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水色のワルツ

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:藤浦 洸、作曲:高木東六、唄:二葉あき子

1 君に逢ううれしさの 胸に深く
  水色のハンカチを
  ひそめる習慣(ならわし)
  いつの間にか 身にしみたのよ
  涙のあとをそっと 隠したいのよ

2 月影の細道を 歩きながら
  水色のハンカチに
  包んだささやきが
  いつの間にか 夜露にぬれて
  心の窓をとじて 忍び泣くのよ

              (ハミング)

  心の窓をとじて 忍び泣くのよ

《蛇足》 昭和25年(1950)レコード発売。
 クラシック系の作曲家が歌謡曲を作ると、なるほどこういう流麗な曲になるのかと思わせる歌です。

 高木東六は、歌謡曲が好きではなく、とくに47抜(よなぬ)きで作られた演歌は「乞食節」だといって嫌っていました。47抜きとは、音階のうちの4番目と7番目、すなわちファとシがない曲で、日本的なメロディの特徴の1つとされています。

 彼は、歌謡曲はあまり作りませんでしたが、印税収入の多くをもたらしたのは歌謡曲、とくに『水色ワルツ』だったそうです。後年、彼は「こんなことなら、もっと歌謡曲を作っておけばよかった」と漏らしたという話が伝わっています。

 平成18年(2006)8月25日、102歳で大往生。

(二木紘三)

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コメント

高木先生は歌謡選手権なんかの審査員で拝見した程度ですが、あの批評が好きでした。
発声を重視し、他の審査員とはあきらかに審査基準が違ってましたから・・・・

投稿: トシ1210 | 2007年8月23日 (木) 23時38分

この歌は20歳頃憶えました。今でも歌いますが、昔お姫様だった人達に、良い歌ですよねと言われます。歌がうまいのか、曲が良いのか。はっきりしない方が良いのですよね。

投稿: M.U | 2008年5月21日 (水) 14時59分

昔、高木東六がラジオかテレビで水色のワルツはチャイコフスキーの*****という曲からヒントを得たと言っていたのを聞いたことがあるのですが・・・・。
私にはクラシックの素養がないので*****を覚えていません。どなたか心当たりはありませんか?
二葉あき子は、晩年はキーを落として歌っていましたが若いときの声はすばらしかったです。

投稿: 周坊 | 2008年5月21日 (水) 20時37分

先生の解説が実にユニークです。今の子供達もこうゆう唄を
歌った方が人間としての感性が磨かれると思います。
NHKのど自慢も若者に寄りすぎていると思うのは私だけでしょうか。

投稿: 海道 | 2008年9月29日 (月) 19時03分

高木東六の曲もたしかにきれいなのですが、この歌の魅力はなんと言っても藤浦洸の詩にあるのではないでしょうか。
逢う瀬の喜びの後に来る別れの涙を隠すために、胸の奥にそっと「水色のハンカチをひそめる」という表現は、忍ぶ恋の、うれしさと悲しみのない交ぜになった複雑な思いを余すところ無く語っているように思います。
私のアコーディオンで歌っている、老人ホームの女性が、しきりに感心していました。

投稿: 阿弥陀堂 栗桃庵 | 2008年10月 5日 (日) 22時42分

高木東六・藤浦洸、おふたりの鶴に似た痩身を懐かしく思い出します。当時高校生の姉によると、いつもその色の服をお召しになっているので、「水色のワルツ」と呼ばれた先生がいらしたとか。いかに流行っていたかということですね。

投稿: Bianca | 2008年10月 7日 (火) 07時18分

この『水色のワルツ』は大好きです。高木東六の研ぎ澄まされた、繊細な曲と藤浦 洸の作詞もまた良い。最近クラシック歌手の鮫島有美子さんが歌っています。やっぱり歌手ですネ。ドイチェさんのピアノ伴奏も素晴らしい。聞いていて涙がこぼれます。1938年生まれの男性。

投稿: レフティ しげ | 2008年10月 7日 (火) 21時34分

 水色の叙情性。スローワルツ。「君」の解るメンタリティ…。例えば、この歌に相応しそうな女優さんを求めるとすれば、誰でしょう?今の時代にはいそうにないし。やっぱり、若かりし頃の原節子でしょうか?いや、少し違うかな?

投稿: 大場光太郎 | 2008年10月10日 (金) 17時08分

50年位前だと思いますが、NHKラジオに「話の泉」と言うのがあって、高木先生も出ていた記憶があります。 博学だったですね。
 二葉あき子さんの歌はやはり高いキーの方が素敵ですね。
 この曲は確かタンゴにも編曲されていますね。

投稿: 弘中健一 | 2008年10月11日 (土) 16時19分

小生の初恋の女性が高木東六先生の弟子で長野県で小学校の音楽の先生をしていました。50年も前のことですが春休みなど必ず水色のハンカチを携えて神戸に来られて居ましたから私同様此の歌のファンでした。もう今は黄泉の国の住民となられたそうで一昨年安曇野へお墓参りに参りましたが、今一度あの世で彼女と一緒に東京ソフィア合唱団の”水色のワルツ”を聴きたいなと願っております。

投稿: y.okamoto | 2009年3月 1日 (日) 06時02分

周坊 様
この曲のヒントになったというチャイコフスキーの曲ですが、これは私の全くの当てずっぽうですが、「ワルツ・メランコリックValse melancolique」という曲の雰囲気が「水色のワルツ」にとても似ているように思います。違っていたら御免なさい。

投稿: くまさん | 2009年3月 4日 (水) 23時49分

くまさん 様
貴重な情報を有難うございます。
クラシックのレコードやCDを探したことはありませんが、早速楽器店に行ってみようと思います。見つけたらご報告します。
 

投稿: 周坊 | 2009年3月 5日 (木) 13時31分

周坊 様
大変申し訳ありません。「ワルツ メランコリック」ではなく『ワルツ センチメンタルValse Sentimentale』の間違いでした。とんだご迷惑をおかけして申し訳ありません。(粗忽者でアバウトのくまさん)

投稿: くまさん | 2009年3月 5日 (木) 21時52分

くまさん 様
どういたしまして。
楽器店に行く前に、とネットを眺めていたら「ワルツ メランコリック」で他の作曲者のがありましたので、同じ曲名でいろいろな人が作曲するのだなと思っていました。
「センチメンタル」ゆっくり探そうと思っています。
                 

投稿: 周坊 | 2009年3月 6日 (金) 15時06分

くまさん 様
Valse sentimentaleをYouTubeで聴きました。
ピアノソロとヴァイオリンソナタの様なのを何度も聴きました。
あなたがおっしゃるように確かに雰囲気が似ていると思います。
いずれにしても、高木東六がこの曲を知らなかったはずはなく何らかの影響を受けたことは間違いないと思います。
ありがとうございました。
 

投稿: 周坊 | 2009年3月13日 (金) 11時23分

周坊 様
わざわざご返信いただき有難うございます。再度おことわりしますが、曲の雰囲気が似ているというだけで、この曲がそうだという確証はありません。私自身は「水色のワルツ」の方が名曲だと思っています。美しい音楽にクラシックもポピュラーもない、
二木先生の演奏に耳を傾けているとあらためてそう思います。また、たとえばモーツァルトのピアノ協奏曲(特に初期の)の中には、まるで日本の演歌を思わせるような旋律も出て来ますよ。

投稿: くまさん | 2009年3月14日 (土) 10時24分

 さいたま市のシニアユニバーシティ大学院の音楽科は、キーボードを使い1年間で自分の曲を各自1・2曲弾けるよう指導してくれました。
 この「水色のワルツ」を選んだ女性は私より年上の人でした。それまで私はうろ覚えだったのですが、彼女の曲と歌を聞いて「ああ、いい曲だなあ」と思いました。

 それ以来、私もこの歌が好きでよく唄います。彼女とは幹事同士でした。昔小学校の先生だったみたいです。今でもお元気ですか!清澄なこの曲を歌うと彼女を思い出します。

投稿: 吟二 | 2010年2月19日 (金) 22時25分

最近のカラオケでは作詞家の労作が世の中の趨勢か、例えば習慣(ならわし)「水色のワルツ」を平仮名、耐えた(こらえた)「東京アンナ」を平仮名、自動車(くるま)「若い二人の心斎橋」を車など字を簡略化しています。作詞家あるいは関係者に断っているのならともかくとして、こういった字の使い方を好む者としては残念です。


投稿: 海道 | 2011年11月 7日 (月) 17時33分

この曲は高木東六が伊那市に疎開していた時天竜川のほとりを散歩していた時に浮かんだメロディーが元になっているとか。

投稿: 海道 | 2012年4月 7日 (土) 16時17分

高木東六が伊那の天竜川のほとりでこの歌を・・・
伊那の飯田市川路に疎開でいき 天竜川で泳ぎ遊んだ
大昔・・懐かしく、思い出しています
ハーモニカでの演奏は最高です
メンバー共々頑張ります・・宮ケ原さんに片岡さん
青木さん・斉藤さん 楽しく吹きましょう

投稿: 田中 喬二 | 2013年2月19日 (火) 21時02分

藤浦 洸と高木東六が審査員として並んでいたテレビ番組を思い出します。私は小学3~4生?、それとも中学生だった? 二人の講評が子供心に素晴らしく思えました。他の審査員や番組題名を全く覚えていません。ご存知の方、教えてくださると幸に存じます。

投稿: tangominato | 2013年2月20日 (水) 06時12分

頬の落ちた藤浦洸の抑揚に富む話しぶり、メロディーを少し変えて手本を示したりする高木東六の歌いぶり、楽しくも懐かしい。話の泉はラジオでしたね。テレビ番組は東京五輪後と思いますから、中学はおろか高校も過ぎており、甚だしい記憶違いでした。NHKのど自慢だったのでしょうか?

水色のワルツを聴くたびに、緩やかなテンポにじれったくなります。もう少し軽快テンポなら…さわやかな哀調になるのでは、とド素人は思います。でも時代の雰囲気を失う…かな。
> クラシック系の作曲家が歌謡曲を作ると、なるほどこういう流麗な曲になるのかと思わせる歌です。
この二木さんの解説はじれったさの別表現かしらと他意無く推察いたします mm

投稿: tangominato | 2013年2月20日 (水) 20時18分

高木東六が出た番組で覚えているのはNHK「あなたのメロディ」「家族そろって歌合戦」です。藤浦洸は「私の秘密」です。一緒に出られた事があったのでしょうか。暇だったのかよく観ていた番組でした。私の記憶ではご一緒だったのは無いように思います。それにしても美しい音楽です。メロディもですが、2番の歌詞が美し過ぎて、藤浦洸の頭の中を覗いてみたくなります。水色のハンカチに包まれたささやき、私ならさて何色のハンカチにしましょうか。想像するだけで幸せな気分になります。恋は素敵!

投稿: ハコベの花 | 2013年2月20日 (水) 21時28分

スローワルツに耐えつつ、二木さん奏でる流麗にして荘重な調べを繰り返し拝聴。すると、夜霧に濡れて忍ぶ恋、むせぶ泣く恋、悲痛なまでの恋、、、源氏物語で習った`恋`の真髄が伝わってくるようです。

ハコベの花さん、いつも詳しく教えて下さりありがとうございます。ツギハギばかり出鱈目の記憶を恥じています。`みなと`に`灯台守/助舟`で精一杯のボンクラですから。
みなと…や‼でカミングアウト出直します。これからもどうぞ宜しゅうに存じます。

投稿: minatoya | 2013年2月20日 (水) 23時42分

高木東六さんはお元気な頃、毎年大晦日の夜、横浜山下公園の「赤い靴の女の子」の像の小さな芝生広場で歌を唄う集まりを催されていました。私も二度程参加したことがあります。80歳をちょっと超えた頃かと思いますが、矍鑠と、素敵な声で歌っておられたのを思い出します。審査員の時の講評では、なかなか辛口コメントで、面白かったですね。「私の秘密」においての、藤浦珖さんのあのお顔としゃべり方はとても特異な印象として残っています。藤原あき、山本嘉次郎さん等がいましたかね。司会は高橋圭三アナ、「どうも、どうも」でした。懐かしいです。「水色の…」は歌詞、メロディ共に秀逸です。

投稿: かせい | 2013年2月21日 (木) 00時33分

私の秘密で忘れられないのは『何でも見てやろう』を書いた小田実が1日1ドルで世界旅行をしたあと、出場したのですが不遜な態度で良い印象を与えませんでした。藤浦洸が憮然とした顔をしていたのが忘れられません。
minatoya様、高校生の頃私の住んで居るところとは全く違う環境の人を探して文通していました。京都府竹野郡網野町字まで続く長い住所の人でした。tangominatoさんのお近くだったかもしれませんね。

投稿: ハコベの花 | 2013年2月21日 (木) 11時04分

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