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リンゴの木の下で

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:Harry H. Williams、作曲:Egbert van Alstyne
日本語詞:柏木みのる、唄:ディック・ミネ

リンゴの木の下で
明日(あした)また会いましょう
黄昏れ赤い夕日
西に沈む頃に
楽しくほほ寄せて
恋をささやきましょう
真っ赤に燃ゆる想い
リンゴの実のように

    (間奏)

楽しくほほ寄せて
恋をささやきましょう
真っ赤に燃ゆる想い
リンゴの実のように

In the Shade of the Old Apple Tree

In the shade of the old apple tree
Where the love in your eyes I could see
When the voice that I heard
Like the song of a bird
Seemed to whisper sweet music to me

I could hear the dull buzz of the bee
In the blossoms as you said to me
"With a heart that is true
I'll be waiting for you
In the shade of the old apple tree"

           (instrumental passage)

I could hear the dull buzz of the bee
In the blossoms as you said to me
"With a heart that is true
I'll be waiting for you
In the shade of the old apple tree"

《蛇足》 1905年にアメリカのH.ウィリアムズとE.アルスタインによって作られました。
 アルスタインは、自分が通っていた学校にあった古いリンゴの木から想を得て曲を書いたといわれます。

 この曲が作られたのは日本では日露戦争中でしたが、流行ったのは昭和10年代前半です。このころダンスが盛んになり、ダンスホールではジャズやタンゴ、ブルースなどの洋楽が盛んに演奏されました。
 昭和12年(1937)にディック・ミネの唄でレコードが発売されると、この曲はダンスホールの人気ナンバーの1つになりました。
 しかし、昭和15年
(1940)10月31日にダンスホールが閉鎖され、ジャズが「敵性音楽」として禁止されると、表立って歌われることはなくなりました。

 戦後、ディック・ミネ自身や、進駐軍のキャンプ回りをする歌手たちによって、再び歌われるようになりました。

 1939年公開の映画『オズの魔法使い』で、ドロシーがリンゴの実を摘もうする場面にこの曲が流れています。

(二木紘三)

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コメント

日本語の詩と英語の詩がずいぶん違う様に思えるのですが
詩人はこう訳す者なんですね。
林檎の木は大人でも頭が当たらない程背が高かったでしょうか。昔のことなので忘れました。

投稿: 海道 | 2008年12月10日 (水) 14時25分

この春から、昔(約50年前)とった杵柄であるウクレレを再開しました。
 商業主義優先の現代曲には波長の合うものが極めて少ないと感じますが、この曲をはじめとする戦前の曲には青春のロマンを感じます。 
 画面を見ながら声低く歌って、(現実にはなかった)理想の青年時代の心境に浸っています。

投稿: 藤井 宏政 | 2009年9月 9日 (水) 23時35分

63歳男性です。タイ国に住んでもう35年になります。
「リンゴの木の下で」を初めて聞いたのは、30年ほど前のタイ航空飛行機の機内音楽でした。ハスキーな女性歌手の歌でした。聞いたときにすぐに心に滲みて口ずさみ始めました。日本に帰宅後歌っていると、昭和一桁生まれの姉から、それは昔ディック峰の歌っていた古い歌だと教わりました。
今度は、「四股踏んじゃった」の映画DVDを見ていたら、エンディングで突如この歌がハスキーボイス女性歌手の声とともに聞こえてきました。
心に滲みる歌と思っていたのは私だけではなかったのです。今日、貴サイトにて、英語原曲であることを教わりました。日本語訳よりも一発で歌える優しい英語で、さすが原曲です。去年生まれた1歳の孫(男子)に歌い伝えていきます。

投稿: 木暮 悟 | 2011年1月 1日 (土) 00時02分

「リンゴの木の下で」もその原詩も、(恋が)有りそうで無さそうな果樹アップル。アメリカ栽培リンゴの元はメイフラワー号持ち込みのクラブアップル系。十分な木蔭が出来たのは古木ゆえだったのでしょうか。懐メロに相応しいような雰囲気。メロディーを覚えられず、ジャズと聞いてもピンとこず、お恥ずかしい。

テキサスにもあちこち独蘭地名があり、van Alstyne(その南に我が村名)もその一つと思われます。有名な作曲家がその村出身の家系に出た。彼による幾つかの歌がアメリカ熟年世代に愛され、21世紀になっても歌われているんですね。

リンゴ対露輸出ストップのあおりで、「リンゴ食べましょう」欧州キャンペーン(スーパーは半値)と共に、歌詞の素朴さに一寸驚きます。藤村なら、こんな正直に絶対になるまい。繰り返し聞いていると、なんとなく寝入りそうな気分…。かたわら、リンゴ、トマトにパプリカ…生鮮食糧すべての不足と値上がりに屈託ない善きロシア庶民は大変だろうなーとチラッと思いつつ。

投稿: minatoya | 2014年8月18日 (月) 08時34分

「上海バンスキング」で この曲を聞いてから 大好きになり、吉田日出子さんのCDを買って いつも車の中で聞いていました。その頃は 子供たちの色々な送り迎えの運転手の日々で 彼女たちも好き嫌いにかかわらず、これらの曲を聞かざるを得ない日々でした。私も カナダ在住37年が経ち、今は成人して今は英語づけの子供たちも 「りんごの木の下で」だけは しつかり日本語で歌えます。私には懐かしい曲となりました。

投稿: hana | 2017年7月14日 (金) 06時57分

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