1 園の小百合 撫子(なでしこ) 垣根の千草 今日は汝(なれ)をながむる 最終(おわり)の日なり おもえば涙 膝をひたす さらば故郷(ふるさと) さらば故郷 さらば故郷 故郷さらば さらば故郷 さらば故郷 故郷さらば
2 つくし摘みし岡辺よ 社(やしろ)の森よ 小鮒(こぶな)釣りし小川よ 柳の土手よ 別るる我を 憐(あわ)れと見よ さらば故郷 さらば故郷 さらば故郷 故郷さらば さらば故郷 さらば故郷 故郷さらば
3 此処(ここ)に立ちて さらばと 別れを告げん 山の蔭の故郷 静かに眠れ 夕日は落ちて たそがれたり さらば故郷 さらば故郷 さらば故郷 故郷さらば さらば故郷 さらば故郷 故郷さらば
Der letzte Abend
1. Wenn ich an den letzten Abend gedenk, Als ich Abschied von dir nahm ! Wenn ich an den letzten Abend gedenk, Als ich Abschied von dir nahm ! Ach, der Mond, der schien so hell, Ich mußt scheiden von dir, Doch mein Herz bleibt stets bei dir, (Chor:) Nun ade, ade, ade, nun ade, ade, ade, Feinsliebchen lebe wohl ! Nun ade, ade, ade, nun ade, ade, ade, Feinsliebchen lebe wohl !
2. Meine Mutter hat gesagt, Ich sollt 'ne Reiche nehm'n, Die da hat viel Silber und Gold. Meine Mutter hat gesagt, Ich sollt 'ne Reiche nehm'n Die da hat viel Silber und Gold. Doch viel lieber will ich mich In die Armut begeb'n, Als dich, mein Schatz, verlassen. (Chor:)
3. Großer Reichtum bringt uns keine Ehr, Große Armut keine Schand. Großer Reichtum bringt uns keine Ehr, Große Armut keine Schand. Ei, so wollt ich, daß ich Tausend Taler reicher wär Und hätt' dich an meiner Hand. (Chor:)
4. Ich gedenke noch einmal reich zu werd'n, Aber nicht an Geld und Gut. Ich gedenke noch einmal reich zu werd'n, Aber nicht an Geld und Gut. Wollte Gott mir nur schenken Das ewige Leb'n, Ei, so bin ich reich genug. (Chor:)
5. Das ewige Leb'n, viel Glück und Seg'n Wünsch ich dir viel tausendmal ! Das ewige Leb'n, viel Glück und Seg'n Wünsch ich dir viel tausendmal ! Und du bist mein Schatz Und du bleibst mein Schatz, Bis in das kühle Grab. (Chor:) |
コメント
卒業、新学業、就職の季節です。今年もまた、それぞれの故郷を離れて、違う土地へと旅立たれる方も多いかと思います。前途に幸多かれとお祈り申し上げます。
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昭和30年代半ば過ぎまで、私の田舎では昔の出征兵士を見送る遺風が残っていました。当時私は、山形の田舎町の母子寮にお世話になっている小学生でした。寮の先輩の多くは、中学を卒業して就職のため上京していきました。その見送りに私も、毎年のようにかり出されました。
地元の駅頭で、先輩は、見送りの者らと中学の応援団員らに囲まれて、応援団長のかけ声で始まる中学校の校歌や応援歌などに送られて、列車に乗って行ったものでした。
しかし私が就職のため首都圏へやってきた昭和43年には、もうそんなことも行われず、一人寂しく故郷を後にしました。気の会う級友らとは(高校)卒業式終了後、N市内のコーヒー店でお別れ会をし、親戚や知人には前日から当日に挨拶を済ませていましたし。
夜10時過ぎの上野行きの夜行列車だったと思います。駅の周辺には、雪がはだらに残っていました。汽車を待つ間、それまでの故郷での思い出のあれこれが、浮かんでは消えたり、ただボーっとしていたり。気になっていた、同じクラスだった女生徒の白い顔がパッと浮かんだり…。
でもそんなことよりも、これから先の未知の土地での生活の不安感の方が、圧倒的でした。逆説でもなんでもなく、まるで山形から首都圏への「都落ち」の心境でした。出来れば故郷を離れたくはなかった。いつまでも住み続けたかった…。
地元での就職の失敗が、そんなささやかな望みを打ち砕きました。歯車が狂い、故郷を押し出されるようにして、首都圏へ。
夜汽車に乗り込み、外は真っ暗ですからそのうちぐっすり寝込みました。あくる日の午前3時頃、ググッとブレーキをくれて停まり、それで目が覚めました。見ると宇都宮駅。しばらく停車していました。車窓の遠方に目をやると、宇都宮市街は、まだ未明の暗さの底に沈んでおりました。建て込んだ家並みの上空に、下弦の赤い月が大きく浮かんでいました。心細い身にはこたえる、異郷の不気味な光景でした。
『オレは、ホントに一人ぼっちなんだな。』
*
虫の夜故郷喪失して久し (拙句)
以来、首都圏何千万人かのうちの平凡な無名の一人として、悲喜交々をいっぱい(どちらかというと「悲」の方を多く)味わいながら生きてきました。
今でもあの時の赤い月が、ふっと甦ってくる時があります。たいがいはピンチの時です。ハッとなって思うのです。『何もなしでこっちに来たんじゃないか。失うものなんて何もないじゃないか。出来るだけのことは、やってみろよ。』すると、たいがいの窮地は切り抜けられます。
幾十星霜。覇気のなかった私も、この激動の時代の荒波を多少なりともかぶって、精神的に少しはタフになったのでしょう。
3月11日。今日が、私がこちらにやってきてから、40年目のちょうどその日です。
投稿: 大場光太郎 | 2008年3月11日 (火) 18時43分
大場様、40年目に懐かしい故郷を偲びながらお聴きになるこの曲
私にも懐かしい歌です。50数年以上も前、小学校6年生の音楽の
時間に3部合唱で歌ったのです。(当時は国民学校と呼ばれていました)
忘れることの多い現在ですのに、この歌は今でも全部口ずさむことが出来る程です。二木先生のおかげで、始めてこの歌が独逸
の歌だったと言うことを知りました。大場様の人生も、日本の戦後
の復興と共に歩まれたようですね。でも、そんな時代を知らないで
過ごすより、知っている私達のほうが喜び、幸せを感じることが
多いのでは?と思っています。
3月は色々なところでの別れの季節、この歌が身に染みますね。
投稿: れいこ | 2008年3月12日 (水) 08時19分
私は、この歌を誰かが「さらやドンブリバチ、皿やドンブリバチ、ドンブリバチさらば・・」と歌っていたことを懐かしく思い出します。
小学校の高学年か、中学校かの先輩だったような記憶があります。
子供の頃は、歌詞の意味が味わえないと、音からいろんな連想をして駄洒落のような遊びをするんでしょうか。
投稿: 春平太 | 2008年3月12日 (水) 13時07分
れいこ 様
『赤い靴』に引き続きまして、またご丁重なるおたよりをたまわり、まことにありがとうございます。
人間は年と共に、故郷が恋しくなるというのは本当です。私も20代、30代の頃は、郷里を思い出すことはあまりありませんでした。滅多に帰省もしませんでした。こちらでの日々の対応におおわらわで、それどころではなかったということもありますが。
しかし、40歳を過ぎた頃から、少しずつ望郷の想いがつのってまいりました。お一人お一人どなたにもある故郷。本当に、心の中で大切に守り、育んでいきたいものですね。
バスを待ち大路の春をうたがはず (石田波郷)
ようやく水温む季節となりました。れいこ様には、お体大切に、心はずむ春をお迎えくださいませ。
投稿: 大場光太郎 | 2008年3月12日 (水) 15時36分
はじめまして。芝居好きのふうと申します。
先日観たお芝居で使われていた劇中曲のことがどうしても知りたくて調べていたところ、こちらのブログにたどり着きました。mp3で曲を聴いたとたん、思わず小躍りしてしまいました。ありがとうございます!
勝手ながらリンクをはらせていただきましたので、ご報告申し上げます。
本当にありがとうございました。
投稿: ふう | 2008年7月11日 (金) 01時15分