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ともしび

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:イサコフスキー、作曲:ブランテル
日本語詞:楽団カチューシャ

1 夜霧のかなたへ 別れを告げ
  雄々(おお)しきますらお 出(いで)て行く
  窓辺にまたたく ともしびに
  つきせぬ乙女の 愛のかげ

2 戦いに結ぶ 誓いの友
  されど忘れえぬ 心のまち
  思い出の姿 今も胸に
  いとしの乙女よ 祖国の灯(ひ)

3 やさしき乙女の 清き思い
  海山はるかに へだつとも
  二つの心に 赤くもゆる
  こがねのともしび 永久(とわ)に消えず

4 変らぬ誓いを 胸にひめて
  祖国の灯のため 闘わん
  若きますらおの 赤くもゆる
  こがねのともしび 永久に消えず

《蛇足》 日本ではロシア民謡として歌われていましたが、実際は『バルカンの星の下に』などと同じく、第二次大戦中に作られた戦時歌謡です。ソ連史でいう「大祖国戦争」(対独戦)に出征する兵士をテーマとしています。

 この歌を聞くと、昭和35年(1960)公開のソ連映画『誓いの休暇』の美しいモノクロ画面を思い出します。

 『誓いの休暇』は、この歌とは逆に、つかの間の賜暇を得て母親に会いに戦場から帰郷する兵士を描いたものです。
 その車中で彼が知り合った少女のリリカルな容姿、遠い畑で息子の到着を知らされ、懸命に走って家に戻る母親の姿、その母親とほとんど言葉を交わすいとまもなく戦場に戻らなければならない兵士の姿などが、今も目に浮かびます。

(二木紘三)

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コメント

復員後、暫らくして、西武新宿の近くにあった「歌声喫茶 ともしび]で
この歌を見知らぬ連中とともに、涙して合唱していた日のことが思い出されます。  この歌に己の姿を写しながら、、。
幾たび通ったことか、ただただ懐かしい。

投稿: 柾木 忍 | 2007年9月19日 (水) 22時22分

昭和37年入学した京都大学の生協地下食堂で、毎日のようにダーク・ダックスの迫力ある「ともしび」や「トロイカ」の合唱を素晴らしいステレオで感激しながら聞いていました。30年以上経ってやっとかなりいい音の出るステレオを買うことが出来、この曲も良く聴いています。

投稿: 山下仁平 | 2007年12月27日 (木) 12時16分

祖国のために、死と隣り合わせの戦場に赴くますらお。それを見送る乙女。これ以上愛が高められる状況は、他に無いのかもしれません。互いの身は遠く隔たってしまうのに、かえって想いは深く、日常的な身の丈を越えた非日常的な気高い存在として相手が感得されてくる…。
 生きて再び会えるのだろうか?はかなくまたたく「ともしび」は、二人の際どい状況の象徴のようにも思われます。

投稿: 大場光太郎 | 2008年11月 4日 (火) 19時54分

楽団カチューシャといえば
北海道の炭坑の町の劇場に来て
私も中学生の時、観賞したものでした。

札幌で今年7月に
父親はかつて楽団カチューシャの団長だったという
人と話をしました。
ロシア料理とウォトカの店、来年もまた行って話をしましょう。

投稿: みやもと | 2010年9月10日 (金) 19時55分

昭和30年代の初め、西武新宿駅の傍にあった歌声喫茶「ともしび」は通りから店の中が見える小さな店でした。50円のハイボール一杯で、ともしび、カチューシャ、泉のほとり、仕事の歌・・・と熱っぽく歌ったものでした。思想的なこととは無関係に、ただその歌の情熱的な雰囲気に浸っていたように思います。カウンターにはワレニチーナ・ペトローブナ・クレイカという名前のロシヤ人女性ががいて、愛称でワーリャと呼ばれておりました。若い私達は異国の女性にいささかの心のときめきを覚えたものです。
 半世紀をはるかに越える昔のその情景はいまだ記憶に鮮明で、我が人生の最良の想い出の一つとして今も大切にしております。そのとき店で配られた歌集の小冊子も今なお大切に保存しております。

投稿: N.TAKAGI | 2010年11月27日 (土) 09時54分

懐かしく素晴らしい曲だと思いますが、皆様のように鮮烈な思い出がないのが、本当に悔しい。歌声喫茶に行って置けば良かった。働くのに精一杯で、お金も時間もなかったけで。

投稿: 赤城山 | 2013年5月11日 (土) 16時37分

歌を歌えないので歌声喫茶にも無縁でした。なのに、左耳に入るメロディーは昔の両耳にしげく入っていたようです。脳ミソのどこかの皺にしまいこまれているのでしょう…。

イサコフスキ―さんがこのいくさの未曾有の犠牲者について触れていらっしゃるように思います。ドイツ国内、オーストリア/チェコ/ポーランドから始まった敵性人やユダヤ人狩りがこの`東部戦線`からさらに徹底、若いロシア兵の悲劇と共に人類史の地獄図が出現したこと。蛇足から啓示を受け乏しい想像力を働かせたいと思います。嗚呼、言葉がありません。

投稿: minatoya | 2013年5月14日 (火) 06時37分

 歌詞かメロディーか、魅力の比重はどちらにあるのか、という難問があります。(もしかしたら愚問かもしれません)
あたりさわりのない答えとしては「どちらも支えあって、すてきな曲になっている」いかにも日本人的なそつのない、まわりに波風立てない答です。でも問いは「どちらが重いか」ですよ。最近、日本人のあいまいな外国への対応にうんざりしている私です。八方美人なんてなれるわけないや~ん。みんなに好かれようなんて、信用なくすだけ。幻想はもったらいけませんよ~。
 さて「魅力あるのは、歌詞かメロディか?」
お答えします。「それは歌によります」
「刃傷松の廊下」「無法松の一生」「唐獅子牡丹」「大利根無情」などは歌詞なしでBGMを流されても、気の抜けたサイダーです。
 ロシア民謡は、メロディーだけでこころに伝わってくるものがあります。歌詞を知らなくても十分味わえると思います。とくにこの「ともしび」は。
 中学の修学旅行でバスガイドさんに教えてもらった歌です。思春期の女性への憧れとともによみがえってきます。

投稿: 七色仮面 | 2014年1月24日 (金) 15時17分

先程、テレビからこの歌が流れてきました。不意に涙があふれました。高校生だった私の恋した人が夏休みになって帰ってくるのではと胸を一杯にして待っていたころを思いだしたのです。お互いに見つめるだけの恋でしたが今でも夜になると切なく胸が熱くなってきます。あと何年の命かわかりませんがもう一度だけ会ってお話が出来たらと思っています。幾つになっても「こがねのともしび永久に消えず」なのですね。

投稿: ハコベの花 | 2014年8月 4日 (月) 00時14分

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