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或る雨の午後

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:島田磬也、作曲:大久保徳二郎、唄:ディック・ミネ

1 雨が降ってた しとしとと
  或る日の午後のことだった
  君と僕とは寄り添うて
  雨の歩道を濡れながら
  二人愉(たの)しく歩いたね

2 雨に濡れても二人きり
  或る日の午後のことだった
  肩を並べて寄せ合って
  話し疲れてどこまでも
  二人黙って歩いたね

3 雨が降ってる 今日もまた
  或る日の午後を想い出す
  君と僕とは別れたが
  雨の歩道を濡れながら
  一人黙って歩こうよ

《蛇足》 昭和13年(1938)に発表されたディック・ミネのヒット曲の1つ。戦後は石原裕次郎も歌いました。
 不器用で、お金もないけれど、肩を並べてひたすら歩くだけで幸せだった恋人たちの物語ですね。戦後の『黄昏のビギン
(永六輔作詞・中村八大作曲)も、同じようなシチュエーション。

(二木紘三)

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コメント

自分は歌の技術は分かりませんが、ディック・ミネは凄く上手いと思います。
ダンディで周りには今も居ませんね。

投稿: konimo | 2007年10月16日 (火) 02時31分

心地よい懐かしさに浸ります 戦後のなんも無い時代 歌だけが楽しみでした サトウハチロウが言う様に ♪悩み忘れんと 貧しき人は歌い でした 歩道などの無い僻村に居て聞く歌詞の内容は 別世界の物語でした 今は亡き兄と歌い合って 遥かな都会に憧れたものです ではまた  

投稿: 寅  君 | 2008年7月 9日 (水) 19時41分

 ディック・ミネは好きな歌手の一人でした。日本名は三根耕一、VTRでは時たま見ることも有りますが、ステ-ジでは見れなくなり残念です。あのスケベったらしい笑顔が何とも言えなく、軽~く唄う歌声も魅力的です。「ダイナ」・「りんごの木下で」・「夜霧のブル-ス」など名曲を軽く歌いこなすスペシャリスト・・・・・
 マイクが使えない時にはメガホンで唄ったこともあるという。
 ディック・ミネの「ディック」の名前の由来は英語の隠語で♂そのものを指す様です。彼のは特別で、その名が付いたそうな、嘘のようなホントの話。
 「或る雨の午後」、メ-ルのBGMによく使う曲です。それにしても雨が降らない今日この頃・・・・・
 

投稿: Hikoさん | 2008年8月 1日 (金) 09時21分

内外トも懐かしい曲が多いので楽しく、よく聞く。
今後ともたのしみにしている。

投稿: 遠藤裕之 | 2008年12月22日 (月) 21時37分

昭和15年頃の旧制中学時代を思い出し、何時聞いても懐かしい。デックミネさんも疾うに亡くなり、聊か感無量!

投稿: 岩渕 廣 | 2012年9月 7日 (金) 11時00分

 「或る雨の午後」を憶えたのはいつ頃であったかは定かではありませんが、外国曲を思わせるハイカラなタンゴ調メロディに惹かれてか、好きな歌謡曲です。この曲を聴くと、何故か「小さな喫茶店」(外国曲)が連想されます。 
 「港が見える丘」や「喫茶店の片隅で」などと同様、1番で出会いの幸せ感に始まり、3番で別れの喪失感で終わる歌詞が心に響きます。やはり、ハッピー・エンドよりも、哀切感ある余韻を残す方が、人の心に訴えるのでしょうね。

投稿: yasushi | 2017年1月 5日 (木) 15時59分

軽やかで、楽しくて、幸せな気分になりますね。
20代の青年に戻ってダンスのステップで歩道を歩きたくなります。でも今はもうだめなんです。狭心症ですから、胸が痛くなります。とぼとぼとしか歩けません。

人生の節目節目でこの曲のような楽しい気分に浸ったような気がします。中学、高校、大学へ入学した時。サラリーマンとして三つの会社それぞれに入社できた時。初めての海外出張でアメリカの地を踏んだ時。さあこれから頑張るぞ、と身震いしました。

残念ながら女性とのデートは・・・なかったですね。

これから先の人生、どんな嬉しいことがあるかなぁ~。
なんて思います。

投稿: yoko | 2017年1月12日 (木) 12時13分

ディックミネの「或る雨の午後」、懐かしく聞き入って、コメント欄に目を移して、上から順に読み進み、面白いコメントに苦笑いしながら読み終えると、なんと投稿者は見覚えのある人でした! あっという間のひと昔・・・

投稿: Hikoさん | 2017年1月12日 (木) 18時30分

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