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大きな古時計

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


アメリカ民謡、作詞:不詳、作曲:H.C.ワーク、
日本語詞:保富康午

1 大きなのっぽの古時計
  おじいさんの時計
  百年いつも動いてた
  ご自慢の時計さ
  おじいさんの生まれた朝に
  買ってきた時計さ
  いまはもう動かない その時計
  (*)百年休まずに
     チクタクチクタク
     おじいさんといっしょに
     チクタクチクタク
     いまはもう動かない その時計

2 なんでも知ってる古時計
  おじいさんの時計
  きれいな花嫁やってきた
  その日も動いてた
  うれしいこともかなしいことも
  みな知ってる時計さ
  いまはもう動かない その時計
  (* 繰り返す)

3 真夜中にベルがなった
  おじいさんの時計
  お別れのときがきたのを
  みなにおしえたのさ
  天国へ昇るおじいさん
  時計ともおわかれ
  いまはもう動かない その時計
  (* 繰り返す)

          Grandfather's Clock

1. My grandfather's clock was too large for the shelf,
   So it stood ninety years on the floor;
   It was taller by half than the old man himself,
   Though it weighed not a pennyweight more.
   It was bought on the morn of the day that he was born,
   And was always his treasure and pride.
   But it stopp'd short, Never to go again,
   When the old man died..
     (Chorus:)
         Ninety years without slumbering
         Tick, tock, tick, tock,
         His life seconds numbering,
         Tick, tock, tick, tock
        It stopp'd short, Never to go again
         When the old man died.

2. In watching its pendulum swing to and fro,
   Many hours had he spent while a boy;
   And in childhood and manhood the clock seemed to know,
   And to share both his grief and his joy.
   For it struck twenty-four when he entered the door,
   With a blooming and beautiful bride.
   But it stopp'd short, Never to go again,
   When the old man died..
      (Chorus:)

3. My grandfather said, that of those he could hire,
   Not a servant so faithful he found:
   For it wasted no time, and had but one desire,
   At the close of each week to be wound.
   And it kept in its place, not a frown upon its face,
   And its hands never hung by its side;
   But it stopp'd short, Never to go again,
   When the old man died..
     (Chorus:)

4. It rang an alarm in the dead of the night,
   And alarm that for years had been dumb;
   And we know that his spirit was pluming its flight,
   That his hour of departure had come.
   Still the clock kept the time, with a soft muffled chime,
   As we silently stood by his side;
   But it stopp'd short, Never to go again,
   When the old man died.
      (Chorus:)

《蛇足》 ヘンリー・C・ワークは多くのフォークソングを作りました。この曲は、最も成功した作品の1つで、1876年に作られました。この年、アメリカで最も流行った歌が、この歌と「I'll Take You Home Kathleen」でした。

 アメリカでは、この歌はよくブルーグラスとして演奏されます。ブルーグラスは、ケンタッキー州の山岳地帯の民謡から1940年代に派生したカントリー‐ミュージックで、バンジョー、マンドリン、ギターなどで演奏される曲形式です。

 訳詞は3番までですが、原詞は4番まであります。また、原詞が「90年」となっているところを、訳詞では「百年」としていますが、これは語呂の関係でしょう。

 grandfather clockまたはgrandfater's clockは、床置きで背の高い箱形の振り子時計を指す普通名詞になっています。grandfatherだけでも、そのような時計を指すことがあります。これは、C・ワークのこの歌から生まれた言葉です。

 私の祖父は、1週間に1回、隠居部屋のボンボン時計のネジを台に乗って巻いていました。
 その時計は、「おじいさんの身長より高かった床置きの時計」とは全然違い、明治後半~昭和30年代にかけて、日本の多くの一般家庭にあった八角形の柱時計でした。1時間ごとに打つその時鐘は、今も耳の奧に残っています。

 祖父は、私が中学1年だった3月のある夜、午前1時のボ~ンという音が鳴ったあと、長男と次男(つまり私の父と叔父)に抱きかかえられ、息子2人の名前をかすかに呼んでから息を引き取りました。
 時計は、その後10数年動いていました。

追記:この歌が作られた経緯とその発想源になった古時計について、新桜丘さんが興味深い情報を伝えています。下記の投稿をご覧ください。

(二木紘三)

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コメント

聴いてはいませんが、確かビング・クロスビーも吹き込んでいたと思います。

この曲は、あくまで個人的な見解ですが、テノールでは、
どうも情感が薄っぺらになりがちで、そぐわないようです。

古い木製の大時計の、無骨でたくましく、それでいて
慎ましやかなベルの響きは、やはりバス・バリトンのものでしょう。

そういう印象ゆえか、二期会の名歌手・三林輝夫のような
うまい人が歌っても、声質ゆえにかなり違和感がありました。

その点で、日本の歌手では故人・立川清人の深いバリトンが
今も懐かしく思い出されます。

投稿: | 2008年8月 4日 (月) 23時51分

当該曲に直接関わりなく、恐縮ですが、解説中にある
“I'll Take You Home(Again) Kathleen”(帰ろうよ
カスリーン)は、ジョン・フォード監督の「静かなる男」で
ヒロインのカスリーン・ダナハー(モーリン・オハラ)の
テーマとして使われていましたね。

カスリーンがピアノで弾き語りする場面のほか、
BGMとして効果的に使われていた、うるわしき佳曲です。

トマス・ウェステンドルフ作曲と記録がありましたが、
今回こちらで初めて発表年代を知り得ました。
ありがたく、感謝にたえません。
御礼申し上げます。

投稿: 若輩 | 2008年8月11日 (月) 04時41分

この曲を聞いていると、母の話を思い出します。大正3年生まれの母の姉がよく歌っていたといいます。今は子供たちが歌いませんが、当時の子供たちは歌っていたようです。私もこの曲が好きです。子供の頃歌ったかと言うと歌っていません。のちに覚えて好きになりました。

投稿: 昔の少女 | 2009年11月 1日 (日) 15時50分

私の生家にも大きなノッポの古時計がありました。確かに100年位たっていたでしょう。部品が無くて直せないと時計屋さんに言われたようです。蚕が桑を噛む音と時計の時報が脳裏に焼きついています。

投稿: 海道 | 2012年10月 9日 (火) 11時19分

私もブルーグラスでよく演奏します。バンジョー ウッドベースなどソロを採ると皆さんお馴染みの曲でノリも最高です。昔はどの家にもあった柱時計・・・夜中にボ~ンと鳴りビックリしたこと、チクタク 々 秒針の音など懐かしい思い出です。ところでアメリカ社会では9と言う数字は不吉な数字だそうですね。オールドナンバー9 悲しき9時の鐘 など この おじいさんも90歳まで生きられたんですね

投稿: たかし | 2014年1月30日 (木) 15時52分

先日、この歌に同じH.C.ワークが2年後に発表した続編があることを知り(Sequel to MY GRANDFATHER'S CLOCK)、動画投稿サイトで探してみました。バンジョーとピアノの伴奏になるカントリー調の軽快な曲は、少し歌うのが難しいと感じましたが、曲の雰囲気など、とても良い歌で気に入った次第です。
しかし歌詞は衝撃的で、なんとおじいさんの家は人手に渡り、古時計は役立たずのガラクタとして処分され、分解して燃やされてしまうのです。あとには新型の柱時計が無機質な音で時を刻むのみ。これも時代の流れだという、個人的にはやりきれないものでして、あまり人気が出なかったのも納得できます。
途中の合唱のところで、おじいさんはお墓の中で眠り続けているといった描写が繰り返される一方、最後の4番の末尾で新しい時計は合理的で将来の希望があると述べてみたりと、懐古と時代の移り変わりを同時に著しており、不思議な気持ちになる歌です。

投稿: 「もう戦後ではない」と言われた時代に生まれたおっさん | 2015年2月23日 (月) 15時28分

この題名だけ見たとき、むかし母が歌ってくれた「お城の塔の古時計」のことと思っていました。全然違いました。母は「村人が青い目を丸くしてお城を見上げているようすが目に浮かぶね」と言いました。「戦国時代のお城とはちがう、貴族の館なのよ」と。今も母を思い出すたびに口ずさみますが、この歌はもう流行らないらしくて、よそで聞いたことはなく、作詩作曲が誰かも知りません。ご存じの方がいらっしゃったら、何か教えていただけるでしょうか。詞はこうです。

お城の塔の古時計
日ごとに2分おくれます
何にも知らない村の人
お城の時計を眺めては
毎日時計を合わせます
  やがてお昼に月が出て
  露の干ぬまに日が暮れる
けれども知らない村の人
変わらず時計を合わせます
知っているのはイワツバメ
知っていたとて鳥じゃもの
黙って空で宙返り

投稿: dorule | 2016年4月11日 (月) 10時29分

「おくれ時計」作詞 西條八十 作曲 本居長世 
知りませんが「お城の塔の古時計」で検索したら分かりました。

http://home.h08.itscom.net/chiyomi/douyoushouka.html
http://www.d-score.com/ar/A05010901.html

https://www.youtube.com/watch?v=BmXPL0f4sKo

投稿: なち | 2016年4月11日 (月) 12時37分

 小学生になる前頃まで 時報の音用と時針用の2か所のネジ巻いていたのを思い出します。

dorule様へ
「おくれ時計」だと思います。YouTubeにあります。

投稿: 邦夫 | 2016年4月11日 (月) 12時54分

 小学校の昇降口から教室に向かうところに雨天体操場としても使われた、板張りの広間がありました。そこに「デンバー大学を卒業して寄贈」と記された大時計がありました。
 その日は、母からお金をもらい、算数で使う30センチの竹の物差しを、校門前の文房具屋で買ってから登校しました。ランドセルに差した物差しを見つけたクラスで一番背が高い友人は、さっと抜き取ると高く掲げ、振り回しました。すると、板張りの板と板の隙間から床下に落ちてしまったのです。友人に謝られてもどうしようもありません。本当に忘れた3人と一緒に担任の女の先生に怒られたのを覚えています。
 なぜ、本当のことを言えなかったのか、昔は思い出すたびにからかっら友人を恨み、小学校2年の自分をかわいそうに思いました。でも今は、その時の自分をえらいと思ってしまいます。内気で言えなかったのではなく、言わなかったのだから。8歳の悲しみには、人生のはじまりの意味がありました。
 
 

投稿: omuraisu | 2016年7月17日 (日) 21時52分

なち様 邦夫様
さっそく教えていただいたのにお礼がおくれて申し訳ありません。本当にありがとうございました。六、七十年前の母親の歌声以外では初めてこのメロディーを聴きました。作者が本居長世・西条八十とは、なんと豪華な格調高き組み合わせなことか。大正11年と言いますと、ちょうど母が昔の高等女学校の寄宿舎にいたころに作曲されたのですね。私たちに聴かせてくれた歌の多くはそこで覚えたものらしいと思い当たります。このお城は時計塔があるのだからヨーロッパの貴族の館だね、村人が青い目で塔を見上げて時計を合わせている様子が目に浮かぶよ、といつも言いました。この寄宿舎で少し上のクラスのリーダー格の華やかな人が、後に結婚する父の従妹で親しくつきあうことになるとは、まだ知らなかったはずです。You Tubeはピアノ演奏ですが、母はだれの歌で聴いたのでしょう、まだ検索していませんが、果たしてレコードはあるのでしょうか。

投稿: dorule | 2016年7月19日 (火) 15時44分

二木様の「うた物語」にいつも感銘を受けております。
お読みになられたかと思いますが、2009年9月17日付け朝日新聞に下記の記事はありました:

Quote
この歌詞の「おじいさん」と時計にはモデルが実在したといわれています。

 1874年、旅公演で英国に来たワークは、とある小さなホテルに滞在しました。ロビーには2メートルを超す大時計があり、なぜか針は11時5分で止まったまま。不思議に思って尋ねると、宿の主人がこんな話をしたというのです。

 それはホテルのオーナーだった「ジェンキンス兄弟」の物語でした。時計は兄が生まれた日に購入されました。実直な人柄で土地の人に愛されたという兄弟同様、時計は正確に時を刻みました。でもある日、弟が病に倒れて亡くなると、時計は狂い始めます。いくら修理しても直りません。しばらくして兄も後を追うように亡くなりました。駆けつけた人々は時計を見て驚きました。兄が亡くなったという11時5分を指したまま、時計の振り子も止まっていた、というのです。

 「それがまさにこの時計です」。英国北東部、ダラム州ピアスブリッジにある「ジョージ・ホテル」の前オーナー、ジョン・ウェインさん(68)は、ロビーの大時計を示して胸を張りました。針は止まっています。当時の宿帳が残っているわけではありませんが、逸話は代々引き継がれてきたと話します。「ワークは米国からここに来て、そう、暖炉の前のいすに座って、主人の話に耳を傾けた。そして、この宿に泊まっている間に曲を作ったんです」。そう、ウェインさんは自信満々に話します。

 でも、実はここに、一枚の新聞記事があります。日付は1938年6月21日。ワークが亡くなってから五十数年後の、米国マサチューセッツ州のスプリングフィールド・ユニオン紙です。「あの有名な歌の古時計、州内で家族が所有」というスクープ記事が掲載されています。

 その時計は、現在もワークゆかりの親族が持っていることが分かりました。

 一体どちらの時計が「本物」なのでしょう。そして歌が切なさに満ちているのはなぜなのでしょう。
Unquote

投稿: 新桜丘 | 2017年4月 1日 (土) 11時53分

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