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チャペルの鐘

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:和田隆夫、作曲:八洲秀章、唄:岡本敦郎

1 懐かしのアカシアの小径(こみち)
  白いチャペルにつづく道
  若き愁い 胸に秘めて
  アベマリア 夕陽に歌えば
  白いチャペルの ああ
  白いチャペルの鐘が鳴る

2 嫁ぎゆくあの人と眺めた
  白いチャペルの丘の雲
  あわき想い 風に流れ
  アベマリア 静かに歌えば
  白いチャペルの ああ
  白いチャペルの鐘が鳴る

3 忘られぬ思い出の小径よ
  白いチャペルにつづく道
  若きなやみ 星に告げて
  アベマリア 涙に歌えば
  白いチャペルの ああ
  白いチャペルの鐘が鳴る

《蛇足》 昭和27年(1952)にNHKラジオ歌謡として放送されました。

 八洲(やしま)秀章の端正なメロディを岡本敦郎が端正に歌いました。
 惹かれあっていることがお互いにわかっているのに、打ち明けることができないまま別れてしまう若い男女の心が詠われています。
 最近はどうも、こうした繊細な恋のかたちを理解できない人が増えているようで……。

(二木紘三)

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コメント

アベマリアが出てくるとはこのチャペルカトリックだ。
『アベマリア=天使祝詞』とどうやったら訳せるのか二木先生教えて下さい。
洛 拝

投稿: 洛南院大法螺噴大居士 | 2007年12月28日 (金) 02時40分

二木先生の解説を読まして頂き、この歌の意味が理解できました。繊細な恋、良い言葉ですね。

投稿: M.U | 2008年5月22日 (木) 19時36分

チャペルやアヴェ・マリアが象徴するような繊細で純潔な恋が、昔はどこにでもあったのですね。
ですから、こういう歌を流行歌手といわれる人が歌い、みんなが聴いたんですね。
そういう恋がなくなった今、そういう歌もなく、聴く人もいなくなりました。

投稿: 周坊 | 2008年5月23日 (金) 14時23分

私はこの歌を聴く度に、怜悧な黒い瞳の少年を思いだします。小さいころから同じ町で暮らしていたのに、2年上級の彼とは話をした事がありませんでした。すれ違うたびにじっと見つめられると恥ずかしくて俯いてしまいました。いつも私を見守ってくれて居た様に思います。ドキドキも会いたくてたまらないなどという感情はありませんでしたが、これがお互いに初恋だった様に思います。半世紀過ぎても彼の瞳を忘れたことはありません。もし偶然に会える事があったら、「はるかなる小さき恋や花はこべ」と書いてお渡ししたいと思っております。

投稿: ハコベの花 | 2008年8月28日 (木) 12時04分

何とも言えない魅力をもった恋ですよね。こう言う時に
男はなんと言えば良いのでしょうか?嫁ぎ行くのだから
「幸せになれよ」チョット キザ でしょうか。

投稿: 海道 | 2009年2月 2日 (月) 15時36分

嫌いな歌で心が汚れたような気持ちになっていたので、気分が清しくなるなるようにと、何回かチャペルの鐘を聴きました。清々しい気持ちで今日は過ごせそうです。夢のような遠い日、ささやかな憧れ、マーガレットの白い花の咲く坂道が、私の魂のふるさとかもしれません。この歌があって良かった。

投稿: ハコベの花 | 2012年8月21日 (火) 10時12分

ハコベの花さんのコメントを読むためにここを開くまで、私はこの歌を知りませんでした。きれいな歌ですね。グノーのアヴェ・マリアが間奏に使われていて ♪Ave Maria gratia plena Dominus tecum …この部分だけ歌えました。間奏なので歌ってはいけませんが、子供の時に覚えたことは忘れないものです。

友達に聞いたところでは、八洲秀章は片思いだと思っていたので、八重子さんに思いを打ち明けることもなく故郷を離れたのだとか……そんなエピソードを思い出しました。

投稿: 眠り草 | 2012年8月31日 (金) 23時08分

私はいつ此の歌を覚えたのか記憶がないのですが、多分ラジオ歌謡として放送されていた時に聴き覚えたのでしょう。中学生でしたね。八洲秀章が片思いだったと思ったように、私を見つめてくれていた人も片思いだと思っていたと思います。私が見つめられると恥ずかしくて、いつも目をそらしていましたから、本当は少し彼に憧れていたのですが「今日は」と声を掛けてくれれば交際が始まったかもしれません。縁がなかったのでしょう。いつか会えたら声をかけて当時の気持ちを打ち明けてみたいですね。なんて夢のような事を考えていると皺が増えないかも知れません。
眠り草さんは歌が歌えるのですね。私は聴くだけです。歌えると楽しいでしょうね。いつかお聴きしたいです。

投稿: ハコベの花 | 2012年9月 1日 (土) 11時35分

ハコベの花さん 誤解させるような書き方をして申し訳ありません。いま私が歌うのは自分の部屋でひっそりとなのです。思いもかけないところに大好きなグノーのアヴェ・マリアが潜んでいたものですから、うれしくなってしまいまして…。
アヴェ・マリアはアルカデルトやシューベルト、カッチーニなども、CDでチェロやチェンバロ、オルガンの演奏を聴きますが、グノーのを聴くと心が落ち着くような気がするのです。

投稿: 眠り草 | 2012年9月 1日 (土) 16時37分

「そんな折、故郷から八洲の初恋の人、横山八重子も、同じ結核で、重態との知らせが届く。八洲はいてもたってもいられなくなり、彼女への愛の告白と病気を心配する手紙を送る。しかし、その手紙が着く数時間前に彼女は八州の気持ちを知らず、18歳のはかない生涯を終える。養生のため帰郷した八洲は八重子の墓の前に立ち、後悔の念でいっぱいだった。愛情を打ち明けて、将来を約束しておけばよかったのに・・・。」(真狩村発行さくら貝の歌八州秀章の生涯より)片思いだと思っていたと言う表現は綺麗ですね。

投稿: 海道 | 2012年9月 1日 (土) 16時56分

真狩村発行「 さくら貝の歌 八州秀章の生涯」

この本の著者は、真狩村出身のフリーライター下山光雄氏ですね。「さくら貝の歌」の2009年4月4日のコメントはご本人でしょうか…。海道さんがコピーしてくださったのは、この本の原文?それとも、どなたかによる要約なのでしょうか? 関心はあっても3千円と、少々お高い本なので…。
海道さん、ほかの歌のところで苦いことを言ってごめんなさい。私は人様のことをとやかく言える身ではないのです。昨日もつい「申し訳ありません」と書いてしまってから、これは誤用なのでは…と思いました。言葉って本当に難しいですね…省みれば怪しい日本語ばかり…ぁぁ!

投稿: 眠り草 | 2012年9月 2日 (日) 08時59分

今朝、無意識のうちに♪白いチャペルにつづく道♪と歌っていました。岡本敦郎の訃報が頭にあったと思います。息子も一緒に歌っていました。いつの間にか覚えたのでしょう。青春の入口の私に夢とロマンをくれた歌です。多くの若者に詩情を教えて下さった偉大な歌手だったと思います。感謝の気持ちで一杯です。沢山の人の心の中に貴方の歌はきっと生き続けます。

投稿: ハコベの花 | 2013年1月11日 (金) 09時58分

先生のこのサイトで10回位口に出して歌ってから県人会のカラオケ会に挑戦したら5年先輩の男性(私はS19年生まれ)はこの歌は流行ったなあと言ったが3年先輩の女性陣に2番の最初をよく聞いてと言っても意味が通じ無かった。昔も今も繊細な恋のかたちを理解できるのは人によると思えてならない。

投稿: 海道 | 2017年2月 8日 (水) 15時18分

彼女とのつらい別れの手紙は……考えあぐねた末に白紙の便箋7枚を丁寧に折って封筒に入れ、思いを込めて宛名と差出人名を書き、涙とともに翌朝投函しました。
半世紀も前の青春の一頁ですが、繊細な恋のかたちを理解できる人は、携帯もスマホもなかった時代の人達だけでしょうね。
それにしても、チャペルの鐘はいい~。

投稿: あこがれ | 2017年2月 9日 (木) 00時21分

“長い間 いろいろありがとう”とだけ書いたような気がします。それ以外は何も書けなかった。

投稿: あこがれ | 2017年2月 9日 (木) 08時31分

あこがれ様の白い便箋に書かれた文字は「貴女を永遠に愛しています」だったのでしょうね。見えない文字をお相手の方はちゃんと受け止められたと思います。素敵なお別れでしたね、お相手の方は今も毎日何回も心の中で読まれていると思います。
私も泣かせてしまった彼の文字を忘れたことはありません。いつか会えると思っていたのですが、多分彼はもう亡くなられて居られるだろうと思っています。「今ひとたび」は叶えられませんでした。22歳の若いままの彼が胸奥にずっと棲んでいます。細身のグレイのスーツを着た青年を見ると今でもドキッとします。もう一度ボートに乗って見たかったと思います。これを書いていたら涙で目が潤んできました。

投稿: ハコベの花 | 2017年2月 9日 (木) 14時01分

いくら好きでも毎日毎日会うわけにはいかない。デイトの時間はあっという間に過ぎていく。もっと一緒にいたい…
もっとたくさん話がしたい…。
未練心を引きずりながら、それでもジェントルマンらしく潔く彼女を駅まで見送っていく。
なぜ あの時 思い切って抱き寄せて…しっかり抱きしめてやれなかったのだろう…
会ったときの喜びと心残りとが入り混じった複雑な気持で1人アパートのドアーを開ける。
お互い求め合い、愛し合っているのは判っていながら、今一歩が踏み出せない…。

会った日の翌々日には、分厚い彼女からの手紙が届く。
はやる気持で封を切る!その翌日もまた手紙が届く!
私も負けじと、激しく燃えるような想いを手紙に託す。

そんな日が何日か続いた。
“しのぶれど 色に出にけりわが恋は 
 物や想うと 人の問うまで”

当時、私達と同じサークルで活動していた彼女の勤めている銀行の同僚で民青の仲間2人から、激しく詰問され憔悴しきった顔で私の前に現れ、人目も憚らず泣きじゃくる姿を見た時、僅かなイデオロギーの違いと彼女をとりまく厚い壁の前に潔く身を引く以外彼女を楽にしてあげる道はない!と、悟りました。
今時の人達からすれば、なんで手っ取り早く既成事実をつくらなかったの?と、不思議がられるでしょうけど、
当時の私の哲学みたいなものが邪魔をしたのかも知れません。


投稿: あこがれ | 2017年2月10日 (金) 16時14分

あこがれ様
私が16歳からずっとそばに置いて愛読している福永武彦の『草の花』のなかに貴方と同じ状況が書かれている箇所があります。「愛している千恵子を抱きしめたまま、僕は自己を見つめている理性の泉を熱くすることが出来なかった」あまりにも深い孤独が自己を抑制したのです。そして千恵子は相手の汐見という青年が「私をお選びにならなかった」と思っています。キリスト教を信仰している千恵子は神が不純な心を恥らせて、そうされたのだと思ったのです。あこがれ様も自己を抑制する能力が高いのでしょうね。仲の良い夫婦でも、お互いが遠い人を心の片隅に大切にしながら生きているのでしょう。それが無信仰な私の自己抑制になっているのだと思っています。

投稿: ハコベの花 | 2017年2月11日 (土) 10時02分

今日は朝から身体がだるく、ぼんやりしていました。口について出てくる歌が「若き愁い胸に秘めて アベマリア夕陽に歌えば・・・」ばかりです。めったに泣かない私が何だか涙で目が潤むのです。体力が落ちているからかなとも思いますが、夏の終わりの哀しさが胸に詰まってくるのです。遠くに行ってしまった初恋の悲しみがあふれてくるようです。一瞬の少女期が1滴の涙になったのでしょう。あの頃の我が家はもうありません。貴方の家もありません。区画整理で町全体が無くなってしまったのです。貴方が隠れて私を待っていた電信柱もありません。私が通るとさっと隠れていましたね。貴方の黒い瞳、62年経ちましたがまだしっかり覚えています。いつの日か静かに夕日を二人で眺められたらいいですね。この歌を一緒に歌いましょう。

投稿: ハコベの花 | 2017年8月30日 (水) 15時47分

ハコベの花さま いつもハコベの花さまのコメントをじっくりと拝読させていただいております。
常に抒情性溢れるコメントで胸が絞めつけられるような切ない想いに涙が込み挙げてまいります。
62年もの前の過ぎ去った日々のことを今現在、心のオアシスに温存されていることを思うと、彼のことが羨ましくさえ思えます。
でも、永い人生の中で、ある出会いによりに心の中に永遠に輝くことは生涯にとって素晴らし宝であり、心の中に深く刻みこまれることと思います。
これからも彼のことを大事になさってほしいと思います。


投稿: 一章 | 2017年8月30日 (水) 23時57分

一章様 ご感想を有難うございます。私は佐藤春夫の詩「少年の日」が好きです。「つぶら瞳の君ゆゑに うれひは青し空よりも」少年の心の深さが伝わってきます。私の初恋の少年も真面目でいかにも勉強が好きな感じの人でした。あまりに真剣に見つめられると恥ずかしくて相手を見ることが出来ませんでした。ただ見つめるだけの小さな恋でした。家は近かったのに話をしたことはありませんでした。それゆえに美しい思い出になっているのだと思います。我が家の前の電柱の陰に立っていて、私が通ると暫く見つめてから帰っていきました。切ない恥ずかしさが胸に広がりました。今では考えられないような恋ですね。彼の消息はわかりません。夢のような恋でした。

投稿: ハコベの花 | 2017年8月31日 (木) 20時32分

私は「ミスターラジオ歌謡」こと岡本敦郎の大ファンです。
なのにこの「チャペルの鐘」は知りませんでした。
同じくラジオ歌謡である「あこがれの郵便馬車」「高原列車は行く」は少年の頃よりよく聴き、愛唱歌として、口ずさんでいました。「チャペルの鐘」は後年のテレビやラジオの歌番組等で取り上げられる機会が少なかったのかもしれません。
  一方の「あこがれの…」や「高原列車は…」は古関裕而の軽快なメロディ・テンポに私はハまったのかもしれないですね。 「チャペルの鐘」は詞も曲も品位があり格調高過ぎたのでしょうか。
 ところで、西郷輝彦の初期の持ち歌に「チャペルに続く白い道」という青春歌謡があります。(♪ネムの並木のこの道は〜チャペルに続く白い道〜) という、歌詞です。       作詞は水島哲、作曲は北原じゅん。  作詞をした水島哲は、この「チャペルの鐘」を意識したことはあったのでしょうか。
ちょっと気になるところです。 新聞記者として現実的な文章を、作詞家としてやや非論理的ともいえる夢幻的な歌詞を書いていたのですね。

投稿: かせい | 2017年9月 1日 (金) 01時15分

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