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津軽のふるさと

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞・作曲:米山正夫、唄:美空ひばり

1 りんごのふるさとは 北国の果て
  うらうらと山肌に
  抱(いだ)かれて夢を見た
  あの頃の想い出 ああ 今いずこに
  りんごのふるさとは 北国の果て

2 りんごのふるさとは 雪国の果て
  晴れた日は 晴れた日は
  船が行く日本海
  海の色は碧(あお)く ああ 夢は遠く
  りんごのふるさとは 雪国の果て

  ああ 津軽の海よ 山よ
  いつの日もなつかし
  津軽のふるさと


《蛇足》
昭和28年
(1953)1月にレコード発売。
 前年11月公開の新芸術プロ・松竹制作映画『リンゴ園の少女』の挿入歌です。当時の人気ラジオドラマを映画化したもので、監督は島耕二。

 作曲家の野村(山村聰)は、津軽で開かれた「リンゴ祭」の音楽会で、歌の才能に恵まれた一人の少女(美空ひばり)を見出す。やがて、その少女の母親は、野村の昔の恋人だったことがわかる……。

 他愛もない筋書きですが、戦後の明るい解放感を象徴するような映画の1つです。

 なお、この映画では、同じ米山正夫の作曲になる『リンゴ追分』という名曲も使われています。

(二木紘三)

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コメント

美空ひばりの歌の中では、この「津軽のふるさと」と「川の流れのように」が好きな歌の両横綱です。「津軽のふるさと」を聞くときにいつも心の安らぎを感じます。この歌の調子は素朴で平明だと思いますが、何か奥深いもの、「香気」のようなものすら感じられます。二木様の「蛇足」では、この歌が世に出たのは小生が10才の時のようですが、この歌の醸し出すものは、幼かりし小生も共有したはずの「昭和二十年代の静謐さ」とでもいうべきものなのでしょうか。日本にとって、昭和20年までの「大騒動」と、昭和三十年代以降、今に続く「別の大騒動」の狭間の・・・。

投稿: Snowman | 2007年12月28日 (金) 22時47分

 いつも良い歌を聞かせて下さいまして有難うございます。 この歌と[さくら貝の唄」はなんど聞いても目頭が熱くなります。この頃までの歌はなぜこんなに詞もメロディも美しいものが多いのでしょうか。人々の心が未だ美しかったからなのでしょうか。

投稿: やまだのかかし | 2008年1月31日 (木) 13時27分

美空ひばりの歌は全て歌うのが困難だが、簡単そうに思える
この歌が一番困難です。若年でこの歌を歌いこなしたひばりは天才なのでしょう。

投稿: M.U | 2008年6月 5日 (木) 13時30分

「津軽のふるさと」は私のレパートリーの中の大切な一曲です。曲がある意味平明なので,歌いにくい曲ですが,それを見事に歌いこなす美空ひばりはやはり不世出の天才歌手ですね。
 私も,この曲を歌うときには,少しテンポを落として,あの津軽地方の自然の厳しさ故に「晴れた日」には碧く広がる海にリンゴの赤が映えるという情景を心に描いていますが,なかなかどうして天才歌手の足元にも及びません。
 でも,何回でも歌いたい本当にいい曲です。

投稿: Mochiken | 2008年7月24日 (木) 22時12分

津軽とは。。。こんな懐かしい土地であろうか?
そんな思いにとらわれる曲だと思う。
私が育った所もかつて豪雪地帯と言われたことが
あったが今では雪もあまり積もらない土地になっている。
この曲は雪の深い地方への愛おしさを感じさせる。
美空ひばりさんの天才性もさることながら
ひばりさんに与え続けられた曲の天才性にも
目を向けなければならないと思う。

投稿: sunday | 2008年7月24日 (木) 23時40分

カラオケ好きの私ですが、何故か、この歌だけは
出だしから涙が出てきて途中で泣き上戸みたいな歌になってしまうので人前では歌いません。生まれ育った雪国の情感が重なるのでしょうか。ひばりさんの歌の中で一番好きな歌です。

投稿: 横浜あら古 | 2009年4月 8日 (水) 20時32分

美空ひばりの歌のなかでは(津軽のふるさと)は格調高いほうではないでしょうか。
同じ青森という県内でも津軽と南部では言葉、習慣の違いがはっきりしています。津軽には歌などの題材になりやすい叙情的な要素のある土地柄と思われます。それにくらべ南部地方は歌なりにくいようです。

投稿: おキヨ | 2009年4月16日 (木) 12時00分

まもなく定年退職を迎えようとしている津軽の出身者です。津軽の田舎にはまだ年老いた両親が兄夫婦のもとで
生活をしています。
この「津軽のふるさと」は本当に良い歌で、田舎を思い出しながら口ずさみます。
東北地方も桜の花が咲いたとテレビのニュースで流れました。久し振りに「津軽のふるさと」へ帰って両親や桜に
会ってこようかな..... Kazu

投稿: Kazu | 2009年4月18日 (土) 11時52分

 おキヨさんの云う通り津軽(日本海側)と南部(太平洋側)では文化・県民性など全く違いますね。20年くらい前に季節従業員採用で弘前のハローワークに行った時、弘前の採用係の人が云うには「寮の部屋は津軽と南部の人を同室にしないほうがよい」といってました。
津軽=派手好き・陽気・極彩色(ねぶた・津軽凧の色)
南部=堅実派・控え目・中間色(南部煎餅・山背の風)
 といったイメージですか。
 いずれにしても心のふるさと青森ですね。

投稿: かんこどり | 2009年4月18日 (土) 16時54分

私の通った温泉施設で全ての歌が吉幾三でしかも津軽弁で唄われる方がおりました。若い頃は千昌夫だったとのこと、津軽出身でしょう。歌は天下一品でした。

投稿: 海道 | 2009年4月18日 (土) 19時50分

かんこどり様
そうですか、津軽と南部は部屋が別!面白いことをうかがいました^^
仰せの通リ、津軽の方々は淡谷のり子のいう〔いいふりこき〕が多いようにきいています。前に出るタイプが多いのは太宰治、寺山修司、棟方志功、など文化人がこの地から出ていることでも判ります。
南部は・・・・田中義剛と例の美人代議士しか思い当たりません^^ゞ

投稿: おキヨ | 2009年4月19日 (日) 11時41分

4月に投稿したKazuです。この春に津軽の田舎に住む年老いた両親と桜と林檎の花に会いに行ってきました。その時はまだ元気だった父親は7月に亡くなりました。先日帰郷した時には枝もたわわに赤や黄色の林檎が実っていました。津軽のふるさとはもうじき雪国になります。Kazu.

投稿: Kazu | 2009年11月22日 (日) 18時11分

美空ひばりの数ある曲の中で、最も好きな曲です。詞もいいですね。遅い春を迎えて、りんごを中心にもろもろの花々が一斉に咲き誇る津軽の、また“地吹雪”に見舞われる厳しい冬季にも、晴れた日には白い砂丘のかなたに青々とした日本海が望める津軽の情景が目に見えるようです。
 大学最後の夏休みに、親友と二人で西津軽を貧乏旅行しました。五能線沿いに、五所川原、鯵ヶ沢、深浦と周り、当時はまだあまり知られていなかった十二湖の景観を楽しんで帰郷したのですが、印象深かったのは、陸奥岩崎からトロッコ軌道(昭和34年当時、既に廃線になっていたように記憶しています)を2,3キロ白神山地側に徒歩で入った秘湯での一泊でした。この秘湯も、旅館の名も忘れてしまったのですが、旅館にはまだ電燈がなくランプでしたし、岩窟とおぼしき湯屋(天然の湯)ではカンテラに照らされての湯浴みでした。宿泊代は、学生ということで負けてもらい、2食付500円でした。今でも秘湯といわれる温泉は旅行誌などに紹介されていますが、さすがにもうランプの宿にはお目にかかれないのでしょうね。この秘湯を地図で調べてみたのですが、判明しません。どなたかご存知の方はお教えください。」

投稿: ひろし | 2009年11月24日 (火) 12時43分

「わたしは真っ赤なりんごです。お国は寒い北の国・・」につづいて「りんごのふるさとは北国の果て・・」の歌をラジオから耳にしたのは中学生のころです。九州の西のはずれにいては、どのあたりの情景を詠ったのか行けたら行ってみたいとの思いでいました。紆余曲折の末、現役最後の勤務が津軽の地でした。岩木山の裾野に広がる薄紅色の花で飾ったりんご畑、万物を茜色に染めながらの暮れなずむ秋の津軽平野、地吹雪にまきこまれる恐怖の生活、決して豊かでないなかででの人情味あふれる人付き合いなど。この歌に接するたびに6年間の単身生活をいまも懐かしく回想します。

投稿: 山口(亜浪沙) | 2011年9月 7日 (水) 17時32分

ハーモニカを生甲斐にしている一人です
いろんな曲を吹きますがこの「津軽のふるさと」は
大好きで自分でもよく吹きます
でもこの前・・ある人のこの曲の演奏にしびれて
今は嬉しくて この曲の素晴らしい旋律と何とも
言えないリズムに酔っています
ハーモニカっていいですね!

投稿: 田中 喬ニ | 2017年1月 3日 (火) 18時06分

ひばりが15歳、中学3年生の時の歌ですね。サトウハチローじゃないですが、変に大人びた歌を歌うよりも、このように純なナイーブさを感じさせる歌が似合っていました。ルックスも年相応で子供らしいところがあって、演技は大根でも可愛かったです。

米山正夫さんの詩とメロディも、明るさの中に哀切があって何か泣けて来るようでした。私はこの頃から流行歌を好きになりました。ひばりは私が歌好きになった基礎ともいえる人なのです。

投稿: 吟二 | 2017年1月 5日 (木) 22時12分

吟二様のおっしゃるように「明るさの中の哀切」には一層の涙を誘われますね。歌手では松原健之さんの歌が抒情的で心に染みます。
 
我が家はりんご園に隣接しています。
間もなく雪を踏んでの剪定作業が始まります。
といっても我が家のりんご園ではありません~。
八重桜の咲く頃に林檎の花も咲きます。
紅色の蕾からあえかな薄桃色になり開花時はほとんど純白です。三分咲きの頃が最も愛らしく思えます。

りんごと言えば青森ですが 当県も規模こそ青森に劣るが、美味しいりんごの産地です。りんごは花から収穫までの期間が長いので(剪定、消毒、花摘み、摘果、繰り返しの消毒)、開花から収穫までの期間が短いサクランボ栽培が多いのです。

山形県朝日町和合では「無袋フジ発祥の地」の看板を掲げています。とても美味しいりんごです。
http://hamadayori.com/hass-col/agri/MutaiFuji.html

投稿: りんご | 2017年1月 6日 (金) 10時45分

「津軽のふるさと」が少しの違和感もなく「りんごのふるさと」に脳内変換されてました。
頓珍漢な我がふるさと自慢のコメントなり深くお詫びいたします。

改めていい歌ですね。
私は「ひばり」はあまり好きでないのでこの歌を意識したのは抒情派歌手の「松原健之」さんの歌によります。
透明な哀切感が漂う彼の歌によって数年前初めて知りました。

投稿: りんご | 2017年1月12日 (木) 20時28分

寒い時期真っ赤なリンゴを食べる時 この「津軽の故郷」を聴くと じ~んときます。

今までこの歌を何度も聴いていたと思います。
私自身 恥ずかしながら「いいうただが なんだか難しい歌」と思っていました。 この歌を聴いて「心に響く」ようになったのはごく最近です。

草笛を私の教えてくれたIさんが 老人ホーム等で演奏する曲はいつも「津軽のふるさと」でした。南国の海のない山地で育った私は「りんごのふるさと、北国の果て、船が行く日本海」などの情景や季節感のイメージがわかりませんでした。しかし Iさんがこの歌を草笛で演奏するとお年寄りの半分近くの人がうたわれることに気づきました。

そのIさんのご先祖は津軽藩の方だそうで いつも先祖に畏敬と誇りをもって演奏されていることに気づきました。
そしてだんだんとこのうたの良さを理解するようになってきました。美空ひばりのこのうたを聴くと Iさんのことをいつも思い出します。

投稿: けん | 2017年1月14日 (土) 13時02分

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