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兄弟仁義

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:星野哲郎、作曲:北原じゅん、唄:北島三郎

1 親の血をひく兄弟よりも
  かたいちぎりの義兄弟
  こんな小さな盃だけど
  男いのちをかけてのむ

2 義理だ恩だと並べてみたら
  恋の出てくるすきがない
  あとをたのむとかけ出す路地に
  ふるはあの娘(こ)のなみだ雨

3 おれの目をみろ 何にもいうな
  男同志の腹のうち
  ひとりぐらいはこういう馬鹿が
  居なきゃ世間の目はさめぬ

《蛇足》 昭和41年(1966)リリース。
 大ヒットしたので、翌年、東映京都で映画化されました。『兄弟仁義 関東三兄弟』というタイトルで、モノクロでした。

 筋書きは、昭和初期の東京・深川を舞台に、昔気質のやくざ対悪辣なやくざの対決という任侠映画の基本的パターン。北島三郎を主演に据え、里見浩太郎、鶴田浩二、村田英雄、宮園純子、安部徹といったそうそうたるスターが脇を固めました。
 これが大ヒットしたので、カラーで続編が作られ、全部で9作品制作されました。

 この時期、任侠映画がヒットしたのは、若者たちの間で燃え上がった反体制ムードと無縁ではありません。昭和39年(1964)から慶大、早大、中央大の学生たちが次々と学費値上げ反対闘争を行い、それはやがて大学の管理システム・教育システムの改革要求へ、さらには大学解体まで求める全共闘運動へとエスカレートしました。

 そのクライマックスが日大闘争と東大闘争でした。昭和43年(1968)には、全国大学の8割に当たる165校が紛争状態にあり、その約半数の70校でバリケード封鎖が行われました。
 体制に激しく「異議申し立て」する彼らの心情が、アンチヒーローとしての任侠やくざに対する共感となって発現したのでないかと思われます。

(二木紘三)

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コメント

初出から四年以上たっているのに一件のコメントもないのはなぜなんでしょうね。
ここに集まってこられる方々の中には団塊の世代と呼ばれる人たちも相当数いらっしゃると思うのでが・・・、かくいう私もその一人です。
やくざ映画のはやった理由について語るとき、何時も全共闘運動が引き合いに出されるのですが、そのとき体制に対する抗議のほうに重点が置かれすぎているように感じます。私は当時盛んに使われた連帯という言葉のほうがあたっているように思うのですがどうでしょう。
主人公がラスト近くで仲間と殴りこみにいくとき、横に並んで歩いていく場面が最大の見せ場でした。そしてテーマ音楽が流れ高揚するきぶんを楽しめるのです。
むろん一人でいくときもありますが、そのときでも理解し、理解される関係に命を張る。いわば連帯の証明にこそ意味があると思うのです。
絆という文字が今年の漢字に選ばれたそうですが、己を理解するものが一人もいなくなっなら、人は生きてはいけません。
きっとわかってくれているはず、という不確かな希望的観測によって生きているのが現実であったとしてもです。
私は渡哲也の人斬り五郎シリーズが好きでよく見ていました。学園紛争を横目で見ながら自分と格闘していたころのことです。

投稿: ピサーニオ | 2011年12月23日 (金) 20時18分

「兄弟仁義」がヒットした昭和41年は大学在学中だったが、サブちゃんの大ファンだった当方は将棋部のコンパで「親の血をひく兄弟よりも かたいちぎりの”歩”兄弟」「義理だ恩だと並べてみたら ”駒を並べる”すきがない」と、替え歌風にして歌ったものだった。昭和30年代にお色気ソング「黄色いさくらんぼ」でヒットを飛ばした同じ作詞家(星野哲郎)とは思えないくらいの任侠演歌の決定版だった。

投稿: 焼酎百代 | 2014年7月18日 (金) 18時22分

 すぎさった流行り歌は、時を刻んだ墓標のようなものです。
線香の絶えない墓もあれば、訪れる人もなく、荒れ放題の墓もある。
この『兄弟仁義』もまさに、草茫々の荒れた墓だ。
墓が立って7年で、訪問客が、私をふくめて3人とは・・
 私は、この歌には、正直特別の思いもないが、あまりの荒れぐあいに、線香の1本、いやコメントの1つをあげたくなりました。
墓を立てた二木先生の心もくみとって・・
 
 この歌は、何故こんなにも長く放置されたのでしょう。
「うた物語」の読者諸賢とサブちゃんファンとは、まったく重なっていないということです。
みんな、この歌には無関心だということです。
無関心とは、マザーテレサのいう「愛するの対極は、嫌いではない、無関心です」というあの無関心です。
 たしかに古くさい歌です。親分子分の義理とか義兄弟の義理、そんなものは、縄張りを取った取られたの小さな揉め事の中で持ち出している屁理屈じゃないの・・・。
 しかし、極道の抗争と大学闘争のエネルギーには通じるものがあるという説明、これには一理あるとおもいます。
 ルサンチマンというやつで、権力への抵抗、秩序を壊そうという衝動、成功者への恨み等々。
 今、さまざまな政治的スローガンをかかげてデモをしている人々の胸中にも、ルサンチマンの炎は燃えていると思います。無視できない根源的な衝動です。ただしノルマ動員でしぶしぶデモに出ている人は、のぞきますが・・。


投稿: 秋山 小兵衛 | 2014年7月19日 (土) 14時32分

証文の出し遅れになる訳ですが、以前『兄弟仁義』に投稿した際、「うた物語の読者諸賢とサブちゃんファンとはまったく重なっていない…みんな、この歌には無関心…」というコメントがあったが、これほど「うた物語」ファンをコケにするコメントは無いのではないかと思う今日この頃です。
「うた物語」は、歌謡曲、叙情歌、フォーク、ポピュラー、外国民謡、歌曲、童謡、唱歌…多種多様なジャンルの曲を揃えている音楽サイトであるということを考えると、「うた物語の読者諸賢とサブちゃんファンとはまったく重なっていない」というコメントは、本サイト愛好者に喧嘩をふっかけてるのかというくらいの天井天下唯我独尊の最たるものではないか・・・。
「うた物語」愛好者が、それぞれの好きなジャンルの曲を聴き、必要に応じてコメントを投稿するという当たり前の行動を、傍から何だかんだ言われる所以が無いことを、「うた物語」愛好者の一人として強調したいという今日この頃ではあります。

投稿: 焼酎百代 | 2015年9月11日 (金) 16時27分

 この「ブログ」は大変ありがたいです。自分がかつて好きだった歌が身近に聴けるということはめったにないです。先日某TVでサブちゃんが恩師と出ていました。恩師が「北島や・・・」と言っていたときこの作曲家はすごいなと思ったのです。私も古いかも知れませんが、映画はあまり見なかったのです。学生運動もあまり熱心ではありませんでした。
 社会の動きに鈍感だったのでしょう。今でも似ていますが。
 個人的には軽く口ずさめるような歌がいいです。でも流行ったものは少々音痴でも歌える歌でしょう。

投稿: 今でも青春 | 2015年9月11日 (金) 19時55分

私は普段北島三郎の演歌を好んで聞くことはありません。
”クラシック的な優美さ”がなく、なんだか品の劣る”うなり節”であるかのような思い込みもります。
しかし今日ある方のブログを読んで感動し、思わず涙が出てしまいました。以下ご紹介させてください。
・・・・
北島三郎が歌った演歌『風雪ながれ旅』のモデルになったのが、津軽三味線の高橋竹山です。
3歳で失明し、盲目の戸田重次郎のもとで三味線を習い、門付け三味線芸人として身を立てる一方で、それだけでは飯が食えずに鍼灸師とマッサージ師の資格をとり、それでも努力を重ねて、いまでいう津軽三味線のスタイルを確立したのが高橋竹山53歳のときです。
・・・・
全文は、ブログ、ねずさんのひとりごと(障害と日本人)にあります。
久しぶりに北島三郎の歌声も聴きました。

投稿: yoko | 2015年9月12日 (土) 15時00分

「この歌になぜ投稿がなかったのか」をめぐる、秋山様と焼酎百代様のコメントを読んでの感想です。
 秋山様は、投稿がなかったのは「『歌物語』ファンにサブちゃんファンが重ならない(いない)」からである、と決めつけておられますが、これはいかにも唐突で、焼酎百代様ならずとも「?」のように思われます。このサイトにアクセスしてファンになった方は、おそらく何十万人(あるいは何百万人か?)単位でしょう。そのなかには、わたしのように高齢者がかなりの部分を占め、演歌ファンがたくさんいてもおかしくありません。当然、演歌の大御所北島三郎(愛称サブちゃん)ファンもいるでしょうし、この『兄弟仁義』が好きな人もいるはずです。現にサブちゃんの「大ファンだった」焼酎百代様が直前にコメント(2014.7.18付け)されています。それを無視するかのような秋山様のコメントに、焼酎百代様がカチンときての反論コメント(2015.9.11付け)だったように思います。
 なぜこの歌に4年間も投稿がなかったのか、を今更論じても、あまり意味があるとは思えませんが、愚見では「たまたま(偶然)」であって、『歌物語』ファンが「無関心」だったとは考えられません。
 この『歌物語』のファン層は、二木様の演奏を聞きながら、《蛇足》を読んで楽しむ方が圧倒的に多いと思われます。コメントを寄せられる方は、ほんの一握りでしょう。わたしも折々下手なコメントをしておりますが、コメントをする際には、背後に多くの『歌物語』ファンがいることをゆめゆめ忘れないようにしたいと思っています。

投稿: ひろし | 2015年9月14日 (月) 14時11分

ひろし様がおっしゃる通りです。
「この『歌物語』のファン層は、二木様の演奏を聞きながら、《蛇足》を読んで楽しむ方が圧倒的に多いと思われます」・・・ひろし様の、この言葉に尽きます。それ以上でも以下でもありません。

投稿: 焼酎百代 | 2015年9月14日 (月) 15時15分

 夫が任侠ものが好きで一緒にTVで「極道の妻たち」シリーズは観ていましたが、男優主演ものは観たことはありませんでした。高倉健を初めて観たのは「南極物語」で、その後はTVで「居酒屋兆治」「鉄道屋」「ホタル」などでした。

 『蛇足』の中で学生闘争がありました。「うた物語」で初めてコメントを送信した時、あえて高校名をだした都立大付属高校の彼の話を書きました。当時、都立大、横浜国立大などは学生運動で有名な大学と私は思っていました。

 彼は大学生たちのそういう闘争を目の当たりに見ていたのでしょう、それで左派に興味を持ったのかも知れません。東京のごみで埋め立てられ開発されたばかりの「夢の島」での日本初のソ連見本市に誘ってくれたり、60年安保の学生運動の様子を話してくれたのだと思います。

 早大生になった彼は早大の大学闘争のとき、立て籠っていたバリケードを抜け出し、会いたいからと私の家の最寄り駅まできてくれました。その後の消息は風の便りでも聞こえてきませんでした。

 時を経て、小学校のクラス会があったとき、同じ早大へいった友に尋ねたら、彼の名前は同期の卒業名簿に載っていないとの事でした。小学生の時の彼は学級委員をやったり、明るくてリーダーシップがあって素敵な男の子でした。

 『蛇足』を拝読して今、彼はどうしてるのかなと思います。

投稿: konoha | 2017年3月23日 (木) 10時56分

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