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2007年9月16日 (日)

悲しき天使

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:ジーン・ラスキン、作曲:ボリース・フォミーン
日本語詞:漣 健児、唄:メアリー・ホプキン/森山良子 他

1 木枯らしの街をゆく ひとりぼっちの私
  思い出の広場で 思わず足を止める
   (*)思い出すは あの日のこと
     暖かい恋の夢 春の風と鳥の歌と
     やさしいあなたがいた
     ラララ ラララ……

2 冷たい風に思う 年月の流れ
  ほほ笑みもささやきも もう帰って来ない
  (* 繰り返す)

3 貴方の腕の中で 喜びに震えた
  幼き日の私 もう帰って来ない
  (* 繰り返す)

          Those were the Days

1. Once upon a time there was a tavern,
   Where we used to raise a glass or two.
   Remember how we laughed away the hours
   And dreamed of all the great things we would do.
     (Chorus:)
      Those were the days, my friend.
      We thought they'd never end,
      We'd sing and dance forever and a day,
      We'd live the life we choose,
      We'd fight and never lose,
      For we were young and sure to have our way.
      La la la la...
      Those were the days,
       Oh yes, those were the days.

2. Then the busy years went rushing by us.
   We lost our starry notions on the way.
   If by chance I'd see you in the tavern,
   We'd smile at one another and we'd say.
      (Chorus:)

3. Just tonight I stood before the tavern.
   Nothing seemed the way it used to be.
   In the glass I saw a strange reflection
   Was that lonely woman really me.
      (Chorus:)

4. Through the door there came familiar laughter.
    I saw your face and heard you call my name.
   Oh my friend, we're older but no wiser,
   For in our hearts the dreams are still the same.
   (Chorus:)

5. Through the door there came familiar laughter.
    I saw your face and heard you call my name.
   Oh my friend, we're older but no wiser,
   For in our hearts the dreams are still the same.
   (Chorus:)

《蛇足》 原曲は1917年にロシアのボリース・フォミーン(1900-1948)作曲、コンスタンチン・パドゥレフスキー作詞で発表された『長い道を通ってДорогой длинною〈Dorogoi dlinnoyu〉)』です。

 この曲は、わが国では昭和20~30年代に『長い道』(兵頭ニーナ訳)、または『遠い道を』(飯塚広訳)という邦訳題名で歌われました。この日本語詞とフォミーンについては、コチラをご覧ください。

 この作品が発表されたのは、ちょうどロシア革命の勃発期であり、その後ソヴィエト政権が成立したため、多くの白系ロシア人、すなわち反・非共産党系ロシア人が国外に脱出したり、亡命したりしました。彼らが故郷を懐かしんで歌っているうちに、次第に西側の人びとにも知られるようになりました。

 この曲に『Those were the days』という英語詞をつけ、編曲して歌ったのがアメリカ人のシンガー・ソングライター、ジーン・ラスキンでした。
 歌詞は、居酒屋で仲間と飲みかつ歌い、語らった若い日を懐かしむ内容で、彼が1960年代に通ったニューヨーク、グリニッチ・ヴィレッジの白馬屋
(The White Horse Tavern)という居酒屋での思い出が発想源になっているといわれます。

 ラスキンがこの歌をロンドンのブルーエンジェル・クラブで歌っているとき、たまたまポール・マッカートニーが聞いて惚れ込み、さらにアレンジを加えて、メアリー・ホプキンという新人女性歌手に歌わせました。
 彼女にとって、これはデビューシングルでした。1968年8月にリリースされると、たちまち世界中で歌われるようになり、500万枚以上という大ヒットになりました。

 日本でも、同年に『悲しき天使』というタイトルで森山良子が歌い、ヒットしました。もとの歌詞とは関係のない、恋の歌に変わっていました。
 このタイトルになったのは、このころ『悲しき雨音』『悲しき街角』など、邦訳題名に「悲しき」をつけた外国ポピュラーソングがヒットしていたため、それに便乗しようとしたようです。便乗しなくても、十分ヒットする歌だったのですが。

(二木紘三)

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コメント

大好きな曲です。
リリース時の若い頃はメロディーの方に惹かれていましたが年令を重ねた今は詞(英語詞)もメロディーと一体となり心に響きます。
<二木さんの歌物語>の新ページの秋のデザインはとても素敵ですね。
この曲には秋が似合います。

投稿: H.E | 2007年9月17日 (月) 15時55分

悲しき天使 = ブルーエンジェル ?

投稿: 吉備高原男 | 2008年5月 2日 (金) 07時58分

この曲を聞くときまって思い出すのは、森山良子さんがザ・ヒットパレードで歌っている姿です。初めて森山良子さんをテレビで見たので---

投稿: 中村和己 | 2008年8月24日 (日) 20時41分

二木様の曲の由来を拝見し、この曲がロシア民謡が元になって居る事が解りました。最初、森山様の歌詞に違和感があったので、もしやロシアのジプシー系かと想像しておりました。

投稿: 小長谷 兼三 | 2008年11月21日 (金) 23時47分

私の好きな曲の一つです。メリーホプキンを一躍有名にした名曲ですが、私はどちらかといえば、メリーホプキンが歌った英語の曲よりも、ギリシャ出身の歌手ヴィッキーがフランス語で歌った曲の方が、切ない感じがして好きです。英語よりもフランス語の方がこの曲にあっているせいかも知れません。原曲はロシアとのことですが、ロシア語で歌うとどんな感じになるのでしょうか。聞いてみたいものです。

投稿: 荻原 敏章 | 2009年6月22日 (月) 12時24分

こんにちは♪

私もこの歌は大好きです!!
だんだん寒さに向かう今頃から歌の良さ
をしみじみ感じます。

フランス語では聴いたことはありませんが、
英語での歌は好きです。

が、もっと好きなのはロシア語です。
「ダローガイ ドゥリンナユ」

 *しみじみ思い出す
  懐かしい青春時代・・・緩
 *過ぎ行く時の速さ・・・急

そんな曲の奏法がなんともいえない心地よさを
感じさせてくれます。

更に言うならば自分の歩いてきた道、いろんな
事があったけれど、あらゆることを受け入れ爽
やかな気持ちで今を生きていることの尊さも感
じさせてくれる曲だと思つています。


    
   

投稿: やまゆり | 2009年10月26日 (月) 11時23分

やまゆりさんへ
You Tubeで「悲しき天使ヴィッキー」で検索すると
フランス語の曲を聴くことが出来ます。メリーホプキンの英語の曲と比べて聞くのも、これまた楽しいものです。

投稿: 荻原 敏章 | 2009年10月27日 (火) 12時17分

母国語の歌手が歌う歌と、留学経験がある日本人が歌う
歌には、どう聞いても差があると思えてなりません。
この歌も詞は理解出来ても彼女のようには歌えません。

投稿: 海道 | 2009年10月27日 (火) 16時47分

こんばんは♪

別サイトでのヴィッキーさんの「悲しき天使」を
聴いてまいりました。仏語も歌の表現も素晴らし
かったです。

荻原様、教えて下さってありがとうございました。


ロシア人がこの歌を歌っているのを聴いたことはあ
りませんが、嘗てこの歌の原語に拘り、音楽仲間達
と露語辞典を頼りにロシア語で歌ったとてもに楽し
い時期がありました。

ロシア語で表記出来たらいいのですが、パソコンでは
無理ですので、カタカナで歌詞を述べてみたいと思い
ます。(ご興味を持たれた方は二木様の伴奏に言葉を乗
せてみてください・・舌を噛まないでくださいね~♪)

   ♪イエハリ ナ トロイケ ス ブーベンツァミー
    ア ブダリ メルカーリ アガンキー
    ムニェ セチャス サコリキィ ヴィ ス バミィ
    ドゥシュイ ヴィ ラズベーヤチ アータスキィ

さび)♪ダーローガイ ドゥリーンナユ     
    ダ ノチカイ ルーンナユ
    ダ ス ペスニェイ トーイ
    シュト ブダーリ レチィツベニャ
    ダ ス トイ スタリーンナユ
    ダ セミ ストゥルーンナユ
    シュト パ ナ チャーム ターク
    ムチェラ メニャ
 

日本ではロシア浪漫を歌う歌手・山之内重美さんが
歌っているようです。

数年前にライブハウスで山之内さんの他のロシアの曲
を聴きました。
「青いプラトーク」という歌が素敵だなぁと思いました。

鮫島有美子さんに「私にもこの歌うたわせて~」と言
われたと仰っていました。
そしてコンサートの後半で、お客様も共に「アガニョーク」
(ともしび)をロシア語で歌いました。

「ダローガイ ドゥリンナユ」ロシア人が歌うとしたら
熟年の人生を達観した男性歌手が声量たっぷりに朗々と
歌うのでしょうか・・・・。


投稿: やまゆり | 2009年10月29日 (木) 21時44分

おじゃまします。
教えて頂きたいのですが、何故、4番と5番の歌詞が同じなのでしょうか?
そもそも5番ってあったのですか?

投稿: 洛ちゃん | 2011年10月11日 (火) 23時25分

洛ちゃん様
同じ聯を繰り返すという例は割とあるようです。たとえばロシア民謡の『収穫の歌』や童謡の『雨降りお月さん』では1番と3番が同じ。『銀色の道』では3番と4番が同じです。『銀色の道』については、歌集には最後の聯に4番とふってありましたが、私は3番のリフレインと考えて4番の番名をとりました。
 同じ聯が繰り返されている場合、作詞家がそう書いている場合もありますが、聴衆が盛り上がっているのに乗って、歌手が繰り返して歌っているうちにそれが定着してしまったという例もあるようです。『悲しき天使』がそうかどうかはわかりませんが。(二木紘三)
 

投稿: 管理人 | 2011年10月12日 (水) 23時23分

どうも有難う御座いますm(_ _)m

二木紘三 様
な、成程!
え~ 私、音楽は門外漢っでチェリッシュの『なぜにあなたは京都に行くの』を聞き、未だこの歌、京都に対するイチャモンと思っている人です。
有難うございました。

投稿: 洛ちゃん | 2011年10月13日 (木) 18時31分

やまゆり様

http://www.youtube.com/watch?v=SpFaeR2wht0

でロシア人が歌っているのを聞くことができますよ。歌詞も出ています。

投稿: boriron | 2013年10月25日 (金) 22時33分

「悲しき天使」この曲を私が初めて知ったのは、我が家の長兄が持っていたメリーホプキンのレコードを聴いた時でした!

私はこの曲のテンポとメロディが大好きでしたが、言葉の意味はまったく分からなかったのですが。ただこの曲を聴きながら「ラララライライ・・・」のフレーズを何度も口ずさんでいた憶えがあります。
当時我が家の長兄は、副業としてダンス教室を開くほどの洋楽好きでもあったので、海外版のいろんなレコードを多く持っていました。
その影響を受けているのかどうかは分かりませんが、わずか数年後には、私もオジジナルキャストの「ミスターマンディ」ポップトップスの「マミーブルー」「シルビーバルタンの「悲しみの兵士」など数枚の洋楽レコードを買っています。
「悲しき天使」がヒットしていた昭和43年のころの思い出ですが、毎週火曜日の夜8時の番組「TBS歌のグランプリ」に長姉の名を借りて応募したハガキが当選し、リクエストしていた森進一の「命かれても」のレコードが放送局から送られてきました。当時の私はレコードを買うことはできなかったので、当選したことが嬉しくて、とても感激した憶えがあります。
またその頃はピンキーとキラーズの「恋の季節」が大流行していて、私が通学していた学校のクラスでもずいぶん話題になっていたほどです。
あと長姉が一枚だけ大切に持っていたレコードで、佐川光男の「今は幸せかい」という曲も私は大好きで、姉がそのレコードをかけると私も一緒になって聴いていた憶えがありますが、それも今ではとても懐かしい想い出です。

私は今でも時々ですが、メリーホプキンの「悲しき天使」をYouTubeで視聴することがあります。


投稿: 芳勝 | 2019年5月30日 (木) 14時07分

 一時期、ダニエル・リカーリ「ふたりの天使」と共に、メアリー・ホプキン「悲しき天使」を交互によく聴いていました。懐かしいですね、大好きな曲です。久しぶりに聴いています。

投稿: konoha | 2019年5月30日 (木) 18時49分

悲しき天使!!
私の青春時代の想い出の曲です! 1970年頃の愛の思い出です。
私の場合は皆さんと違って、イタリア語の「ジリオラ・チンクェッティ」
の唄った「QUELLI ERANO I GIORNI] です!
メアリー ホプキンも可愛くて素敵ですが、私的には当時大ファンだった「♪ オーラ ♪」に没頭していたので、他の歌手の曲は耳に入って来ませんでした。
ユーチューブで「悲しき天使・ジリオラ・チンクェッティ」または「QUELLI ERANO I GIORNI] で検索すると1969年頃のものが数種出て来ますから、ぜひ一度聴いてみて下さい。
 画像がモノクロでパッとしませんが、演奏曲自体は当時のレコードやテープと変わりない5分ほどのものです。
 二十歳頃の彼女!!とても可愛いです♪♪♪

二木先生!
 それにしてもこの曲が「ロシア製」とは思ってもいませんでした。
 もう、てっきりカンツォーネとばかり思っておりました。
 此処を覗くたび勉強になります!!
 今後ともどうぞよろしくお願い致します。

投稿: けいちゃん | 2019年7月 4日 (木) 22時59分

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