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釜山港(プサンハン)へ帰れ

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:ファン・ソンウ、訳詞:三佳令二、唄:チョー・ヨンピル/渥美二郎

1 椿咲く春なのに
  あなたは帰らない
  たたずむ釜山港(プサンハン)
  涙の雨が降る
  あついその胸に 顔うずめて
  も一度幸せ 噛みしめたいのよ
  トラワヨ プサンハンへ
  逢いたい あなた

2 行きたくてたまらない
  あなたのいる街へ
  さまよう釜山港は
  霧笛が胸を刺す
  きっと伝えてよ カモメさん
  いまも信じて 耐えてるあたしを
  トラワヨ プサンハンへ
  逢いたい あなた

      돌아와요  부산항에

 꽃피는 동백섬에 봄이 왔건만
   형제 떠난 부산항에 갈매기만 슬피 우네
   오륙도 돌아가는 연락선마다
   목메여 불러봐도 대답 없는  형제여
   돌아와요 부산항에 그리운  형제여

2 가고파 목이 메여 부르던  거리는
   그리워서 헤매이던 긴긴 날의 꿈이었지
   언제나 말이 없는  물결들도 
   부딪쳐 슬퍼하며 가는 길을 막았었지
   돌아왔다 부산항에 그리운  형제여

《蛇足》 韓国の国民歌手・チョー・ヨンピルが1972年に歌って大ヒットしました。ブームは日本に及び、昭和58年(1983)には三佳令二の訳詞で渥美二郎が歌い、大ヒット。
 この1曲によって、韓国歌謡ファンの裾野が一挙に広がりました。

 ファン・ソンウの詞については、歌手キム・ソンスルが1970年に発表した『忠武港へ帰れ』の盗作ということで、裁判で決着がついています。

 釜山は韓国の南東端にあり、人口ではソウルに次ぐ第二の都市。天然の良港があり、韓国の水産業と貿易の中心地。古来、日本とはさまざまな関わりがあります。写真は雨の釜山港。

(二木紘三)

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コメント

ここでも又コメントさせて頂きます。
昨年、韓国を訪れました時、紹介された女性に一日付き合って頂き、最終日の夜は彼女が「荒城の月」が唄いたいということでカラオケに行きました。
彼女は戦前、日本の教育を受けた方で女学校時代の歌は良く知っています。朧月夜・からたちの花など・・・
でも、行ったカラオケ屋には昔の歌はありませんでしたが、この「釜山港へ帰れ」はあって皆(5人)で唄いました。共通の歌があることは楽しくて盛り上がります。
私は帰宅して韓国ソナタのCDを買って、此の歌「釜山港へ帰れ」を韓国語で覚えました。
時々、こちらにお邪魔しては二木先生の曲で歌わせてもらっています。
またお邪魔させて頂きますので宜しくお願い致します。

投稿: 香西 千鶴 | 2008年5月11日 (日) 00時13分

今晩は。お邪魔してハングルの二番を写させていただきました。
ハングルを習い始めて3ヶ月経ちました。
ハングルの歌詞も読めるようになりましたが、何の意味だか解りませんが先生の所にお邪魔して日本語の歌詞もありますので助かっています。
お陰様で一番は完全にハングルで歌えます。
有難うございました。

投稿: 香西 千鶴 | 2008年6月29日 (日) 00時52分

私は韓国語を勉強しています。歌にも興味があって、色々な韓国の歌を日本語に翻訳してみました。勉強のためにも…。

「釜山港へ帰れ」(トラワヨ プサンハンヘ」を直訳するとこうなります。

1.花咲く椿島へ 春が来たけれど
  兄弟はなれた釜山港に カモメだけ哀しく鳴く
  五六島へ帰っていく 連絡船ごとに
  のどを詰まらせ呼んでみても 返事のない私の兄弟よ
  帰って来いよ釜山港へ 懐かしい(恋しい)私の兄弟よ

2.「行きたい!」のどを詰まらせ 呼んだこの街は
  恋しくてさ迷った 永い永い日の夢だった
  いつも物言わぬ あの波たちも
  砕け悲しみながら 行く道をさえぎった
  帰ってきた釜山港へ 懐かしい私の兄弟よ

韓国と日本の文化の違いで、兄弟愛を歌った韓国語歌詞では日本人には受けないと、日本語版では恋人との別れに代えたと聞いています。

でも、二木(ふたつぎ)先生のコメントでは、ファン・ソンウの歌詞がすでに恋人との別れになっているようです。それは知らなかったです。教えていただいてありがとうございます。私は、日本語訳詞した三佳令二が、兄弟愛だった原詞を日本人に合うように意訳したとばかり思っていましたので。  

投稿: 吟二 | 2008年9月14日 (日) 22時04分

急ぎのお願いですが、2月19日に韓国の方が来福され、わが地域に来られます。「釜山港へ帰れ」のハングル歌詞で日本語訳(カタカナ読み)で教えて頂けないでしょうか?
何卒宜しくお願い致します。

投稿: やすパパ | 2010年2月 8日 (月) 18時37分

トラワヨ ブサンハンエ

1.コッピヌン トンベクソメ ポミ ワッコンマン
  ヒョンジェトナン ブサンハンエ カルメギマン スルピ  ウネ
  オリュクト トラガヌン ヨルラクソンマダ 
  モンメヨ ブロパド テダプオムヌン ネヒョンジェヨ
  トラワヨ ブサンハンエ クリウンネ ヒョンジェヨ 
  
2.カゴパ モギメヨ ブルドン イゴリヌン
  クリヲソ ヘメイドン キンギンナレ クミオッチ
  オンジェナ マリオムヌン チョムルギョルドウルド
 ブディッチョ スルッポハミョ カヌンギルル マガソッチ
  トラワッタ ブサンハンエ クリウンネ ヒョンジェヨ
    
やすパパ様
 ハングル歌詞の発音をカタカナでルビをふると、こうなります。この意味でよろしいですか? 日本語訳は上記の私の訳をご参照ください。

投稿: 吟二 | 2010年2月 8日 (月) 22時32分

今晩は。お邪魔いたします。
二木先生、随分永いことご無沙汰していました。
確か2007年頃から此方にお邪魔して思い出の曲に乗って懐かしく色々と唄わせて頂き癒された日を送る事ができました。有難う御座いました。

この「釜山港へ帰れ」の歌も韓国語を習いながら唄わせて頂いていました。
韓国語も一年間学びましたが、とる年には勝てずに小さい字が見えなくなって止めてしまいました。
でも、今晩お邪魔してハングルを見ながら一番だけ唄うことが出来ました。一年間の韓国語の勉強は少し効果があったようです。
二番のハングルを写させて頂き、記憶を辿りながら投稿されています吟二様のカタカナルビを参考にさせて頂き、復習の意味でハングルを学びます。

私はここ2・3年毎日の様に絵を画いています。
今晩は油彩画F30号を完成させて一息つき、思い出して此方にお邪魔させていただきました。懐かしいです。
また、宜しくお願い致します。

投稿: 香西 千鶴 | 2010年2月21日 (日) 21時49分

 とくに韓国音楽ファンというわけではありませんが、この「釜山港へかえれ」や「カスマプゲ」「木浦(モッポ)の涙」などをきいていると、その旋律に100パーセント日本の演歌を感じます。日本と朝鮮、両国の民族の感性が、きわめて近いことを思います。
 中学生の頃、「ともしび」や「トロイカ」をきいて、ソ連は社会主義国で得体のしれない不気味な国だけど、ロシア民族はなんとすばらしい歌をもっているのだと思いました。そして国家の思惑・謀略と民衆の感情・思いとは別なのだと、わかったような気がしました。
 今、この歌を聴いていると、国家間の思惑から離れて、直接、朝鮮民族の魂にふれているような気がします。嫌韓、反韓といわれる風潮が高まっているといわれる今、なぜかしょっちゅうきいています。

投稿: 越村 南 | 2013年12月14日 (土) 22時59分

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