« 女の意地 | トップページ | 女ひとり »

おんなの宿

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:星野哲郎、作曲:船村徹、唄:大下八郎

1 想い出に降る 雨もある
  恋にぬれゆく 傘もあろ
  伊豆の夜雨(よさめ)を 湯舟できけば
  明日の別れが つらくなる

2 たとえひと汽車 遅れても
  すぐに別れは くるものを
  わざとおくらす 時計の針は
  女ごころの かなしさよ

3 もえて火となれ 灰になれ
  添えぬ恋なら さだめなら
  浮いてさわいだ 夜の明け方は
  箸を持つ手が 重くなる

《蛇足》 昭和39年(1964)のヒット曲。星野哲郎・船村徹のゴールデンコンビによる不倫ソングの傑作。

(二木紘三)

|

« 女の意地 | トップページ | 女ひとり »

コメント

不倫ソングとしては、熱海の夜、女の駅、さざんかの宿など
ありますが、表現がきついと思うのです、このおんなの宿
位で止めておいた方が良いのではと思います。
曇りガラスを手で拭いて貴方明日が見えますか?(見える
筈が無い)

投稿: M.U | 2008年6月 9日 (月) 15時34分

この歌は伊豆の女性を訪ねた不倫旅行でしょうね!恥ずかしながら20年ほど前の自分を思い出します。離れた地方の女性に会う前は嬉しくてそれこそ指折り数えて、妻には嘘の細工をして会ってみるとあっという間に別れがくるそんな切なさを幾度も体験しました。スリルとかそんなのではなく、ただただ会いたくて。今思うと二人の女性に申し訳ない気がいっぱいです。この歌を聴くと当時をホロ苦く思い出します。

投稿: ON | 2008年6月10日 (火) 21時49分

 数十年前、私がまだ新入社員だった頃、社員旅行の宴会で優勝トロフィをもらったときの歌です。最後の一行を少し声を震わせて思い入れをこめて歌いました。懐かしいです。

投稿: 吟二 | 2008年9月 3日 (水) 23時55分

法律や道徳などというものは、しょせん人間が社会の混乱を防ぐために作った代物。結婚はその最たるものではないでしょうか、と言ってしまえば不道徳の謗りは免れないでしょうけど。
 世間の規範に背くことができない故の苦悩、背いたが故の苦しみこそ善男善女の悲哀であり、流行歌の真髄ではないでしょうか。逆にそれがないとすれば世の中平和なだけで全くつまらないと思います。

投稿: 周坊 | 2008年9月 4日 (木) 20時53分

カラオケで大下八郎先生が出演されてるバージョンがありますが、あれは良く出来ているなあと思いました。
ゴルフだよと嘘をついて、人目を忍んで一夜限りの情事に身を任せる。
朝、男は何も無かったかの様に出ていく・・・女はそれを見送るのみ。
-会ってはいけない、会ってはならない、でも会いたい・・・ああ伊豆の夜雨は女の涙か・・・

朝っぱらからスミマセン

投稿: カト | 2009年11月20日 (金) 09時09分

日本のやくざもの映画が流行るのは、日本人の心の中に昔から任侠の男はかっこいいいうイメージがあり、受け入れる素地があるからだと、お名前は忘れましたが、公安の偉い方が言われていました。高倉健や鶴田浩二に憧れる男が多いですよね。私もそういう映画を見た後、外に出ると高倉健の肩になって歩いたものです。

同様に、不倫も密かに憧れている人が多いのではないでしょうか。だから不倫カップルの宿の演歌がこんなにも多いのだと思います。石田純一も「不倫は文化だ」と言いましたが、日本人の心の奥に「許す」ものがあるのだと思います。密かに憧れながら、実際に行動に移すと自身への跳ね返りが大きいのでやらない方が多いと思いますがいかがですか。一夜限りのあとくされのない関係なら、男女ともに「したい」という方は多いと思いますが。

投稿: 吟二 | 2016年12月11日 (日) 22時14分

この歌は初めてこのページでしりました。昔から父の好みで【ラジオ】が管理されていたので、クラシック・オペラ・ジャズなどが主流で、歌謡曲も声量豊かな歌手が歌う歌ばかりでした。(「股旅物」はなぜか別格できかされましたが・・・・・。)あらゆる歌は【詩】がすぐれていれば人の心に響きますが、「別れ」の表現があまりに下品な表現はこころに響かないのではないでしょうか?
小説ではかなり「不倫もの」は読みましたので、抵抗はないのですが・・・・・。文学や音楽は「超えてはならない垣根」を超える時に生じる心の「揺れ」や「惑い」がなくてはならない材料だとおもいます。
男女の仲は、許されないからこそ「燃え上がる」のは、思春期の男女から、老齢の男女も変わらないものではないでしょうか?
今までの人生で、人知れず胸の高鳴りやときめきも知っています。確かに人生の中には、束の間の出会いのなかで、心の通じる瞬間はあります。その出会いが二度同じ相手と体験してしまったら、もうそれは「恋」に発展するでしょう。体験できるか、出来ないか、一歩踏み出すかはひとそれぞれです。今度女性に生まれたときは、絶対「つっぱしる」人生もまあいいか!と、おもいます。
個人的な好みで言わせて頂くと、こういう歌は「女性」の歌手で歌ってほしいですね。男性に歌われると「女々しい」男に見えて、好きではありません。
どうか好き勝手な発言を、お許しくださいませ。

投稿: mitsuko | 2016年12月12日 (月) 23時50分

井上ひさしが藤沢周平に出会ったとき、思い切って聞いたそうです。お福と文四郎は最後の別れの時、一線を越えたのかと。すると周平は「俺にもわからん」と怒ったように言ったそうです。小説の中でもテレビドラマの中でもぼかしてあります。しかし想像は出来ます。でも私はこれは男の視点から書かれていると思いました。最後におふくと文四郎が出合ったときお福が涙を一杯溜めた目でじっと文四郎と見つめ合ったまま別れたらもっとロマンチックで美しいものいなったのにと思いました。男は肉体で、女は気持ちで愛を確かめ合うのではないかと思います。まあ、男の結婚は「性の充足のため」が一番で女は「楽しい家庭を作るため」ですからその辺のところは男女で大きく離れます。カラオケスナックが流行ったころ不倫が多かったですね。離婚した何組かの夫婦を知っていますが、男は元の奥さんのところへ帰り、女は帰る先がなくて一人で暮らす人がほとんどでした。馬鹿な話です。

投稿: ハコベの花 | 2016年12月13日 (火) 13時40分

“歌が思い出に寄り添い 思い出が歌に語りかける…”
皆様 こんばんは。 ○○レコードのあこがれです。
今宵の懐かしのメロデイーは、まずこの歌からお聞きください。
(ここで、前奏がスタート~)
”添えぬ恋ならさだめなら 伊豆の夜雨が身に沁みる…
女心の切なさよ… 星野哲郎 作詞 船村徹 作曲「女の宿」 歌は 吟二さんです。 思い出に降る 雨もある~
恋に濡れゆく 傘もあろ~~

20年位前、お客さんの接待等でカラオケラウンジに行くと、必ずといっていい程 ナレーターを頼まれ、途中で知らない人のナレーションまで引き受けて、調子に乗って 口から出任せ思いつくままに喋りまくって、勝手に気分良く帰宅したものですが、まるっきり酒に弱い私がどういう訳か、ご指名を受けて飲めもしない宴席に引っ張り出されたのは、歌としゃべくりで盛り上げる宴会係の役割がこなせたからかも知れません。

でも、私にとって この歌に纏わる思い出は、少し人生の悲哀を味わうセンチメンタルなものです。
35~6年前になりますが、当時 大手アルミ建材メーカーの営業担当として、関西以西をくまなく巡回出張していましたが、とても懇意にしていた姫路のお得意様に連れられて行ったスナックで切々と歌われる社長の声に聞き惚れて、爾来、姫路に行くたびに決まって「おんなの宿」をリクエストしたものでした。それから十数年の時を経て、立場上なかなか地方廻りもできなくなった頃、厳しい環境に押し潰され全財産を投げ打ってお店をたたまれました。その後、消息も判らないまま数年経ち、偶然にも以前の場所からそれほど程遠くもない場所で、家族共々 小規模なお店を構えて細々と商売を継続されていることを知り、懐かしくなりついでの時に時間をとり再会を果たしました。むりやり誘って近くのカラオケラウンジに行き、それも無理にこの歌をリクエストしましたが、あのきれいな高音の社長の歌が、切々と胸に響いて思わず涙ぐんでしまいました。私の顔をみた社長の声も涙でとぎれ、事情を知っているスナックのママさんはじめカウンターの2~3人のお客さんも思わず貰い泣きをされていました。
人生は 歌から歌への旅かも知れない……。そして 歌は 人生から人生へのかけはし…。
人それぞれに 歌に纏わる思い出は悲喜こもごもですね。 長くなりました!


投稿: あこがれ | 2016年12月13日 (火) 14時50分

あこがれさま
せつないエピソードですね。

当マイクロホンこと中中西龍さんばりの司会
をお引き受けのあこがれ様。
楽しかった宴会が想像されます。

ハコベの花様

全くもって共感の至りです。当時は我がが田舎町でも不倫駆け落ちが流行ったものです。大抵男は戻りました。
妻も経済上の理由などで戻ってもらわないと困るから?

中に女も戻って平気で過ごしてる方もおられた、それはそれで
ご主人側にも帰ってもらわなくてはという事情があったのでしょうね。

比率としては帰れない女が大かったようです。

転勤族の故に  勤務地が温泉地の時は
不倫駆け落ちが華やかでした。
旅館勤めの流れ板とパートの女、そば店の女、豆腐屋のおかみなどなど。司会進行の世慣れた男と田舎者のパート女性も駆け落ち~そのご転出したので成り行きは不明~?

正に歌は世に連れ
世は歌に連れですね。


投稿: りんご | 2016年12月13日 (火) 17時50分

私の発言のあと、女性たちからはおおむね否定的なご意見が多かったと思います。私は、その結果が女性に不幸な結果になったのかどうかという観点もありますが、その時の二人の切ない感情の高まりは男女ともに共感できるものがあるのではないかと思ったのです。中里恒子さんの「時雨の記」という小説がありますが、私はこれは大人のメルヘンだと思います。奥さんのいる初老の男性と控えめな凛とした女性との老いらくの恋の物語ですが、舞台の鎌倉の風情と相まって、切なく苦しい男女の愛をうたっています。女優の吉永小百合は、二人は肉体関係がなかったと想像していますが、作家の城山三郎は、そんな甘い想像は二人の愛の深さを知らない人が言う言葉だと書いています。私も同感です。老いらくの恋」として騒がれた歌人の川田順は明治生まれ、東大の法科出身で住友本社の常務理事まで登った人ですが、京都大学教授夫人の鈴鹿俊子との恋に苦しみ、妻の墓に頭を打ちつけて自殺を図ったりしましたが、のち、結婚しました。この時の切ない恋心を数々の短歌などに残しています。「相触れて帰りきたりし日のまひる天の怒りの春雷ふるる」「手のある限り肌に触れん、脚ある限り通いこん、命ある限り君を恋せん」。私は妻はベターハーフだと思っています。でも、善い悪いはあるでしょうが私の胸は震えます。。

投稿: 吟二 | 2016年12月13日 (火) 22時40分

続けての発言をお許しください。私は【時雨の記】が書棚にあります。姉のような付き合いをしている方の兄上の仲人をされたのが中里さんでした。発売直後にその彼女と読みました。なんと彼女曰く「ギブスの上から」傷口をかくようで「イライラする」との感想でした。又当時健在だった「宇野千代さん」も、「もっと、赤裸々に書いてほしかった」と、同じような発言されています。女性だからよくわかるのですが、中里さんはあの程度の【恋】の表現でも、女性なら書いてない部分も、きっとわかってくれるとおもって、あの程度でとめられたのではないでしょうか。正直「何ときれいごと」に書いてと、不満な思いがしました。
私は昔から「澤地久枝さん」の大フアンですので、数冊書棚にありますが、ご自分のことはもっともっと心に響く内容の表現をされています。また小百合さんらしい表現を吟二様は紹介されましたが、小百合さんもかなり年上の男性と御結婚された方です。男女の心の機微は充分御承知の方です。あの小説の書かれていない部分を理解されているとおもうのは、こちらが70歳を過ぎてしまった今、ちょっと「意地悪ばあさん」になったのでしょうか?

投稿: mitsuko | 2016年12月13日 (火) 23時33分

心だけの恋もこの世の中には一杯あると思います。作家の野上弥生子は哲学者の田邊元と書簡で恋愛をしていました。お隣同士の間柄だったのですが、書簡で精神的な恋を全うしたと思います。相手を尊敬し、自分を高めていく恋もあるのです。私は16歳の時読んだ福永武彦の『草の花』の中にある知的な恋に憧れました。そして今でも若い時に愛した青年がくれた段ボール箱二杯の手紙に恋を感じています。色々な恋の形があると思いますが、この歌のような恋に憧れたことはありません。むしろ気持ちの悪さを感じます。もし昔の恋人に出会ったら握手どまりでしょうね。心が繋がっていればそれで充分です。そのためにも知的に美しくありたいと思っています。

投稿: ハコベの花 | 2016年12月13日 (火) 23時54分

mitsuko 様の近辺に中里恒子とご縁の方がいらしたのですね。
中里恒子著「時雨の記」は40代の時に読んで以来
バイブル的存在でした。
ハコベの花様同様に「プラトニック恋愛」こそ至上の愛と思っていました。
同じく40代に辻井喬著「虹の岬」も読みました。同じく美貌の歌人「原阿佐緒と東北大教授の石原純との道ならぬ恋~破局~波乱の生涯」にも強い関心を持っったものです。40代という年齢は現実の結婚生活を超えた浪漫への憧れを増殖。哀愁のインテリ役が似合う「原阿佐緒の次男~原保美」は心惹かれる俳優のひとりでした。

元へ
「時雨の記」は男性にとっては拷問にも等しいのではと
最近になって考えるようになりました。
当事者以外誰もいない部屋で一夜を過ごして何もなかった
というのは~女性の傲慢さえ感じられます。

飛躍するが  中学時代に中河与一の「天の夕顔」に心酔。
時雨の記を読むまでバイブル的存在でした。
それほどにプラトニックラブに憧れていました。
やはり還暦過ぎに読み返して「ストーカー」物語のようなおぞましささえ感じました。

投稿: りんご | 2016年12月14日 (水) 09時25分

どこかで誰方かが ほんの少し触れておられましたが、ついに出てきましたか? 中河与一の「天の夕顔」…
私にとってもバイブル的とは言わないまでも、永遠に忘れ去ることの出来ない神聖な財産として、人生の辛酸を嘗め尽くしてきた筈のこの年になっても心の片隅にとどめています。官能を底に秘め、激しく執拗でありながら、あくまでも精神的・人格的な愛の形を貫き通す。これほどまでにストイックな生き方は、武士道精神にも似て男の憧れであり、実は私のハンドルネーム「あこがれ」の由来は、S・ウルマンと天の夕顔であり、数年前から同人誌やサークルの仲間の掲示板へも時々「あこがれ」で投稿させて頂いています。
話が飛躍しますが、私の京都散策は単に寺社仏閣や庭園散策ではなく、京都文学散歩と銘うって京都を舞台に展開する小説や文学書の足跡をたどって散策し、そのストーリーの中に身を委ねながら、時にはその背景と心象風景を日記風に書き記して掲示板や同人誌に寄稿したりしていますが、滝口と7才年上の人妻あき子とが肩を並べて歩いた真如堂~神楽岡~聖護院御殿~熊野神社あたりまで、二人の面影をたどりながらのんびりと散策し、その後 五木寛之が行きつけのジャズ喫茶YAMATOYAでモカの香りを味わいながらコルトレーンやマイルスデビスに酔いしれたこともありました。
1939年生まれでありながら、今も現役で山荘の管理人をさせて頂き、どう見ても10才は若いですよ!と、お世辞をいわれながら、なんとか夢だけは失わないようにと頑張って生きていきたいと思っています。


投稿: あこがれ | 2016年12月14日 (水) 11時00分

不倫ソングの感想が文学論になってしまいました。展開としては面白いのかもしれませんが、「うた物語」の多くのファンにとっては如何でしょうか?と言いながら、わたしも中里恒子の「時雨の記」について、一言コメントさせてください。
 どなたか、あれは大人のメルヘンだと言われましたが、エロ小説や官能小説に食傷気味のわたしにとっては、こういう恋愛小説もあっていいなと、かえって新鮮な読後感を覚えました。現実的ではないとか、不自然とか批評はいろいろありましょうが、わたしの長い人生(今、81歳です)経験の中でも、あり得ない話ではありません。
 わたしの友人で「ドンファン」を自他ともに認めていた、かれの述懐を聞いたことがあります。かれ曰く「世の中には、まったく手も触れることができない女性がいるものだ。あれがプラトニック・ラブっていうんだろうな」と。ドンファンのいっている女性と、「時雨の記」に出てくる堀川多江は、多分女性のイメージは違うと思いますが、「大人のメルヘン」は現実にもあり得る話だと、私は確信しています。

ハコベの花様
 わたしは藤沢周平が好きで「蝉しぐれ」jももちろん読みましたが、最後のお福と文四郎の対面(言い換えれば、逢瀬でしょうが)の叙述は、抑揚が利いていて美しい文章ですね。藤沢文学(あまり使いたくないのですが)の特徴を一口でいうと、「抑制文学」とでも言えますね。登場人物が分を守るだけでなく、迸り出る感情を抑制する人物として描かれています。だから「美しく」感じられるのかもしれません。もう、わたしの結論はお判りでしょう。お福と文四郎は「一線を越えていない」と思っています。
 

投稿: ひろし | 2016年12月14日 (水) 12時29分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 女の意地 | トップページ | 女ひとり »