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河は呼んでる

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞・作曲:Guy Béart、日本語詞:音羽たかし、
唄:中原美沙緒

1 デュランス河の 流れのように
  小鹿のような その足で
  駈けろよ 駈けろ
  かわいいオルタンスよ
  小鳥のように いつも自由に

2 岸辺の葦に 陽はふりそそぎ
  緑なす野に オリーブ実る
  駈けろよ 駈けろ
  かわいいオルタンスよ
  心ゆくまで 子羊たちと

3 やがてすべてが 流れの底に
  埋もれる朝が おとずれようと
  ごらんよ ごらん
  かわいいオルタンスよ
  新しい天地に あふれる水を

           L'eau Vive

Ma petite est comme l'eau,
Elle est comme l'eau vive,
Elle court comme un ruisseau
Que des enfants poursuivent.
Courez, courez vite si vous le pouvez,
Jamais, jamais vous ne la rattraperez.

Lorsque chantent les pipeaux,
Lorsque danse l'eau vive,
Elle mène mes troupeaux au pays des olives.
Venez, venez mes chevreaux, mes agnelets,
Dans le laurier, le thym et le serpolet.

Un jour que, sous les roseaux,
Sommeillait mon eau vive,
Vinrent les gars du hameau
Pour l'amener captive.
Fermez, fermez votre cage à double clé.
Entre vos doigts, l'eau vive s'envolera.

Comme les petits bateaux
Emportés par l'eau vive,
Dans ses yeux,
Les jouvenceaux voguent à la dérive.
Voguez, voguez, demain, vous accosterez.
L'eau vive n'est pas encore à marier.

Pourtant, un matin nouveau,
À l'aube, mon eau vive,
Viendra battre son trousseau
Aux cailloux de la rive.
Pleurez, pleurez si je demeure esseulé.
Le ruisselet, au large, s'en est allé.

《蛇足》 1958年公開のフランス映画『河は呼んでいる』(脚本ジャン・ジオノ/アラン・アリュー、監督フランソワ・ヴィリエ、主演パスカル・オードレ)の主題歌。

 作詞・作曲者のギー・ベアール自身がギターの弾き語りで歌い、世界的にヒットしました。日本語詞には、上記のほかに、岩谷時子の日本語詞、および水野汀子の子ども向きの日本語詞があります。
 映画の粗筋は、次のとおりです。

 南仏プロヴァンスを流れるデュランス河は、たびたび大氾濫を起こすため、フランス政府は、治水と発電を兼ねて大きなダムを建設することにしました。ダム湖の底に沈む村に住む少女・オルタンスの父は、大地主だったので、巨額の賠償金を得ます。
 ところが、その父は、小切手をどこかに隠したまま急死してしまいます。

 オルタンスは未成年で、母もすでに亡くなっているため、親戚一同は、3か月ずつ交代で彼女の面倒を見ることにしました。親戚はみな貧しく、オルタンスが成年後に相続するはずの巨額の遺産を巡って醜い争いを繰り広げます。
 オルタンスはさんざんいやな思いをし、怖い目にも遭いますが、そういう彼女をかばい続けたのが、一族の嫌われ者のシモン叔父でした。

 やがてオルタンスは成人し、偶然見つかった遺産を相続します。彼女は、親戚たちの利己的な振る舞いを許し、終始やさしかったシモン叔父の許に身を寄せる……というストーリーです。

 舞台となったセール・ポンソン湖(写真)は、ヨーロッパ有数の巨大なダム湖で、映画はこのダム工事の進行に合わせ、足かけ4年かけて制作されました。

 脚本を担当したジャン・ジオノは、プロヴァンスを舞台とした郷土色豊かな文学作品を数多く執筆していますが、そのなかでも特筆すべきは、1953年に書かれた短編『木を植えた男』です。
 プロヴァンスのむきだしの荒れ地に、約40年にわたって木の種を蒔き続け、山全体を緑に変えた老人の話で、ある実在の人物がモデルになっているといわれます。
 ジャン・ジオノは、この作品を次の言葉で始めています。

 「ある人間がほんとうに並外れた品性の持ち主であるとわかるには、長い年月にわたり、その人のおこないを観察しうる幸運にめぐまれなければならない。もしそのおこないにいかなる利己心もなく、おこないに向かわせた考えが高潔無比であり何の報いも求めなかったことが絶対確実で、しかもそのおこないがこの世に眼にみえるしるしを残したならば、そのときこそ間違いなく、忘れることのできない人物を目の前にしているのである」

 これが『木を植えた男』全体を貫くモチーフだといっていいでしょう。
 この作品は、イラストレーター、フレデリック・パックの手で絵本となり、さらに1987年、同じフレデリック・パックによりアニメーション版が作られました。このアニメは、アニメ映画史上に残る傑作と高い評価を得ています。私も感動しました。

(二木紘三)

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コメント

 この歌を聞く時、私は必ず中原美紗緒さんのことを思い出す。かれこれ50年近くも前のことだが、彼女がこの歌を歌う時、うっとりと聞き惚れたものだ。
 中原美紗緒さんの声は明るく澄んでいて、何の屈託もない美しいものだった。彼女は10年ほど前に他界されたそうだが(66歳)、若い頃のその面影は未だに心の奥底に残っている。清楚で可愛らしく“お嬢さん”らしい容姿だった。(彼女は画家・中原淳一氏の姪である)
 高校生だった私は、日本語の歌詞だけでなく「マプティテ コムロー エレコム ロビブー・・・」などとフランス語の歌詞も一所懸命に覚えたものだ。
 丁度その頃、NHKの連続ホームドラマ「バス通り裏」というのがお茶の間で人気を博していた。そこには若き日の女優・十朱幸代さんらが出演していたが、主題歌は中原さんとダーク・ダックスが歌っていた。彼女の歌声(明るくて温かみのある声だった)が聞きたくて、私は欠かさず「バス通り裏」を見ていた。
 映画「河は呼んでいる」はもちろん見たが、ストーリーはほとんど忘れていた。二木さんの解説でようやく粗筋が分かったが、パスカル・オードレの可憐な姿だけが“幻”のように心に残っている。
 この歌は当時の学生や若者の誰もが愛した歌で、コンパの時などは必ず歌われていたことを思い出す。特に女子大生に人気があったようだ。

投稿: 矢嶋武弘 | 2007年11月13日 (火) 16時33分

今は昔、浪人のころ映画を見ました。
パスカル・オードレのロングスカートの後ろ姿に憧れました。デュランス河とやら一度会いたいと思いつつ、人生を過ぎてしましました。

子供のころの縫いぐるみ人形の中から宝物が出てくるシーンだけは今も鮮烈に覚えています。
"デュランス河の流れのように" のメロディーとともに。

投稿: 大坂一義. | 2008年3月28日 (金) 19時34分

学校で習った事があり簡単なので、ハ-モニカで簡単に演奏したりしていた。
映画のために作られた歌だったとは。。。。?
知らないでやってることが多いですねぇ。

投稿: sunday | 2008年4月28日 (月) 06時58分

管理人さま

新参者が誠に差し出がましくは存じますが、
この歌の訳詩者が「不明」とありますので、
一言投稿させて戴きます。
「デュランス河の…」で始まるこの歌詞は、
水野汀子氏のものではないかと思われます。
私共が所持の、1969年版の学生歌集を含む
いくつかの古い歌集には、いずれも「水野汀子訳詩」
とあり、詞章も三番まで間違いなく同一です。
なお、水野訳にはもう一種類、子供向きに平易に
直した歌詞があり、そのヴァージョンでは、
「そよふく風に 小鳥の群れは…」で始まっています。

これは、同じく故・中原美紗緒が昭和38年4月、
NHK「みんなのうた」で歌ったときに使われたものです。
些事ではありましょうが、一応ご検証戴ければ幸いです。

投稿: 若輩 | 2008年6月 8日 (日) 04時33分

若輩様(ハンドルネームが若輩なので、失礼ながら……)
 お知らせ、大変ありがとうございました。私がもっている楽譜には訳詞者名がなかったため、やむをえず「不明」としていました。さっそく訂正いたしました。(二木紘三)

投稿: 管理人 | 2008年6月 8日 (日) 05時24分

サイト家主の行き届いた所は、カラオケだけでなく、間奏を細大漏らさず正確に、省略しないで、見事に再現してくれていることにあると、歌いながら、間奏にこそ鮮やかな記憶をよみがえらせられながら、実感しました。

投稿: 大坂一義 | 2009年4月23日 (木) 21時46分

管理人様

この曲の作曲者名はミスタイプですか?  t→d
JASRACデータベースでは Beard Guy Isidore となっています.

投稿: kumy | 2009年5月10日 (日) 21時26分

kumy 様
Guy Béart(ギュ・ベアール)は芸名で、本名はGuy Béhart-Hasson(ギュ・ベアール・ハッサン)です。 Guy Isidore Béard (ギュ・イシドール・ベアール)は著作権継承者であろうと思われます。(二木紘三)

投稿: 管理人 | 2009年5月10日 (日) 23時01分

2008年7月 フランス人の友人の娘さんの結婚式で、
その両親がこの曲を唄っておりました。 今でも歌い継がれている人気の曲ですね。
ちなみに私もこの映画を見た記憶があります。

投稿: ノン | 2010年6月22日 (火) 11時16分

夜中ふと目覚めて、ふっと中原美沙緒のことが頭に浮かびました。あの歌…、あの歌はなんだったけな。寝られず、パソコンで調べ、「河は呼んでる」と思い出しました。イヤホンをしてユーチューブで聞き、あの美しい歌声に洗われました。パソコンにこちらのサイトも載っていましたので追いかけて、ああ前にもこのサイトでこれを歌ったことがあるなと思い出し、懐かしくて夜中に書いている次第です。

投稿: 吟二 | 2013年6月19日 (水) 04時48分

小学校3年生の頃、ラジオからこの「河は呼んでる」が流れていました。
メロディを覚えて、放課後誰もいない教室で、一本指を使ってオルガンの健を抑えおさえ弾いていたのを思い出します。「♪ミ〜ドミ〜ドミ〜ドレ」…
 中原美沙緒の澄んだ声も好きでした。「小さな庭をまんなかに〜…」。
NHKの『バス通り裏』の主題歌もよく憶えています。憧れていたあの美しい女性のイラスト画の中原淳一の姪っ子さんにあたると知ったのは大分後の事でした。ヘプバーンに良く似た大きな眼、独特な眉、そしておしゃれなファッション。そういえば
美沙緒さんもモチーフの女性に似てるような気が‥…。

投稿: かせい | 2014年7月 4日 (金) 00時11分

馴染のメロディーに、私にすら聞こえます。映画も女性歌手も覚えがない…。「世界的にヒットし」たおかげで、よくラジオから流れていたからでしょう。映画粗筋を‘蛇足‘から教わり、家族親戚のいさかいの殆どは遺産/金銭に絡む‘世の常‘にウムと納得。現実に想を得て、沢山の架空話が書かれ、舞台や映画が作られ繰り返される。

親兄弟と疎遠になる調査/研究を先日ラジオで紹介していました。国民平均像を示す、統計学上に必要な面接調査数だったそうです。被調査成人40%が家族と交流せず、関係を絶ってからの平均期間は12.5年。理由は申し上げるまでもありません、遺産分配(親が生存していても、その法的文書に絡み)ですね。

懐かしくも美しいメロディーが、映画ではきっとハーピーエンドを期待させるように流れたのでしょう…、しかし断絶オランダ40%の行方はどうなる? 9人兄弟姉妹と交流無しと言う知人エルスのさばさばした表情に仰天した経験から、葬式に出向く以外、40%は断絶そのままなのかもしれません。欧米どこも似ている感じがします。日本はどうなんでしょう?露西亜に伊太利や支那では親戚マフィアが絡むそうですが……。

投稿: minatoya | 2014年12月14日 (日) 10時36分

はじめまして。
いつも楽しく拝聴拝読させていただいています。

幼児のころにこの映画を観た記憶があります。
覚えているのは、川が氾濫している場面と、家に中でテレビの受像機を開けるとお金が沢山出てくる場面です。
昭和38年のみんなのうたで流れた「河は呼んでいる」は「みんなのうた第1集」の楽譜を買ってピアノの弾きながらよく歌いました。
若輩様が書かれていた♪そよふく風に小鳥のむれは・・
という歌詞でした。
大人になるまで、あの記憶にある場面とこの歌がつながりませんでした。
もう一度映画を観てみたいと思いながらまだ叶わずにいます。

投稿: 香史 | 2015年3月 8日 (日) 11時53分

「河は呼んでる」この歌は学生のころテレビから流れていたように思います。随分知らなかったなあということがありました。その1、「木を植えた男」これは子供の絵本で見たと思います。いい話だと思ったのです。その2、どなたかのブログで中原美佐緒さんがもう他界されていたことも知りました。歌声がすばらしかったことも思い出しました。ありがとうございます。若々しい弾みのある声でした。

投稿: 今でも青春 | 2016年11月18日 (金) 12時06分

 「河は呼んでる」は、本当に懐かしい歌です。
 私が浪人生活を終えて、ようやく東京郊外の大学に入学し、新入生として寮生活を始めた頃、この歌が流行っていました。確か、ギター演奏の映画音楽だったと記憶しています。幸運なことに、寮の同室にギターが上手な地方出身の同級生がいて、この歌をよく弾いて聞かせてくれました。この友人の感化で、私も、見開き1枚もののギター演奏の楽譜を買い求め、弟から譲り受けたギターで練習したものです。♪マ プティテ コム ロー…♪と、原語(フランス語)歌詞も覚えました。
 近年は、フランス人男性歌手による歌をCDで時々聴いています。今でも、原語歌詞1番は歌詞を見なくても歌えますが、日本語歌詞は、余り印象に残らなかったせいでしょうか、殆ど憶えておりません。

投稿: yasushi | 2017年2月25日 (土) 18時23分

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