故郷
(mp3制作:二木紘三)
作詞:高野辰之、作曲:岡野貞一
1 兎(うさぎ)追いしかの山 2 如何(いか)に在(い)ます 父母(ちちはは) |
3 志(こころざし)をはたして |
《蛇足》 大正5年(1914)、小学校6年生用の音楽教科書『尋常小学唱歌(六)』に掲載されました。
「あなたの好きな童謡」というアンケートを取ると、『赤とんぼ』などとともに、常に最上位にくる歌です。
この歌や作詞者・作曲者については、ネット上に膨大な量の情報があるので、詳しいことはそれらをご覧ください。
(二木紘三)
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訪問者の感想等

コメント
私が小さなアコーディオンを手に訪問している高齢者の施設で、1時間から2時間、十数曲を合唱した後、最後に必ず歌うことにしているのがこの「故郷」です。
お年寄りたちは、それぞれの歌にまつわる過ぎ去った日々の思い出を楽しんでくださるのですが、歌によっては歌わない人もいるし、当然ながら「のり」もそれぞれに少しずつ違います。ところが、この「故郷」だけはどこの施設でも、みんな必ず歌ってくれます。「故郷」を歌うと、みな一様に幼いころの世界に吸い込まれていくように思います。歌に癒しの力があるとすれば、この歌はその力を一番たくさん持っているのかもしれません。
投稿 阿弥陀堂 | 2008年2月 9日 (土) 10時30分
先日知人が亡くなり、その葬儀に参列しました。
私の住む北陸は浄土真宗の盛んな土地柄ですが、しばしば葬儀のセレモニーの前後に、この「故郷」がBGMとして静かに流されます。今は安らかにふるさとの自然に還っていった亡き人の魂を偲ぶには、きわめてふさわしい曲だと思います。
お坊さんには大変申し訳ないのですが、式での読経や説法よりもこの歌の方が、はるかに心に響いてきます(この罰当たり者には)。事実、読経が終わり、そっと静かにこの曲が流れた途端、涙することの方が多いのです。
ところで、この歌の作曲者である岡野貞一先生は誠実なクリスチャンであり、40年間にわたって毎日曜には、本郷中央教会で礼拝のオルガンを弾き、聖歌隊の指揮に当たっておられたと聞きます。この岡野氏をはじめ、滝廉太郎、山田耕筰等、日本人の琴線に響く名曲を生み出した作曲家には、なぜか敬虔なクリスチャンが多いようですね。
余談ですが、以前ラジオ放送で恵泉女学園の大塚野百合先生が、滝の受洗と荒城の月との関連を指摘しておられました。
投稿 くまさん | 2008年4月27日 (日) 13時23分
我が父祖(ふそ)ら依(よ)るみちのくの青嶺(あおね)かな
(俳句朝日「望郷の一句」採用の拙句ー著作権法の関係で左表記)
私は、この歌を聴くとたいがいはジーンと来て、目頭が熱くなります。もしそうではなく、聴いてもさしたる感興を覚えない時は、心が「あさっての方」を向いている時で、要注意です。
ともあれ私にとって『故郷』は、「望郷の曲」として欠かすことのできない一曲です。
くまさん様。どうもありがとうございました。
投稿 大場光太郎 | 2008年4月27日 (日) 17時47分
川崎市にいる4歳になる孫が去年の夏、我が家(北九州市)に遊びにきたとき近所の小川でハヤと小鮒を釣りました。最近少しずつきれいになってきた小川です。孫が長じてじいさんのことを思い出すよすがになってくれたらと思っています。
七月の青嶺まぢかく溶鉱炉 山口誓子
誓子が北九州の八幡駅に降り立ったときに詠んだ句だそうです。
大場光太郎さんのすばらしい句を拝見してこの句を思い出しました。大場さんの故郷の青嶺は、岩手山でしょうか。
投稿 周坊 | 2008年4月27日 (日) 18時58分
周坊 様
私の上コメントへのご感想たまわり、まことにありがとうございます。
山口誓子の名句、私もお気に入りの句です。しかしこの句が北九州の八幡駅で作られたことは、今まで知りませんでした。
環境意識の高まりと共に、全国各地の河川、小川がきれいになり、故郷本来の姿を取り戻しつつあること。大変喜ばしいことと存じます。
私の拙句をお褒めいただき、恐縮に存じます。
いえいえ。岩手山は、確か岩手県の有名な山かと…。私の「青嶺」とはそんな名だたる山ではございませんで、山形県内陸部の太郎村という一寒村の、低く連なる山々です。
周坊様、矢嶋様、くまさん様、sundayさん…。これ以上言わずとも、お分かりですね。今後よろしくお願い申し上げます。 大場光太郎拝
投稿 大場光太郎 | 2008年4月27日 (日) 19時33分
大場様
「我が父祖ら 依るみちのくの 青嶺かな」
私には俳句の素養は皆無ですが、大場様のこの御作大変気に入りました。故郷への万感の想いが、なんと自然に詠われた句なんでしょう!
青嶺が名だたる山でないというのが、私には却ってうれしいですね。兎を追っかけたり、小鮒を釣ったりした山や川が本当のふるさとですよね。素敵な句に出会えて幸せです。ありがとうございました。
投稿 くまさん | 2008年4月27日 (日) 21時55分
くまさん 様
私の方こそ、本当にありがとうございました。
と申しますのも、私はこの『故郷』、何とかコメント出来ないものかと常々考えておりました。それにしては、どうもうまくまとまりそうもないし…。そう致しましたところ、本日くまさん様が、何とコメントされたではありませんか。そして御文に触発されまして、『よし。オレも短文でいってみよう』となり、今回のコメントにあいなりました。まさに、絶好のタイミングでした。それで御礼申し上げた次第です。
ところで、くまさん様のこれまでのコメント。私は常々、注目致しておりました。他の方々にはまことに申し訳ございませんが、その内容の広がりといい、その深さといい、全コメンテーター中ピカ一なのではと、ひそかに畏敬致しておりました。
それゆえかえって、くまさん様とはお近づきになれずに、今日に至ってしまいました。上御文にて、そのような畏兄より拙句のお褒めにあずかり、まことに恐縮に存じます。
このようなこと言わずもがなではございますが、今後とも『うた物語』の更なるご発展のため、畏兄のご尽力を賜りますよう、若輩の私からもお願い申し上げます。 (皆様にご迷惑でしょうから、お返事はけっこうです。) 大場光太郎拝
投稿 大場光太郎 | 2008年4月27日 (日) 23時58分
大場 様
二木先生や各位のご迷惑をも顧みず、再度筆を執らせていただきます。
私のような軽輩者の拙いコメントに対し、余りにも過分なるお言葉を頂戴して、唯々赤面し恥じ入るばかりです。私の方こそ大場様から多くのことを教えていただき、学ばせていただきました。そして何よりも、大場様のこの「うた物語」に寄せる深い愛情と真摯なお人柄には、強く打たれるものがありました。こちらこそ今後ともよろしくお願い申し上げます。
投稿 くまさん | 2008年4月29日 (火) 10時49分
故郷にあヽ忘れ物虎落笛(もがりぶえ) (拙句)
くまさん 様
ご丁寧にもご返信賜り、まことにありがとうございます。また御文中にて、過分なるお褒めにあずかり恐縮に存じます。
ところで、くまさん様が「雪国」にお住まいなのは存じておりましたが、「北陸」の方でしたか。それに「真宗王国」ということは、石川県、富山県あたりでしょうか?あるいは福井県?今後何かのコメントで、もし差しつかえなければ、もう少し具体的な県名なり地名なりをお教えいただければ幸いです。
またおそらく現在お住まいの所は、くまさん様の故郷にほど近い所かと推察致します。もしそうであれば、実に羨ましい限りです。
私の方こそ、今後ともよろしくお願い申し上げます。
投稿 大場光太郎 | 2008年5月10日 (土) 18時30分
大場 様
故郷に程近いも何も、現在の私は故郷の真っ只中というか、どっぷり故郷に浸りっぱなしと申しますか・・・。
私の住んでおります処は、小矢部市という富山県西部、礪波平野の一角を占める人口3万3千人余りの、平凡な田舎町です。この町も、嘗ては石動町ー石が動くと書いて「いするぎ」と読みますーといって、北陸道の要衝の一つとしてそれなりの重きをなした土地で、現在でもJR北陸線の駅名は「石動駅」としてその名残をとどめております。
泉鏡花原作の芝居「滝の白糸」に、金沢とともに登場する地名なので、鏡花ファンの中には「ああ、あの石動か」とご存知の向きがあるかもしれません。
自宅から5キロほど西に向かうと、加賀と越中にまたがる礪波山、またの名を倶利伽羅峠という、平家物語にも出てくる源平の古戦場があります。ここには今も野兎や狸が住み着いており、近くの現場作業員などが時々捕まえては、狸汁にして賞味しております。また家のすぐ近くには小矢部川という川が流れており、近所の太公望達が小鮒やウグイなぞを釣っております。つまり、この「故郷」の歌詞の原風景がそのまま眼の前にあるという、なんともレトロな環境の中で暮らしておる次第です。
ところで、あの「ぎんぎんぎらぎら夕日が沈む・・・」という童謡「夕日」は、すぐ東となり町高岡市の作曲家「室崎琴月」先生の作品です。加賀二代藩主前田利長の依頼を受け高山右近が設計築城したといわれる高岡城、その城跡の公園内に「夕日」の歌碑が建っています。さらにもう少し南方に足を伸ばすと、風の盆恋歌の越中八尾で・・・
いけません、つい我がふるさとPRになってしまいました(笑)。二木先生、どうか適当な頃合を見て削除して下さるようお願いします。
投稿 くまさん | 2008年5月12日 (月) 17時28分
二木先生 素敵な音楽を有難うございます。
実は先日、「故郷」の作詞者、高野辰之の生地・長野県中野市(旧豊田村)へ行きました。彼が兎を追った斑尾山へ登り、小鮒を釣った斑川を散策し、高野辰之記念館を見学しました。彼は偉大な国文学者だったのですね。啄木のような詩人かと思っていましたが。
少しがっかりしたこともあります。斑川が生活廃水で汚れ、コンクリートで護岸されていたことです。まあ、しかたないのでしょうが。 またお便りさせていただきます。
投稿 夢追い人 59歳 男 | 2008年5月23日 (金) 21時30分