« ダニー・ボーイ | トップページ | 誰(たれ)か夢なき »

旅人よ

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:岩谷時子、作曲:弾 厚作、唄:加山雄三

1 風にふるえる 緑の草原
  たどる瞳かがやく 若き旅人よ
  お聞きはるかな 空に鐘が鳴る
  遠いふるさとにいる 母の歌に似て
  やがて冬が冷たい 雪を運ぶだろう
  君の若い足あと
  胸に燃える 恋もうずめて
  草は枯れても いのち果てるまで
  君よ夢を心に 若き旅人よ

2 赤い雲行く 夕陽の草原
  たどる心やさしい 若き旅人よ
  ごらんはるかな 空を鳥がゆく
  遠いふるさとに聞く 雲の歌に似て
  やがて深いしじまが 星を飾るだろう
  君の熱い想い出
  胸にうるむ 夢をうずめて
  時は行くとも いのち果てるまで
  君よ夢を心に 若き旅人よ
  ムムム……


《蛇足》
昭和41年
(1966)発売。弾厚作は加山雄三が作曲するときの名前。
 クラブミュージック風にアレンジしてみました。

 加山雄三の曲のなかではいちばんいいと思います。いつまでたっても心から「田舎」が抜けない私には、加山雄三の湘南ボーイ風ソングには響いてくるものがありません。

(二木紘三)

|

« ダニー・ボーイ | トップページ | 誰(たれ)か夢なき »

コメント

加山雄三 の FANだったときがあって
 それを 思い出して腹を立てていたときもありました。こんなきれいな曲を あの人が
 作った? 代作ではないか?
なんて 疑ってましたが 才能とは
 どうしようもないかな? と 
田舎もの の一人です。

投稿: 二宮 博 | 2007年8月15日 (水) 05時07分

この歌は、わたしのサラリーマン時代、即ちアメリカでのビジネスを成功させようと、あちこちの都市を転々としたときを思い起こさせます。重たい建材のサンプルを抱え、設計事務所への訪問、展示会の開催。しかし、幾度となく味わされたニューカマーとしての悲哀。疲れた足を引きづり、探し当てた日本食レストランでの晩飯と寝付くまでのカラオケタイム。最後に、今は亡き、よき相棒だった男と合唱するは決まってこの歌・・・理由はともかく、私にとってこの歌は、打ち拉がれどうしようもなくなった男に、まだ希望があるよ、がんばろうと力強く囁く応援歌だったのです。

投稿: 池田 稔 | 2007年8月17日 (金) 06時30分

 私が社会人になって2年目、社内旅行に行って女子社員も男子社員も朝方まで歌いました。ギターで弾いてくれた奴もいました。そのとき、ちょっと好きだった娘も私の隣にいました。そしてこの「旅人よ」を歌ったとき、この歌は私にとってその夜の一番心に残る歌になりました。それ以来、この歌を歌うと青春のあの日を思い出します。

投稿: 吟二 | 2008年9月21日 (日) 20時47分

歌詞が素晴らしい。二木氏が「加山雄三の曲のなかではいちばんいい」と書いておられるが同感です。「風にたなびく」ではなく、「風にふるえる」としたのもいいし、「たどるかがやく瞳」でなく「たどる瞳かがやく」もいい。「草は枯れてもいのち果てるまで」も胸にしみ応援歌のように元気になりますね。46年前に発売なので加山雄三は28歳頃だと思う。それまでにも弾厚作として優れた歌詞を書いているが、私が不思議なのは、その後の40数年でこれといった優れた歌詞も書いていないし作曲もしていないこと。この前、コンサートで「夜空の星」を歌う前に、この曲は自分が14歳の時、つまり60年前に作った歌ですと言っていたが、やはり芸術的な才能は多感な時に開花しすぐにピークを迎えるのでしょうか、モーツアルトやショパンのように。

投稿: SK2 | 2011年6月25日 (土) 17時46分

SK2様は思い違いされております。この歌の作詞者は、岩谷時子です。彼女の詩にはたくさん記憶に残るものが有ります。「想い出させる故郷の空」「ぬれた体でかけて来い」「大空をさまよう恋」「褥にしておくれ」・・・

以前、このサイトに岩谷時子の出身地が島根県大田市(石見銀山のある町)であると投稿されており、驚き、いつか確認してみようと思っておりました。私の知る限りでは彼女は神戸の出身です。

私自身、大田市には親戚もおり多少知っていますが、たしかにこの地には岩谷姓は多く、財界の著名な人も輩出しています。「みやねや」さんもこの地の出身と聞いております。

昨日、大田市役所に電話してみました。
前に時子の事が地方紙で取り上げられ、大田市も初めて時子が当市に関りのある人物であることが判った。が、出身地と断定できる記述は無かった。自著(愛と哀しみのルフラン)に、父親が大田市の在の生まれである、と書かれてあるので・・・市職員の方の回答でした。

投稿: 老婆心B | 2011年6月29日 (水) 13時25分

老婆心B様、ありがとうございました。そうですね、確かに作詞は岩谷時子さんでしたね。この歌、大好きです。それにしても加山雄三さんはとても74歳に見えません。信じられないくらいです。永遠の若大将としていつまでも活躍して欲しいものです、それこそ「いのち果てるまで」。

投稿: SK2 | 2011年6月29日 (水) 23時05分

加山雄三Finalホールコンサートツアーの公演を、三月に楽しんできました。開催53回の、折り返しの27回目でした。妻と共に、喜寿の慶寿を経たとは思えぬバイタリティーを感じ、新たなライフエネジーを享受しました。コンサートでも、この曲は、歌詞がステージにアップされ会場の全員で歌いました。二木先生の演奏のすばらしさもあり、コンサートのあと何回もクリックしています。先生に、機会があれば、報告したいこともありました。それは、加山氏がサイドストーリーで、洋上で満天の星見て考えられた、哲学を語ったことです。シティボーイもカントリーボーイも齢を重ねると社会に対する責任とか感謝を、同じレベルで発信していくのかなと感じました。人はいくつになっても、夢を抱き、人を愛していくものでしょう。

投稿: 夏橙 | 2015年10月26日 (月) 21時22分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« ダニー・ボーイ | トップページ | 誰(たれ)か夢なき »