点と方向をそのままにしたり、変えたりする替え歌が歌われたようです。ユダヤ人狩りに於いて、ナチズムによる嘲笑として、逆にドイツ市民であるユダヤ人が強制収容への悲痛な怒りを込めた悲歌として、歌われ取り上げられたようです。

この民謡の出に近いバイエルンのダッハウ強制収容所の解放寸前1945年4月末、ブッフェンワルトから終点のダッハウへぎゅう詰で移送された彼らも歌ったそうです..zur Buchenwald hinaus...

ムシデン・ムシデンと貨物車で別れを歌った収容者殆どが死んでいるのを貨物車を見聞した米軍兵士たちが見つけた。替え唄は世につれ、世は歌に連れ…。この場合は狂気の民族国家社会主義ですが、21世紀にもかなりのそっくり独裁者たちが同胞の人々にムシデンムシデンを歌わせているのでは…。 

投稿: TangoMinato | 2012年3月 7日 (水) 08時43分

TangoMinato さんのコメントに胸を打たれました。n.n.さんのご指摘通り「遠い町へ今日旅立つ」は、誤解とも言えるでしょうが、物語としてはその通りですね。この歌は戦争中に四国の旧制松山高校の従兄がドイツ語で歌うのを聴いて感動、それが何としても旧制高校へ行きたいと思わせた理由の一つでした。六三制に伴う廃校直前で、中学を普通にやってからでは間に合わないので、4年終了で松本高校へ駆け込み、本来なら憧れのはずのドッペリ(留年)はせず、旧制最後の卒業生だぞと妙な自慢ができるのもこの歌のおかげだったなあと思い出します。当時私たちはこの歌を「ムシデン」よりもリフレンから「ヴェニコム」と呼んでいました。邦訳はこの詩が最高ですね。のちにいろいろな訳詞で歌われることを知り、ロマンチックなもの、ハイキング向け、それぞれいいところを認めますが、1950年代にこの訳を聴いた時、これこそ原詩の田舎風な職人見習いの心意気を現代日本語にありありと写しだした傑作と感じて、以後もっぱらこれで歌っています。最初みた楽譜に「東大音感合唱研究会訳」とあったように記憶しますが、山本学治氏は音感合唱研究会にかかわっておいでだったのでしょうか? ご存じでしたら教えていただければありがたく存じます。
 最近フランス映画「海の牙 Les maudits」を何度目かに見て、Uボートの水兵たちが歌うカットがあるのに気づいておどろきました。ルネ・クレマンもこのドイツ民謡が好きだったのでしょうか。

投稿: dorule | 2012年9月 6日 (木) 09時46分

なつかしい歌ですね。Wikipediaのドイツ語版、英語版
https://en.wikipedia.org/wiki/Muss_i_denn
のどちらが正しいか/両方正しくないか分からないのですが、徒弟制度で故郷を離れるというのは「冬の旅」にでも影響されたうるわしい考えで、英語版は兵士が兵役義務で故郷を離れる歌という解釈をしていて、はてはドイツ海軍がいまでも出航の時に演奏するといってますね。どれが正しいのでしょうか。

投稿: 三上吉彦 | 2016年10月21日 (金) 12時25分


 「紅(あか)とんぼ」 越村 南さま に続いての

   konoha さま  ふ-にゃんさま  の
    「旅の終りに」 に またまた ワープして

 この 懐かしい  「別れ」 を聴いています

  高校時代  よくながれた メロディです

 と 始める前に 
 

   越村 南さま ご無事でよかった
  大分 心配しておりました
   血管系の問題が 再度起こったのか??
   異郷の地で  きっちりした医療をうけれているのか
   面倒みてもらえているのか

   心配も 加速度的にひろがっていくものです

  古い 高校の名簿をみても ベトナムまでは行き着かないしーーー

  いずれにしても 取り越し苦労だったことが判明し   
    安心しているところです 

 しかし あまり 明るい話題ではないですね

  どう 人生を終えるか
 
 (店じまいにかけての 人生の扱い秀逸ですね 関心しています 
  以前の 悲しい酒 での ひばりさんへの賛辞など
   ほんとうに文章がお上手です)

 
  konoha さま  は  「終わり善ければ全て善し」
  ふ-にゃんさま の  人生って一体何だろう

  しょうちゃんさまが 二木先生の言葉から ひとり旅を
  うらぶれ感の快さ それはうすっぺらな厭世感
    と理解 分析されていますが

  それぞれの 集合体が人生 ということでしょうか
  人生いろいろ  何でもありですね


  職業柄 いろんな 形の 人生の別れに出会い
   とまどうことも多かったです

  ほんとうに きつちりと 死に向かう 計画をこまめに立てておられる方 
    おられます


  でも 思うように行かないのが人生
  そう理解しています


  たとえば 自分の 恥をのべさせていただくと

  ある程度の場所での 挨拶   最初のころは
    几帳面に 四五枚の原稿用紙にまとめ
    それを 丸暗記していたものでした

  しかし 事件がおこります
 
  僕の 挨拶の前に --長 --会長などの祝辞があり
 それぞれの方に対して 期待にたいする感謝と心意気を 
  挨拶にはさもうと 考えてしまった訳です
  二枚分ほど しゃべり さあ 返答の部分となり
  頭真っ白  沈黙の数分間 
   周りも 驚きがちらほらーーー
 よっしゃ  清水からとびおりた気分で 再度はじめました   
  何とか  格好はつきましたが

 人前でしゃぺることの 得手不得手  こどものころからかわりません  
 それ以後は  話さなければいけない項目
  をいくつか ピックアップして 
  ほぼ適当に話すようになりました

 六年の卒業式  答辞 の役目が回ってきます

 本番前から  噛む ことは予想される 言葉のながれがありました  
 将来も お導きください  という文章です

   案の定  やりました です

  オミ  オミ   オミ と三回も

 後ろの生徒たちから クス クス
  これも  エイヤー  
  お導きください と発することがてきました

 今まだ  必要とされている 自分に自信をもちつつ
  何がおこっても くよくよしない そうありたいと思っています  

 自死していてもおかしくない 経験もしました
 「山より大きな猪は出ぬ」  と言い聞かせながらの日々です

 この 話題には また偶然この時期に

 オーストラリアで最高齢の学者 デービッド・グッドー ル教授(104)が  
 スイスで安楽死をされましたね

 いろいろ 考えさせられる このごろです

  作詞 夏目利江の「別れ」

 摩耶山のヒュッテ JRCの子供会などで よく歌いました

 M Kさま  今 川西近辺では 新名神が途中開通して
 能勢から 神戸が 大変に近くなりました

 能勢から  海星病院まで 一時間かからなかったです
 そのまま K 高校まで  走らせました
 グラウンドでは 女子サッカーの紅白戦が始まっていて
 グラウンドを見下ろす ベンチにすわり 父兄の方と
 しばらく話していました  神戸港を遠く見ながら
  若い子達の はつらつとした動きに 感動

  至福の時間でした  

 あのころは

 老い 死  など まったく 自分にくるとは
   考えもしなかったですね

 しょうちゃんさまも 最近コメントがないようです
   案じています

  満州関連の話など お聞かせください

 半年前に 筆を擱くと書きながら また 臆面もなく書いている
  自分に恥じ入りながらーーー

投稿: 能勢の赤ひげ | 2018年5月13日 (日) 16時34分

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