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想い出は雲に似て

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞・作曲:米山正夫、唄:近江俊郎

1 想い出は想い出は 流れゆく雲か
  浮かびては消えてゆく 青空の彼方
  はるかに遠き日を 呼び返すごと
  群れとぶよ群れとぶよ 夢の数かず

2 そよ風はそよ風は わが胸をゆすり
  汐鳴りは汐鳴りは こころ浸すよ
  海近き丘の 小草をしいて
  柔かき黒髪に ふれしあの頃

3 あの雲はあの雲は 何を語らい
  この雲はこの雲は 何をささやく
  瞼(まぶた)に残るは 白き面影
  想い出は雲に似て あわれ儚し

《蛇足》 昭和23年(1948)にNHKのラジオ歌謡として発表されました。

 比較的若いころ、思い出は確かに雲に似ていました。濃い・薄いの違いがあり、また時間の経過とともに少しずつ姿が変わっても、はっきり心に思い浮かべることができました。
 しかし、年を重ねるにしたがって、それは雲より風に似てきます。肌をなでる風のように、思い出はあやふやで頼りなく、心にとどまる時間も短くなってきます。
 いずれそれもあやうくなり、ああ、今思い出らしきものが心を吹き抜けたたようだ、と感じるだけになるでしょう。

 思い出に癒されることが少なくなる一方で、記憶に苦しめられる時間も少なくなってきますが、それも安らぎの1つのかたちといえるかもしれません。

(二木紘三)

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コメント

十年位前「熟年離婚」という言葉が頭の片隅に張り付いて離れませんでした。夫に振り回されてただ我慢しているだけの人生に見切りをつけたかったのです。
沈んだ気持ちで空を見上げると、真っ青な空に白い雲、ふっと楽しかった青春時代が甦ってきました。友人たちとの楽しかった交友、素敵な彼との思い出、「そうだ、私の人生も捨てたものではない。いつの日か、もう一度彼と会って話をしよう」そう思ったら、なぜか生きている事が嬉しく思えるようになりました。白い雲は私には青春そのものです。「思い出ははるかな雲に似て・・・」と色紙に書いて夏になると壁にかけます。熟年離婚願望は消えてしまいました。青春時代はわずかに5,6年です。けれども人生の楽しかった日々が凝縮している様に思われます。帰らない日々はネガフィルムの様に頭の中に収められているのです。年を重ねるごとにフィルムは鮮明になってきます。思い出があるから生きていられるように思えるのですが・・・

投稿: ハコベの花 | 2008年9月 6日 (土) 17時08分

はるか昔ですが、荒川の土手まで自転車を漕いでいき、草むらに寝転がって青空を見上げました。すると、この「うた物語」の表紙(いちばん上)とまったく同じような白い雲が、浮かんでは流れていきました。
その雲の中に、僕ははっきりと少女の面影(幻影)を見たのです。アメリカに留学した少女を想い出していました。
若い頃はよく空を見上げ、流れゆく雲を追いかけていましたが、年を取るとそんなことはほとんどありません。
想い出は去りゆく雲のように、空の彼方へと消えていくようです。この歌のように・・・

投稿: 矢嶋武弘 | 2008年9月 7日 (日) 11時03分

矢嶋さんのお名前を見つけたので
こちらにも寄道しました。
よい曲ですねぇ。
歌詞も非常に清潔感があってよいですねぇ。

投稿: sunday | 2008年9月 7日 (日) 15時02分

終戦を境に学校制度が変はりました 新制中学校にホームルームの時間が出来ました(名前からして新時代らしく)この時間は自由なことが出来るので 皆に人気がありました 教壇に立って級友の口伴奏で ♪柔らかき黒髪にふれしあの頃~ ちょっと背伸びをして歌いました 星移りにきびも消えた頃 いとしい人の黒髪に触れた時 瞬時に浮んだ歌詞です    

投稿: 寅  君 | 2011年1月24日 (月) 17時56分

若い頃自動車教習所に通いました。〇〇さんと後ろから
呼び止められました。見たら職場で隣どうしの女性でした。どうしたのと聞くと、私も免許を取りたいのと言う。それからいつも教習所の帰りに喫茶店に行き、たわいない話をしたものでした。
二人共合格して車を買いドライブに出かけました。
それ以上の進展はありませんでしたが、今となっては良い思い出です。

投稿: 海道 | 2011年9月21日 (水) 12時27分

何という暑さだろうと思いながら空を見上げると、空が少し高くなり、白い雲が流れていきます。雲の上の風は秋なのだと実感しました。携帯の待ち受け画面に入れる面白い雲を探しています。じっと見ていると過ぎた懐かしい日々が蘇ります。8月も終わりになると帰省していた憧れの人が大学に帰っていきます。その悲しさは半世紀経ってもまだ昨日の事のように思われます。少女に戻るその一瞬がとても新鮮です。あの人に相応しい女性になろうと真剣に思っていた頃もあったのですが、今は見る影もなしです。残念!

投稿: ハコベの花 | 2012年8月28日 (火) 23時12分

このラジオ歌謡が流行った頃、発足間もない新制の中学生でした。当時、ど田舎の中学では英語の先生が不足し、学生アルバイトの先生が多かったようです。我々の先生は早稲田文学部在学中の鈴木先生でした。先生は、今思い出しますと「相棒」の水谷豊さんそっくりの風貌でした。先生はとてもユニークで、よく我々を外に連れ出し、野原のまん中で授業をしたり、気が向くとこの歌を皆で大声を出して唄ったりしたものです。先生は卒業後、NHKに入局され、後にスポーツ担当の名物アナになりました。鈴木文弥さんです。鈴木先生から、ど田舎の中学生達が受けたフレッシュな刺激と将来への憧れ、忘れられない大事な大事な宝物です。

投稿: 石井 孝 | 2012年9月 5日 (水) 13時11分

石井様 素敵な授業を受けられましたね。羨ましいです。文弥アナはスポーツの実況でよく見ました。私は中学の時水谷豊をお爺さんにしたような先生に英語を教えて頂きました。戦前にケンブリッジ大を卒業され、英国紳士とはこのような人のことだろうと思われるダンディで優雅なお爺さんでした。いつも上等な背広をきちんと着ておられました。『ビルマの竪琴』を書かれた竹山道雄氏のお兄様でした。人間は一生の間に思いがけない人に何回か会いますね。一番の思い出は湯川秀樹氏です。ノーベル賞を貰った後でしたが後光が射している様に見えました。思い出は尽きません。

投稿: ハコベの花 | 2012年9月 5日 (水) 21時23分

ハコベの花様、素敵なコメント有難う御座いました。小生と違って人生の襞を知り尽くされた先生との「一期一会」素晴らしいご経験をなされましたね。あの年頃は、一生懸命背伸びをして大人の世界を垣間見ようとしたものでした。そんな時に出会った先生の影響は、少々オーバーに言えば、一生を支配するのかも知れません。

投稿: 石井 孝 | 2012年9月 6日 (木) 11時57分

なんて素敵なメロディーでしょう。そして歌詞。
初めて歌わせていただいております。

2008/9/7の矢嶋様のコメントを読ませて頂いた上で、左上の白い雲の画像を見ました。その中に少女の顔が載っていたのですね。今まで気が付きませんでした。管理人様の雲に託す想いを感じた次第です。

投稿: fumippe | 2014年9月16日 (火) 14時21分

身内に不幸があったので兄妹や姪や甥たちが大勢集まりました。無宗教だったので何十年ぶりに出会った親戚と楽しく会食をしました。私の憧れだった兄の友人の消息もわかりました。公務員から天下りで民間の大手企業の重役になったと聞きました。防衛庁と深い関わりのある企業だったのでしょう。何故か心の中に冷たい風が吹き荒れました。ふっと「想いでは雲に似て」が口をついて出てきました。清廉潔白であってほしいと思っていたのですが、50年の歳月は人を変えていくのですね。最も少女の時の私の思い込みだったのかもしれません。「彼も貴女を好きだったのよ」と教えてくれた人がいました。今は複雑な心境です。この歌で気持ちが清らかになるような気がして何度も聴いています。

投稿: ハコベの花 | 2015年8月11日 (火) 11時23分

ハコベの花様
心情を忖度致します。
コメントを遡って読み返し、一編の純愛小説を読んだような思いに浸っております。
寂しい結末が純度を高めています。

投稿: りんご | 2015年8月11日 (火) 18時50分

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