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誰(たれ)か夢なき

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作詞:佐伯孝夫、作曲:清水保雄
唄:竹山逸郎・藤原亮子

1 想いあふれて 花摘めば
  白い指先 入日がにじむ
  あざみなぜなぜ 刺(とげ)持つ花か
  たとえささりょと ああ 誰(たれ)か夢なき

2 森の梢(こずえ)に照る月も
  くもれ男の 切ない涙
  つよくあきらめ 忘りょとすれば
  声がまたよぶ ああ 誰か夢なき

3 あわれ彼(か)の君 今在(ま)さば
  何んで離りょう 離されましょか
  伊豆の紅ばら 湯ぶねにちらし
  すがる面影 ああ 誰か夢なき

4 愛がまことの愛ならば
  慕うこの花 あの花二つ
  結ぶ都の 優絲柳(やさいとやなぎ)
  春よ輝け ああ 誰か夢なき


《蛇足》
昭和22年
(1947)8月公開の新東宝映画『誰か夢なき(前・後編)(渡辺邦男監督)の主題歌。
 恋愛ドラマで、藤田進、中村彰、黒川弥太郎、野上千鶴子、大河内伝次郎、入江たか子などが出演しました。

 時代劇スターの黒川弥太郎、大河内伝次郎の出演しているのが目を引きます。敗戦後の被占領時代、GHQ(占領軍総司令部)により、時代劇は封建的だとして公開が禁止されていました。出番がなくなった時代劇スターたちは、やむなく現代劇に出演していたのです。

(二木紘三)

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コメント

私はませた少年でした。小学校の頃、雪国で、屋根まで積もった雪で真っ暗な部屋でコタツに当たりながら何故かこのメロデイを聴いた記憶があります。テレビは未だなく、兄たちの持っていたラジオから流れる流行歌だったのでしょうか。今となっては定かではありませんが、メロデイだけは頭に残り、これを聴くたびに今でもノスタルジックな想いにかられるのです。

投稿: 小幡 卓 | 2010年6月21日 (月) 20時41分

「想いあふれて」という出だしが子供の頃から好きでしたが、本当にそういう感情になったのは50歳を過ぎてからでしょうか。
浜名湖畔を歩きながら「君は何の花が好き?」ときかれて「あざみです」と答えた青春の日。思い出せば、あふれるような想いに涙がこぼれそうになります。「たとえささりょうと ああ だれか夢なき」棘に刺されてもよいから一度、彼と冒険をしておけばよかったと後悔する日もありますが、冒険をしなかったおかげで、彼は私にとっては永遠の「かの君」なのかもしれません。

投稿: ハコベの花 | 2010年6月22日 (火) 12時46分

題名の『誰か夢なき』の意味を最近のヤングが一読して理解してもらえるだろうかとちょっと不安です。蛇足様の名解説にあるように、本来時代劇の出演が多かった黒川弥太郎、大河内伝次郎が封建的と言われ持ち場を失って出演した現代劇だと。GHQが解除された後、昭和28年から35年頃まではお説のように黒川は時代劇専門でした。大河内は京大教授に扮した『我が青春に悔いなし』(黒沢明監督)と造船中将平賀譲の伝記『怒りの海』(今井正監督)が現代劇としてあることは私も知っています(なぜか両方とも原節子の共演)。昭28年頃の東映現代劇で探偵に扮した片岡知恵蔵が、悪漢を追跡中に見え見えのタクシー運転手の格好で画面に出て来るのには大笑いしました。信仰心の篤い大河内伝次郎は京都小倉山に三千坪の敷地に!四季折々の銘木を植え、持仏堂を構え、映画演劇の収入をほとんどそれに注ぎ込んだ、と聞いて篤い信仰心に頭が下がります。そこは今でも一般公開されているはずです。

投稿: 乙女座 | 2012年8月10日 (金) 18時13分

入江たか子の名前は私(昭23年生)には、入江若葉の実母であり、『椿三十郎』(黒沢明監督)で団玲子が扮する家老の娘の母親役のイメージが強いです。元々は由緒正しい京都の公家(菅原道真公直系)子爵の家系だと知ったのは最近です。そういう家柄だから映画界に入ることには周囲から強い反対があった。原節子がほんの駆け出しのころ、入江たか子と共演する機会があり世の中にはこんなにきれいな女優さんがいるのかと、撮影終了後も家に帰るのを遅らせてずっと眺めていた、と自伝で言っていました。もう一人は、渡独中にベルリンで紹介されたドロテア・ヴィーク(ドイツ映画・制服の処女の先生役)。

投稿: 乙女座男 | 2012年8月10日 (金) 18時41分

小学校5~6年生の頃、この映画を見たことがあります。6歳年長で高校生の姉は、学校で「女生徒は一人で映画に行っては行けない。家族となら良い」と言われていたそうです。しかし、父母、兄は家業、学業に多忙と言って取り合わないので、大人の映画をいやがる私を無理に引っ張って行きました。ストーリは理解できなかったが、一部のシーンと主題歌は覚えています。主人公2人が駅の太い柱の反対側をまわって会えないシーンは子供心にも作りものという感じがして笑ってしまいましたが、ここで会えたら映画はおしまいになるので、やむを得ない筋書だと今は思っています。ヒロインが湯船で樋の湯を手に受けているところに主題歌が入るシーンは印象的でした。主題歌は後でタンゴ好きになった私の気に行っているメロデイですし、歌の文句も気に行っています。数十年たってインターネットでストーリーや主要シーンを知りましたが全貌を知りたいと思っていたところ、映画のビデオがあるというので、注文したところ、売り切れて再販の見込みもないということでまことに残念です。
姉は先年なくなりましたが、小学生のいやがる私をこの映画に連れて行ってくれた事を今では感謝しています。

投稿: 夢想人 | 2016年7月18日 (月) 06時52分

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