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たき火

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:巽聖歌、作曲:渡辺茂

1 かきねの かきねの まがりかど
  たきびだ たきびだ おちばたき
  「あたろうか」「あたろうよ」
  きたかぜぴいぷう ふいている

2 さざんか さざんか さいたみち
  たきびだ たきびだ おちばたき
  「あたろうか」「あたろうよ」
  しもやけ おててが もうかゆい

3 こがらし こがらし さむいみち
  たきびだ たきびだ おちばたき
  「あたろうか」「あたろうよ」
  そうだん しながら あるいてく

Takibi

《蛇足》 日本が太平洋戦争に突入した昭和16年(1941)12月初旬、NHKラジオ「うたのおけいこ」で数日間放送されましたが、「非常時にたき火とはけしからん」という軍の命令で放送が中止されました。

 戦後、NHKラジオの「うたのおばさん」で放送が復活してから、広く愛唱されるようになりました。

 さまざまな規制のためか、最近はあまりたき火を見かけなくなりましたが、かつては冬の風物詩の1つでした。

 作詞者・巽(たつみ)聖歌(本名:野村七蔵、明治38年~昭和48年)は、岩手県の生まれで、北原白秋に師事し、多くの優れた児童詩を残しました。

 聖歌は、この詩が作られた昭和5年ごろから約13年間、現在の東京都中野区上高田4丁目に家を借りて住んでいました。その地区の旧家・鈴木家の前を通ったときよく眼にしたたき火が、この詩のモチーフになったと伝えられています。
 これについては、日本テレビ『ぶらり途中下車の旅』で紹介されました。下記アドレスに鈴木家の「垣根」の写真や、モデルと認定されたいきさつなどが載っています。写真は鈴木家の竹垣。
http://www.ntv.co.jp/burari/050917/info02.html

 聖歌は、晩年を都下日野市で過ごしたため、同市旭が丘中央公園に、この歌の詩碑が建っています。

 上の絵は2006年の年賀状用に描いたものです。

(二木紘三)

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コメント

焚火のイラストがすばらしいです。あのころの情景が手に取るように見えてきました。世知辛いデジタルの世になり、焚火も消えてゆきますね。
CO2とか温暖化とか。時代が変わってゆくのでしょうね。懐かしく、ほほえましい人間の温かさは失いたくないものです。この歌はこのようなことを後世に伝えてくれる事でしょう。二木紘三先生有難う御座いました。

投稿: 波路 | 2007年10月20日 (土) 21時46分

半世紀くらい前の小学校の登校時は、イラストの絵の様な、丁度こんな感じでした。近所の頑固爺さんが落ち葉を焚いて、その中に銀杏やさつま芋等がくべてあり、それを食べながら学校へ行きました。兎に角、腹が空いて腹が空いて、何でも食べられる物は食べていた頃を思い出しました。一緒に登校した友達も今は何人も居なくなりましたが。懐かしい絵と曲をありがとう御座いました。

投稿: 赤城山 | 2013年5月 7日 (火) 15時01分

私どもフローレンスは中野区のケアセンターを訪れては唱歌や演歌や民謡を演奏し、皆さんにいっしょに歌ってもらっています。その練習のために初秋に高崎にでかけある広場で個人練習していて、唱歌「たき火」の3番の歌詞の最後が面白くないことに気付いた。1番の最後の行は「北風ぴーぷー吹いている」、2番は「しもやけお手々がもうかゆい」と面白いが、3番になると「相談しながら歩いてく」と、そっけない。そしてすぐに思いついた、ここは「お芋のにおいもしているよ」に変えてみたら受けるだろう!と。

私は司会役もするので、あの手この手とそれぞれの曲に関する話題を用意していく。つまらないことを言っていると早く歌をやれとヤジが来ることもあった。

さて、この時いいアイデアもすぐに浮かんだ。歌う前に、「この曲にはクイズがあります。一行だけオリジナルとは異なります。よく考えながら歌って、その変えられた所を当ててください。オリジナルの歌詞はどうだったかも当てていただければ満点です。」と説明する。

グループ練習の際に、フローレンスのあるメンバーにこれを言うと、彼の属しているハワイアングループは寒い季節になると必ずこの曲をリクエストされる、それはこの曲の作詞者がかつてこのあたりに住んでいた人なのでこのあたりでは最もポピュラーな曲の一つだというのだ。その歌詞を変えるとおこられちゃうよ、と注意。しかし面白いかもしれないということで実行に移すことにした。

さて本番で歌い終わると、さあどこが原詩と違うでしょう、と尋ねると、だれも手を揚げない。そこで最後の行が違っています、では本当は何だったでしょう?しかしこれも手が挙がらない。そこで「相談しながら歩いてく」です、と言うと、やっと「ああー」と数人の女性から納得の声が上がった。

そこで、もう一度歌いましょう、今度は最後の行は繰り返して歌ってください。一回目は「お芋のにおいもしているよ」二回目は原作の「相談しながら歩いてく」にしましょう・・・。歌い終わると、「ありがとうございました、これで私らも原作者に叱られずに済むでしょう」と結んだ。

しかし話はここで終わらない。その日、近くに住むメンバーのうちで打ち上げ会。それが終わって、たそがれ時の道をあるメンバーとバス停に向かう。近道をしようと勧められ、細道に入り、次回の曲など相談しながら歩いてくうちに、珍しいところに来た。垣根が竹でできているのだ。こんなのは見たことがない、と私は歩を止めて、触ってみたりした。そして今度からこっちをいつも通りましょうなどと言いながら過ぎ去った。そしてきょうこの貴サイトで、「鈴木家の竹垣」のURLをクリックしたら、あっとびっくり、まさに我々が通った竹の垣根道が現れたのです。きっと今は亡き原作者もきょうの演奏が気に入ってくれたので、こっちに導いてくれたのだろうと思っています。

投稿: 長光一寛 | 2014年12月12日 (金) 18時52分

これはやっぱり「そうだんしながらあるいてく」が良いと思います。友達どうし話し合いしながら楽しそうにあるいている子供の情景が目に見えるようです。「そうだん」という唱歌があります。昔のこどもの楽しみが生き生きとと伝わってくる歌です。もう一度子供になってみたいですね。今のこどもも遊びのそうだんしているのでしょうか。

http://singingyuko.com/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E6%AD%8C/post-403/

投稿: ハコベの花 | 2014年12月12日 (金) 23時11分

小学校の低学年だったのか幼稚園だったのか思い出せませんがこの歌が大好きで、冬の寒い日、良く口ずさみました。焚火をして温まりたいなぁ、と思っても当時も街中ではそのような場所も機会もなかなか無かったと思います。それでも二度か三度か焚火でサツマイモを焼いて居る場所に誘われて頂いて食べた記憶もあります。幸せな時期だったなぁ、と思います。私のマンションの前は通学路で朝夕小学生がたくさん通学しています。先月まで欅の葉もたくさん散っていました。焚火して子供たちが集まって、イラストのお爺さんのようになれたら楽しいだろうな、と思いました。

投稿: yoko | 2014年12月15日 (月) 21時41分

二木先生の絵に郷愁を誘われます。
この歌は小学1年で習いました。
「さざんかさざんかさいたみち」
その当時私の周辺で山茶花をみることはありませんでした。山茶花が椿に似た花であることも知りませんでした。
今、普通に山茶花は見られます。代わりに焚き火が見られなくなりました(禁止ですから当然ですがね)
しもやけの辛さも蘇りました。
山茶花や昭和は遠くなりにけり 本歌取り
我が家の記念樹の山茶花が数年も持たなかったのが残念です。薄桃色の山茶花でした。代わりを植えることもなく老境に達しました。

投稿: りんご | 2015年11月22日 (日) 08時39分

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