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哀愁のからまつ林

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:西沢 爽、作曲:船村 徹、唄:島倉千代子

1 涙あふれて はり裂けそうな
  胸を両手で 抱きしめる
  見えないの 見えないの
  背伸びをしても
  ああ あの人は行ってしまった
  からまつ林

2 せめても一度 恋しい人の
  腕に甘えて 縋(すが)れたら
  それだけで それだけで
  死んでもいいの
  ああ 弱虫と風が叱るわ
  日暮れの風が

3 あとも見ないで 別れていった
  男らしさが 哀しさが
  燃えるよな 燃えるよな
  夕焼け小焼け
  ああ 帰りましょう 影を踏み踏み
  落葉の径を

《蛇足》 昭和34年(1959)のヒット曲。

 「泣き節」と称された島倉千代子の歌唱法の真骨頂を示す歌。ラジオで初めてこの歌を聴いたとき、これはほとんどすすり泣きではないか、と思ったものでした。

 田舎で育った人でなければわからないかもしれませんが、晩秋の落葉松は独特の冷涼な香気を放ちます。北原白秋『落葉松』(水墨集)が好きだという人は、この匂いを知っている人ではないかという気がします。

 この年は、南極・昭和基地でカラフト犬のタロとジロの生存が確認され、皇太子のご成婚でミッチー・ブームが起き、伊勢湾台風で5041人の死者・行方不明者が出た年でした。

(二木紘三)

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コメント

いつも素晴らしい曲を有難うございます。もし、島倉千代子の「すずらんの歌」があればいれていただければ幸いです。よろしくお願いします。

投稿: 昭和の庶民史を語る会 | 2008年6月 3日 (火) 13時36分

この歌は昔から耳に残っていた歌で、是非もう一度聴きたいと「哀愁のからまつ林」でネット検索していて二木先生のページに出会いました。先生がこの歌を泣き節、すすり泣きの代表と形容していらっしゃいますが、私の生まれた九州の小島の岬には広い松林が続いております。ここを着物の女性が一人、ゆっくりとうつむきかげんに歩いている情景が瞼にうかんできます。枝をゆする風の音、そして岩に砕ける波音をききながら。本当にいい歌ですね。

投稿: 高校三年生 | 2009年2月22日 (日) 18時36分

島倉千代子は松本市郊外に疎開していた時手首を切って
しまい(けが)軍医に助けられたが着物の裾から見えないように何時も気を使っていると言っていますね。

投稿: 海道 | 2009年3月 7日 (土) 12時59分

島倉千代子が一番輝いていた時代の歌のような気がします。ほんとに泣き節ですよね。鈴を転がすような、頼りなげな、はかなげな歌い方が絶品です。ちよちゃ~ん。

投稿: 吟二 | 2009年10月15日 (木) 22時39分

>晩秋の落葉松は独特の冷涼な香気を放ちます・・・なんて素敵な表現をするのでしょう。本当ですねえ。二木先生の言葉で昔の田舎を思い出しました。

 やはり船村徹の歌はいいですね。西沢爽のこの歌詞を眺めていたら、現代女性が読んだら怒り出しそうな気がするねえ。

投稿: kieros2005 | 2009年10月22日 (木) 17時59分

1945年4月、北京-ソウル-釜山へと移動。両親と祖母は幼い二人の子を抱き、鍋と米を背負っていたそうです。不安な風評が飛び交う二ヶ月を待ち、辛うじて引き揚げてきた。疎開先と言って良い祖母の家での田舎の日々。貧しいが平和でのどかな暮らし。村からⅠ㎞ほどに松林があり、竹籠をしょって落ち葉を持ち帰るのが5~10才子供たち秋の仕事。

小さな5才にとって重すぎ、泣きべそをかきつつ、背から匂ってくるあの得も言われぬ落ち葉の語り。この情感を、哀愁と表現して許されるかどうか分りません。もう小さな消え入るような遠くの匂いになりました。

投稿: TangoMinato | 2012年5月28日 (月) 03時42分

お千代さんの優しい声、天国でも歌っているでしょうね。

島倉節は、こころにしみ込んできます。

投稿: はるちゃん | 2014年2月 2日 (日) 17時17分

 
 ”哀愁” 島倉さんの歌声にはどうしてあんなに、にじみ出る哀しさや寂しさを湧かせてくるのでしょうか?

 人の心は哀愁を知ることからが始まりなのでしょうね。

二木さまありがとうございます。心が安らぎます。

投稿: naka | 2016年4月19日 (火) 20時48分

私の場合は例外でしょう。小学校で習い、今でも歌える唱歌は十に満たず、40年近い昔に聴き馴染んでいた流行歌の数もわずかに過ぎません。ところがこの頃ネットで聞く日本語の唱歌や昭和の流行歌の数の限りなさ、歌う歌手たちの多さにびっくりするのです。

二木さんの蛇足とmp3演奏に導かれ、YouTubeで再び三たび聞いて見る歌詞と歌手は、知らなかった分、余計に新鮮に感じられます。浦島太郎は再び同じ浜辺に帰ったにも拘らず、会う人も見る村も様変わりと言う経験をする。つまり彼は二つ目の竜宮城に接する、、、

「カラフト犬のタロとジロ...皇太子のご成婚...伊勢湾台風で5041人の死者・行方不明者...」その時の初々しい島倉千代子が今、天国の竜宮城で泣き節歌っているような気がします。

投稿: minatoya | 2017年10月29日 (日) 10時52分

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