« 哀愁のからまつ林 | トップページ | 赤い靴のタンゴ »

逢いたくて逢いたくて

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:岩谷時子、作曲:宮川泰、唄:園まり

1 愛した人はあなただけ
  わかっているのに
  心の糸がむすべない ふたりは恋人
  すきなのよ すきなのよ
  くちづけをして ほしかったのだけど
  せつなくて 涙がでてきちゃう

2 愛の言葉も知らないで
  さよならした人
  たった一人のなつかしい 私の恋人
  耳もとで 耳もとで
  大好きと 言いたかったのだけど
  はずかしくて 笑っていたあたし

3 愛されたいとくちびるに
  指を噛みながら
  眠った夜の夢にいる こころの恋人
  逢いたくて 逢いたくて
  星空に 呼んでみるのだけど
  淋しくて 死にたくなっちゃうわ

《蛇足》 昭和40年(1965)

 このころ、園まり(写真)は可憐な容姿に艶っぽい声で、多くのファンを惹きつけました。
 中尾ミエ・伊東ゆかりとともに渡辺プロの三人娘として売り出しました。3人のなかではいちばん年上でしたが、おとなしい性格だったようです。

 昔知り合った芸能ライターが、楽屋で中尾ミエと伊東ゆかりがキャアキャア騒いだり、ケンカしたりしている脇で、園まりは静かに編み物をしたり、本を読んだりしていることが多かった、といっていたのを思い出しました

(二木紘三)

|

« 哀愁のからまつ林 | トップページ | 赤い靴のタンゴ »

コメント

It's so romatic song by Sono Mari on 1966. It always bring me back the old fasioned memory.

Thanks again.

投稿: Akihito | 2008年12月11日 (木) 08時01分

中尾ミエ、伊藤ゆかり、園まりが渡辺プロから「三人娘」で売り出されましたが、当時、私は園まりだけが演歌っぽいのに、なぜ?と思いました。まりちゃんは若いのにねっとりとした歌い方で色っぽいので、よけいそう思いました。

でも、伊藤ゆかりも本人の性格は目立つのが嫌いで、おとなしい人だったらしいし、中尾ミエは本当はポップスはいやで本格的なジャズシンガーになりたかったらしいですね。人間、見かけだけではわからないようですね。

投稿: 藤村大蔵 | 2009年6月29日 (月) 23時07分

1900万アクセスおめでとうございます!歌を歌うことから離れていたのですが、この歌は思い出の曲なので、歌ってしまいました。今から40年以上も前の20代のとき、男性に人気があった園まりを、女の私が好きだったのは、私は変わっているのか?と思ったほどでした。

今はi podに園まりの曲を数曲入れて聴いています。「何も言わないで」も良いですね!

投稿: 摂チャン | 2010年5月10日 (月) 19時52分

二木様のページを初めて開いた時、ア行でこの曲を見つけました。丁度長男が生まれた年でした。
その子供が現在では45才そしてその子が23才と21才早いもので小生は76才になってしまいました。
二木さまもお元気でお過ごし下さい。

投稿: 高森宗光 | 2011年1月12日 (水) 11時30分

二木様の投稿曲を拝見して初めてこの曲を発見した次第です。園まりの若い年に似あわずなかなか大人びた容姿又、妖艶な声と相まってそれ以来ファンになりました。伊東ゆかりもなかなかポピュラー等を沢山歌ってますね。
この両者は当時はなかなか得がたい歌手だと思いました、

投稿: 高森宗光 | 2013年3月12日 (火) 18時47分

 「学生時代」そう言っていいのでしょうか。あまり勉強や研究をしないで、ダンスホールに行ったりしていた軟弱な学生でした。そのころ一番安いのがダンスでたしか100円前後で午後の時間が過ごせたのです。
 この歌もかかっていました。たしか「ルンバ」のステップにあっていたようです。今ではもう忘れたのですが、マンブ、ブルース、ルンバ、ここまではなんとかしましたが、後は卒業して行かなかったのでダメでした。
 

投稿: 今でも青春 | 2014年10月29日 (水) 20時16分

>男性に人気があった園まりを、女の私が好きだったのは、私は変わっているのか?と言われる摂ちゃんさん、
私もいつもは「男好きのする」と言われる女性より中性的とかボーイッシュな女性が好きですが、園まりだけは何故でしょう、好きです。(私は女です)

投稿: Bianca | 2014年10月30日 (木) 13時15分

二木先生は「・・園まりは静かに編み物をしたり、本を読んだりしていることが多かった、といっていたのを思い出しました」と解説されています。

20台の後半、私は見合い写真をみて園まりに似ていると思いました。お会いしてみると「静かで本を読んだり小さな子供と歌ったりするのが好きで地味で家庭的な優しい女性でした。」私は福知山で勤め、彼女は東京で勤めていましたので土曜日の夜行寝台列車で上京し日曜日朝東京でデートしました。そして日曜日の夕方に夜行寝台列車で福知山に帰っていました。

その女性の数人の友達から「あの人は私達女性が大切にしている女性です。貴方が彼女を幸せにできないなら結婚させない」と何度も言われました。

・・あれから46年、お金の貧乏はしていますが 彼女の笑顔に支えられ心のしあわせ貯金ができました。

投稿: けん | 2017年1月30日 (月) 22時48分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 哀愁のからまつ林 | トップページ | 赤い靴のタンゴ »