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船頭小唄

(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞:野口雨情、作曲:中山晋平

1 おれは河原の 枯れすすき
  同じお前も 枯れすすき
  どうせ二人は この世では
  花の咲かない 枯れすすき

2 死ぬも生きるも ねえお前
  水の流れに なに変わろ
  おれもお前も 利根川の
  船の船頭で 暮らそうよ

3 枯れた真菰(まこも)に 照らしてる
  潮来出島(いたこでじま)の お月さん
  わたしゃこれから 利根川の
  船の船頭で 暮らすのよ

4 なぜに冷たい 吹く風が
  枯れたすすきの 二人ゆえ
  熱い涙の 出た時は
  汲んでおくれよ お月さん

《蛇足》 歌詞は大正10年(1921)3月に、民謡『枯れすすき』として発表されました。これに中山晋平が曲をつけ、『船頭小唄』としてレコード化されると、全国で歌われるようになりました。

 敗残の思いを切々と歌い上げた歌詞は、不遇の時代を経験した雨情の心情の反映であるといわれています。

 『船頭小唄』は栗島すみ子・岩田祐吉主演で映画化され、大正12年(1923)1月に公開されました。
 その年の9月1日、関東大震災が起こり、関東一円に大惨害をもたらしました。多くの被災者が打ちひしがれ、被害を受けなかった人たちも、さらに悪いことの予兆ではないかと不安に駆られました。

 哀調を帯びたこの歌は、そうした人びとの気持ちにマッチし、永く歌われることとなりました。同じ中山晋平作曲の『カチューシャの唄』などとともに歌謡曲草創期を彩る傑作の1つです。

 真菰は水辺に群生するイネ科の多年草。三橋美智也の『おんな船頭唄』でも歌われています。
 潮来出島は潮来の町の南に広がるデルタ地帯のことで、多くの水路が網の目のように走っています。

(二木紘三)

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コメント

すいませんが、転載させて下さい。

投稿: 山口 秀樹 | 2007年12月12日 (水) 10時31分

この編曲、演奏は
すばらしいです。

BGMとして楽しませてもらっています。
ありがとうございます。

投稿: 春平太 | 2007年12月12日 (水) 12時32分

大正に生まれ、昭和で育ち、平成で一生を終えるであろう
私にとつてはこの歌は本当に懐かしい歌です。
よく歌いもし聞きもしましたが、歌の生まれた時代背景を
語り綴る編曲と演奏が胸にじーんときました。歌は世につれ
世は歌につれ---昭和が懐かしい 二木先生有り難う御座います。

投稿: 田原 弘 | 2007年12月16日 (日) 20時47分

敗戦を旧満州の首都新京(現長春)で迎えました。郊外の政府官舎でした。今まで封印がしてあった戦前の歌謡曲集が出てきて母が歌うのです。枯れすすき、東京行進曲、波浮の港、祇園小唄、中学2年であった私は母を見つめなおしました。そして、父の、酒は涙かため息か、影をしたいて、ソ連軍兵士が外をうろつき、銃声が聞こえる秋の夜です。二木先生のサイトを開くたび涙があふれてなりません。すばらしい蛇足じゃない解説の巧みさにうたれます。有難うございます。

投稿: M・M | 2008年4月17日 (木) 16時46分

認知症で子供さんの顔もわからない方の介護中にこの歌を歌っていましたら、「その歌は悲しい、私はこの歌が好き」とすてきな声で、すてきな歌を歌われました。夢もぬれましょ、しおかぜよかぜ、せんど可愛いや、ぇぇぇえ、せんど可愛いやなみまくら。波間に浮かぶ小さな船が目に浮かびました。ベッドに寝たまま、手先だけをゆらゆらとうごかされました。歌は良いお薬です。

投稿: 展子 | 2008年7月19日 (土) 00時13分

船頭は常に孤独な存在ですが私には何処から来て何処へ行くのか人間と謂うものの本質を象徴しているかに思えます。私には此までの70数年間苦しいことばかりの人生でしたが”船頭小唄”は”戦友”と共にあの世に持って行って唄いたいと思っています。

投稿: Y.Okamoto | 2009年1月24日 (土) 16時53分

`今年六十のお爺さん`は今どき`お爺さん`じゃない。けれども元気の良い歌だからと知人から「船頭さん(歌;中根庸子)」を教えてもらい聞きました。ギッチラギッチラの櫓の動きが感じられ…堪能。

こちらの歌唱無しを聞きたく`船頭さん`を探し、同じ`船頭`のこの小唄に当たりました。矢折れ力尽き船頭になった諦念が詠われているのですね。哀しくも共感する「枯れすすき」の歌がいつ記憶に刻まれたのか覚えていません。我が生に重ねつつ、心に染み入る曲を再発見デス。

いつか、六十の爽やかお爺さんの船頭さんもお願い致します。

投稿: minatoya | 2013年5月24日 (金) 01時37分

亡くなった母親が内職の手を休めずに良く口ずさんでいました。昭和20年代、六畳一間の安アパートで親子二人で方を寄せ合うように生きてきました。それから半世紀以上経ち、この唄を聴くと母の小さな背中を、今でも想い出します。零落を禁じえません。

投稿: 赤城山 | 2013年6月12日 (水) 11時14分

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