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白鳥(しらとり)の歌

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:若山牧水、作曲:古関裕而、唄:藤山一郎

1 白鳥(しらとり)は かなしからずや
  空の青 海の青にも
  染まずただよふ

2 いざ行かむ 行きてまだ見ぬ
  山を見む このさびしさに
  君は耐ふるや

3 幾山河(いくやまかわ) 越えさり行かば
  寂しさの はてなむ国ぞ
  今日も旅ゆく

《蛇足》 昭和22年(1947)発表。酒と漂泊の歌人といわれた若山牧水の名歌3首に古関裕而が曲をつけたものです。
 連続ラジオドラマ『音楽五人男』の挿入歌として、また、これを映画化した東宝の同名作品の主題歌として使われました。

 「白鳥は」の歌は明治40年(1907)『新声』の12月号、「いざ行かむ」は明治43年(1910)1月発表の第二歌集に掲載されています。また、「幾山河」は明治40年6月、牧水が東京から郷里の宮崎へ帰省するとき、岡山県阿哲郡(現・新見市)の二本松峠で作ったとされています。

 牧水の多くの歌に共通しているのは、深い孤独の影です。この3首にもそれが感じられます。

(二木紘三)

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コメント

白鳥の歌にやっと接する事が出来ました。
宮崎の歌人牧水の名歌に美しい曲が付いて、牧水の流離いの旅路が偲ばれます。宮崎の中央に聳える、尾鈴山の麓の牧水生家を訪問しました。
二木紘三先生有難う御座いました。

投稿: 波路 | 2007年9月30日 (日) 21時26分

   白鳥はかなしからずや空の青海の青にも染まずただよふ

 このような鮮烈な詩歌は、青春のただ中にある者でなければ作れません。
 (調べたところ、やはり牧水二十三歳頃の作。)

 白鳥はそもそも、我が身自身を「かなしい存在」とも何とも思っていはしません。人間の喜怒哀楽などまるであずかり知らぬ次元で、飛びたいから飛んでいるだけです。ただそれだけのニュートラルな存在です。しかし、それでは味も素っ気もなく、詩歌にはなりません。

 それゆえ凡人なら、『あヽ白い鳥が飛んでいるなあ』くらいでやり過ごすところでしょう。ところが、牧水は違います。空の青、海の青とは混じり合わずに、孤なる白い飛跡を描く白鳥の姿を、霊感の一閃でとらえ、『かなしからずや』という声なき詠嘆の声を発するわけです。己れ自身の「漂泊の心」を投影して。
 するとただの一羽の白い鳥が、「空の青海の青にも染まずただよふ」比類なき寂寥感をおびた存在として、詩的世界の中にくっきりと立ち上がってくるのです。
                       *
 しかし、牧水といえども、近代日本・明治の子。一個の生身の人間です。だから白鳥が「染まずただよふ」のを、ただ見守るのみです。近代的自我は、それ自らでは飛翔できないのです。
 かの悲劇の皇子(みこ)・日本武尊(やまとたけるのみこと)のように、自ら白鳥と化して「寂しさのはてなむ国(神話世界)」に飛んではいけないのです。
 だから漂泊なのです。「山のあなたの空とおく」の、かの国を追い求めて。牧水も、山頭火も、放哉も。
 かくいう私自身の中にも、「漂泊の心」はたしかに…。

投稿: 大場光太郎 | 2008年4月28日 (月) 18時26分

藤山一郎が深い孤独の影をおりこんで見事に歌っています。
もし野球殿堂のような物があれば、真っ先に推選したい歌手
だと思います。

投稿: M.U | 2008年6月16日 (月) 15時44分

 当方、2010年の今年、68歳。中学校の音楽の教科書に掲載され、先生のピアノ伴奏で覚えました。以来、これを超える好きな歌はまだありません。いまも歌い続けている最高の愛唱歌です。
 藤山一郎が国民栄誉賞を受賞する直前のNHK番組で聞いて、藤山一郎の持ち歌であることを知りました。
 メロディーを間違わないため、このページをときどき開いています。ありがとうございます。
(東京 三鷹市 久保田昌宏)

投稿: 久保田 昌宏 | 2010年5月20日 (木) 11時57分

この歌も空腹を蘇らせる歌です。
夕方、ラジオからこの歌が流れるころ、少ない量のすいとんを食べながら聞き、父と二人で疎開家で覚えました。
横須賀では記念艦三笠が上部構造を壊されて占領軍のダンスホールになり、敗戦を深く知らされた時です。

投稿: 遠藤雅夫 | 2010年5月22日 (土) 09時30分

1番と3番に使われている2首が、国語の教科書に並列に記載されていました。孤独感を素晴しい情景描写で表現していて、当時中学2年でしたが、心打たれ、牧水にはまってしまいました。そのころは、古関裕而の曲がつけられている事も、藤山一郎が歌っている事も知りませんでした。学校の屋上で気持ちよく歌いたかったですね。そして、隣に載ってた与謝野晶子の「夏の風 山より来たり 三百の 牧の若馬 耳吹かれけり」も好きな歌でした。

投稿: かせい | 2012年11月 8日 (木) 01時22分

この歌は私の大好きな歌です。
3番の歌詞ですが「幾山河」にフリ仮名が「いくやまかわ」となっていますがここは「いくさんが」だと思います。

投稿: 徳竹茂男 | 2013年10月 5日 (土) 22時18分

徳竹茂男様
若山牧水の歌集『別離』(1910年、東雲堂書店刊)、および筑摩書房の日本文学全集・若山牧水の巻(1958年刊)、同全集の1978年刊行版には、いずれも「いくやまかは」とルビがふってあります。
藤山一郎も「いくやまかわ」と歌っています。
(二木紘三)

投稿: 管理人 | 2013年10月 5日 (土) 23時07分

白鳥は悲しからずや 海の色空の色にも 染まず漂う

この詩は大昔 私の青春時代の・ラブレターに利用させて

頂きました・・結果は忘れた事にして下さい

今では大好きなハーモニカで・昔を楽しんでいます

投稿: 田中 喬二 | 2014年4月19日 (土) 18時02分

幾山河
 なぜ徳竹茂男様のようなご意見があるのだろうと不思議に思って、YouTube をちょっと聴いてみたら、鮫島百合子が「イクサンガ」と歌っています。もう一人、名前のわからない男性が「イクサンガ」でした。この辺からこう読むのが正しいと思っている人が増えたのでしょうか。それとも、もともとそう読む人が多いのでしょうか。それでも歌手が公の場で歌うか録音でもしようという場合は、管理人様が示されているような基本的な典拠には当たってほしいものです。
 ついでに、なぜ「イクサンガ」と言いたいのかを想像すると、これが五音だからでしょうね。しかし周知の通り古典的な短歌では、俳句と違って、和語が優先され、よほどの理由がなければ漢語・漢音読みは避けられました。若山牧水は近代的情緒の表現者ですが、スタイルは伝統的で、和語で歌えるのにわざわざ漢語読みにするはずはありません。

 「白鳥は」の歌を「ハクチョウは」と読む人はいないようですが、この鳥はハクチョウでしょうね。実は私は、鳥が海の上を飛んでいるようであり、そうして「ハクチョウは」と言わずに「しらとりは」と詠んでいる(記念館にいくつか展示されているこの歌の短冊はかな書きで、紛れようがない)のを見ると、この白い鳥はカモメではないか、と疑いました。ただ、姿も鳴き声もカモメはあまりこの歌に似合わないようです。しかし、結局「空の青海の青にも染ま」らない「白」を身に引き比べているのであって、ハクチョウでもカモメでもないほかの鳥でもいいのでしょう。

 古関裕而は選んでいませんが、「酒と漂泊の歌人」で好きな歌に:
  白玉の歯にしみとほる秋の夜の 酒は静かに飲むべかりけり
がありました。下の句を若い仲間との酒席でよく唱えたことが思い出されます。

投稿: dorule | 2014年4月21日 (月) 14時39分

今朝の朝日新聞に「目の作家、耳の作家」というコラムがありました。そこに川端康成の『雪国』の冒頭の「国境」が例に挙げられ、川端は目に頼る作家なのでどう読むか考えずに「国境」と書いたとあります。耳からの人は「くにざかい」目からの人は「こっきょう」です。読み手も耳からの人と目からの人に分かれるのでしょう。目からの人は「いくさんが」耳からの人は「いくやまかわ」でしょうね。牧水がどちらだったのかわかりませんが、歌われるのなら「いくやまかわ」になるのでしょう。日本語は面白くもありますが難しいものですね。

投稿: ハコベの花 | 2014年4月26日 (土) 17時58分

スピーチでは、熟語を多用せぬことが鉄則です。 「看過できない」と言わずに、「見過ごせない」と表現するよう教わりました。 やはり日本人の心の中心は、大和ことばでできているのでしょう。 
しかし読み物では熟語が多くても苦痛を感じず、字数を少なくもできます。 日本語とは漢字と仮名それに音と訓があり、奥の深い言の葉いや言語ですね。 

投稿: 寒崎 秀一 | 2014年4月26日 (土) 18時57分

「イクサンガ」と読みたくなるのは五音だからであろうと書きましたが、もう一つ、「山河」と言えば「国破れて山河あり」という句が耳慣れていて、まず連想(無意識に)されるからかもしれないと気がつきました。これは「サンガ」と読む。「城春にして草木深し」と続きますが、「草木」も「ソウモク」であり、「クサキ」とは読まない慣わしですよね。和歌ではなくて漢詩だから。牧水の「幾山河」を「イクサンガ」と読まれるのは、詩吟をおやりになるような、漢詩の素養のある方ではないでしょうか。

投稿: dorule | 2014年4月27日 (日) 22時13分

私も高校の音楽で、この歌を習いました。その先生は「いくさんが」と歌いました。 当時(1970年代)の教科書では、そのように書いてあったのかもしれません。
同世代に聞くと、音楽では「いくさんが」と習ったと聞いています。

その後、和歌文学を習う中で、牧水の和歌の読みが「いくやまかわ」である事を知り、少し驚きました。
和歌文学も、和歌懐紙、短冊に書かれたものを、どう発音するかを重要視します。 古歌の場合には、何百年も伝わる内に、読み方の異同が発生します。(例として持統天皇の「春過ぎて夏(きたるらし/きにけらし)等」。
当人の意思が確認できない場合には、どちらも残すことがあります。
この和歌は近代のものですが、異同が口伝えの中で起こる実例として、興味深く拝見しました。

ちなみに、8月に歌の舞台があり、この歌を歌う予定です。

投稿: 五反田猫 | 2014年6月19日 (木) 09時49分

「いざゆかむ」の歌は、私のもっている楽譜では三番で1が「白鳥は」、2が「幾山河」でした。
私が高校音楽で習ったものは、1「白鳥」2「幾山河」でした。

和歌の成立を調べてみますと、
若山牧水の第一歌集『海の声』(明治四一年七月刊)では、「白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ」「幾山河越えさり行かば寂しさの終てなむ国ぞ今日も旅ゆく」の順で記載があります。
ですから、この二つの和歌は同時期だと判ります。

「いざゆかむ」は、大正13年に「恋」の題詠として、短冊が残っていますので、この歌は後だと判ります。

ですから、成立年順だと
「白鳥」「幾山河」「いざゆかむ」になります。
但し、内容を考えれば、「白鳥」「いざゆかむ」と歌って、「幾山河」と歌う方が自然だと思えます。
そして、成立で言えば、「白鳥」「幾山河」のセットが自然です。

この歌曲に、「いざゆかむ」が入った経緯が判らないので、もう少し調べてみたいと思います。

また歌曲の原譜は、当たれませんでしたので、情報があればご教示頂ければ幸いです。

投稿: 五反田猫 | 2014年6月19日 (木) 10時23分

以前、皇宮の歌会始の式で吟詠の際、河岸段丘を「かしだんきゅう」と詠じて引責辞任した斯界の長老がいました。音・訓が混じる熟語はあまりないですが、和歌・和語にたいする造詣が深すぎたゆえの誤詠だったのでしょう。
この歌のできた明治時代は歌詠みの伝統を保っていて、まだ和語優先だったと思われます。この歌の漢字もすべて訓読みとするのが妥当でしょう。突然、幾山河の読みのみが「いくさんが」と音訓読みで入ってくるか分りかねます。
原譜かどうかは知りませんが、一番二番の冒頭の「しら」と「いざ」は四分音符+二分音符となっていますが、三番の「いくやま」のところが、「いく」が八分音符+八分音符で「やま」の「や」が二分音符となって伸ばして歌うようになっています。これは古関裕而が三番が「いくやまかわ」であることを前提として作曲したものとしかおもわれません。

投稿: 飯田 | 2014年6月22日 (日) 10時54分

「いくやまかわ」か、「いくさんが」か――わたしたちが中学で習ったときは、「いくやまかわ」と教わりました。ルビもついていたように思いますが、これは記憶違いかも知れません。それ以来「いくさんが」と読むなどとは思ってもいませんでした。そこで調べてみました。今の時代、ネットで簡単に調べがつくので重宝ですね。それによると、「いくやまかわ」に軍配が上がりそうです。
 その根拠は、次の通りです。「幾山河越えさり行かば……」の歌は3回にわたって発表されていますが、3回目歌集『別離』(明治43、4)の中の「九首中国を巡りて」の1首として、「いくやまかは」とルビ付きで出ているそうです。(「幾山河」の歌をめぐって 石井 茂〈横浜国立大学人文紀要〉で検索)
 


投稿: ひろし | 2014年6月22日 (日) 12時54分

今日この欄をみてイクヤマカワのことで多くの人が意見を寄せられていることを知りました。私は詩としてイクヤマカワで納得しています。ただ小関裕而作曲の歌の場合、譜割りが8分音符2コのところでヤマカワとするかサンガとするかということになると、後者の方が楽譜に忠実だと思っていす。藤山一郎以外の歌手はみなサンガのようです。

投稿: 徳竹茂男 | 2014年8月31日 (日) 23時15分

二木紘三先生ありがとうございます。懐かしいメロディ。若山牧水の石碑が岡山県と広島県の県境にあります。昭和39年11月、私はこの除幕式に参加しました。当時広島県立東城高校3年生。除幕式には母校の女学生が幾山河の歌を合唱して花を添えました。丁度、50年前のことです。なつかしい青春時代の記憶がよみがえってきました。余談ですが私の同級生の女性が今年、他界された東京オリンピック最終聖火ランナー坂井義則さんの奥さまです。

投稿: 石井 満 | 2014年12月16日 (火) 21時48分

私は、中学2年の時に、この詞に出会いました。放送部の活動中に3年生の先輩(女性)が、

幾山河(いくやまかわ) 越えさり行かば
  寂しさの はてなむ国ぞ
  今日も旅ゆく 去りゆく

と唄っていました。どなたが作曲されたのか「去りゆく」が附加されており、これがエンディングとなっております。

動画サイトで、古関裕而の曲に出会う迄は、数十年間、前者の曲しか無いものと思って唄っていました。

現在、私が後者で唄うときは、「し」「ら~」:「イ」「ク~」として唄い、「ト」+「リ」:「ヤマ」+「カ」、「ハ~」:「ワ~」と唄っています。
藤山一郎の「イク」「ヤ~」「マカ」「ワ~」よりも、私は、「イ」「ク~」、「ヤマ」+「カ」、「ワ~」の方が聞こえ方が良く感じるからです。

投稿: 池田 勝則 | 2014年12月28日 (日) 01時26分

今日のようなきりっと冷たく冷える朝に、決まってこの白鳥の歌が口をついて出てきます。家族がいても友人がいても全く関係のない空気に身体が包まれます。私は私、その淋しさの心地よさ、夫よ、息子よ私に語り掛けるな。しばらく私は私でいたい。たまには孤独も良いものです。深い孤独の底から自分が本当の自分に生まれ変わるような気がしてきます。

投稿: ハコベの花 | 2017年2月 2日 (木) 10時49分

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