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長崎の女(ひと)

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:たなかゆきお、作曲:林伊佐緒、唄:春日八郎

1 恋の涙か 蘇鉄(そてつ)の花が
  風にこぼれる石畳
  噂にすがり ただ一人
  尋ねあぐんだ港町
  ああ 長崎の 長崎の女(ひと)

2 海を見下ろす外人墓地で
  君と別れた霧の夜
  サファイヤ色のまなざしが
  燃える心にまだ残る
  ああ 長崎の 長崎の女

3 夢をまさぐるオランダ坂に
  しのび泣くよな夜が来る
  忘れることが幸せと
  遠く囁(ささや)く鐘の音
  ああ 長崎の 長崎の女

《蛇足》 昭和38年(1963)のヒット曲。

 長崎は歌に詠われることが非常に多い町で、昭和62年(1987)の時点で、歌謡曲・民謡・童歌・巷歌・古歌を合わせて900曲を超えていたそうです(『長崎は歌とともに』〈宮川密義著・長崎文献社〉による)

 昔の知り合いに、この歌を好んで歌う人がいました。思う人を探し歩いた経験でもあったのでしょうか。 

(二木紘三)

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コメント

この四月からヤフーで「陽ちゃんの日々」というブログを始め、長崎にも友人ができました。8月には広島原爆忌、長崎原爆忌があり、友人からも情報をいただきながら、記事を書いて来ました。日本が再軍備の道を進まないようにブログからも発信したいと思っている。年齢的に自分が戦争に行くことは考えられないが、叔父は戦死しているし、父も戦争中の食事が原因で戦後すぐに亡くなっている。娘たちの婿や多くの人が戦争にいくことのない時代にしたい。

投稿: 江尻 陽一 | 2007年8月23日 (木) 13時02分

長崎と聞けば反射的に広島にいってしまうのですが、長崎は詩人にとって魅力のある所なんでしょうか。同じ過去がある
のに。

投稿: M.U | 2008年6月29日 (日) 15時57分

記憶に残る最も古い曲は「お富さん」です。
しかし長崎で生まれ育った私には「長崎の女」こそ我が故郷の心の歌です。
先日NHKで岩崎宏美さんと平原綾香さんが長崎の町で歌う番組がありましたが、
背景がどこも美しく、長崎はどこも絵になる街だとあらためて思いました。
外人墓地というと、私はゴルバチョフ大統領が来日した折訪れた稲佐の外人墓地を思い出します。
幼い頃よく遊んだものです。
見下ろす港はまさにサファイア色ですし、同級生はギリシャのハーフで彫刻のような風貌をしています。
サファイア色の瞳にも違和感がありません。
故郷を離れた今、「長崎の女」は故郷を恋する歌です。

投稿: MATSUKUMA | 2009年1月28日 (水) 16時25分

〇〇の女と言えば昔恋した女性を何年か後に尋ねるが逢えなかったり、人の妻だったりですね。何年も女性は待てないですよね。俺はやっぱりあの頃の君をさがして明日に生きるのさ。こうでなけりゃ。

投稿: 海道 | 2011年10月24日 (月) 09時58分

この曲では「サファイヤ色のまなざしの女性」と、想像するになかなか魅力的な妙齢の美女が思い浮かぶわけですが、昭和50年代、三十代の頃に土曜の晩ともなれば悪友と入り浸っていたカラオケスナックのママは、“商売柄”というか“職業病”というか黄色い目をした某女性芸人似の熟女でした。まったく風情も色気も無い話ですが・・・。

投稿: 焼酎百代 | 2014年10月 7日 (火) 21時36分

  昨日はたまたま「長崎物語」の蛇足に引き込まれて読んでいました。確かに長崎に関する歌は多いですね。先日長崎には遠いですが東シナ海(正しくは何と言うのでしょうか)の近く「天草灘」に面した島に行きました。海の色が濃くて何だか詩人になったような錯覚をおこしました。海でこうですから、長崎の街は詩情にあふれていると思います。

投稿: 今でも青春 | 2014年10月 8日 (水) 16時24分

しょぼくれジジイがまた投稿させて頂きます。しつこいようですが、『長崎の女』では「サファイヤ色のまなざしの女性」という、魅惑的な女性像が描かれています。
他方、作家椎名誠は著書の中で「眼」に異常な興味・執着を示し、魅惑的な女性とは正反対の“むさくるしい男ども”の眼を“ドロリ眼”“にごり眼”などと表現してました。それはともかく、『長崎の女』がヒットした当時は他に、橋幸夫『白い制服』、三橋美智也『星屑の町』、石原裕次郎『夕陽の丘』などが文化放送「全国歌謡ベストテン」の常連曲でした。

投稿: 焼酎百代 | 2016年2月 5日 (金) 14時49分

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